闇に沈む
こつこつと、廊下に足音が響く。蝶子は、複雑そうな表情で東江春館を歩いていた。
(東さんは、だいじょうぶでしょうか…。)
ふと、あの男の顔を思い出す。穏やかで、優しげな笑みを浮かべていた。柊生の言うとおり、蝶子も初めは騙されていた。その前の主人たちは、初めから蝶子を人とは思わずに接していたが、斉藤は違った。何もしない、害はないと言う風に近づき油断させ、本性を現し絶望に満ちた顔を見てほくそ笑む。幼少期からの歪んだ性癖らしい。
(東さんみたいな綺麗な人に手を出さないわけがない…。どうにか、しなきゃ)
でも、どうしたらいい?
堂々と思考を巡らせ、眉間に皺を寄せる。自分が奴隷だという事が恨めしい。自分が普通の人間だったら、東を守ることが出来たかもしれないのに。自分が普通の人だったら。
目じりに熱が集まる。慌てて頭を振り、耐える。
(私が泣いても仕方がない。今は東さんをどうやって守るか考えなきゃ)
受付の少年に声をかける。返事はすぐに返ってきた。
「…すみません、東は貴女には会いたくないそうです」
「え…?」
戸惑いを見せた後、はっとした。東に何かあったに違いない、と。
「すみません、東さんは最近誰と会っているかわかりますか?」
「教えることはできません」
「……そうですか。では、失礼します」
礼をし、出ていく。少年はその後ろ姿を見て、息を吐いた。
「…蝶子さんは、帰った?」
「はい。」
「そっか、ありがとう」
「失礼します」
少年が戻っていくと、東は床に横になった。
「ごめんね、蝶子さん」
呟かれた謝罪は、誰の耳にも届かない。
「ごめんね…」
傷だらけになった身体を抱きしめ、唸るように言い続けた。
とんとん、と襖が叩かれた。
「どうぞ」
「東様、お客様です」
「誰?」
「斉藤様です」
斉藤。その名前を聞いた瞬間、震えあがるのが自分でもわかった。
「…うん、通して」
少年に向かって微笑む東。彼の本心は、底に沈んでいった。




