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東の蝶  作者: 明夢 優深
奴隷と色子
10/33

素直な熱

「すみません。東は風邪を引いているので、会うことは出来ません。」

受付の少年から放たれた一言に、鉄の首輪と鎖をつけた少女は静かに驚いた。

「風邪…ですか。症状はどのようなものですか?」

「えっ」

少女の一言に、少年は驚いたような声を出した。他の客は大体心配するか、舌打ちをするか、どちらかだったからだ。

「咳と、鼻水と、あと熱が酷いそうです。お医者様を呼べる状況でもなかったので、寝て貰っています」

「そうですか…。あの、一つ、お頼みしてもよろしいでしょうか?」

「え?」


「ゲホッゲホッ」

布団の中でせき込み、鼻をすする。寒気がする。でも、身体中は熱い。それから、喉も少し痛い。

(もしかしたら、昨日のお客さんかなあ…。鼻水すすってたし。接吻した時に移ったのかなあ…)

ぼんやりとした頭で考えながら、足をもぞもぞと動かす。寒い。

と、不意に、とんとん、と襖を叩く音が聞こえた。

「ごはんかなあ…。どうぞー」

なるべく大きめの声を出し、また咳き込む。襖が開き、人が入ってくる。

「ご気分は如何ですか?」

「……えっ!?」

思い切り起き上る。そして、入って来た人物を改めて見直した。

「…蝶子さん、なんで」

病床の東の横に静かに座っているのは、彼の常連になりつつある少女―蝶子だった。

「いえ、東さんが風邪を引いたと伺ったので…」

「いやいや、だって俺と会えないって言われたでしょ?」

「はい。ですが、今の私は客として此処に来ていませんので」

「え?」

「今日は、私は『医者』としてここに来ました。」

「……はい?」

急な展開に目を丸くする東を尻目に、蝶子は持ってきた風呂敷を広げた。

「薬を調合してきました。気休め程度ですが、効くと思います。」

そう言って、正方形の紙を取り出した。

「少し待っていてください。お水を貰ってきます」

「あ、うん…」

呆気にとられつつも、蝶子が出ていくのを見守った。

蝶子が出て行ったあと、布団にうずくまり、唸る。

「なんで蝶子さんが来てるのさあああああ~…」

咳き込みながらも布団をぼふぼふと叩く。

「行き成り来られたら驚くじゃんか~ていうか何『医者として』って…ゲホッ、うう…」

ぶつぶつと呟きながら、また足をすり合わせる。と、蝶子が戻ってきた。

「お待たせしました。…あ、食事は摂りましたか?」

「ううん、まだ」

「そうですか。では…」

と、風呂敷からごそごそと何かを取り出した。

「どうぞ。食べやすいようになってますので」

と、蝶子が取り出したのは、彼女お手製の団子だった。

「あー、これ、わざわざ作ってきてくれたの?ありがとう」

「このぐらいなら、いつでも作ってきます。」

「ありがと~」

ゲホゲホと咳をしつつ団子を受け取り、咀嚼する。

「んー、美味しい…」

「そうですか。では、どうぞ」

と、湯呑みに入った水と、紙に包まれた緑色の粉を受け取った。

「これ、苦い?」

「良薬口に苦し、です」

「あはは、前も似たようなこと言ってたね」

掠れた声で笑いながら、粉末を一気に飲み、水で飲み干す。ごくりと喉がなった。湯呑みから顔を話した東の表情は、まさに苦いと言ったようだった。

「にがぁ~~~」

「はい、お疲れ様でした。」

言いながら湯呑みと紙を受け取り、しまう。しまった後で、その白い手を、東の額に乗せた。

「冷たい」

「すみません。…熱があるのですね」

「そうっぽいね。あー、蝶子さんの手、気持ちいい…」

そう言いながら、蝶子の手首を握る。蝶子が、数秒間、固まった。

「あの、東さん。申し訳ありませんが、その手を放していただければ嬉しいのですが…」

「えっ?あ、ごめん!」

慌てて手を放す。熱が顔に集中したらしい。東は自分の熱っぽい手で顔を覆った。

蝶子はその後、桶にも水を入れてきたらしい。持っていた風呂敷に入っていた布を、水につけ、絞る。

「東さん、横になっていただいてもいいですか?」

「…そんなにかしこまった言い方しなくても、寝るって」

苦笑を浮かべながら横になる東の額に、先程水で濡らした布を被せた。

「どうですか?」

「冷たい…気持ちいい…」

布を押さえながら微笑む東を見て、蝶子は少し安堵したように息を吐いた。そして、

「良かった」

と、小さく呟いた。

「え?」

「いえ、なにも」

(聞き間違いかな?今…)

「では、今日はこのまま安静にしていてくださいね」

そう言いながら、風呂敷に一式をしまい始める。

「え、もう帰っちゃうの?」

「はい。もう遅いですし、それに、睡眠の邪魔をするわけにもいかないので…」

「そっか…残念。」

「…東さんの風邪が治ったら、また来ます。だから…その、早く、治してくださいね」

「!!うん、頑張る!」

思いがけない一言に顔が綻んだ。蝶子はそそくさと立ち上がった。

「作り置きの薬を棚に置いおきました。食後に飲んでください」

「わかった」

「では、失礼します。東さん、お休みなさい」

「うん。お休みなさい、蝶子さん」

蝶子は一つ礼をしてから、帰っていった。


蝶子が帰った後、東は寝ころび、目を閉じながら思った。

(…最近、蝶子さんの感情の機微がわかるようになってきた…。案外、感情出してたんだなあ…)

それとも、自分と会って、こうなったのか?

そんな事を考えて、少し熱を上げてしまったのは、彼だけの秘密。


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