東と蝶子
ここは陰間茶屋、『東江春館』。
男が男、若しくは女を相手に話または情事を営む店。
この物語は、その一番人気の色子、東と
ある少女の話。
「旦那ー!また来てくれたんだね!!」
旦那と呼ばれた中年の男――松江柊生は、自分を旦那と呼んだ青年の方を見て、笑った。
「おお、東」
東と呼ばれた青年は、嬉しそうに笑った。
「旦那、久しぶり!今日はどんな話をしてくれるの?」
男が着るには重すぎて鮮やかすぎる着物を引き摺りながら柊生を見た。
「悪いが、今日は俺じゃねえんだ」
「ええ、旦那じゃないの?じゃあ、誰?」
柊生は東の頭をくしゃりと撫で、少し苦笑した。
「俺の娘だよ」
「え、旦那娘さんいたの!?初耳だよー!」
「・・・まあ、正確に言えば娘じゃねえんだけどな」
また苦笑する柊生に東は首を傾げる。
「まあ、取り敢えず部屋に行くか。そこで紹介すっからよ」
「うん、わかった」
少し不思議に思いつつも、東は部屋へと向かった。
部屋に入るなり、柊生はどっかと座った。
「で、旦那。娘さんはどこ?」
「あ?あぁ、その前に東、お前に頼みがある」
「俺に頼み?」
更に不思議に思いながら柊生の話を聞いた。
「俺の娘なんだが、無口無表情で更に俺の言うことしか聞かねえんだわ。・・・俺的にはそれじゃあ困るんだよ。雛菊もアイツとちゃんとした会話をしてえみてえだし」
「・・・で、俺に頼みって何?」
「ああ。アイツが俺や雛菊とまともに会話出来るようにしてやって欲しいんだよ」
大体予想はついたがそれでも疑問の残る頼みに、東は訝しげに訊いた。
「別にこんなトコにこなくてもさ、寺子屋にでも通わせれば普通に友達も出来るし、それでいいじゃん」
「それが出来ねえからお前に頼んでんだよ」
「え?」
疑問符が幾つも浮かぶ東に苦笑しながら、柊生は言った。
「まあ、会ってみりゃあわかるよ。・・・蝶子、出てこい」
ガラッ
襖が開かれ、そこには少女が立っていた。
東は少女を見て驚愕した。
深い紺色の生地に白い菊と蝶の模様。帯は藤色。
そして、首にある首輪と鎖。
「蝶子、さっき言ったろ、東だ。挨拶しろ」
「・・・蝶子と申します。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をしながら言う蝶子。東もつられてお辞儀をする。
「蝶子、暫くはコイツの言うことも聴いておけ」
「解りました」
蝶子はそう言いながら東の前で三つ指をついた。
「不束者ではありますが、宜しくお願い致します」
「え、あ、あ・・・うん、よろしくね」
「じゃあ頼んだぞ東」
「え、旦那!?ちょっ・・・」
ちょっと待ってと言い終わらないうちに柊生は出て行ってしまった。
しん、と静寂が訪れる。
恐る恐る蝶子を見ると、先程と同じ体勢でいる。
「・・・あの、蝶子、さん?」
「なんでしょうか」
「顔、あげてくれない?」
「解りました」
そう言うと、顔を上げて東を真っ直ぐ見据える蝶子。
「楽にしていいよ」
「はい」
そう言いながらも正座を崩す様子はない。東ははあ、と息をついた。
「・・・あ、俺は東。一応此処の看板色子をやってます」
取り敢えず自己紹介をすると、蝶子は深々を頭を下げた。
「蝶子と申します。松江柊生様の奴隷で御座います」
「ど、れい・・・」
蝶子の口からさらっと出た言葉に驚きを隠せない東。
確かに彼女の首にある首輪は、彼女が奴隷である証拠だ。
つまり、誰かの所有物である証拠。
(旦那は、彼女の事、娘って言ってたな・・・)
確かに柊生は東の様な所謂『世間から見放された者』を見下したりしない。
(この世界に手を出すお偉いさんは大概俺らを性処理道具か玩具にしか思わないしな)
そんな事を思いながら、東は蝶子を見た。
無表情を貫く彼女の眼は少し影がかかっているように思えた。
「ねえ、蝶子さん」
「なんでしょうか」
「俺の事、東って呼んでよ」
依然東の事を真っ直ぐ見据える蝶子に少し狼狽えながら、言った。
「東・・・様で御座いますか」
「様は嫌だなあ」
何気なく言うと、蝶子は少し間を開けてから言う。
「・・・では、どうしたら良いでしょうか」
「だから、東で良いって」
「それは駄目です」
「じゃあ、さん付けなら良い?」
「・・・それなら、良いです」
蝶子は、声色を変えずに言う。
「これから宜しくね、蝶子さん」
「はい。宜しくお願い致します」
こうして、陰間茶屋一番人気の色子と、奴隷の少女の物語は幕を上げた―――――