惚れた話
初めましての方ははじめまして! 本編を読んで下さった方はこんにちは!
この作品は、ラブコメディ要素が強いです。
田宮くんは結構恋愛に興味がない男の子なんですが、望月さんは相当惚れると突っ走るタイプなんで……。
まあ、賢い臆病の田宮くんと、爽やかなバカの望月さんの組み合わせは、結構うまく行くんじゃないかな、と思いつつ。
楽しんでいただけたら幸いです。
私はちょっと変わっている。
まず、母親が離婚して再婚していた。
それだけでも風変わりな人生なのに、母の再婚相手がホームレス関係や母子家庭のボランティアをしている人で、その結果、様々な人と関わった。
でも、一番変わっているのは、環境でもなんでもなくて、私自身だ。
私はアスペルガー症候群とADHDを併せ持つ、発達障害者だった。
そのせいで、私は落ち着きも注意力も常識もコミュニケーション能力もない。
それだけじゃなくて、極度の不器用でとろい。
感覚器官にもズレがあるから、味オンチだし、耳は悪くないのに、脳の問題で音の聞こえも悪いし……。
家事もできないし、運動も、音楽など芸術系の才能もないし、私はどれだけ最悪なんだろう。
小学校の頃は虐められていたけれど、放課後に図書館に行って本を読んでいれば幸せだった。
中学に上がると、母の再婚相手の意向で障害児のための特別支援学級に在籍するようになった。
でも、周りが障害者で、みんな変わった人生を歩んでいて……というのは、中学一年生の私には耐えきれない事だった。
周りも自分も普通じゃないことが怖くなって、不登校になってしまった。
どうせ普通じゃないんだから、普通じゃないことに気づかなければ幸せなのに。
でも、中学一年生の六月から、不登校児のための適応指導教室に通いだして、中学二年生以降はなんとか、元の中学校に通えるようになった。
適応指導教室に出席すると、元の中学校の出席にカウントしてもらえる。
結果、出席日数に問題はなく、知的障害はないため学力も充分で、普通の都立高校に通うことになった。
特別支援学校に行く選択肢もあったのだが、また不登校になる可能性もあるので、健常者に囲まれていた方がいいだろうと、母の再婚相手が言ったのだった。
妻の連れ子にここまで一生懸命になってくれる人も珍しい。
で、都立高校に通うことになった今――――私は自分が非常にヘタレだということに気が付いた。
***
「おはよう! 田宮くん」
私は登校するやいなや、隣の席の田宮ヤシロくんに挨拶する。
田宮くんは「おう」と片手をひょい、と上げた。
今は六月。
入学してからすぐは、隣の席の田宮くんしか話し相手がいなかった。多分、私が空気が読めなかったり、真面目で幼いせいだと思う。
でも、田宮くんは色々私のことを気にかけてくれて、最近、私はなんとかクラスメイトと他愛のない話はできるようになった。
今では、お弁当は無口なハーフの塚本さんと食べている。彼女は聡明で綺麗な人だ。
私がクラスにだいぶ溶け込むようになってからは逆に、田宮くんとは話しづらくなった。
田宮くんはよく、笹塚ちゃんと、染川くんという美男美女コンビと喋っている。
染川くんは多分、笹塚ちゃんが好きだ。
でも笹塚ちゃんは、ぺらぺら喋る染川くんよりも、落ち着いている田宮くんのほうがタイプなんじゃないかなー、と思う。
顔は染川くんのほうが格好いいけど、笹塚ちゃんは頭の良い子だから、見た目で判断する子じゃないし。
それで、田宮くんは笹塚ちゃんに話しかけられて、嫌な気はしていないと思う。
私のことは全然名前を呼ばないのに、「たみっちゃん」「ササ」なんてあだ名で呼び合っているし……。
「気になるなら話しかければ?」
窓際の席まで行くと、居眠りをしていた塚本さんは、顔を上げてぽつりと言った。
「うん……。でもウザがられたら嫌だし、望月が田宮にとり憑いているとか陰口叩かれたくないし……」
「今まで、よっぽど不遇な目に合ってきたんだね」
塚本さんはちょっと目を細めた。その表情は、同情を意味しているのだろうか、それとも静かに怒っているのだろうか。私は表情を読み取るのが苦手なのだった。
「まあでも、委員会が始まったら、自然と喋るようになるんじゃない? 二人とも図書委員会でしょ?」
「うん。先週全体での委員会があって、今日は初めての班会がある」
図書委員会は一~五班に分かれて、それぞれの班が週一回活動するのだった。
「一緒の班になれてよかったじゃん」
塚本さんは無愛想にそれだけ言った。別に機嫌が悪いわけでもなくて、ただひねくれた性格なだけなのだろう。
「うん!」
私は頷く。正直、『一緒の班になろう』と誘ったときの私はグッジョブだ。先週までは別に私は田宮くんに惚れていなかった。だから、あんな真似ができたのだと思う。
今日はまず、田宮くんに恋に落ちたときのことを話したい。
***
私は芸術科目で書道を選択した。正直言って、書道は人気のない科目だ。だいたいの人は音楽か美術を選択する。
私はピアノも習っていないし、絵も描けない。書道もできないけど、少しでも成績を高くつけてもらうために一番マシなものを選んだのだった。
多分、書道は少人数だし、選択する子は私と同類だろう。どこから来たのかわからない楽観的な思考で構えていた。
ところが、四月の時点で私は自分の選択を後悔することになる。
同じ教室の人は十人だった。それも、知らない顔ばかり。
それだけならまだしも、女子はギャルが多かった。
そして座席は先生が指定するのだが、私の席はギャルに囲まれた最悪なものだった。
いつも超多弁な私だが、この授業ばかりは完全にアウェイなため、休み時間も黙っている。
なぜギャルが嫌いか。
それは、私の陰口を叩いているからだ。
「望月の隣かよー。マジ、キモいんですけど」
「自分は清楚ですって顔してさー」
「あー。頭が良くて真面目です☆。演技本当に気持ち悪い」
目の前で言われたときは傷つくのを通り越して、驚いてしまった。先生は完全に聞こえないふり。
えー、目の前で悪口叩くなんて、頭おかしいの? それとも私の幻聴?
まあ、特別支援学級に在籍していた私は、通常学級の生徒から差別され慣れているためこれくらいへっちゃらだった。
無視をしながら授業を受けること、一ヶ月。
同じ授業を選択していた男子と、よく話すようになった。
「お前、本当に頑張っているよなー。あいつら、同じクラスだけどピーチクうるせえし大嫌い」
佐間くんはギャルに厳しいが、私には優しかった。
ある日、佐間くんにメールアドレスを尋ねられた。必要性を感じなかったし、なんとなく本能的に嫌だったので教えなかった。
すると、佐間くんの態度が急に悪くなったのだった。
それは結構悲しかった。少なからず信頼はしていたのだ。
佐間くんは同級生男子に私の悪口を言いまくった。そんな奴にメアドを教えなくて大正解だ。
心なしかみんな私に冷たい……。
溜息を吐きながら、一人で帰ろうとしていた、六月のある日。
梅雨なので、外は雨が降っていた。
私はロッカーから置き傘を出そうとして、手を止める。
「傘が無い……!」
予想外の出来事にちょっとパニックになりそうだった。
「どうしたの?」
田宮くんが後ろから声を掛けてくる。佐間くんの一件があっても話しかけてくれる彼は非常に優しい人だった。
「置き傘が見当たらなくて……」
私が困っている旨を伝えると、田宮くんは鞄から一本の折り畳み傘を取り出した。
「とりあえず、これを使え。俺は今日パソコン部があるから、終わるころには雨はやんでいると思う」
「でも……」
迷っていると田宮くんは無理やり私に傘を持たせた。
「あの、私と話していると、佐間くんに何か言われないか、不安じゃないの?」
一番訊きたかったことを、どさくさに紛れて尋ねてみる。
「それは、いいよ。いや、よくないけど……」
田宮くんは珍しく私と目を合わせてはっきりと告げた。
「お前はキモくないから」
その瞬間、目が潤んで視界が歪んで、田宮くんの顔が見えなかった。
「大丈夫か?」
ちょっと困ったような声に、私は笑った。
「ありがとう! 田宮くん! ありがとう!」
田宮くんは無愛想に私から目を逸らす。
ちなみに私の置き傘は家にあった。持って帰っていたことを忘れていたらしい。
***
「あ、塚本さんの卵焼き美味しい!」
回想終了。今はお昼休み。お弁当を食べ終えた私は、塚本さんの食料までもを奪っていた。
「わたしが付き合うとしたら、望月さんじゃなくて笹塚さんだなあ……」
塚本さんの言葉を、私は適当に聞き流していたのだった。
ああ、早く委員会にならないかな。
田宮くんと自然にお話がしたい。
多分、発達障害のことを良く知っている方なら勘付くんじゃないかな、と思いますが、望月さんのアスペルガー症候群は、かなり軽度です。
ちょっと空気が読めない、幼い、レベル。
代わりにADHDの要素はかなり強いです。
お喋りだし、衝動的に行動しすぎ。
でも、かなり素直なので、幸せになって欲しいなあ。
タフな子なので、振られたら振られたで「田宮くんのことを好きになれてよかった」とか本気で言っちゃいそうですけど。
ここまで読んでくださってありがとうございました。