親の心
目の前で、自分の娘が土下座をしている。この状況に困らないわけがない。
「…お願いします、柊生様。私に、力を貸してください。」
土下座は崩さずに声を張る蝶子に「話は聞くから顔をあげろ」と言うと、蝶子はゆっくり顔をあげた。決意を秘めた瞳をしていた。
「俺に頼みたいことってなんだ?」「……お金を、貸してほしいんです。」躊躇いながらも蝶子は続ける。「そのお金で、東さんをあのお店から自由にしてあげたいんです」
この前雛菊が言っていたことを思い出す。蝶子の事だ、東に直接聞いたんだろう。
「金を借りるっていうのがどういうことかわかってるのか?」蝶子は静かに頷く。
「…それも、この俺に。……お前、自分の立場わかってて言ってんのか?」
「柊生様から受けた恩を仇で返そうとしているということは百も承知です。…ですが、私は、東さんが言っていた夢を叶えてあげたい。東さんが外の世界へ出たいというのなら助けてあげたい。でも、私にはそんな力はありません。柊生様のお力を借りなければ、私は何もできません」
蝶子の発する言葉一つ一つに、東を想う気持ちが嫌というほど伝わる。
「お前が一生働いても返せるかどうかわからねぇ額だぞ?」蝶子の顔が歪むのが分かった。掠れた声で「一生をかけて、必ず返します」と言うのが聞こえた。
「最悪、お前を売りに出しても良いっていうのか?それでも足りるかわかんねえ」
「…構いません。私は奴隷です。柊生様の思うようになさってください。」
「そんなに東を出してやりたいのか」柊生の一言に、蝶子は強く言った。
「東さんの夢の手助けができるのなら、東さんの笑顔を見れるのなら、私なんかの命でいいのなら幾らでも捧げます。私は、東さんを、」
「東さんを、愛しています。愛する人の為なら、私はなんだってしてみせます」
沈黙が訪れる。柊生と蝶子は暫くの間見つめあった。
「…お前、俺に似てきたな」柊生は静かにつぶやいた。
「え?」「愛する人の為なら何でもする、かあ…。やっぱり親子なんだな?」
困惑している蝶子を見て笑う。「俺も、愛する人の為ならなんだってするさ。」
「愛する妻と…娘の為ならな」
にかっと歯を出して笑う柊生を目を丸くしながら見つめる蝶子。
「お前の事を奴隷だと思ったことは一度もねえよ。意地悪いって悪かったな。金は貸す。あ、もちろんちゃんと返せよ。返すまで絶対死んだり俺の前からいなくなったりするなよ?」
事をようやく飲み込めたらしく、蝶子は深く頭を下げた。
「ありがとうございます…!ありがとうございます!!」
「気にすんな。金を出すのに少しかかるから、待たせることにはなるだろうけど」
蝶子は首を横に振った。「待つだなんて、滅相もございません。感謝してもしきれません」
肩が震えてるのが見えた。恐らく涙を我慢しているのだろう。柊生は柔らかく微笑むと、「お前が娘になってくれて本当に良かった」と呟いた。
蝶子は頭を下げたまま、涙を落した。




