涙
「東さん、ありがとうございました」
蝶子は東に会うなり、そう言って深く礼をした。
「ど、どうしたの?」
「東さんのおかげで、奥様と話すことが出来ました。なので、お礼をと思って」
そう言って、彼女は袖から包みをだした。
「どうぞ。」
「団子だ!ありがとう、蝶子さん」
嬉しそうに包みを広げる東を見つめた。
「…何?俺の顔に何かついてる?」
「いえ。東さんの笑顔は、綺麗だと思って」
その言葉に驚いたように両目を見開く東。
「どうかしましたか?」
「いや…蝶子さんがそんな事言うなんて思ってもみなかったよ。驚いた」
団子を頬張りながら言う東に、蝶子は首を傾げた。
「常々思ってはいましたよ」
「そうなの?」
「はい。……少し、羨ましいな。と」
その言葉に、思わず団子を詰まらせる。
「ゴホッゴホッ!」
「大丈夫ですか?どうぞ、お茶を」
「ありがとう…」
蝶子に差し出されたお茶を飲み、ひと段落をした後、東は蝶子の顔をじっと見つめた。黒々とした瞳に、自分の顔が映し出される。
「今の、どういう意味?」
「…東さんは、綺麗だな、と。私とは違って、隅々まで綺麗で、凛としていて、美しい。そう思ったら、少しだけ、羨ましくなります」
いつもよりも饒舌な蝶子を見つめながら、東は自嘲気味に笑った。
「……、俺が綺麗なんて言うのは、この着物と、俺の外見に騙されてるからだよ。本当の俺は綺麗なんかじゃない。全身くまなく穢れきった汚い男だよ。自分の身体を売って生活している、醜い醜い色子だよ」
その言葉に、蝶子は首を横に振った。
「大きな屋敷で身を売る東さんよりも、幼いころから主に身をささげ、奴隷として扱われている私の方が、汚れています」
「そんなことないよ。だってさ、蝶子さんは旦那が主人なんだよ?羨ましい限りだ。毎晩違う男と寝てる俺は、もう取り返しのつかないくらい汚れていて、穢れていて、触れたくもない」
東のその言葉に、蝶子の瞳が揺れた。東はそれを見ない振りをして、横を向いた。
「…」
「……」
数秒間の沈黙。いつも沈黙はあったが、いつも以上の、重い沈黙だった。
東は、蝶子に帰れと言うつもりで、口を開こうとした。
その瞬間。
蝶子は何を想ったのか、
その蜂蜜色の頭を撫でた。
「え・・・?」
「大丈夫です、東さんは穢れてなんかいません」
さらさらと頭を撫でながら、その黒い瞳は焦げ茶色の瞳を見つめた。
「…どうしてそんな事を言えるの?」
「例え身体は汚れていても、心は汚れてなんかいません。東さんは、汚くなんかありません」
真っ直ぐなその瞳には、光りは宿っていない。
だけど、東はその瞳に吸い込まれるような気がした。
ほとり。涙が流れた。
「あれ?」
「・・・」
蝶子は無表情のまま頭を撫で続ける。
「大丈夫です、東さん」
「蝶子さん、も、いいから」
涙が止まらない。一筋は二筋に分かれ、どんどん溢れ出す。
「俺、もう大丈夫だから、やめて」
ごしごしと乱暴に拭きながら懇願するが、蝶子の手は東の頭の上だ。
「蝶子さん、やめ、」
「ずっと我慢してたんですね、東さん」
「違う、から、大丈夫だから」
拭っても拭っても出てくる涙がとまらない。
「私で良ければ身体を貸します。好きなようにお使いください」
労わるような声を出されると、涙が一層溢れ出た。
「っ、じゃあ、蝶子さんの肩を…少しだけ、借りてもいい?」
しゃくりあげるように言うと、蝶子は黙ってうなずいた。
東は蝶子の肩に頭をつけると、抱きしめるように背に腕を回した。
その間、蝶子はずっと東の頭を撫でていた。