蛾になった桜
「ぎゃああああ!!!」
「我慢しろ!…ほら、終わったぞ」
幼い桜の背中には、赤い蛾の刺青が施されていた。半ば放心状態の桜の首に、鉄の首輪と鎖が着けられる。
突然の重みに呻きをあげる。男は、蝶子に着替えるよう言った。鮮やかな青の着物に着替えると、首輪についてあった鎖を引っ張られ、ふらふらとついて行った。
「これからお前を売る。買うのは地主のような大金持ちたちだ。いいな」
何がいいのだろう、と思いながらこくこくと頷く。首輪の所為で上手く声が出ない。
男に連れられ壇上にでると、沢山の人が桜の目の前にいた。
自分たちよりも先に居た男が桜の事を紹介する。そして、「いくらで買うかい!?」と叫んだところで、地主たちの競りが始まった。
桜が一生働いても稼げないような金額を次々と言っていく人々。桜はその光景を、他人事のように眺めた。
暫く経ち、買い手が決まったらしい。その男が壇上へ上がってくる。
小太りで明らかに裕福そうな男が、桜を見下ろす。
「ぐひ…こきつかってやるからなあ…」
舐め回すような視線と、陰湿そうな口調に桜は静かに眉を顰めた。
手続きが終わり、蝶子は小太りの男に手を引かれ、ついていく。男の家は大きく、桜は思わず歓声をあげた。内装も豪華で素晴らしく、桜は一つ一つに感激しながら家を歩き回った。
「お前、名は?」
「桜と言います」
「桜、ねえ…。」ふむ、と男は暫く考えたあと、
「お前は今日から青柳だ。いいな」
「え…?」
満足げに言い放ち、戸惑う桜を余所に部屋に案内する。
「ここがお前の部屋だ」
案内されたのは、薄暗く光りの届かない、牢屋のような部屋だった。
「どうだ?奴隷の部屋にしては立派だろう」
笑いながら言う男に、桜は涙をながした。
「そうかそうか、泣いて喜ぶか!あっはっはっはっは!」
その笑い声を聞きながら、桜は思った。
(奴隷って、もう人じゃないんだ。家畜…ううん、それ以下の存在なのかも知れない)
涙が止まらない桜を見た男は、そのまま桜に覆いかぶさった。
「!?」
「泣いてる姿もそそるなあ。そのまま泣き叫んでくれよ~」
と、そのまま、桜の事を襲った。
純潔を奪われた桜は、地下牢のような場所で蹲って泣いていた。
「お父さん…お母さん…」
カラカラの声で呼んでも、誰の耳にも届かない。桜は、泣きながら眠りについた。
その後、『青柳』としての生活を始めた。そして転々と主人を変えていくようになった桜は、五番目の主人として松江柊生に仕え、『蝶子』としての人生を歩んでいるのだった。
「東さんから髪飾りを貰った時、驚きました。貰ったのが、桜の形…私の最初の名前だったから。昔の事を思いだしてしまって、つい、泣いてしまいました。」
蝶子の話を聞き終わった東は、静かに、静かに零した。
「辛かったね」
蝶子は、違います、と呟いた。
「確かに、辛かったかもしれません。でも、全て過去の事です。」
今は、幸せなんです。
微笑む蝶子に、東は何かを言いたかった。でも、うまく表せなくて、口を噤んだ。蝶子は続けて言った。
「私は、最初此処に来ることを拒否していたんです。昔の事を思い出したのでしょうね。…でも、今は違います。此処に来ることが、私の楽しみになっているんです」
柔らかく笑った。思わず手を伸ばし、その頬に手を当てた。
「俺も、蝶子さんに出逢えて幸せだよ」
蝶子は東の手を取り握ると、また微笑んだ。




