電話をかける話
私が田宮くんのことを好きだと知っている人は五人いる。
まず一人は塚本さん。彼女は別に応援してくるわけでも反対するわけでもない。
次に、増谷くん。彼とはちょっと面白いエピソードがあるので後日話そうと思う。
その次に、染川くん。彼とのエピソードは非常に黒歴史的なものなので、今度晒そうと思う。ここまで来たら拡散していただきたい。
最後に、図書委員会のロリ美少女、相沢松美ちゃんと、すらっとした美人の神田島ひさきちゃんだ。
今日は彼女たちのお話をしたい。
***
「美味しい~」
私は幸せな気分でフルーツパフェを頬張った。
「コウミちゃんは本当に美味しそうに食べるよね」
松美ちゃんが微笑ましそうにこちらを見つめる。
「はむっ……はむむむむっ」
そんな私達をよそにひさきちゃんは一心不乱に食べていた。食べ方は私よりも綺麗だけど。
今は期末テスト明けの休日。私達三人は、誰でも知っている某有名フルーツパーラーに来ていた。
「さっき撮ったプリ見よー!」
松美ちゃんが黒くてテカテカしたお財布からプリクラの写真を取り出した。
プリクラは撮影された人の目の大きさとか肌の白さとかが修正される。
自分で言うのもなんだが、私達は元々目が大きいので従来のプリクラ機では不自然になってしまうのだった。
ただ、最近のプリクラ機では、超デカ目、デカ目、ナチュラルと、目の大きさを選べるし、自然な仕上がりの機種で撮影しているので、今日このプリントシールに写っている私達は『上出来』だった。
「松美ちゃんのゴスロリの服ってどこで買っているの?」
ふと気になって尋ねてみる。松美ちゃんの洋服はいつも、黒くてひらひらしたドレスなのだった。
元々天使のような美少女なので神々しくて似合っているが、白くてひらひらした服のほうがもっと似合うんじゃないかな、と思う。
「んーと、池袋とか、新宿の百貨店とか」
松美ちゃんの返答になるほど、と頷いた。
「コウミちゃんの洋服も女の子らしくていいよね。どこで買っているの?」
ひさきちゃんの言葉はちょっと嬉しかった。
私の今日の服装は、白いブラウスに茶色いショートパンツ。店内の冷房がきついので黄色のカーディガンを羽織っている。いつもワンピースやスカートが多いし、色も白やパステルカラーばかり着ている。
「新宿のサブナードが多いかな。ひさきちゃんは?」
ひさきちゃんは家庭的で女性らしい女の子だけど、私服はわりと個性派だ。今日もキャップ帽に、上半身はトレーナー、下はひざ下丈のタイトスカートだった。
「下北沢や原宿が多いよー」
ひさきちゃんがそう言うと、松美ちゃんはパッと顔色を明るくした。
「じゃあさ、今度原宿に行こうよ! 美味しいケーキの喫茶店知っているんだ!」
私もひさきちゃんも笑顔で頷いた。ただ、内心お財布が不安でしょうがない。
松美ちゃんもひさきちゃんもお金に糸目をつけないタイプの子なのだ。
「二人ともお小遣い、月にいくら貰っているの?」
尋ねると松美ちゃんは人差し指を口元に当てて考える仕草をする。
「一万円かな。でも必要なときはまた別途貰っているね」
「いいなー」
私は手放しで羨ましがる。ゴスロリ服もきっと普通の服より高いだろうし、松美ちゃんのお家はお金持ちなのだろう。
今度はひさきちゃんが口を開く。
「あたしは、お小遣いは貰っていないわ。ファミレスで週三回アルバイトして、それでまかなってる」
「へえ! 給料いくらくらいか訊いてもいい?」
松美ちゃんの質問に、ひさきちゃんはさらっと答えた。
「月に三、四万円くらいかな」
私たちは思わず口を開けてしまう。そりゃあ、買い物でもお金に糸目をつけないはずだ。
「週三回アルバイトして、週三回は吹奏楽部。残りの週一回はこうして遊んでいるし、体力あるよねー」
私なんて毎日学校に行って、委員会に出て、週一回だけ塾に通えば、もうくたくただ。
「それで成績いいなんて羨ましい」
松美ちゃんはぐてー、と可愛らしくテーブルに潰れた。
「あたしはあんまり寝なくても身体が持つから、夜の十時から十二時まで毎日勉強しているの」
「えらいわー。うちには無理だー」
ひさきちゃんの言葉に正直な感想を返す松美ちゃん。私はちょっと苦笑してしまった。
「コウミちゃんのお小遣いは?」
ひさきちゃんに尋ねられて、私は小さな声で答える。
「五千円。だけど個人的に高校卒業旅行に行きたいから、毎月千円貯金しているし、あとの千円は、化粧品買ったり、必要があれば〇〇貯金とかに回しているから、実質自由に遣えるのは三千円かな」
「ええ! 三千円でこんなに色々遊んでいるの?」
松美ちゃんは無遠慮に驚いた。
「まあ、確かに食事とプリと必要最低限以外はお金を遣わないなとは思っていたけど!」
松美ちゃんがあんまりにも驚くので、ひさきちゃんが苦笑いをしてフォローしてくれた。
「でも、やりくり上手だよね。貯金とかあたししていないもん」
その言葉に私はパッと明るく話した。
「貯金はかなりあるよ。だいたい○○用貯金にいくら、とか細かく分けているけど、トータルだと四十万円くらいかな」
ひさきちゃんと松美ちゃんは目を剥いた。
「あたしたちの中で一番お金持ちだよ!」
「どんだけケチなの!」
そんな感じで和やかに会話をしていたけれど、松美ちゃんが急に声のトーンを落とした。
「で、田宮くんとはどうなったの?」
「ええ、と」
私はしどろもどろで視線を泳がせる。
お喋りな性分なので、つい二人に私が田宮くんに恋をしていることを話してしまったが、二人の食いつき具合が半端ない。
「メアドとか交換した?」
ひさきちゃんから尋ねられて、私は苦笑いを返す。
「ううん。電話番号なら持っているけれど。でも電話ってハードルが高いよね」
その言葉を受けて、松美ちゃんが目を輝かせた。
「それを使うっきゃないよ! 男の子はね、メールとかめんどいらしいから、電話のほうがいいよ!」
ひさきちゃんも同調する。
「電話って緊張してドキドキするから、吊り橋効果も狙えるしね!」
「え……じゃあ、今度遊ぶ時に、待ち合わせの確認とか……」
私がそう告げると、松美ちゃんは首を横に振る。
「今まで遊んだのって、この前のカラオケ大会だけでしょ! 次がいつになるかもわからないじゃん」
「ううん。二人でゲームセンターにも行ったことがある」
「その二回だけでしょ! せめて毎週一回電話しなよ!」
私は興奮した松美ちゃんを宥めるので必死だった。
***
その日の夕方六時ごろ。ベッドに寝転がりながら、私はあることを思い出す。
あ……。委員会の連絡事項、田宮くんに伝えるの忘れていた……。
今日は日曜日で、次回の五班の班会は金曜日だ。明日伝えれば十分間に合う。
「…………」
気が付いたら私は起き上がって、携帯電話を取り出していた。
プルルルル。
そんな音を聞きながら、相手が電話に出た時になんて言うか考える。
『あーもしもし。望月だけど今大丈夫?』。これだ!
『はい』
低い声。田宮くんだ。
「もしもし、今大丈夫?」
『うん』
田宮くんのほうは普通に応対するが、正直、私はパニクっていた。
「夕飯時だけど、本当に大丈夫?」
『……うん』
うげ、苛つかせてしまったか。
「ええとね、用件だけど。今週の委員会はポップを作って持ってきてね。それと、夏休みの書架整理があるから、夏休み中に来れる日を今週教えて」
『わかった』
そこまで言って、私は自分が名乗っていないことに気が付く。
「あ、ええとコウミです」
『ははは……』
笑われた。でも今の場合は優しいのかもしれない。せめて『望月です』と言えばよかった。
「……ええと、何か質問はある?」
『特にない』
「よかった。じゃあ明日ね」
『ありがとう』
プツッ、ツー、ツー、ツー。
電話を切った瞬間、私はまたベッドに倒れ込んだ。
恋愛では他人の意見を鵜呑みにするのはやめよう。
心に誓った一日だった。