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東の蝶  作者: 明夢 優深
奴隷と色子
19/33

東の危機

「お前の前の主人ねえ…」

帰ってくるなり涙声で柊生に縋る蝶子を何事だと思い、事情を聞いた。蝶子は少し落ち着いたのか、雛菊が淹れたお茶を啜っている。

「そんなにやばいのか?」

「はい。…今でこそ消えていますが、毎日傷をつけられていました。あと一歩で死に至るときもありました。」

「まあ、確かに俺が拾ったときは随分とボロボロだったが…。まさかそんな事があったとはな」

蝶子は柊生にすら自分の過去を明かさない。だが、訊かれれば全て答えるつもりだった。柊生は初めから、蝶子の過去を聞くような事はしなかった。それは、彼なりの、蝶子への思いやりだった。

「で、斉藤吉兵衛だっけ?」

「…はい」

身を固くさせながら答える蝶子に、柊生は優しく微笑んだ。

「そんな顔すんなよ。雛菊の茶は美味いか?」

行き成りの質問に戸惑う蝶子だが、もう一度お茶を飲んで、頷いた。

「よし。…そいつの名前、どっかで聞いたことがあったが、今度の商談の相手だな」

その一言に、蝶子は一気に顔を上げた。

「へえ、確かに騙されるよなあ。表向きは好青年って感じだからなあ。お前も騙されたクチか?」

黙って俯かれ、しまったと思いながら話を続ける。

「…まあ、そりゃ東が心配だよなあ。でも、お前がそいつの元へいたのは三年前の事なんだろ?改心でもしてるんじゃあねえのかい?」

「…私が捨てられた理由は、新しい奴隷が手に入ったからです。私よりも幼く、華奢な女の子でした。」

暗い蝶子の声に、頬を掻く。その様子だと、斉藤の嗜好は全く変わっていないのだろう。

「俺も、注意してみるよ。何かあったら俺がそいつを取っちめてやる」

腕をまくる動作をしながら勢いよく言う柊生に、蝶子は少し顔を綻ばせた。だが、すぐに暗い顔に戻り、

「東さんに、言った方が良いのでしょうか」と、呟いた。

「…別に、隠しときたい過去の一つや二つ、あんだろ。東を守れりゃ、言う必要なんてねえよ」

笑いながら蝶子の頭を撫でる柊生に、蝶子は少し安心したのか、崩れるようにその場に倒れた。


「斉藤さん?どうしたの?」

東は、ふと笑いを止めた斉藤の顔を覗き込む。蝶子の忠告など気にも留めていなかった。

「……東君は、可愛いねえ」

言いながら頬に口づけをされる。くすぐったそうに身を捩ると、両肩を掴まれた。

「あー、もう駄目だ。辛抱たまらん」

「するの?」

「いいや、違うよ」

「え?」

いつもと違って獰猛な笑みを浮かべる。そして東を乱暴に床に倒した。

「うわっ」

「東君ってさ、殴られたことある?」

「え?」

東は斉藤の顔を見た。今まで見たことのない邪悪な笑みがそこにあった。思わず逃げ腰になる。

「駄目だよ、逃げちゃあ。お客さんを残して帰るなんて失礼だろ?」

「やめっ…」

大声を上げようとする東の腹に、斉藤の拳が落ちた。

「ぐふっ」

そのまま身を倒し、東の耳元で囁く。

「東君、最近奴隷の子と仲がいいんだっけ…?蝶子ちゃん、だっけ」

「…!」

「奴隷がさぁ、人に立て付けると思う?思わないよねー。だって、道具だもん」

「蝶子さんは道具なんかじゃっ…」

「煩いなあ。あははっ」

笑いながら東の腹に拳をつけ、ぐりぐりと押し付ける。東の呻き声が漏れた。

「大声で叫んでもいいんだよ?蝶子ちゃんがどうなってもいいならねっ!!」

言いながら東の上に馬乗りになり、身体を痛めつける。

「顔は止めてあげるよ、商売道具だしねえ!」

大声で笑いながら東を殴りつける。

「こんな綺麗な子を殴ってみたかったんだよねえ!一年待ったかいがあったかな!?」

痛みに声をあげながら、朦朧とした意識の中で、蝶子の事を考えていた。

(ごめんね、蝶子さん…。蝶子さんの言いつけ、守ればよかった…)

東はしばらくして、意識を沈めた。


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