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Connect 《接続》

 闇の中で僕は問うた。


 我は、何であるか。


 するとあの姿が像として現れてきた。あの姿――四肢の欠損した、人の姿だ。


 皐月メイと名乗った白衣の女性は、僕は『アレ』なのだと言った。だけれど、僕にはまだそれを受け入れることが出来ない。それが是であるとする証拠もなければ、逆に偽であるとする根拠もないからだ。


 今の僕に見えるのは、闇だけ。真っ暗な空間だけが見える。思考することは出来るのだけれど、体の部分のいずれかを動かそうとしても何も感じられない。ただ、暗闇の中を無が踊っているような、そんな空虚な気分になるだけなのだ。まぶたを閉じても、開けても、永遠と闇が続いた。


 しかし、そんな暗闇が晴れたのだ。あるとき、またそれは音楽と共に。



     *



 音楽が聞こえてきた。このあいだ聴いた曲と同じ曲だ。静かなボーカルから始まり、そしてピアノのソロへと移り変わっていく。その曲は、どうにもラジオから流れているようだった。


 ラジオ。


 どうして僕は『ラジオ』というものは覚えていたのだろう、とふと思った。かすかにノイズがかった音。時折入るパーソナリティの声。そこからだろうか。


 目が覚める。まぶたを開くと、天井が見えた。僕はまた病床に寝かされているらしく、目線の先はまたしても白い天井だ。


 僕は音楽のことが気になって、音のする方へと眼を向けた。すると、そこには奇妙な光景が広がっていたのだ。


 音のする方。僕の左側の方へ、首を傾ける。確かにそこにはラジオがあった。古めかしいトランジスタラジオ――どうして僕は古いと思ったのだろう――は、外側を木製のアンティーク調で仕上げてある。スピーカー部には細い網状のカバーがあり、ボーカルの声がたかぶる度に目に見えて震えていた。


 しかし、問題はそのラジオよりも向こうだ。ラジオは病床の脇にあるサイドテーブルに寝かされていたのだが、その隣に僕の腕があったのだ。


 僕の腕……?


 と、また一瞬、逡巡する。


 しかし、そこにあったのは確かに僕の腕だったのだ。青白い生気のない腕にはバーコードが刻印され、さらに二の腕より先からコードのようなものがはみ出ている。まるで神経のように。そしてそれは僕の肩へと接続されていたのだ。


 外れているが、つながっている腕。腕を引きちぎられたような気分だ。


 しかし、それは逆だったのだ。


 僕の腕は、ある女性に支えられていた。黒髪の、白衣の女性。皐月メイ先生だ。彼女は優しく僕の左腕に触れて、ゆっくりと肩の方へと近づけていく。


「あら、やっと起きたのね。おはよう」とメイ先生。「待っててね、もうすぐ終わるから」


 と、彼女が言った時だ。


 ぐい、と彼女が僕の左肩へ腕を押し込む。するとその途端、先ほどまでコードによってのみ繋げられていた僕の腕が、さながらネジが締まっていくように回転しながら肩へと挿入されていったのだ。


 痛みは感じなかった。ただ、あらたな肉体が宿っていく感覚を、僕は脳内に覚えた。


 かちり、と音を響かせて腕は停止。肩に完全に固定される。


「はい、これですべて終わったわ」


 メイ先生はいって、立ち上がる。


 僕はそのときようやく気づいた。見渡した先、僕の体に手足が取り付けられていることに。



 僕は自分の体に装着させられた義肢をまじまじと見つめていた。どれも肌は青白く、管理番号であろうバーコードの痕があったけども、それでも生身の人間と見紛うほどの精巧さだった。


 僕はそれを見つめながら、先生に問うた。


「あの、先生、詳しく教えてもらえませんか。僕、何がなんだか」


「ええ。私もそうするつもりだったから、安心して」


 と、メイ先生がいった。


 すると病室の扉が開いて、向こうから一人の男性がやってきた。ヒゲが目立つ見かけ四十、五十代ぐらいの彼は、アゴヒゲをポリポリと掻きながら現れた。


「義肢の調子はいいだろう、フレディ」と彼。


「紹介するわ。あなたの義肢を設計、作製した帝都大学工学部の祠堂ジョウ教授」


「ど、どうも……」


 震えた声で、僕は返した。萎縮していたのだと思う。飲み込めない状況と、初対面の挨拶とで。


「そうかしこまらんでいいよ、フレディ。私はただ、自分の研究の実験が出来ればいいのだから」


「実験、ですか?」


「そうよ。これは実験なの」と、今度はメイ先生が。


 ――実験。


 僕はメイ先生へと眼を移す。


「あの、詳しく教えてもらえますか?」


「ええ、もちろん。そのつもりよ」


 そう言うと彼女は、病床の隣にある椅子に腰掛けたのだ。



     *



〈Voice File:2083/04/22〉[Recorded by F]


 フレディ。


 あなたの名前は、私たちにも分かっていないから、仮にそう呼ばせてもらうわ。


 まず、あなたがいるこの場所。この病室。ここは、帝都大学医学部付属病院。私はそこで医師を務めている皐月メイ。そして三週間前、あなたはこの病院に搬送されてきた。


 当時のあなたの状況は、はっきりいって最悪といっても過言では無かった。あなたはどうやら火事に見舞われたようで――正直ここもはっきりしてないのだけれど――重大な火傷を負ったの。あなたは全身の75%が火傷の状態で搬送されてきた。ほぼ半死半生……いや、もう死んでもおかしくない事態だった。一般的には、人間は全身の70%以上の火傷を負うと、死亡のリスクがぐんと跳ね上がる。さらに、あなたの腕に打ち込まれていた個人識別装置マイクロチップは、破損状態にあった。だから、あなたが誰か識別出来なかったわけ。


 だけど、チップの外装には先進医療実験への許諾を示すマークが施されていた。しかも、あなたは幸運にも頭部への外傷がほとんどなかった。顔は焼けていたけど、脳に関してはほとんど無事といって差し支えなかったのよ。


 そこで我々は、名前も顔も分からないあなたを実験台として、手術を開始した。


 その手術の概要を端的に説明するのなら、つまり、あなたの脳の損傷していない箇所を摘出。それを機械の体へと埋め込んだ。火傷をした肉体を修復することは出来ないので、この方法だけが、唯一あなたを救う方法だったわけなの。


 そうして、今のあなたに至る。


 でも、いくつか注意してほしい点もあるわ。いまのあなたも、万能ではないのよ。




     *



「注意してほしいところ、というと?」


 ベッドから半身を起こしながら、僕はメイ先生に聞いた。


 体の調子がすこぶる良い。動く度、全身の筋肉が伸びていくようで心地が良かった。


「それはね、フレディ、あなたの脳についてなの。あなたの脳にはほとんど外傷は無かったといった。けれど、現代医学では完全な機械義肢体と脳の接続は難しい。何度か実験は重ねられたけれど、あなたもそのような実験の一例になるわけ。いつ異常を来してもおかしくはない。……さらに言えば、あなたは一部の脳の演算処理を外部装置に任せているの」


「外部装置?」


「そう。衛生軌道上にある量子コンピュータ・アマテラス。今回あなたの手術に際して、その手術を担当したロボットのプログラムコードも、そのアマテラスが計算して書き出したの。さらに言えば、あなたは、僅かに損傷した脳の一部機能をオンライン上でアマテラスに肩代わりしてもらっている」


「つまり、それは……」


「つまりだ」と、今度は病室の奥に立つ祠堂教授が。「君の脳には、ネットワークに接続するための無線アダプタが備え付けられている。それが衛星軌道上のコンピュータに信号を送って、君の脳の演算処理を助けている。……だが、もし君がオフライン――つまり電波の届かないところ――に出てしまえば、君は自分の体を維持できなくなる。かろうじて手足を動かすだけの処理は出来るだろうが、人間としての細かい動作や、内面の働き。つまり意思や感情、思考といった複雑な物はまったく出来なくなる」


「じゃあ、僕は……」


「少なくとも今は、この病院から出ない方がいいかもね」


 メイ先生は言って、微笑んだ。


 だが、僕は内心笑えていなかったと思う。そして考えた。いまこの瞬間、僕が考えていることさえも、所詮は雲の上のコンピュータが考えている計算式に過ぎないのだ、と。



     *



 リハビリは、その日の昼から始まった。といっても、初めて機械カラダを動かし始めた僕には、本当に初歩の初歩といったようなことしか出来なかった。例えば、ただ立ってみたり、座ったり。手をグー、パーとしてみたり、歩いてみたり……それぐらいなものだ。


 でも、それで当然なのかもしれない、とも思った。何せ僕の脳は損傷し、それをコンピュータで補填。しかも新しいカラダに入れてから間もない状態だ。言うなれば、赤子のような状況なのだ、と僕は思った。だから立ったり歩いて利出来るだけ、まだマシなのかも、とさえ考えたりした。


 メイ先生は付きっきりで僕のリハビリを手伝ってくれた。主治医なのだから当然かもしれないけど、それでも彼女の気の入りようには、僕自身すこし申し訳ないと思ったぐらいだ。



 まず手を動かすことから始まった。病床に横になった僕は、彼女の説明を聞いて、体を動かしてみる。


「機械義肢を動かすには、少しコツがいるのよ。どう、動かせる?」


 と、メイ先生は僕に語りかける。


 寝たままの僕は、その話を聞き続けていた。


「つまりね、体と脳を馴染ませることが必要なの。あなたの脳髄は、まだかつての肉体を覚えている。火傷を負って、完全に再起不能になった体の感覚をね。もちろんあなたの脳髄は、義肢と完全につながれている。あなたが『かくあれ』と望めば、義肢もそうであるように認識する――はずなのだけれど、実はまだあなたの脳は過去の体のことを『覚えている』みたいなの。そこでどうしても、今の体と前の体とで齟齬が生じる。だからあなたは、今の体と脳が癒着するまで、意識的に体を覚え続けないといけない。そうしないと、動かすのもやっとなはず」


「でも、さっき体を起こすことは出来ましたよ?」


「それはね、あの胴と頭の部分が真っ先に接続された部位だからよ。既に頭部、胸部から腰までの認識は、あなたが無意識のうちに感じ始めていた……といったところでしょうね。でも、手足は違うわ。今朝つけたばっかり。だから、よく意識して動かしてみて」


「よく意識して、ですか?」


「そう。試しに動かしてみてごらん?」


 と、メイ先生はそう言った途端、サイドテーブルから何かをひょいと取り上げた。


 それはリンゴだった。いったい誰が持ってきたか分からないけれど、丸々とした赤いリンゴがそこにあったのだ。


 中空に放物線を描いて、リンゴが飛んでくる。僕はそのリンゴを捕ろうとしたのだけど、腕を『意識』しようとしなかったのだろう、うまく動かすことが出来なかった。結果、僕の腹の上に落ちてきた。へそのあたりで停止し、リンゴは僕を見つめてくる。


「捕ってみて」とメイ先生。


 僕は彼女に従い、今度こそ腕を『意識』してみることにした。


 右腕に意識を集中する。それも、『かつての右腕』ではなく、『今ある右腕』だ。


 それは実に奇妙な感覚だった。いつも思っているように――いつもとは何だろう。慣れ、というものだろうか――腕を動かそうとすると、動かないのだ。いくら力を入れようとしても、目の前の右腕はびくともしない。


「今ある腕をよく見て。その腕が動くヴィジョンを常に想像し続けて。そして、そうなることを脳内でシミュレートするの。やってみて」


 言われたとおり、僕は目の前の腕に意識を集中。頭の中で動きをシミュレートする。


 すると、彼女の言ったとおりのことが起きたのだ。僕が頭の中で、『僕の腕』ではなく『目の前にある腕』という物が動くことをシミュレートすると、まさにその通りの動きをしたのだ。


 僕は嬉しくなって、そのままリンゴをつかんでみせた。


「やりましたよ!」


 と、僕は口を動かす。口は簡単に動く――それは先ほど彼女が言った通りだ――だけれど、手足を動かすのはこんなにも大変だ。そんなことになるとは想像もしなかった。


 僕はリンゴを持ち上げ、口元へ運ぼうとした。かじりついてやろうと思ったのだ。だが、そうしようとした途端、僕は意図せずしてリンゴを握り潰してしまったのである。


 破裂したリンゴ。果肉が弾け、僕の顔にかかる。


「力の加減はまだまだみたいね」


 リンゴまみれの僕の顔を見て、先生が笑った。


 僕もなんだか笑えてきた。


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