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Job 《仕事》 (2)

〈Memories ; 2083/09/04 Recorded by F.〉


 気づけば僕は、病院に居たときよりも長い時間をスラムで過ごしていた。


 その日も僕は昼夜逆転の生活で、夕方頃に目を覚まして夜には仕事にいくという、お決まりの生活リズムだった。夜の世界は、むろん夜うごめくためにある。もはやその世界にどっぷり浸かってしまった僕は、その世界の規則通りにしか生きられなくなっていた。


 その日の仕事は、いわゆる『取り立て』だった。この御時世、金に関することは往々にして組織が絡んでくる。機械義肢の腕っ節の強さに目を付けた組織は、そんな僕を取り立て屋にしようとしたのだ。


 僕はシンとコンビを組んでいた。正確には、イヴも含めて三人なんだけど。イヴは、幼いながらも天才的な頭脳を持つハッカーだった。彼女にかかれば、電子錠も何もかもが無意味だった。


 僕らはまず、目標の家を訪ねる。すると向こうは十中八九居留守を決め込む。そこでイヴに鍵を開けてもらい、二人で中に入るのだ。そこからは、僕とシンの仕事だった。


 シンは口のよく回る男だった。彼がひとたび口を開けば、その罵り言葉に相手は震え上がる。元々しゃがれたドスの利いた声であったから、彼の口調はなおさら厳ついものになっていた。


 そして、そこにトドメを刺すのが僕の役目だ。シンの言葉責めにもどうしても効かない強情な奴は、僕が殴り飛ばす。すると、相手は泣いて言うのだ。


「わかった。わかったから、もう止めてくれ」と。


 そういうやり方を始めて以来、僕らは組織からたくさんの金をもらえるようになった。取り立てた金の数割程度だと言うが、それでも結構な料だ。


 そして、その日も僕は、シンとイヴとともに金を取り立てに行く予定だったのだ。


 取り立ての相手は多岐に渡る。借金を返さない奴もそうだし、組織にみかじめ料を払わない奴だってそうだ。そうして僕らは違法にも金を巻き上げ、組織に金を献上していく。


 僕もはじめは、この行為は果たして正しいのだろうか、と何度も考えた。これらの行為はすべて組織のため。得をするのは組織と一部の人間だけで、貧しい人たちから金をふんだくっていることに変わりはない。それでは、そこらのチンピラとやっていることは同じなのでは? と。


 だが、その問いに対してシンはこう答えた。


「組織ってなあ、瓦解した連中にとっての政府機能みてえなもんなんだよ。今時、職を失ったり病気になったところで、政府はこれっぽちも面倒を見てくれやしねえ。戦争に大忙しだからな。だから組織は、そこに目を付けた。職をあぶられた奴ーーたとえば俺みたいな男だーーには、仕事を斡旋してくれる。組織の一部になるのと引き替えにな。連中は確かに自分たちの組織を肥大化させることが目的だが、それと交換条件として貧乏人どもに金をバラまいている。奴らがやっているのは、要するに資源の再分配なのさ」


 僕はその返答を聞いて、完全にこそ納得したわけではないものの、しかしそれでも僕の仕事は完全には悪ではないのだ、というように考え改めることが出来た。


 だから僕は、その日の仕事にも何の疑問も抱かないはずだった。


 そのはずだったのだ。



     *



 その日の仕事について、僕はクルマに乗り込むまで内容を知らされていなかった。もっとも、僕の仕事は脅迫をするだけであるので、ターゲットについてはあまり深く知らないようにしていたのだけど。


 僕とシンの二人は、シンのクルマーー4シーターのセダンーーに乗ってスラムを走っていた。イヴはアパートで端末を操作し、ハッキングでこちらを援護してくれる。いつものスタイルだった。


 スラム街に三ヶ月以上は居着いていた僕だけれど、それでもこの街については、まだまだ知らない場所が多い。入り組んだこの街は、住民によって増改築が何度も繰り返され、日に日にその相貌を変えていく。つい先日まで無かった建物が急に現れたり、昨日まであったものが消えていたり、などはザラだ。それどころか、以前からあったものに気づけない場合だって多々ある。この日も僕は、そういう建物を発見したのだった。


 シンが運転する手動運転者。古めかしいハンドルとクラッチ、アクセルとブレーキのあるそれをシンは運転。一方で僕は、助手席の窓から外を見ていた。


 あたりはすっかり暗くなり、寝静まっていた。とはいえ遠くからは、狼の遠吠えにも似た叫び声が響いてくる。しかしそれは野生動物の声ではない。ゴロツキがあげている叫声に違いない。どこかでまた血が噴き上がっている。


 そんな中で、僕の目がいったのは真っ黒い建物だった。黒ずんで、壁は煤けて骨組みだけになった民家。かつてはコンクリートが打ち立てられていたであろう場所も、今では崩れ果てた瓦礫が散乱するのみである。


「シン、あの焼け跡みたいなのは?」と、僕は外をぼんやりと見ながら尋ねた。


「ああ、ありゃガス抜きの跡さ」


「ガス抜き?」


「そうだ。ちょうど半年ぐらい前だったかな。ここで大規模な火災があったんだ。出火原因は不明。……って、まあこの街で起きる事件の原因なんざ、九分九厘不明のまま終わるんだが……それにしても、大規模な火災のくせに妙に処理が遅かった。組織の連中も、さすがに自分らのシマが燃えてくのは見たかねえって、若い衆を寄越して消火活動にあたろうとしたらしいんだが、そんときになって政府の連中が飛んできたそうだ」


「政府の連中が……?」


「ああ。要するにな、あれは軍のガス抜きなのさ。コロニーでの戦いで疲弊した兵士どもの鬱憤を晴らすために、何の罪もねえこの街の住人に八つ当たりしたのさ。殺しにレイプ、放火に何でも有りさ。……おおかた軍の連中は、スラムに住んでいるようなクズは、別に殺したって構わねえとか考えてたんだろうよ。政府はこの事件を、スラムの連中が暴徒と化したので鎮圧した。放火は暴徒によるもの、と片づけやがった。その実、連中のガス抜きだってのにな。報われねえよ。……おかげでこのへん一帯はこの有様よ。くそったれが」


「そんなことが……」


 火災。


 ガス抜き。


 燃えさかる民家。


 僕はそのフレーズを頭の中で反芻するうち、かつて見た記憶が蘇ってきた。三ヶ月前の午後。僕は軍人を殺し、ここまで逃げてきた。その直前ーー軍人を蹴り殺す直前のことだ。僕は、紅蓮の業火を見た。燃えさかる炎。龍の如く天へと伸び上がる。そして、それに焼き殺された女性。髪の毛の焼けたにおいが、僕の鼻孔へと吸い込まれていく。僕は彼女の焼けるにおいを嗅ぎたくは無かったけれど、しかし酸素の薄い炎の中では、そうするよりほかに方法は無かった。


 そんな地獄の様子を、僕は幻視したのだ。


 そして、いまもまたそうだった。


 僕はこのとき、自分の罪を思い出しそうになって、それを忘れ去るために矢継ぎ早に言葉を口にした。


「シン、今日の仕事って、どんなのなんだ?」


「お前さんが仕事の内容に口を出すたあ珍しいな。あんなに嫌がってたくせに」


「そりゃそうだよ。僕は人を傷つけるのは好きじゃない……ただ、必要だからやっているだけだ」


「……お前さんは、本当に優しい人間だよ」


 シンはそう言って僕を鼻で嗤った。


 それから彼は、フロントガラスを見つめたまま、上着の内ポケットから一枚の紙切れを出した。


「今回のターゲットの情報だ。組織から渡されたのはその紙切れだけ。あとはいくら巻き上げればいいかだけが書いてある」


 僕はその紙切れを受け取った。


 そして直後、僕はそこに記されていた名前を見て、自らの目を疑ったのだ。


 そこには、こう記されていた。


『祠堂ジョウ 帝都大工学部教授』


 僕は一瞬、それが何かの間違いだと願った。あるいは、同姓同名の別人である、と。だが、残念ながら紙切れにプリントされた白黒写真は、確かに祠堂ジョウ博士そのものだったのだ。無精ヒゲを生やした、白衣姿の男。目の下の隈の目立つ彼は、どこか虚ろな目をしていた。


「この人が、今日の相手なんですか……?」


 と、僕はおそるおそる尋ねた。


「なんだ、もしかして知り合いか?」


 と、シン。彼は妙なところで勘の鋭い男だった。機械に過ぎない僕の体からも微細な感情の起伏を読みとり、なにを考えているか的中させてしまう。それは、ある意味彼が続けているこの仕事故の職業病とも言えた。嘘をついているか、相手がなにを考えているのか、顔を見ただけでわかる。


「……ええ、そんなところです」


「そうか。にしては、冷めた顔をしてるが。こいつと昔何かあったのか?」


「何かあったというか……僕の体を作ってくれたのが、この人なんです」


「命の恩人ってところか」


「はい。……でも、もう一人恩人がいて、その人は殺されてしまったんですが……」


「前にお前さんの言ってた『先生』って奴か」


 僕はシンの問いかけに頷いた。


 そのときの僕は、いったい何を考えていたのだろうか。いまだに僕は思い出せない。ただ、このときも僕の脳裏には、例の火事とメイ先生が死ぬ光景とが、交互に再生されていた。僕の人生の中で、もっとも忌むべき時間。目の前で、大好きな人が殺された。


 そうして僕は、シンに言ったのだ。


「シン、この仕事、僕に任せてくれないか?」



     *



 帝都大学のキャンパスは広く、医学部と工学部は分かれている。祠堂博士が週に一度しか来なかったのは、もちろん彼には工学博士としての仕事もあるからなのだが、それ以上に二つのキャンパス間にそれなりの距離がある、ということも考えられた。


 医学部付属病院からクルマで十分ほど言ったところに、工学部のキャンパスはある。夕方、もう日も沈んで、学生も見なくなったころだ。僕とシンの二人は、祠堂博士の研究室へと向かった。情報によれば、彼はいつもここで寝泊まりしているとのことだった。だからこそ、彼はいつも無精ヒゲまみれのずぼらな格好らしい。


 僕らは夜のキャンパスに難なく侵入した。監視カメラやセキュリティドアは、すべてイヴが解除してくれた。僕らはただ中に入って、目標と接触するだけだった。


 祠堂博士の研究室は、研究棟の五階にあった。僕らは五階にたどり着くと、薄暗い廊下を抜け、彼の研究室へ。そこだけが煌々と明かりが灯っていた。


 僕とシンはお互いに顔を見合わせ、タイミングを図ってから突入した。祠堂博士が作った軍用規格ミルスペック機械義肢にかかれば、ドア程度かんたんに蹴破れるものだ。どすん、と一撃蹴りを喰らわせると、ドアは勢いよく開け放たれた。


 研究室には、たくさんの義肢と書類とが散乱していた。そして、その中央でデスクに突っ伏していた博士が、突然のことに飛び上がった。


 彼の容姿は、数ヶ月前とは大きく変わっていた。ずいぶんゲッソリとしてやせ細っていたのだ。無精ヒゲに白衣姿は相変わらずだったが、それでも彼のやつれた様子は一目瞭然だった。


 彼は飛び起きて僕らを見るや、驚いたように目をしばたたいた。それから、僕を見て言葉をこぼしたのだ。


「……うそだろ、フレディ……?」


「嘘ではありません、博士」


 僕は冷然と口にした。


 シンは僕との約束通り、黙って奥に控えていた。彼は悪人だが、義理堅い男だった。


「みんなずっと捜していたんだぞ! いままでどこにいた?」


「みんなって、軍人のことですか? 彼らはメイ先生を殺した奴らです。僕は彼らを信用出来ない。……僕はずっとスラムにいました。あなたは何をしていたんです、祠堂博士?」


 僕は、取り立ての書類を彼に差し出した。


 彼はその書類を丁寧に受け取ったが、しかし顔はやつれたまま、ひきつって動かなかった。


「そうか、君はスラムでマフィアの仕事をしていたわけか……そうか、そうやって生き延びたのか」


「御託はいいです、博士。教えてください。軍はどうして僕を狙ったんですか? どうしてメイ先生が殺されなければならなかったんです? あなたは何をしていたんですか? 僕は……僕は、悔しくてたまらないんですよ。メイ先生のことも、こうなってしまった自分のことも」


「……すべてを話してもいい」


「すべて、というと。どこまでですか?」


「すべてだ。おそらく君が知りたがっていることすべて。君の出生についても、皐月先生についても、軍についても。……ただ一つ約束してくれ。私を傷つけないでくれ」


「……あなたは、何かしたんですか、博士?」


「軍と取引をした。……その結果、皐月先生が死んだ」


「メイ先生が……?」


 僕はそのとき、頭に血が上る、という感覚を初めて経験した。怒りのあまり、自分の行動を抑制出来なくなる事態だ。アマテラスが即座に僕の感情を演算し、憤怒として行動に移させる。


 僕は祠堂博士の白衣、その襟首をつかみあげた。


「話してください。何があったんですか。全部、教えてください」


「知ってどうするつもりだ。皐月君は戻らない。君も、もうかつてのような生活には戻れない」


「殺します」


「殺すだって?」


「メイ先生の仇を討つ。あの統合軍の女を、殺す」


「神田少佐をか?」


「ええ、殺してやりますよ!」


 回路が焼ききれるぐらい、僕は殺意というものを演算し続けた。何度も何度も、殺意がこみ上げては、しかしそれをぶつける対象が居ないために戻ってきて、また殺意をして表出した。


「フレディ、やめろ」


 と、冷静さを欠いた僕をシンが諫めた。


 はっとして、僕は祠堂博士から手を離す。彼はほっとした様子でいすに腰掛けると、深呼吸をして僕を見た。


「すべてを話す。それでいいだろう」と彼。


「ええ、話してください」


「わかった。……だがフレディ、初めに言わせて欲しい。君が取り立てにきたその借金。それは、私なりに皐月先生を助けるために手を尽くした結果だ。どうにかして彼女を救おうと思った。彼女の君と同じように機械義肢にしようとしたり、脳核だけ摘出して保存してみようとしたり、冷凍保存して彼女を蘇生するだけの技術を持つ年代になるまで眠らせてやろうともした。だがなフレディ、すべては徒労に終わったんだ。そしてその結果、莫大な借金が残された。それが、これだ。……フレディ、今の私は軍の飼い犬だ。これを話したら、私は軍に殺されるかもしれない。そういう覚悟で言っている。それだけは、わかってくれ」


「あの女は僕が殺します」


「少佐を殺す、か。よく言ったものだが、それは難しいよ」


 彼は深くため息をついた。


 それから、彼は何度か頭の中で熟考したようだった。これを僕に話すべきか否か、その最終判断をしていたのだろう。


 そして二分ほど経過してから、彼はようやく決断した。僕に話し始めたのだ。今まで秘密にしていた真実を。


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