変わり続ける世界
黒髪を揺らしながら、店の中を歩く。少女の前を歩いているのは、未成熟だが美しく化粧を施している少年。彼はまだ一人前の色子ではない。だが、将来はこの東江春館を担う働き手になるのだろうか、と首輪を着けた少女はぼんやりと考えた。どちらが幸せなのだろうか。奴隷として働くことと、色子として働くことの、どちらが…。
「つきました」
そんな事を考えていると、もう自分の待つ色子のいる場所に着いたらしい。丁寧に礼を言って、襖を開ける。目の前にいたのは、朱色の着物を羽織った、蜂蜜色の髪をした美少年だった。
「こんにちは、東さん」
「いらっしゃい、蝶子さん」
東は足を少し遊ばせながら、蝶子の顔を見て笑う。蝶子は部屋に入る前に深々と礼をした。首輪に着いている鎖がジャラジャラと鳴った。
「失礼します」
「久しぶりだね。ごめんね、忙しくて」
「いいえ。私は大丈夫です。東さんこそお疲れではないですか?」
労わるような声が部屋に響く。この声は、普通の人間にはただの平坦で冷たい声にしか聞こえないだろう。
「ん、大丈夫。蝶子さんの薬のお蔭で毎日元気だよ」
笑って言う東に安堵する蝶子。東は最近気づいたのだが、蝶子は案外心配性な所がある。彼女と出会って暫く経つ。どれほどの日にちが経ったかはわからないけれど、その日々を過ごす中で、知ったことが沢山あった。
「そうですか、良かったです」
この少女の柔らかな雰囲気も、その事のひとつだ。
(まあ、これは俺に対する警戒心とかそういうものが解けた結果…だけどね)
そんな事を思いながら微笑む東。蝶子は不思議そうに首を傾げた。
「気にしないで。ちょっと思い出し笑い」
「…そうですか」
蝶子はふと思い出した風に、ぽつりと呟いた。
「…そう言えば、受付の少年が、今日は化粧をしていましたね」
「ああ、色子の修業がもうすぐ終わるんだよ。、もうすぐ色子の仲間入りだね」
「そうなんですか。とても美しかったです」
「まあね。今回化粧をしたのは俺だから」
「そうだったんですか。少し、東さんに似てましたね」
「そうかなあ。俺の髪色は珍しいでしょ」
東が自分の髪の毛を触りながら言う。確かに、彼と同じ髪色の人を見たことがない。
「はい。ですが、似ていましたよ。なんとなくですけれど。」
そう言った蝶子の顔は、穏やかで、優しかった。その表情に静かに胸を高まらせた東は、照れたように微笑む。その後、少し笑って言った。
「…じゃあ、アイツにも、素敵な出会いがあるといいね」
「出会い、ですか」
「うん。俺で言うと、旦那とか……蝶子さん、とか」
蝶子が目を丸くしたのが分かった。それから、静かに呟くのも。
「私、ですか」
「うん。」
東は大きく頷いた後、強い思いが込められた声で言った。
「多分なんだけど、蝶子さんに会わなかったら、俺は一生ただの使い捨て人形だったよ」
蝶子が僅かに口を開けた。東は続けて言う。
「俺ね、蝶子さんに会ってから、少しずつだけど、変われたんだよ。物の考え方とか、お客さんへの対応の仕方とか…。ちょっとずつ、良い方向に変われてるんだ。これも全部蝶子さんのお蔭だよ」
だから、蝶子さんと出逢えて、俺は良かったんだ。
その一言聞いた蝶子は、嬉しそうに、でも少し切なそうに言った。
「貴方のお役に立てたなら、こんなに嬉しいことはありません」




