連絡先を交換する話
「あ! 川辺くんだー! お疲れさま」
昼休み。すれ違いざま川辺くんに挨拶をすると、川辺くんは立ち止まった。
「望月さんって二組だったっけ?」
「うん」
なんだかよくわからないまま頷くと、川辺くんは声を潜めて告げた。
「俺と佐間はさ同じクラスなんだけど、あいつ、今まで望月さんのことが好きだったんだよ。だからメアドを断られて、あんなに怒っていたんだ。でもね、最近笹塚さんのことばかり話しているから、望月さんがきつく当たられることはもうないと思うよ」
つまり、佐間くんは今、笹塚ちゃんのことが好きで、私のことがどうでもよくなったということだろう。
確かに書道の時間も彼の態度は落ち着いているし、他の同級生の態度も軟化してきた。
「教えてくれてありがとね」
場が読めない私には、客観的な状況を教えてくれる存在が非常にありがたかった。
「いやいや、大丈夫」
川辺くんは誠実そうに笑った。
「ところで今までなんだかんだいってメアド交換していなかったし、よかったら教えてくれない?」
「ええと、ごめんね。あんまり男の子とメールアドレスを交換したくないの。緊張しちゃって……」
小さな声で断ると、川辺くんは照れ笑いを浮かべた。
「望月さんらしいなあ」
私はちょっと後ろめたさを覚える。
私の家は父親が厳しい人なので、メールアドレスを交換するときは報告しなければいけない。
本当は、なんで男子とメアドを交換している? とか、せんさくされたくないだけなのだ。
***
川辺くんと別れて、図書室に行くと、増谷くんが居た。
「やあ。奇遇だね」
「うん! お疲れさま」
私は微笑む。
「そういえば、コウミちゃんたち女子って、遊んでいるの?」
増谷くんのいきなりの質問に、私は首を傾げながら答えた。
「ええと、この前、クラスメイトの笹塚ちゃんと香山ちゃんと、動物園に行ったよ」
「そうじゃなくて」
増谷くんは、わかり辛くてごめんね、と質問の内容を説明した。
「五班の女子同士でってこと」
「この前は、プリクラ撮って、買い物をして、スイーツを食べるという、女子らしい休日を過ごしたねー。放課後にカラオケも行くし、たまにはメールもしている」
「仲良いんだねー」
増谷くんは微笑ましそうに口の端を吊り上げた。確かに、クラスメイトよりも、ひさきちゃんと松美ちゃんの方が仲がいいかもしれない。
「俺、あんまり休日に遊んだりしないんだよー。羨ましいなあ」
増谷くんは随分素直な人だな、と思った。私は提案をする。
「五班の一年生のメンバーで、カラオケ大会しない?」
その瞬間、増谷くんは目を輝かせた。
「うん! 行こう! 男子の幹事はワタクシが務めさせて頂きます。コウミちゃんは女子のほうをよろしくね」
「幹事って……」
私はくすり、とこぶしを口元に当てて笑う。
「じゃあ、連絡先を交換しなくちゃねー。増谷くんのメールアドレス、訊いてもいいかな?」
私と増谷くんはメールアドレスを交換した。こういう理由なら、父親も怪しまないだろう。
***
「増谷とメアド交換しているんだって?」
翌々日、田宮くんに尋ねられて私は頷く。
「うん。増谷くんが言っていたの?」
「ああ。ついでに川辺にメアドを訊かれたときは断ったんだってな」
お喋りだなー、あの人たち。
「田宮くんはメールアドレス、持っているの?」
「持っているけど、親にラインとツイッターやっているんだから、使うなって言われている。ガチの禁止」
「そっか……」
どさくさに紛れて連絡先を交換しようと思ったんだけど、残念だ。
「あ! じゃあ、電話番号だけ教えてもらってもいい? 色々、連絡事項を伝える時に便利でしょう」
私がにっこりと提案すると、田宮くんはしばし黙ってこちらを見つめていた。
だが、やがて携帯電話を取り出す。
「その連絡事項とやらが終われば、データ消去していいから」
「消去しなくちゃだめなの?」
ぶっきらぼうな田宮くんの真意が読めなくて首を傾げていると、田宮くんは「いや……」と首を横に振った。
「俺も家が厳しい方だから、お前もそうなのかなって……」
ああ。やっぱり、田宮くんは気を遣い過ぎる子だな……。
私は苦笑する。
電話番号ゲットだぜ! なんて内心ガッツポーズをしているのをばれないように。