新訳 本能寺の変 開幕
歴史上の大事件。本能寺の変勃発。
天正十年(一五八二年)五月七日。
織田信長は、ご子息の信孝を大将とし、丹羽長秀などを加えた軍をもって、四国攻めを行うことを決定した。
「お主の言っていた通りになるとは……」
明智光秀。彼は賢明なお方だ。あの方も事情を明かして協力を要請した。もちろん、全てを明かしたわけではないが。
十日後。徳川家康が信長に誘われ、安土城を訪れていた。接待役は光秀。
手の込んだ接待のおかげで、信長も家康も満足した様子であった。
そして夜。光秀と家康は、人払いをし話をしていた。
「して、話とはなにかね」
「単刀直入に申し上げます。このままでは、徳川様の身が危ういかと」
「うむ。確かに、今の織田家にとって、儂は用済みであろうな」
「そこでご相談があります」
「相談じゃと」
「はい」
「……申してみよ」
「上様を、京都で討ち取りたいと思っています」
「なんと! おぬし、正気か」
「正気です。今の上様では天下を治めることなどできませぬ」
「しかし、家臣団が黙っておらぬじゃろう」
「今回の作戦の発案者は、羽柴殿です」
「なんじゃと」
「柴田殿と丹羽殿、池田殿も、作戦に参加しています」
「…………」
「状況報告は、おね様を通して行われています」
「…………」
「徳川様が加われば、この作戦は完ぺきとなります」
「詳しく聞かせてもらえるか」
「羽柴殿が、毛利との和平が見えた折に上様に援軍を要請します。そして、某が一万の軍勢を率いて援軍に、上様も京都へ。そこを某の軍で討とうと」
「続きを」
「羽柴殿の軍は、上様の訃報を聞き、急ぎ軍を引き返してきます。某の軍は、羽柴殿の軍が到着するまでに安土城にて、敵対勢力に協力を要請する手紙を書いていきます」
「他の家臣たちに攻められた場合は、どうするつもりじゃ」
「滝川殿へは、北条をぶつけますし、すぐに対処できる軍は他にはないでしょう」
「ぶつけるじゃと?」
「滝川殿よりも早く、北条に知らせるのです」
「考えおるのう」
「その後、某は羽柴殿の軍に敗走し、そのまま雲隠れします」
「して、儂になにをやれと」
「某を匿っていただきたい」
「しかし、儂が不用意に動けば、作戦が露見するのではないか?」
「ですから、怪しまれないように堺に行ってもらいます」
「それでは、儂が危ないではないか」
「そこは、適役がいるのではありませんか?」
「うむ……」
「こちらとしては、徳川様が参加なさらずともよいですが、その後の命の保障はできませぬ」
「……わかった。儂も協力させてもらおう」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
「うむ……」
あっけにとられた様子で、家康は呆然としていた。
「これでよかったのか」
「ええ。それがあの方の願いです」
「わかっておる」
光秀は随分と迷っている。だが、それも無理からぬことだろう。
妹が兄を殺そうとしているなどとは。
次回に続く