素直な熱
「すみません。東は風邪を引いているので、会うことは出来ません。」
受付の少年から放たれた一言に、鉄の首輪と鎖をつけた少女は静かに驚いた。
「風邪…ですか。症状はどのようなものですか?」
「えっ」
少女の一言に、少年は驚いたような声を出した。他の客は大体心配するか、舌打ちをするか、どちらかだったからだ。
「咳と、鼻水と、あと熱が酷いそうです。お医者様を呼べる状況でもなかったので、寝て貰っています」
「そうですか…。あの、一つ、お頼みしてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「ゲホッゲホッ」
布団の中でせき込み、鼻をすする。寒気がする。でも、身体中は熱い。それから、喉も少し痛い。
(もしかしたら、昨日のお客さんかなあ…。鼻水すすってたし。接吻した時に移ったのかなあ…)
ぼんやりとした頭で考えながら、足をもぞもぞと動かす。寒い。
と、不意に、とんとん、と襖を叩く音が聞こえた。
「ごはんかなあ…。どうぞー」
なるべく大きめの声を出し、また咳き込む。襖が開き、人が入ってくる。
「ご気分は如何ですか?」
「……えっ!?」
思い切り起き上る。そして、入って来た人物を改めて見直した。
「…蝶子さん、なんで」
病床の東の横に静かに座っているのは、彼の常連になりつつある少女―蝶子だった。
「いえ、東さんが風邪を引いたと伺ったので…」
「いやいや、だって俺と会えないって言われたでしょ?」
「はい。ですが、今の私は客として此処に来ていませんので」
「え?」
「今日は、私は『医者』としてここに来ました。」
「……はい?」
急な展開に目を丸くする東を尻目に、蝶子は持ってきた風呂敷を広げた。
「薬を調合してきました。気休め程度ですが、効くと思います。」
そう言って、正方形の紙を取り出した。
「少し待っていてください。お水を貰ってきます」
「あ、うん…」
呆気にとられつつも、蝶子が出ていくのを見守った。
蝶子が出て行ったあと、布団にうずくまり、唸る。
「なんで蝶子さんが来てるのさあああああ~…」
咳き込みながらも布団をぼふぼふと叩く。
「行き成り来られたら驚くじゃんか~ていうか何『医者として』って…ゲホッ、うう…」
ぶつぶつと呟きながら、また足をすり合わせる。と、蝶子が戻ってきた。
「お待たせしました。…あ、食事は摂りましたか?」
「ううん、まだ」
「そうですか。では…」
と、風呂敷からごそごそと何かを取り出した。
「どうぞ。食べやすいようになってますので」
と、蝶子が取り出したのは、彼女お手製の団子だった。
「あー、これ、わざわざ作ってきてくれたの?ありがとう」
「このぐらいなら、いつでも作ってきます。」
「ありがと~」
ゲホゲホと咳をしつつ団子を受け取り、咀嚼する。
「んー、美味しい…」
「そうですか。では、どうぞ」
と、湯呑みに入った水と、紙に包まれた緑色の粉を受け取った。
「これ、苦い?」
「良薬口に苦し、です」
「あはは、前も似たようなこと言ってたね」
掠れた声で笑いながら、粉末を一気に飲み、水で飲み干す。ごくりと喉がなった。湯呑みから顔を話した東の表情は、まさに苦いと言ったようだった。
「にがぁ~~~」
「はい、お疲れ様でした。」
言いながら湯呑みと紙を受け取り、しまう。しまった後で、その白い手を、東の額に乗せた。
「冷たい」
「すみません。…熱があるのですね」
「そうっぽいね。あー、蝶子さんの手、気持ちいい…」
そう言いながら、蝶子の手首を握る。蝶子が、数秒間、固まった。
「あの、東さん。申し訳ありませんが、その手を放していただければ嬉しいのですが…」
「えっ?あ、ごめん!」
慌てて手を放す。熱が顔に集中したらしい。東は自分の熱っぽい手で顔を覆った。
蝶子はその後、桶にも水を入れてきたらしい。持っていた風呂敷に入っていた布を、水につけ、絞る。
「東さん、横になっていただいてもいいですか?」
「…そんなにかしこまった言い方しなくても、寝るって」
苦笑を浮かべながら横になる東の額に、先程水で濡らした布を被せた。
「どうですか?」
「冷たい…気持ちいい…」
布を押さえながら微笑む東を見て、蝶子は少し安堵したように息を吐いた。そして、
「良かった」
と、小さく呟いた。
「え?」
「いえ、なにも」
(聞き間違いかな?今…)
「では、今日はこのまま安静にしていてくださいね」
そう言いながら、風呂敷に一式をしまい始める。
「え、もう帰っちゃうの?」
「はい。もう遅いですし、それに、睡眠の邪魔をするわけにもいかないので…」
「そっか…残念。」
「…東さんの風邪が治ったら、また来ます。だから…その、早く、治してくださいね」
「!!うん、頑張る!」
思いがけない一言に顔が綻んだ。蝶子はそそくさと立ち上がった。
「作り置きの薬を棚に置いおきました。食後に飲んでください」
「わかった」
「では、失礼します。東さん、お休みなさい」
「うん。お休みなさい、蝶子さん」
蝶子は一つ礼をしてから、帰っていった。
蝶子が帰った後、東は寝ころび、目を閉じながら思った。
(…最近、蝶子さんの感情の機微がわかるようになってきた…。案外、感情出してたんだなあ…)
それとも、自分と会って、こうなったのか?
そんな事を考えて、少し熱を上げてしまったのは、彼だけの秘密。




