桶狭間の戦い 前編
時代は桶狭間まで戻ります。
永禄三年(一五六〇年)五月。
今川義元は隣国、尾張との小競り合いを続けていた。
駿府城にて、義元の元に伝令兵が駆けつけてきた。
「報告いたします」
「申してみよ」
「こちらに寝返った、大高城と鳴海城に対し、織田方は付け城で対抗してまいりました」
「ほうほう。うつけとはいっても、多少の知恵はあるんじゃのぅ」
「いかがいたしましょうか」
「後詰じゃ、兵を集められるだけ集めよ」
「かしこまりました」
伝令兵は、すぐさま部屋を出て行った。
「さてさて、尾張のうつけに現実をつきつけてやるかのぅ」
誰もいない部屋で、義元は不敵に笑っていた。
翌日。
「兵はどれほど集まったかの」
駆けつけた伝令より早く、義元のほうから声をかける。
「およそ、一万七千にございます」
「そうか……」
「いかがいたしますか」
義元はしばし考えたのちに、
「四万の兵をもって、行くと伝えよ」
と言った。
「よ、四万ですか……?」
「うまくいけば、腰を抜かして降伏するじゃろ」
「か、かしこまりました」
数日後。
義元は、沓掛城に本陣を置き、大高城の二つの付け城に、千と二千の兵を向かわせた。
やがて、伝令が訪れる。
「報告いたします」
「申してみよ」
「大高城の二つの付け城が落ちました」
義元は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに次の作戦を考えた。
「先鋒の軍を、すすませるのじゃ」
「道はどうなさいますか」
「五千の兵は目立つからのぅ。海岸線を行かせるのじゃ」
接近を気づかせずに、突然近くに大群が現れ同様させることが目的だろう。
「かしこまりました」
その思惑に気が付いたかはわからないが、伝令は勢いよく飛び出していった。
「雪斎がいなくとも、尾張なぞ……のぅ」
誰もいなくなった空間に、義元の独り言だけがこだました。
次回完結。