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東の蝶  作者: 明夢 優深
奴隷と色子
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桜色の贈り物

「ねえ、旦那。蝶子さんって、何あげたら喜ぶの?」

極彩色の着物に身を包んだ蜂蜜色の髪の、中性的な容姿をした美しい少年は、素足を晒し、上下に動かしながら、壮年の男に声をかけた。

旦那と呼ばれた男―松江柊生は、少年―東の方を見て、大げさに驚いたような顔を見せた。

「なんだ、行き成り。蝶子に何か貢ぐ気か?」

「貢ぐなんて人聞きの悪い。ただ、お礼をしたいだけ」

「礼?」

訝しげな声と表情を表す柊生に、東は曖昧に微笑んだ。

「礼なんて、あいつがお前になんかイイ事でもしたのか?」

「良い事って…。別に、旦那に言う必要はないよ」

「あー、そっ」

歳の癖にやけに子供っぽく拗ねて、そのまま横になった。東は少し白髪交じりの髪を撫でながら、穏やかな声で言った。

「…蝶子さんが来るたびに、俺の中で何かが少しずつ変わってるんだ。ほんの少しの変化なんだけど、良い変化な気がするんだ。だから、そのお礼」

そう言いながら、この間の、蝶子の前で涙を流してしまったことを思い出した。あれは、東にとっては予想外の出来事であり、また、少し気が楽になった原因でもある。

「……そんな事言われたって、蝶子はそれを否定するだろうなあ」

仰向けになり苦笑する柊生。東もつられた。

(確かに、蝶子さんなら『私は何もしていません。東さんが変わったのは、東さん自身のおかげです』とか言いそう…)

その言葉を言う蝶子を想像して微笑む東を、柊生は横目で見て笑った。そして、

「そうだな…アイツ、何をやれば喜ぶかなぁ」

「!…俺はね、髪飾りが良いと思うんだ。派手じゃなくて、小さくて、ちょっとした彩になる感じの。ほら、蝶子さん地味な色の着物しか着ないでしょ?」

「本当はもっと鮮やかなのも持ってるんだけどな。着たがらねえんだよなあ…。まあ、小さい髪飾りってのはアリか」

起き上ると、東の髪を撫でながら笑った。

「よっしゃ。じゃあそうするか。どんな形のが良い?」

「うーんと…蝶々、とか」

「蝶か…駄目だな。嫌がる」

「えっ!」

予想外の言葉に驚く東。驚いてから気づいた。蝶子が見せてくれた、あの刺青の事を。

「…ちょ、蝶々はちょっと蝶子さんには似合わないよね!えっと、じゃあ…桜の花とかは?女の人への贈り物としては鉄板でしょ?」

「……桜かあ。いいかもな。じゃあ、桜にすっか」

うんうんと頷く柊生。東はそれを見て手を叩いて喜んだ。

「やった!じゃあ、お願いね、旦那!」

「は?お前が渡せよ。」

「え、でも、俺、買いに行けないし…」

「選ぶのは俺がやってやるよ。でも、渡すのはお前がやれ。」

「そ、そんなの恥ずかしいよ!」

顔を真っ赤にさせる東を横目に、柊生はやれやれという風に言った。

「散々物贈られて歯の浮くような台詞を浴びるほど聞かされてる男のいう事じゃねえだろ」

「だ、だって俺、贈る側になんかなったことないし…」

「いーんだよ、心がこもってりゃ道端の花だって喜ばれんだから。な?」

「…わかったよ」

もごもごと口を動かしながら答える東に、柊生は大笑いした。



「蝶子さん、ちょっといい?」

「はい、なんでしょうか」

蝶子は、いつもよりも動きが硬い東を訝しげな様子で眺めながらも、表情は崩さずじっと見た。東は赤面と白面を繰り返しながら、す、と、桜の形の髪飾りを渡した。

「……これは?」

「い、いつも、お世話になってるから…お礼」

「そういったものなら、私よりも感謝すべき人が沢山いるのでは…」

「いいの!俺が蝶子さんにあげたいの!だから…その…受け取って、ください。」

蝶子は東から受け取った髪飾りを眺めた。自分の両の手にすっぽりと収まるぐらい小さな髪飾り。桜の形をした淡い色の装飾が目を奪う。

「…………」

「………蝶子さん?」

動かなくなった蝶子を心配するように顔を覗き込もうとした瞬間。

「ありがとうございます」

平坦な声と共に、素早く深い礼をされた。

「えっ!い、いや…その…き、気に入ってくれたなら、嬉しいな」

行き成りの事に戸惑いつつも微笑む東。蝶子は礼をしたまま、

「…とても、綺麗な髪飾りです。私には勿体無いくらい。本当に、ありがとうございます…」

改めて礼を言う声が、少し震えていた。

「蝶子さん?どうかしたの?」

「…いえ、なんでも、ありません」

平坦ながらも、震えが混じった声。心臓がいつもより大きく鳴った。

「蝶子さん?」

ほんの僅かに震える蝶子の肩に手をやり、顔を上げるように促した。

蝶子は少しためらいながらも、ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げた。



「…!!?」

黒く、光りの無い瞳には、一杯の涙が溜まっていた。耐え切れず流れ落ちる涙に、東は動揺した。

「ど、どうしたの?俺、なんかした!?」

「いえ、そうではないのです。ただ…。」

「ただ?」

「……」

『ただ』と言ったきり、黙りこくってしまった。ただ横に被りを振るだけ。そして、涙が静かに止まると、徐に髪飾りを付けた。

「…どうでしょうか。似合い、ますか?」

少し赤みがかった目じりに、白い肌。黒々とした瞳と髪。そして、淡い桜の髪飾り。その光景に、東は息をのんだ。

「…東さん?」

「……あっ!ごめん。うん、似合うよ。綺麗だね」

「…そうですか。良かったです」

無表情ながらも、柔らかな雰囲気を出す蝶子に、東はまた静かに息をのんだ。


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