着飾り笑顔
今、松江邸では、不思議なことが起きている。
「…」
「……」
雛菊と蝶子が、向かい合って座っている。お互いに口を開くことはない。
(…どうしたのかしら)
と、思考するのは雛菊の方だった。先程突然蝶子が自室に入ってきて、自分の前に座りだした。このおかしな行動に、雛菊は内心参っていた。
「…あの、蝶子ちゃん?」耐え切れず蝶子に話しかける。と、蝶子は一瞬肩を大きく震わせた。
「どうか、したの?」
雛菊の言葉に、「あの、その…」と、どもるような声を出す蝶子。雛菊はそんな蝶子を見て微笑んだ。
「ゆっくりで、いいから。ね?」
雛菊の笑みを見た蝶子は、少し咳払いをして、雛菊を見つめた。
「…あの、奥様に、お頼みしたいことがあるんです。」
いつものように、東江春館へ足を運ぶ。いつものように、受付の少年に声をかける。
「あの、」すみません。その声に俯いていた顔を上げた少年は、少し眼を丸くした。
「…あ、いらっしゃいませ。」
「東さんは、いらっしゃいますか」
少年は動揺を押さえつつ、確認をする。蝶子はいつも通りを装うが、どことなく落ち着きが無いように見えた。
「あ、はい。います。どうぞ」少年が前を歩き、部屋の前まで来る。
「ごゆっくり」
「失礼します」
今回は襖を開ける前に言った。戸口にかける手が少し震えたが、勢いよく開けた。
「あ、蝶子さん、いらっしゃ…」
蝶子の顔を見た東は、一瞬固まってしまった。蝶子の顔の所為だ。もう少し言えば、蝶子の顔に施されている化粧の所為だ。
白粉を塗り、紅を塗り、美しく飾られた蝶子。着物はいつもと違って明るめの物を着、東から貰った髪飾りを着けていた。
「ちょ、蝶子さん!?どうしたの!!?」
(あの、いつも化粧もしなくて飾り気もない蝶子さんが!!)
失礼なことを思いつつも、蝶子の変化に戸惑いを隠しきれない。
「奥様にお願いして、着飾ってみたのですが…。似合わないですか?」
蝶子の方は少し困惑しながらも、照れ臭そうに話す。東は思い切り首を横に振って。
「ううん、綺麗だよ!凄く美人!!」
大声で言った。それを聞いた蝶子は、照れたのか、顔を俯かせた。
「ありがとう、ございます」微かに震えている声。東は思わず蝶子を抱きしめた。
「!?」
「蝶子さん、可愛い…」
「あ、あの、東さん…」
蝶子の声に我に返った東は、素っ頓狂な声を上げながら蝶子を開放した。そして、
「えっと、うん。似合うよ、似合うけど…」
「?」
「俺は、いつもの蝶子さんの方が、好きかな…」
その言葉に、蝶子は満面の笑みをこぼした。東は、その笑顔を見た瞬間、思わず叫びをあげてしまった。
蝶子が帰った後、東がこってり絞られたのは、言うまでもない。




