魅せられ、捨てられ
桜の父は、あの男がいる館に通うようになった。その館とは、陰間茶屋だった。
最初はただの好奇心だった。それに、あの美しい人をもう一度、目に焼き付けたかったのだ。
だが、その考えは甘かった。
陰間茶屋には美しく飾られた少年たちが沢山いた。父は魅了されてしまったのだ。陰間茶屋の誘惑に。
こうして、父はあの色子と会う為に、あくせく働くようになったのだった。
その色子の名前を弦と言う。
「弦君、どう?慣れたかな?」
「うん、貴方のお蔭で、この仕事が好きになったよ」
微笑む弦に頬を綻ばせる。弦は微笑んで、すり、と父に寄り添う。
「ねえ…」
「な、何?」握られた手に熱が集まるのを感じながら、弦と顔を見合わせる。刹那、接吻をかわした。
「僕、貴方の事好きになっちゃった…」
脳髄まで蕩けそうな声。父は、深みに嵌ってしまった。
「お父さんがね、夕方ぐらいにどっかにふらーって行っちゃうの。それで、夜遅く…たまに、朝に帰ってくるんだよ。お仕事にしては時間がかかってるんだよね」
桜は、近所の友達に父の事を相談した。
「なあ、知ってるか?」
「なに?」
友達は、桜と秘密の話をするように顔を近づけた。
「もしかしたら、お前の父さん、カゲマヂャヤに行ってるんじゃね?」
「カゲマヂャヤ?」
聞き慣れない単語に戸惑う桜。友達はにやりと笑って言った。
「カゲマヂャヤってところに男が行くと、すごくだらしなくなるんだって。んで、今まで以上に働いて稼ごうとするらしいぜ」
「どうして?」
最近の父の事を思い出しながら問う。
「カゲマヂャヤって、金がかかるらしいんだ。だから、一日でも多く行くために働くんだって」
「なんか、怖いね」
桜が言う。友達も震えあがっていた。
「おう。俺、絶対行きたくねえ」
その後、友達と別れ、桜は家路についた。
(お父さん、そこに行ってるから最近おかしいのかな…。)
そう言えば、その後どうなるのだろうか。疑問に思いながらも、夕暮れの道を歩いていた。
数日たったある日、知らない男が急にやってきた。
「よお嬢ちゃん。お前の父ちゃんを知らねえか?」
「え?父は、暫く帰ってきませんが…」
父は、しばらく街の方へ行って帰ってきていない。深刻な病人がいるから、しばらく付きっ切りで看病をしなきゃいけない、と言っていた。
「ちっ。うまく逃げやがったな…。まあいい、来い」
自分の二倍も三倍もありそうな男に腕を引っ張られる。何が起こったのか全くわからずにいると、
「お前の父ちゃん、陰間茶屋に金注ぎ込み過ぎて、この店を売ったんだよ」
「え?」
「遊びすぎたんだろーな。まあ、あんな堅気が店にのめり込めばそうなるわな」
「お、お父さんは患者さんの看病の為に街へ行ってるって…」
桜の言葉に、男は冷たく返した。
「そりゃ、嘘だ。お前の父ちゃんは逃げちまったよ」
「え…?」
突然の事に状況が呑み込めずにいる桜に、男は舌打ちをした。そして苛立ちながら言った。
「陰間茶屋の色子に貢ぎ過ぎて、払うもんが無くなったつって、この店と、お前を売ったんだよ」
「私を…?」
「ああ。唯一の血縁者であるお前が、父ちゃんが抱え込んだ借金を払わなくちゃあな」
腕を引く力が強くなる。殆ど引きずられるように桜は歩いた。
「だから、お前は奴隷として身を売ってもらう。まあ、若いからそれなりに高値はつくだろ。安心して売られな」
「え?え?」
何が起こっているのかわからない。涙が溢れた。ただわかったのは一つだけ。
(私、お父さんに捨てられたんだ…)
桜は絶望しながら、男と歩いて行った。




