変化
お互いの風邪が完治してから、ひと月が過ぎた。
その間の二人の関係は、少し変わったものだった。
「……蝶子さん?」
「はい、なんでしょう?」
「えっと…大丈夫?その怪我」
「え?ああ…はい」
東の視線は、両手の蝶子の切り傷たち。
彼女の話によれば、最近原因不明の動機と息切れと謎の空白感が襲い掛かってくるらしい。切り傷は、料理中に上の空になった結果だという。
「珍しいね、蝶子さんがそんな風になるのって」
「…私にも、わからないんです」
「でも、昨日よりも増えてる。大丈夫?」
つ、と東が蝶子の指先に触れた。瞬間
バッ
「……!!」
「…………」
蝶子は少し早口で言う。
「申し訳ありません。この程度の傷、どうということはないので大丈夫です。」
「そう、なら良いけど…」
苦笑い。蝶子は無表情のまま、自分の手を少し強く握った。
「……」
最近、蝶子さんの様子がおかしい。
いや、前から無表情で凄い事をする人だったけど、今回はそういうのとはワケが違う。
まず、俺に対する態度。これが明らかにおかしい。
いつもなら無表情で(少し柔和な雰囲気で)接してくるのに、ここ最近は本当に無表情だ。もう何考えてるかわからないぐらいに無表情になってる。最初に出会ったころとそんなにかわらないくらい。
もしかしたら俺が何か凄く嫌なことをしたんじゃないかとか考えてしまうけど、全然心当たりがない。というか旦那曰く俺は蝶子さんには変に気を使って優しいらしいから、それぐらいだと思う。差別しないで差別してくださいみたいな。どうなんだろうか。
「ねえ、蝶子さん」
「はい」
「俺、もしかして何か嫌なことしたかな?もしそうなら謝りたいんだけど…」
「なぜですか?東さんは何もしていませんよ」
無表情で平坦な声でそんな事を言わないで欲しい。怖い。
「いや、だって、最近の蝶子さん…様子が変だから」
「変?」
ちょっと、首かしげないでよ。可愛いなあ。
「うん。俺が触ろうとすると異常に逃げようとしたり、俺の眼を見て話さなくなったり…どうかしたの?」
蝶子さんは、俺が触っても微動だにしないし、ずっと俺の眼をじっと見てくるような人だ。このひと月でなにがどうなったのだろうか。
「いえ…特にこれと言った理由はないのですが」
それは嘘だよなあ、と思いながらも、きっと本気で言ってるんだよな、とも思う。
「そっか。でも、俺が蝶子さんに何か嫌なことをしたらいつでも言ってね。直すから」
「…その時は私が悪いので、そんな心配はしないでください」
「そうとも限らないでしょ」
「いいえ」
「ええー」
終わりの見えない押し問答のようなものを少しして、笑う。
「でも、何もないなら、良かった。何かあったらすぐ言ってね」
「…はい」
少し不満そうな声色。ちょっともとに戻ったかな?
「あ、あの髪飾り、使ってくれてるんだね」
そう言って、蝶子さんの髪に触れると、ビクリと震えた。
「あ…」
瞬間。眉根を顰め、辛そうな表情になった。どうかしたのだろうか。
「蝶子さん、大丈夫」
「…え、あ、はい。大丈夫です。……すみません。今日はもう、帰ります」
「え…うん」
バッと立ち上がり、深々と礼をする。
「じゃあね、蝶子さん。」
「はい。」
顔もろくに見ず去っていく蝶子さん。本当にどうしたのだろうか…。
俺の心配もそこそこに、次のお客さんが来る知らせが届いた。




