Vengeance 《復讐》
〈Re : Vengeance : 2083/09/05 Recorded by F〉
〈Error : Code Y10H93, Connection Error.〉
〈AMATERASU : Can you hear me, F ?〉
花束を手向けてから、僕は駐車場に戻ってクルマに乗り込んだ。年代物のカーステレオをつけると、やはりあの曲が響いていた。
もはやラジオというものも、半世紀以上前に廃れ始めた存在だ。戦争が始まってからは、さらに衰退の一途を辿り始めた。
僕には、いったいどこの誰がこの曲を流しているのか分からなかった。ちゃんとした放送局があって、そこから流しているのか。それとも趣味で機材を用意した者がゲリラ的にやっているのか。だがどちらにせよ、僕はその人に感謝したかった。先生との別れの言葉を、この上なく綺麗に伝えられた。そんな気がしたからだ。
それから僕は、目的の第四陸軍駐屯地まで向かった。もうそのころには日も暮れ始め、ついたころには完全に闇に飲まれていた。
僕は駐屯地から少し離れた場所にクルマを停めた。行政区にほど近いということだけあって、第四駐屯地近くには近代的な建物が多い。そのすべてが軍関連というのだから驚きだったが、しかし建物が多いということは、隠れる場所も多いということだ。
僕はビルとビルの間にクルマを隠すと、最後の装備点検にかかった。シンからもらった拳銃二丁。殺しの仕事用というだけはあるのだろう。九ミリ弾を使うそれには、消音器が装備されている。装弾数は十五プラス一発。続いてマシンガン。予備弾倉のドラムマガジンは三つあった。現在装填されているだけでも一〇〇発はある。合計四〇〇発といったところだ。
僕はオリーブドラブに塗られた肩掛けのポーチに予備弾倉を詰めた。拳銃の弾倉は上着のポケットに。
そして僕は、すべての用意を調えた上で、目的の場所へと向かった。統合陸軍第四駐屯地。先生とジーナの仇である、神田カレンのいる場所へ。
クルマをゆっくりと駐屯地の方へと走らせた。もちろんそこにはゲートがあり、厳重に警備されている。駐屯地の周囲は高くそびえ立つ防壁が四方を取り囲んでいた。円形に広がる高さ五メートル近い灰色の防壁は、完全に外界との接触を隔絶している。
しかし、僕にはそれも通用しなかった。ゲートへとつながる一本道。僕は何の警戒心も無く、その先へと進んでいく。
「フレディ、ゲートは開錠した。ターゲットは三階の北側、一番奥の部屋にいる」
通信端末越しにイヴの声が聞こえた。
「ありがとう、イヴ。もう君は手を引いていいよ。これからは、本当に僕一人だけだ」
「……ごめん、私にはこれしか出来ない」
「いいんだ。ありがとう。愛してるよ、イヴ」
通信が切れる。
同時、僕はゲートの真正面でクルマを停車させた。守衛の兵士が驚いて飛び出してくる。無理もない。古くさい乗用車が急に飛び出してきて、停車したのだから。
「おいおい、どこに迷い込んできた! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
守衛が叫んだ。両手を振って罰印にしながら、運転席へと近づいてくる。
僕はパワーウィンドウを下げて、守衛の方を見た。冷めた顔だったと思う。あまりに冷め切っていたから、守衛がポカンとした表情を浮かべたぐらいだ。
「僕は関係者だ」
と、僕は言った。
そして、拳銃を抜いた。サプレッサー装備の九ミリ。それを彼の額めがけて発砲した。
まもなく守衛は倒れ、そしてゲートは開いた。僕はイヴに心の中で礼を言うと共に、殺した男に黙祷を捧げた。
アクセルを踏みつける。警報が鳴って、警備兵や無人機がやってくる前に、すべてを片づけたかった。
既に外に出ていた兵士たちは、基地内に猛スピードで突貫してくるクルマに気づいていた。しかし彼らも発砲許可は下りていない。僕も元軍人だ。彼らが下手に銃を抜けないことは分かっている。その点では、僕にアドバンテージがあると言えた。
僕はステアリングを大きく右へ切って、クルマを建物の北側へと回り込ませる。既に時速八〇キロを越えていた車両は、大きく弧を描いて曲がっていく。そして僕は、シートベルトが外れていることを確認すると、扉を開け放って外へ飛び出したのだ。
コントロールを失ったクルマは、しかし速度を保ったまま一直線、駐屯地の建物に激突する。車両はそれから爆発、炎上。壁に大穴を穿って、ガソリンと火種とをあたりにまき散らした。
僕は立ち上がると、スリングで肩に提げたマシンガンを構えた。そして、穴の穿たれた屋内へと入っていった。
僕には頭の中には、もう銃声と炎の燃えさかる音しか響いていなかった。
通路を行く兵士を一人ずつ拳銃で撃ち殺しながら、僕は三階を目指した。十五発の弾倉はもう内尽くされ、リロード。これまで殺した人間は、既に七人。一人につき約二発消費している計算になる。
階段を駆け上がって二階へ。するとそのとき、ようやく警報機が鳴り響いた。駐屯地一帯に緊急警報。侵入者を発見したとの情報。だが、もう遅すぎる。
外からは、けたたましいエキゾーストノートが響いていた。一階と二階をつなげる階段の踊り場。そこにある窓から外を見れば、四門の機関砲を備えた垂直離陸機が地表すれすれを飛んでいる。
直後、窓を突き破る轟音。機関砲が壁面を吹き飛ばし、一階へと続く階段を破壊した。
ここまでやるのか、と僕は正直驚いた。
このままでは、建物ごと殺される。その前に、神田カレンを殺さなくては。
大急ぎで三階へ上がる。駆けつけた兵士が僕にスマート・ライフルを向けてきた。弾丸は追尾性能を持つ。一度ロックオンされたら終わりの代物だ。しかし、僕の銃にはロックオンに必要な時間はない。片手で機関銃をぶっ放し、僕は兵士を皆殺しにする。もう誰も僕を邪魔できない。
三階へとたどり着く。北側の一番端の部屋。そこにはもう歩哨は一人もいなかった。だから僕は、VTOL機による第二射が来る前に駆けだした。陸上選手と競い合った日々が、こんな時に役立つだなんて思いもしなかった。
そうして僕は、『Major. K』とドアに書かれた部屋にまでたどり着いたのだ。
僕は問答無用でドアを蹴破り、その中へと飛び込んだ。
だが、そのときだ。
銃声。幾重にも重なる、重奏。それが僕の機械義肢へと飛び込んでくる。
そのとき僕は、僕自身の目で見た。シックな調度品で揃えられた豪奢な部屋、その中央に立ちすくむ神田カレン。そして、その脇を固める六人の兵士たち。その手にはカービン・ライフル。まるであのときの――ジーナを殺された時、そしてメイ先生を殺された時のように……。
「まさか、私が待ち伏せをさせていないとでも思ったの?」
あざ笑うかのような、彼女の声。
僕の体から力が抜ける。ホワイトノイズ。頭を銃弾が掠めたのだろうか、脳髄への信号伝達がうまく機能しない。視界上に〈Connect Error〉の表記。
ダメだ。これで、終わってしまうのか……?
〈AMATERASU : SCS to F〉
〈AMATERASU : Your circuit's dead, there's something wrong.〉
〈AMATERASU : Can you hear me, F ?〉
終わらせるはずがない。
全身が悲鳴を上げていた。頭の半分が吹き飛んだような気分だ。左手が消えている。拳銃ごと、二の腕から先が吹き飛んでいた。右腕はかろうじて生きている。機関銃は持ったまま。足も何とか動いたけれど、それでも損傷し、内部から人工筋肉が飛び出していた。
カメラにノイズ。白い粒々が砂嵐としてやってくる。だが、僕は気にしなかった。
亡くした四肢が疼く。目の前の女を殺せと。
右腕を奴らに向けた。もう倒れたと思っていた兵士たちは、驚き、すぐさま銃を向けた。だが、僕の方が早かった。
マシンガンをぶっ放した。もう照準など気にしていなかった。とにかく当たれば何でもよかった。当たって、殺せれば、どうでもよかったんだ。
僕はボロボロの穴の開いたコートを翻しながら引き金を引き続けた。そして、最後の悪足掻きと言わんばかりに大声を張り上げた。
やがてドラムマガジンがすべてを撃ち終えた。次発装填。ポーチからさらにもう一つマガジンをセット。ボルトを起こして初発装填。再びトリガーを引く。
無我夢中だった。目の前にいる兵士など見えてなかった。そもそも、ノイズが激しすぎて何も見えなかった。見えるのは白い闇と、その合間からかすかに見える赤いものだけ。
やがて二つ目のマガジンを撃ちきったころ、銃身が熱を持ちすぎて撃てなくなった。仕方なく僕は腰に差した拳銃に持ち替えて、神田カレンを捜した。
少し落ち着こうとしてみると、ノイズが晴れてきた。サブコンピュータが処理を開始。視界上の塵を取り除いていく。
そうしてすべてのノイズが取り払われたあとで、僕を待っていたのはたくさんの死体だった。六人の兵士たちは、血の海の中で川の字になって寝そべっていた。そして、その中央では神田カレン少佐が横たわっていた。
僕は一瞬、復讐は果たしたのだ、と思った。だが、そうでは無かった。
彼女の手に握りしめられた拳銃。H&K USP。それが、僕の方を剥いていたのだ。
「バイバイ、フレディ」
口から血を流した彼女が、僕めがけて銃を撃った。弾丸が僕の頭に飛んでくる。僕の脳を半分吹き飛ばした。
だけど、僕は止まらなかった。
もう僕は死にそうだった。左腕は消え失せ、右腕も関節からポロリと落ちてしまいそうだ。両足ももう保ちそうにないし、体はチーズのように穴が開いている。
だが、それでも僕は彼女を殺したかった。
倒れがかったからだを、無理やり彼女に覆い被さるようにする。ちょうど僕は、神田少佐を押し倒すような体勢で倒れた。
少佐の顔には、恐怖の色があった。青ざめた肌。真っ赤な血に染まっているのに、彼女の顔は真っ青だった。
「……あなた、それでまだ動けるって言うの……?」
彼女が驚いたように言った。
僕にはもう、その言葉に返す余力も無かった。
だから僕は、最期の力をすべて、引き金を引くことだけに集中させたのだ。右腕に構えた拳銃。銃口は彼女の首筋へ向けられている。
――さようなら。
僕は心の中でそう告げて、トリガーを引いた。乾いた銃声が響いて、少佐の喉元から脳天にかけてを九ミリ弾が抜けていった。彼女の頭頂部に赤い花が咲いた。
僕の体はもうボロボロで、どうにも動きそうに無かった。かろうじて眼は動いていて、血の海に反射する自分の姿を捉えることができた。それがまた歪な姿だった。
頭の半分を吹き飛ばされ、右目ももう無くなっている。上顎が露出し、焼け焦げた人工皮膚鋼色から頭蓋骨が丸見えだった。左腕はもちろんない。神経ケーブルだけが糸のように垂れ、遺され、血の海で海草のように踊っている。右腕はもう外れかかっていて、少しでも動かそうものなら肩から下は分離してしまいそうだった。
神田カレンが「まだ動けるっていうの?」と驚いたように口にした意味は、分かったような気がした。いまの僕の姿は、醜い。ボロボロで、もう何もない。機械義肢とて脆いものだ。僕は、もう死ぬんだ。いや、ようやく死ねるんだ。
このとき僕は、今になってとてつもない罪悪感に苛まれていた。メイ先生が殺されたあのときからずっと気にしていたこと。人を殺した、あのときの感覚。それがこびりついている。いまも、こうして血の海に寝そべっていると、僕も妻を殺した奴らと変わりないんじゃないかと思えてきた。
後悔の念がいまさら募ってきた。早く死んでしまいたいと、心のそこから思った。
でも、もう遅すぎるんだ。僕はもうあなたのもとには行けない。あなたを悲しませるつもりは無かった。だけど、きっとそうなってしまう。
もし生まれてこなかったら、きっと僕はこんな思いをせずに済んだのに。
そんな思いが、死の間際になって浮かんでくる。皮肉だけれど、その通りだった。
〈All systems are dead.〉
〈Welcome back to reality, F.〉
もう何もかもがどうでもよくなった。
すべては些末なことだったんだ。
歌が聞こえた。
あのとき、
――目覚めの時。
――別れの時。
聞こえてきた、あの歌が。
「どちらにせよ、風は吹く」




