蝶子の過去
終生から話を聞いた蝶子は、急いで東江春館へと足を運んだ。
(我ながら足繁く通っているなあ…。)
そう思ってから、急に金銭面の事が気になりだした。高級の陰間茶屋だ。一日過ごすだけでも蝶子には想像も出来ないぐらい大きな金がかかるだろう。
(余裕が出来ると、色々と考えてしまうわ…。少しだけ、通う日数を減らした方がいいわよね)
その方が松江家の為だ、と頷く蝶子。だがその実迷惑でもなんでもなく、陰間茶屋で一日過ごそうが一週間入り浸ろうが、松江家にしてみれば痛くも痒くもない出費であった。しかも、大切な一人娘が成長するなら尚更だった。だが、蝶子はそれを知らない。
「こんにちは」
「こんにちは」
受付の少年は、微笑みながら手続きを済ませる。彼とも少し、世間話をするようになった。
「では、案内します」
「お願いします」
自分の胸ほどの背丈の少年の後ろを着いて歩く。この館はとても広い。松江邸よりも大きいのではないかと、今更ながらに思うのであった。
東の部屋の前に着く。とんとん、と襖を叩く。
「はい」襖の向こうから声がする。明るい声だった。
「お連れしました」
「ご苦労様」
「…では、ごゆっくり」
少年は一つ礼をして去っていった。襖を開く。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
自分も礼をすると、座敷に腰を下ろす。東はなんだか嬉しそうだった。
「今日はどうしたの?」
「治療をと思いまして。薬を調合してきました」
そそくさと準備をしていく。
「塗りますので、脱いでください」
「わあ、大胆」
笑いながら、重たそうな着物をいそいそと脱ぐ。白い肌には赤黒や青、掠り傷や切り傷が沢山散っていた。
「…失礼します」
一瞬顔を顰めてから、指に薬を着け、それを傷口に塗っていく。
「ぐうう…痛い痛い!」
「そうですか」
「前よりは少し痛くなくなったけど…沁みるうう」
悶えながら呻く東に、動かないでください、と蝶子が制した。
「……はい、終わりました」
「おお…塗ったところがじんじんする…」
「今度はもっと痛く無いようにしてみます」
薬をしまいながら言う。東は着物を着なおしながら、疑問を口にした。
「ていうかさ、ずっと思ってたんだけど、蝶子さん、何で薬を作れるの?普通の人じゃできないよね?」
東の疑問はもっともだった。普通、薬は医者か薬屋しか作れない。蝶子は薬を片付けながら、さらりと言った。
「私が奴隷になる前の実家が薬屋だったんです。」
「へえ、そうだったんだ」
「…私は父が薬を調合する姿を見て育ちました。それに、幼いころから家を継ぐことを考えていたので、調合の勉強をしていました。…まさか、こんな風に役立つとは思ってもいませんでしたけど」
「じゃあ、なんで奴隷になったの?」
好奇心で問いかける。すぐに罪悪感が襲ってきた。流石に不謹慎だとおもいながら、「ごめん、話さなくてもいいよ」と言おうとした時。
「気になりますか?」
と、蝶子は微笑んだ。
(蝶子さん、最近笑ってくれるなあ。可愛いなあ…。じゃなくて、いやいや、そこは笑う所じゃないって)
「うん、まあ。嫌なら話さなくてもいいけど」
「いえ、折角なので聞いてください。」
折角とは、と思いながら頷く。蝶子は座り直し、少し間を開けてから話した。




