雨の中の戯れ
雨が降っていた。
「嫌だなあ、雨・・・」
くいっと、肩を露出させていた部分を隠す。
「今日も蝶子さんは来るのかな・・・」
正直、あの薬を貰った日から、蝶子の事を少し尊敬したらしい東。
あれから東はあの薬を時々使っては苦悶の思いをしているようだった。
(でも、なんで薬なんて調合出来るんだろう・・・。別に、どうでもいいんだけど)
すぐに思案することを放棄した東は、ゆっくりと布団の中に潜った。
(なんか、眠いな・・・。少しだけ、少しだけ寝よう)
ふとそんな事を思って、瞼が落ちるのに従った。
さらり、と髪を撫でられた気がする。
時折、冷たい掌が頬に当たる。
ひんやりとした感触が伝わって、少し身を捩った。
「ん・・・」
ゆっくりと目を開けると、東の寝ている布団よりも少し離れたところに、鎖を身に着けた少女が座っていた。
夜の暗がりが顔にささって少し顔が見えなかったが、チャラ、と鳴る鎖の音に我に返った。
「・・・蝶子、さん?」
「こんばんは、東さん」
正座姿で凛としている少女の顔をじっと見た。
「いつから、いたの?」
「つい先程です」
「雨、だよ?」
「はい。ですが、今日来なければ暫く来れないので」
「そうなの?」
「はい。旦那様と奥様が旅行へ出かけるので、家にいる必要があるので」
蝶子の平坦な声を聞きながらもう一度寝転がる東。
「へえ・・・」
天井を見つめていた眼が蝶子を捉える。
(なんか蝶子さんって淡白っていうか無関心っていうか・・・何にも興味がないのかな?)
思考を一瞬張巡らせてから、東は密かに画策した。
(ちょっと蝶子さんを試してみよう)
「ねえ、蝶子さん」
「なんでしょう?」
「一緒に寝ない?」
ふふ、と妖艶に笑う東をじっと見る蝶子。
普通なら、この笑みを見て『寝る』の意味をどういった風にとるのかは決まっている。
(確かにこの前蝶子さんは自分は『使われる側』だって言ってたけど・・・流石に、彼女にも性欲ぐらいはあるでしょ)
「・・・」
自分の目の前にある蝶子は微動だにしない。
(・・・もし、俺の言った『寝る』をそういう意味に捉えたら、俺の勝ち。そうなったら・・・)
そうなったら。自分は蝶子をどうするつもりなんだろうか。
ふと考えてから、ある事を考えた。
(そうなったら、蝶子さんに意地悪をしよう。困らせて、いろんな顔を見ようっと)
今度は起き上って、蝶子にすり寄った。
「ねえ、蝶子さん・・・いいでしょ?」
すり、と普通は女性がするような動作で蝶子に上目使いをする東。
「・・・・・わかりました。寝ましょう」
(・・・俺の勝ち)
ニヤリと笑う東の手を引いて蝶子は布団の上に座る。
「ですが、少しだけです。私も家に帰らなければならないので」
「うん。いいよ」
蝶子は無表情のまま東の手を引っ張り、布団の上に倒した。
「え」
(俺が下!?)
まさかの状態に驚く東。
(いや、別に慣れてるけどさ・・・それにしたって、意外だ。蝶子さんって、ずっとじっとしてる人だと思ってたのに)
する、と蝶子の手が東の蜂蜜色の髪に触れた。
蝶子の黒々とした髪の毛がさらさらと流れる。
首回りで切り揃えられたその髪をじっと見つめる東。
そのまま蝶子は宥めるように東の髪の毛を梳くと、そのまま手は東の眼を覆った。
「・・・え?」
「おやすみなさい、東さん」
手が離れ、東の横に寝転がる蝶子。
布団を被せ、仰向けに目を瞑る。
チャリ、と鎖が鳴った。
「え、蝶子さん・・・?」
返事は寝息。
固く目を閉じた蝶子の横顔をじっと見つめ、それから反対方向へ向く東。
そして両手で顔を覆う。
(うっわ!凄い恥ずかしい!!誘った俺が馬鹿みたいだ!ってか蝶子さん俺の渾身の誘惑に微塵も揺らがなかった!!もう俺の負けです!!蝶子さんに性欲ないのかよ!)
そんな事を思いながら悶絶していると、いつの間にか寝てしまった。
最後に思ったのは、
(・・・蝶子さんの掌、ひんやりとしてて気持ちよかったな・・・)
雨はまだ降っていた。