熱に浮かれる
「蝶子さんが風邪を引いた!?」
東の風邪が完治して二日が経って、やってきたのは蝶子ではなく柊生だった。
「ああ。どっかで貰って来ちまったらしくてなあ。雛菊が嬉々として看病してるよ」
「…俺が、移したのかな」
「そう言えば、お前の看病しに行ったんだっけか、あいつ。」
「うん。蝶子さんのおかげで、割とすぐ治ったんだ」
その言葉を聞いた柊生は、合点の言ったような顔つきで言った。
「お前に会いに店に行ったと思ったら、一回帰ってきてな。急いでなんか準備して、走ってまたお前に会いに行ったんだよ」
そんだけお前の事心配だったんだなぁ。
その一言を聞いた瞬間、一気に赤くなるのを感じた。
「そ、そっか…蝶子さんが、そんなに…」
「ああ。あんなに焦るアイツを見たの久々だったなあ。俺がぶっ倒れた時以来だったな~」
「旦那、ぶっ倒れるまで仕事しないでよ…」
「いやー、大変だったんだって。相手が手ごわくって手ごわくって」
そのままその時の出来事を話しなじめる柊生。それを楽しそうに耳を傾ける。
東はこの時間が好きだった。外の世界を体験できる時間。目で見れなくても、身近に体験できるようなこの時間が大好きだった。
(…優しいなあ、旦那は。)
東の好きな話をすることで、少しでも蝶子心配させないようにする。それが自分の所為ということなら尚更だ。
「でな。その相手、俺の家に来たいっつうんで連れてったら、雛菊に色目使いやがって…。商談相手じゃなかったらぶん殴ってたな」
「あはは…」
気付けば時間が過ぎ、日が傾き始めていた。
「おっと、もうこんな時間か。もう帰るな」
「うん!ありがとう、旦那。またね」
「おう」
軽く手を挙げて帰ろうとする柊生。
「……あっ!ちょっと待って!」
それを急いで静止させると、棚からガサゴソと何かを取り出した。
「これ、蝶子さんに渡して!」
「ただいまー」
「おかえりなさい、貴方!東君はどうだったの?」
「元気だったよ。蝶子はどうだ?」
「うーん、熱がね、ちょっと引かなくて…。お医者様に罹るのにも時間がかかるし…」
困ったわね。と、本気で困った顔をして言う。その表情に少し顔をにやけさせながら、柊生は歩き出した。
「あいつは今部屋か?」
「ええ。行くの?」
「ああ。土産を持ってきたからな」
「土産?」
「ゴホッゴホッ…」
咳をする度に、首輪の鎖が鳴る。こういう時、蝶子はこの首輪を外したいと思う。でも、それは誰にも出来はしない。熱に浮かされ、咳をしながらも、蝶子は東の事を思った。
(東さん…風邪、治ったかな。心配だわ…。薬、ちゃんと飲んだかな…。苦そうな顔してたから、次は苦味を和らげられるかやってみよう…)
うう、と唸り、寝返りを打つ。と、襖が開いた。
「よお、蝶子。元気か?」
「旦那様…おかえりなさいませ。すみません、すぐ治しますので…コホッ」
「あー、無理すんな。大丈夫だから」
苦笑いをしつつ、蝶子の寝ている布団の前に腰を下ろす。
「あの、旦那様…移したら大変なので、」
「大丈夫だって、すぐ終わるから」
「?」
終生は懐を少し漁ってから、蝶子の目の前にある物を突き出した。
「……紙?」
綺麗に折りたたまれた紙。どこかで見たことがある気がする、と一瞬思案してから、思い出した。
「私が、東さんに渡した薬…」
「ああ、そうだったのか。強引に『いいから持っていって!』って言われたから何かと思えば…」
「東さんの風邪は…」
「治ったよ。元気だった」
その言葉を聞いた蝶子は、どこか柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「良かった…」
小さく呟いた言葉を聞き流しつつ、柊生は言った。
「きっと東から移った風邪だから、症状は似てんだろ。だから薬持ってけっつったんだな。ほら、飲め」
「ああ、すみません。食事がまだで…」
「成る程、それでこれか」
「え?」
また懐から何かを取り出した。
「こっちは、『食べやすいように作ってもらった』だってよ」
蝶子の目の前にあったのは、団子だった。
「…」
「あいつが風邪ひいてた時にさ、無理言って店の奴らに作らせたんだとよ。お前の味には及ばなかったらしいけどな。」
と、蝶子は徐に布団を深くかぶり、思い切り咳をした。
「ゴホッゴホッ…うぇっ」
「大丈夫か?」
「すみません…。ありがとうございます。東さんにもお礼を言っておいてください」
「ああ、お前からも直接言うんだぞ」
「はい」
「じゃあ、俺行くから。ゆっくり休めよ」
「はい」
しばらくして襖の開け閉めされる音が聞こえた。その音を聞いた後、蝶子は団子を食べ、薬を飲んだ。
「…うっ」
(確かに苦い…。これは、なんとかしなくては…)
そう思いながら布団につく。
(東さん、私の事を心配してくれたんだ…申し訳ないから、またお団子を作っていこう)
そしていつもの無表情のまま、東が喜ぶ顔を思った。
無表情を貫く彼女の顔中が赤かったのは、彼女さえも知らない秘密。




