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第五話 進化

 薄暗く、時折灯っている魔石灯の淡いオレンジの光だけが頼りのダンジョン。その黒い天井からひらり、蒼い影が落ちる。その真下に居た少年の頭は、たちまちのうちに影に呑まれた。


「ググッ」


 膝を屈し、床をのたうちまわりながら、少年はどうにか顔をふさいだ何か――魔王スライムを取り除こうとする。しかし、肩を痛めているため十全に力を発揮できない。加えて、頼りの武器の短剣も顔にへばりついている的には無力だった。目をふさがれている状況で刃を振るい、自滅するなど洒落にならない。

 必死に抵抗する少年。その手の力に、魔王スライムは身体が潰されるような気さえした。全身が悲鳴をあげて、このまま死んでしまいそうだ。大岩に押しつぶされたような感覚、と言えば分りやすいかもしれない。今の魔王スライムはまさにそのような激痛を感じていた。

 せめぎ合う力。拮抗する腕と触手。

 少年の力は強く、弱った状態にあってなお、魔王スライムを上回っているようだった。しかし、苦しい。息を、酸素を取り込むことができない。肺の中にある空気はどんどん使われていき、出せる力が減少していく。一方、魔王スライムは徐々に覆う面積を広げていった。そして――


 バタリ、と少年は倒れる。彼の体はたちまちのうちに消えうせ、着ていた装備と赤い結晶だけが残された。ダンジョンにおいて死ねば、たとえ人間であろうとモンスター同様に遺体は残らない。それがダンジョンのルールだ。魔王スライムは少年のライフクリスタルと彼が倒したゴブリンのクリスタルを、横取りされないうちに素早く確保する。

 二つのライフクリスタル、とくに少年のライフクリスタルは大きく色が深かった。水晶を血に浸したような色で、ピジョンブレッドとでもいうのだろうか。ホーンラビットの者とは明らかに違う。魔王スライムはそれを見て、ニヤッとほくそ笑む。


『これは……予想以上に良い収穫だったな』


 魔王スライムはクリスタルをその場で吸収せず、一旦少年の残したポーチに詰めた。彼はそれを丸ごと取り込み、他のモンスターに見つからないうちにその場を脱出する。そして、彼はそのままスライムの巣穴へと帰って行った。今のところ、そこが一番安全だからだ。

 魔王スライムが中へ入っていくと、巣穴に居たスライムたちは一斉に彼の方へと振り返った。彼らはわらわらと魔王スライムの周りへと集まってくる。


『お、今日は早かったな。収穫はあったか?』


『ああ。もしかすると進化できるかもしれん』


『おおっ!!』


 響き渡る大歓声。その圧倒的な音響に包まれながら、魔王スライムはゆっくりとライフクリスタルを吸収する。

 瞬間、身体が熱を帯びる。これまでとは明らかに違った感覚だ。さながら火刑に処されたような熱が体中を覆い尽くし、意識が焼けつく。焦げ付く世界、麻痺していく感覚。光が視界の全てを包み込んでいき、やがて気がつくと、魔王スライムはまったく無の空間に居た。

 そこは本当に何もない空間だった。さながら、闇の中に浮いているようなものか。天地の感覚すらあやふやで、広大無辺の黒が延々と続いている。魔王スライムはその中では、実体をもたぬ何かとして存在していた。意識体とでも表現するのが適当だろうか。とにかく、現実感がない。

 ふわふわと進んでいく、魔王スライムの意識。すると、何もないと思われた空間に扉が現れた。扉の向こうには、何かモンスターの姿が透けて見える。魔王スライムには、それが自身が進化するモンスターの姿だと直感した。ここは、進化するモンスターを選ぶための場なのだろう。


 扉は無数にあった。魔王スライムはその後もじっくりと、さまざまな扉を見て回る。そして、とある扉の前で立ち止まった。心の奥に訴えかけてくる物が、その扉にはあった。


『なるほど、これが我に合う姿か。不格好だが、スライムよりはマシか』


 扉はゆっくりと開かれた。世界は再び光に包まれ、魔王スライムは現実へと帰っていく――。


 しばらくして、魔王スライム――いや、もはやスライムではないので魔王と呼ぼうか――が目を開くと、視界は引き攣った顔をしたスライム達でいっぱいだった。彼らは皆丸い目を大きく縦に引き伸ばして、魔王の姿を見つめている。

 四つの輝く紅の瞳。鋼鉄のように黒く光沢のある胴体。そこから生えた八本の足はみな細く長く、先端には鋭い爪がついている。顔にはスライムなど一瞬で噛み砕けそうな凶悪なあごが付いており、見るからに凶暴な外見だ。


『クレイジースパイダー!!』


 スライム達は一斉に声を上げた。クレイジースパイダー、それはこのダンジョンの一階層に生息するモンスターの中では、最強を誇るモンスターだ。スライムなど相手にならず、ゴブリンですら食用とする存在である。その性格は凶暴無比で、生き物と見たら相手がどんなものであろうと突っ込んでいく。たとえそれが明らかに自分より強そうな者であっても、構わず特攻するのだ。

 しかし、これほど凶暴で一階層最強とは言ってもクレイジースパイダーはそこまで強い種族のわけではない。二階層以降のモンスターはそのほとんどがクレイジースパイダーよりも強い上に、駆けだし冒険者でも不意を突かれなければ倒せる程度の存在だ。はっきり言えば、まだまだ雑魚の中でも弱いとされる程度のモンスターである。

 しかし、スライムからすればクレイジースパイダーは凄まじい脅威なわけで。その凶悪な外見も相まって、スライム達は逃げるようにして魔王から離れていった。


『潮時か』


 すっかり怯えてしまったスライム達を見て、魔王は呟いた。このような状況では、これからも彼らと同居していくのは無理そうである。加えて、魔王の体はまだまだ大きくなる。この巣穴が窮屈になる日も、そう遠くはないだろう。

 出ていこう――。

 そう決断した魔王は、黙ってスライム達の巣穴を後にした。強者になるべく、魔王の冒険はこれからもまだまだ続く。

虫で一番カッコいいのはクモだと思っている作者です。

これからもガンガン人外系でいきますよ!

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