戸惑いと本心
「……こんにちは、東さん」
「こ、こんにちは、蝶子さん」
沈黙が訪れる。蝶子が東への気持ちに気づいてからしばらく蝶子は東の元へ訪れなかった。そのことを少し寂しく思いながらも過ごしていた東にとっては、今回の訪問は嬉しくも驚きのあるものだった。
「久しぶり、だね」
「はい…」
「えっと、元気だった?」
「お陰様で」
無感情そうに呟くその声に、少し背筋が凍った。
「あ、そうだ。団子、食べる?蝶子さんが作ってくれた奴の方が美味しいけど」
「…いただきます」
「どうぞ」
ぎこちなく団子の入った皿を差し出した。蝶子もぎこちなく受け取ると、一つをゆっくりと食べた。
「……美味しい、です」
「そっか。良かった」
「東さんも、どうぞ」
「うん、ありがとう」
蝶子が皿を東に差し出す。東は少し笑って団子を食べた。
次々に口に放り込む。蝶子は動かない。
「……」
その表情は、何かに耐えてるようで、苦しそうで、辛そうだった。
「…東さん」
「何?」
「…この間の事ですが」
「えっ、ああ…」
ついにこの時が来たか、と腹をくくる。返答は、正直迷ってはいるが。
「えっと、蝶子さん…」
「すみません」
勢いよく土下座をする蝶子。呆気にとられた東は、訝しげな表情を作った。
「…何が?」
「この前の事は、全て忘れてください。申し訳ありませんでした。」
「……は?」
思わず声が出た。
(何、行き成り『忘れろ』って…俺がどんなに悩んだのか、知らないくせに)
「蝶子さん」
「なんでしょうか」
依然土下座の体勢は変わらない。少しくぐもった声が聞こえた。東はその姿勢を見つめ、歯の奥を小さくギリリと鳴らした。そして言う。
「…わかった。忘れるよ。」
顔を上げる。無表情だった。でも、東にはわかった。驚きと、安堵と、寂しさが募っていた。
(もう、俺は蝶子さんの表情の変化がわかるようになった。いくら隠しても、わかるんだよ、蝶子さん)
そう思いながら、微笑む。これこそ、東が隠した、蝶子への想いそのものを象徴していた。それに気づかない蝶子は、小さく息を吐く。
「…東さん、私の作ったお団子を気に入ってくれたんですか?」
「あー、うん。美味しいし。蝶子さんのお蔭で、大好きになったんだ」
その言葉に少し反応した。でもすぐにあの柔らかな雰囲気を醸し出して、
「では、次に来た時に、作ってきます」
「いいの?ありがとう!」
にっこりと笑うと、蝶子も少し笑ったように見えた。そんな事に気づけるのは、東と、松江夫妻だけだった。
「ありがとう、蝶子さん」
改めて礼を言うと、蝶子はかぶりを振った。
「東さんに喜んでもらえるのなら、私はなんでもします」
その一言に、東は微笑んだ。




