Truth 《真実》
〈Monologue : by Dr. Shido 2083/09/04〉
神田カレン少佐を帝大付属病院に招いたのは、私だったんだ。すべては私が招いた事故だったと言っていい。
それは、君が覚醒してから一ヶ月ほど経ったころのことだ。ちょうど体が馴染み始めてきたころだな。
私はそのころ、学会での自分の立場に焦りを感じていた。周りはすでに様々な兵器転用可能な技術をプレゼンしていてね、その学会に出席していた軍の人間に媚びを売っていたんだ。軍に媚びを売るということは、すなわち政府に媚びを売ることでもある。研究者が自身の分野の研究をし、生活をしていくためには、そう言った軍や政府の援助は必要不可欠だ。
しかし当時の私と言えば、何の成果も無かったんだ。あったのは君だけ。しかし、君はまだ偶然の成功の域を出ない。もし軍で完全な機械義肢を持ったサイボーグを量産化するというのなら、当時の状況では無理だった。だから私は、軍への報告提出をはやるあまり、君のことをすべて軍に知らせてしまったのだ。機械義肢のことだけではない。君の脳とアマテラスの関係。君が様々な感情を経験することによって、それと全く同じ『意志』と呼べるものをAIに入力出来るようになる……とね。
そこで私の報告に興味を示したのが、統合陸軍第八機甲師団長、神田カレン少佐だったというわけだ。
地球統合軍は、コロニー側のテロリストとの戦いで疲弊していた。大半の兵器の無人化はなされていたが、それでも歩兵部隊が月へと導入され、そして死んでいった。宇宙での戦いならば、我々地球人よりも、やつら宇宙人に分があるからな。おかげで統合軍は、物量では勝っているにも関わらず、コロニーとの戦線を長期化せざるを得なくなった。そしてそれと時を同じくして、部隊を完全無人化させる考えが出始めたんだ。しかしそれも上手く行かなくてね。目標を掲げたはいいものの、結局それを実現させる技術が現れないまま、一年あまりが経過した。……軍が君のデータを欲しがった理由は、そういう理由からだ。
だが、それからしばらくして、軍の方向性が変わりはじめたんだ。連中は、アマテラスが保有する意識の解析データだけでなく、君自身に興味をそそられたんだ。私は、よもやそんな事態になるとは思ってなかったよ。君のように脳を機械に移植する技術は、はっきり言って発展途上だ。だが、神田少佐は言ったんだ。
「サンプルならば、陸軍にいくらでもありますよ」ってね。
つまるところ彼女の思惑というのは、瀕死で返ってきた陸軍人を、みんな実験台にして君のようにしてしまおうということだった。そしてもし成功したのなら、戦線に出す。そうしていくつもの負傷兵を実験台にして、サイボーグを作り出すサイクルを生み出そうとしていた。AIを積んだロボット兵器よりも、人間の方が咄嗟の判断能力が高いのは今も変わらない。ロボット同士が戦争をするのは知らんが、人間とロボットとの戦いとなれば、必ずどこかに隙が出来る。量子コンピュータに遠隔接続してコントロールするという考えもあったが、それでも最後には人の手が必要になった。
そうして神田少佐は、人間の脳さえあれば他は機械でもいい、と考えるようになった。君を奪いにきたのは、そういうわけだ。
少佐は初めから君を強奪するつもりだった。皐月先生は、軍の要請を何度と無く断ってきたからね。今回もそうなると思ったのだろう。だから突然、病院に出向いて君を迎えにきた。
残念ながら、その結果がアレだったわけだけどね。
そうして君を失ったいま、私は軍の命令で機械義肢の研究を続けさせられている。もはや私は軍の犬だよ。媚びを売った結果、私は首輪を付けられたのさ。
神田少佐は、再設計されたサイボーグ部隊を組むと言っている。コロニーとの戦いの為に。……一応言っておくが、もう彼女の頭には君のことなどないんだ。ましてや、皐月先生のことなどね。彼女からしてみれば、君の損失は痛手だったかもしれないが、所詮は軍事的目標を達成する上での消耗品だとしか考えていない。彼女はそういう女だ……。
彼女が犯した罪はそれだけではない。君にとって彼女は、因縁の相手かも知れない。皐月先生を殺したというだけではない。
君の身元は、我々にもわからないと言っただろう? 身元識別用のチップが焼け焦げ、そのうえ全身の皮膚も焼けてしまった。……だが、君の身元は分かっていたんだ。君の身元を隠したのは、あくまで君の覚醒に際して、君に心的なショックを与えないためだった。
……いいか、君の体をそうさせた原因。それも実は、神田少佐が一枚噛んでいるんだ。統合陸軍がね。
君は知っているか? 半年前、スラム街であった暴動鎮圧事件。スラムにあった民家が約十数棟、完全に焼失した。ほかにも何棟かの民家が燃えている。人的な被害は数え切れない。報告を受けただけでも四十人以上の死傷者が出たという話だが、実際はもっといただろう。
政府はその事件をあくまで暴動の鎮圧とした。コロニー軍との戦線長期化に反対し、戦争放棄を謳った連中――暴徒化した彼らを鎮圧した、とね。
だが、その実、軍がやったのは『ガス抜き』だったんだ。疲弊し、肉体も傷つき、その上『機械以下』と罵られた兵士たちの憂さ晴らしだ。それを指揮したのが、何を隠そう神田カレン少佐だった。
政府にとってスラムの連中は、守るべき国民の内には入らない。殺そうがどうしようが、関係ない。そしてガス抜きは行われた。殺しにレイプと何でもアリだったと聞いているよ。
……フレディ、君はそこで体を失った。君は、あの事件の唯一の生き残りなんだ。一年前、軍を抜け出した君は、スラムに逃げ込んだ。君は月で出会った女性と戦線を逃げ出して、スラムで暮らしていたんだ。君らの生活が幸せだったかどうかは、私にはわからない。ただ私に言えるのは、君が救出されたとき、君は女性の焼死体と手を取り合っていた、ということだ。
〈/Monologue : by Dr. Shido〉
*
〈Recall : from:2082/03/11 ,F〉
博士の言葉を聞いたとき、僕の脳裏には、火災の様子が鮮明に蘇ってきた。今まで封印し続けてきた記憶。その錠前が解かれ、内奥に秘せられていたものが詳らかにされた。地獄の記憶。思い出すべきではなかった、惨劇の様子。
僕は兵士だった。その記憶は、確かにあった。惨劇の記憶と同じく、堅く閉ざされた扉の向こうに。
僕は月での戦いに参加した。まだ戦場の七割が機械化する前の話だ。無人兵器と共に地上を兵士が闊歩した時代。僕らは、宇宙人の戦い方に恐怖した。彼らは個人携行型のジェットパックを背負い、統合軍のキャンプを襲撃してきた。無人攻撃機と共に現れた宇宙ネズミたちは、瞬く間に基地を占拠。開戦当初は物量戦と言われ、地球統合軍の圧勝が濃厚だとされた戦争も、そのときから長期化の懸念がされるようになった。
僕は前線から一歩退いた場所にいた。月移民者を地球へと退避させる仕事に就いていた。そして、僕はそこで彼女と出会い、恋に落ちたのだ。
彼女の名前はジーナと言った。月移民二世の彼女は、月面開発団にいた父と、移民してきた母の間に生まれた。何の変哲もない、ふつうの月移民の子だった。
僕と出会った当時、彼女は二十二だった。当時大学生だった彼女は、しかし学問の夢も破れて地球に行くことを余儀なくされた。僕自身、彼女に同情した。士官でもない僕が、彼女のようなインテリに同情するのはどうかと思ったけれど。
ただ、僕と彼女とでは一つだけ一致する感性があった。それは、僕も彼女もこの戦争に懐疑的で、同時にとても感傷的だったということだ。
僕は、生きるために軍に入った。コロニーとの戦争が始まってから、働き口と言えば工場か戦場しかなくなった。あとは、それこそ今僕がやっているような裏の仕事だけだ。だから僕は、生きるために戦場に出たのだ。
しかし、そこで僕が目にしたのは、軽々しく奪われていく命の火だった。宇宙人たちが、黒い戦闘宇宙服を着て、暗闇に紛れながらやってくる。気づいたときには銃火が見えて、その炎に巻き込まれ、命の炎は燃やし尽くされる。燃える為のかすかな燃料を根こそぎ奪われてしまうのだ。
僕は後方支援だったけれど、そのような光景を何度も目にしたし、自分自身そうなって野戦病院に送り込まれた。そして、そこで出会ったのが彼女だった。
ジーナは一般市民であるのに関わらず、ボランティアとして野戦病院で働いていた。もともと医学生だった彼女は、それなりに知識を持っていたし、研修にも参加していたので、そこらの医療講習を受けた衛生兵より腕が立ったのだ。
僕はそんな彼女に一目惚れした。健気にも命を救う姿に、僕は惹かれたのだ。
やがて僕が快復し、戦場へ戻されるようになったころだ。軍上層部が戦線の完全機械化を図るようになった。そのときだ。僕は、自分という戦闘単位を奪われたのは。僕はクビになったのだ。
そうして僕は、ただでさえ懐疑的だった戦争に、さらに疑念を抱くようになった。そして兵士の一部が地球へと撤退していくその日、僕は彼女に告白したのだ。いっしょに地球に来て欲しい、と。彼女は少し答えるのを渋ったけれど、最終的にはイエスと答えてくれた。
そうして僕らは地球へ戻った。しかし、地球で待っていたのは、僕が以前いたときよりも荒廃した場所だった。スラム化はもはや止めようが無く、都市部とそれ以外の差がハッキリと示されてしまった世界。もちろん任を解かれた軍人と、医学部を中退せざるを得なくなった女性に仕事などあるはずもなく、都市部に住むことなど夢のまた夢となってしまった。
それでも僕らは楽しく暮らせていたのだと思う。一度、戦場を見てしまったから。それなら地上で工員として働いていた方がマシだと思ったし、少ない収入でも、何とかやりくりすれば生きて行けた。僕と彼女は、必死に働いて、何とか食いつないだ。
あの日、街が燃やされる時までは……。
*
大切な人を二度奪われた悲しみ。記憶を思い出す度、僕の中で怒りの炎がふつふつと燃えさかってきたことは、もはや言うまでもない。
今では僕は、最大の恥辱の時を鮮明に思い出すことが出来る。初めは半年前のスラム街。陸軍が急に現れ、周囲一帯の民家が占拠され、火が放たれた。隣の家の子供がレイプされ、絶叫するのが聞こえた。その「いやっ!」という純粋な悲鳴が、僕の耳にこびりついて離れなかった。耳障りというのはこういうことを言うのだと、そのとき初めて思った。全身の毛を逆撫でされるような、嫌悪感に満ち満ちた声。
やがてそれは、ジーナからも発せられた。ライフルを持った軍人が押し寄せて、僕と彼女を拘束した。僕は組み伏せられたまま、女将校に拘束された。彼女は古めかしい拳銃を僕の後頭部に突きつけ、そのまま伏せるように命じた。自らの命と彼女とを人質に取られた僕には、もはやどうすることも出来なかった。
言うまでもない。その女将校こそ、神田カレン少佐だった。顔に傷を負った女。見間違えはしない。メイ先生の命を奪った女だ。
彼女は僕を拘束した上で、部下に言った。
「その女は好きにしてもいい」
そして直後には、ジーナは身ぐるみを剥がされ、犯されたのだった。僕はその様子をただ見ていることしか出来なかった。「やめろ!」と声もかけてやれなかった。彼女が痛めつけられる姿は、確かに見たくなかった。だがそれ以上に、僕は自分の命が惜しかったのだ。それが悔しかった。最愛の人が目の前で犯されているのに、それなのに自分の命も捨てられない自分が。
やがてジーナはおかしくなった。白目を剥いて、その場に倒れた。僕は涙で目がかすんで見えなかったけれど、きっと彼女は最後の力を振り絞って、舌を噛みきったのだと思う。だから彼女の顔は真っ赤だったし、口元には肉が垂れていた。
死んだジーナを見て、兵士たちはつまらなそうな顔をした。彼らは屍まで犯すような勢いだったけれど、さすがにそこまではしなかった。その代わりに火を放ったのだ。証拠をすべて、文字通り消すために。
あとはすべてが火に包まれた。生き延びたものの、しかしもはや火の手からは逃れられまいと悟った僕は、ジーナの死体と共に焼け死ぬ覚悟をした。死んだ彼女の手を取って、炎のベッドに伏せったのだ。
結局、僕は生き残ってしまったのだけれど……。
〈/Recall : from:2082/03/11 ,F〉
*
〈Back to reality : 2083/09/04 ,F〉
僕は、涙が流せるのなら流していたと思う。ただ、アマテラスはそこまで万能では無かったし、僕の体もそうだった。
すべてを話し終えた祠堂博士は、ゲッソリとしていた。僕自身、聞き終えた頃には疲れていたから、そういうものなのだろう。
「正直、これを話したら私の命も危ういのだがね」と祠堂博士。
「軍はあなたを監視している、ということですか」
「そういうことだ。たぶん神田少佐は私を見せしめにするだろうよ。……それで、これからどうするつもりだ、フレディ」
「とりあえず、あなたにはお金を返してもらいます。どんな理由があろうと、それは関係ありません。いいですか?」
「構わんよ。それに関しては、いつか取立人がやってくると思っていた。むしろ君でよかったぐらいだよ」
「そうですか。それはよかったです」
僕は冷然とそう言った。
シンの方へと目をやると、彼も仕事に文句は内容で、黙って頷いてくれた。
「だが、フレディ」と、博士が僕を呼ぶ。「君は、さっき言ったことを実行するつもりか? ……神田少佐を殺す、と」
「それはあなたに関係のあることですか?」
「無くはない。……それに、君は皐月先生が育てた唯一の子供といってもいい。……復讐をしたところで、皐月先生が喜ぶか?」
「メイ先生が喜ぶかなんて……」
そのとき、一瞬だけ脳裏に彼女の顔が浮かんだ。
微笑みを浮かべるメイ先生。僕は彼女の微笑が好きだった。裏表のない、心の底から笑うような彼女の笑みが。でも、もう二度とその笑みは見ることは出来ない。神田カレンが、彼女を殺したから。
「……そんなの関係ありません。先生がどうかなんて……先生は、殺されたんですから……」
「フレディ、しかし君は――」
「これは僕の問題です、祠堂博士。約束通り僕はあなたに危害を加えはしません。ですが、あなたも同様に約束して欲しい。僕の邪魔はしないでください」
僕はそう言うと、取り立ての明細書だけを残して、研究室を後にした。シンは無言で付いてきたけれど、彼もまた僕に何か言いたげだった。
そうして僕は大学を後にしようとした。しかし研究室から出て四階へと降りようとした時、再び祠堂博士が僕を呼び止めたのだ。
研究室から顔だけ出して、彼は叫んだ。
「フレディ、君に一つだけ教えておく。……神田少佐は、行政区にほど近い第四陸軍駐屯地にいるはずだ。……この情報をどうするかは君次第だが、少なくとも皐月先生を悲しませるような真似はしないでくれ」
――皐月先生を悲しませる。
その言葉は、僕の中に深く突き刺さった。
でも僕は、もう止まることが出来なかった。僕の中の怒りの炎には、とくとくと油が注がれ続けていたのだ。




