表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

神様業界

とりあえず、序章は完結。

 「では行きましょうか」

 軽い荷物を肩に、立ち上がる。近くの地蔵の陰から、九十九の神様がこちらを覗いていたので、軽く手を振った。

 ここは学校から数百キロの地点にある、寂れた田舎町だ。ナントカ村とか言う名前があった様な気がするが、記憶にない。昔気質の、排他的な老人が多いのが土地柄である。

 人間の知り合いなどほとんどいないが、この地は私とお嬢の神様の知り合いが多い地である。

 ――――ところで、今日は平日だ。

 ここもと真面目ぇに学校に通っていた私だが、今日もまたそれ以前によく行っていたぶらり旅かと言えば、違う。明確な目的を持っての遠出だ。

 話は、今から数時間前……いや、昨日にまで遡る。



 ◇



 鬼面樹の駆除から1週間と数日が経った。その間、生徒会への報告だのなんだのと面倒な作業を終え、また不自然なまでに寮で多発した”幽霊騒ぎ”も、私達の見解通りに終息を迎えた様だ。

 SR部はそれ以外の仕事は取り立てて何をする訳でもなく、

 ところで潜伏期間だったのか、平日のその日、私は体の異変を感じていた。

 「軟弱よの。馬鹿がひくものじゃ」

 フワフワと傍らを体育座りで浮きながら、着物姿の少女は呆れ顔。

 この原因は明らかだ。あの日大雨に打たれて体温を奪われ、その上のあの騒々しい集会。風邪をひくなと言う方が、酷だ。旅に旅を繰り返していたために体力にはそこそこ自信はあるが、生まれつきの質として、強くはないのだ。

 「ひぃいいいいぃなぁあぁあぁああ―――!」

 トーヤは本当、あれはもう日課になってるだろう。

 最近ツバキより伝授されたあの奥義を使う日が、とうとう来たらしい。私は肩で風切って玄関のドアへ。近づく悲鳴を余所に、ドアに付いた摘まみを、横に捻った。ガチャンと何かギミックの動く音。

 試しにノブを回して、ドアを押してみる。……開かない。

 「いや、まだじゃ。まだ引いてみる事が肝心じゃ」

 「は、はい」

 お嬢の熱のこもった注意に返事をして、再度ノブを回して、今度は内側に引いてみる。ガタンと音が鳴ったかと思うと、やはりドアはそれ以上開かない。

 「こ……これが鍵ですか……。さすが文明の利器……」

 「す、すさまじいの」

 時代錯誤のバカ二人がここに。

 すぐに起こる、トーヤの太鼓じゃないのだからそこまで叩くなよ、と言いたくなる攻撃をやり過ごし、ふぅと一息ついて潜った布団から顔を出す。

 すると今度は、ベルの音が部屋を賑わす。元から部屋に付けられた、内線専用の電話が鳴っているのだ。なんだよもう、と呟きながらその受話器を手に取った。

 「マツリ? ちょっとあのさ、トウヤが私の所に来てうるさいんだけど」

 ツバキの講義にも近い電話。女子区画に行ったのか、あいつ。だが断然話の通じる彼女に、風邪の旨を伝え、学校を欠席すると言うと、担任や部長殿にも言っておいてくれるとの事だった。ありがたやありがたや。

 「って事だから。馬鹿の方は……」

 「気にしないでいいわよ。お大事に」

 なんか、学校を休むのにわざわざ誰かに連絡してもらうの、普通の人みたいだ。受話器を置いてから思う。

 珍しく公然と学校を休み、私は改めて布団に入る。今日は久々の休眠日としようじゃないか。

 だが1人、私が病と聞けば飛んで来る者が1人いた事を完全に忘れていた。うとうととして、一般生徒が登校を始める時間かなぁと思ったその時、鍵をぶち抜いて部屋に入って来る。

 「主様ぁ! 大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫だ……。ただの風邪だ」

 ドアをそして閉めろ。ナギはほっと一息を吐くと、いそいそとドアを閉めて、私の床の横に正座。そしてこちらに背を向け玄関を向き……微動だにしない。

 「主様が病に倒れる間、全ての敵から御身をこの『天草叢雲薙』が護って見せましょうです! 6対1で頼っていいのですよ!」

 不本意ながらが1匹っと。

 「天草よ、普通人はそれでも生活の役割を果たすものじゃぞ?」

 「ならこの不肖ナギ! こんな窮屈な肉体捨てます! あれこれ理由付けて主様のお傍にいられないならば、意味がありません!」

 本当に抜け出そうとするナギをなんとか止めて、静かにする事だけを約束させて学校を休む事に関しては不問に。お嬢は相変わらずそんな私を甘いと言うが、私はナギをしもべだなんて考えていない。ましてや、彼女自称の護身刀だなんてとんでもない話だ。

 「お前に風邪はうつらないのか?」

 「は、はい! シノブ殿の話では、損傷には注意、しかし病気は大丈夫との事です」

 お嬢とナギが主従を結んでいた時代、ナギは冷酷無慈悲かつお嬢との仲は大変険悪で、いつも命令に背いていたのだと言う。だから彼女自身にある時聞いてみたのだ。なんでお嬢よりも格段に能力としては劣る私に、そこまで尽くしてくれるのかと。するとナギはこう答えた。

 「……主様は、お嬢様に比べて、7対0で弱いと思いますです。みんなもふさわしくないとか言いますです……ですけど」

 本当にそれで正しいのか、迷う様に言っていたナギは目を細めた。


 「ですけど、7対1で主様は主様にふさわしくないのです」


 それは、彼女唯一人の意志で私を主と選び、従ってくれているという意味と取っていいのだろうか。いつもいつも、頭の中にいると言う7つの人格の意見ばかりを気にする彼女がだ。7対0で信頼していると言われるよりも、遥かに嬉しかったのを今でも覚えている。

 だから私はナギを強くは束縛しない。それでもナギを絶対に信頼している。

 もっとも今では7つの人格の方も認めてくれてはいる様だが。

 「こんな時に戦が起きたら大変です」

 ナギは険しい顔でそんな事を言う。

 「……戦?」

 「ほれ、侍や武士のやるあれじゃ」

 それは知ってますよお嬢。しかし戦、戦ねぇ。刀や剣や槍や弓で戦う時代は終わったのよ、ナギちゃん?

 「なんと! それでは何を武器にするのですか!?」

 「火器じゃないか? こう火薬で、引き金を引くと破裂音がして弾丸を飛ばす武器」

 日本の長篠の戦では、これをうまく用いた織田信長が大活躍したとか。これは一兵卒でも武将を倒せる凄い武器なのだと言うと、ナギは目を輝かせる。鍵を知らなかったお嬢は知ってるみたいだが。一体ナギの知識はどこで止まっているのだろうか。

 「いやそれにそもそも、この国に戦は……戦争はもうない」

 「…………はいです?」

 まず、そこなのかよ。徳川の日本の統一から、明治維新、そして第二次世界大戦と教えた方がいいかと思えば、徳川家康に日本は統一されている事はすでに知っているらしい。天皇がすでに象徴と化している事も。

 「ですが、敵はまだ国の外にありますです!」

 「いや、だから……」

 憲法9条がある。日本はもう戦いませんってあれ。一応先に説明しておくと、憲法ってのはこの国のルールが書かれた書物だ。ナギだって武士同士の決め事があっただろう。あれが全国規模になった感じだ。

 その中に、日本は外への対応として、武力の行使は金輪際行わないという物があるのだ。だから、日本はそれがある限りは、戦争と無縁の国なのである。自衛隊はなんであるのか、細かい事は知らないけども。

 「そ、そうなの……ですか?」

 憮然とするナギの背中が、にわかに何故か小さく見えた。何かに大きく動揺している様である。

 そして珍しい事に、深く長考に入り込んでしまった。



 ◇



 「このロリコンがぁああああああああ!」

 ―――――! 気持ちよく午後を惰眠……あ、いや、回復のための休養を取っていると、腹部に強烈な殴打が加えられる。声も出すことが出来ず、叫ぶ事も出来ない。一体どこから敵襲が現れたと言うのか。

 「あ、あ、あ、主様ぁ、ナギはこの人を斬ってもいいのですか!?」

 「どどど、どうしたのじゃ!?」

 私の隣で戸惑うナギ。彼女が指差す方向には、釘バットらしき鈍器を片手にするトーヤの姿が。いや、待て。それは私じゃなかったら死んでたぞ? 私だって打ち所が悪ければあの世だが?

 「ナギ、斬れ。遠慮は要らない。やれ」

 「了解しましたのですよ!」

 大きく息を吐きながら、狂った様な表情のトーヤを見ながらナギに指令。こいつの狙いはどうやら私らしい。そうしてぶん回された釘バットを、神無で受け止める。鞘にヒビが入ったが問題ない。

 そしてそのすぐ横で、ナギは背の天叢雲剣を抜刀。一々全身を身体から出ずとも、一部分だけを神様として出す方法を編み出していたらしい。そのままトーヤを頭から真っ2つにした。

 物理的には切断など出来ないだろうが、不可視の剣は確かに彼の魂を断つ。当然意識を保てるはずもなく、トーヤの身体はその場で崩れ落ちた。

 な、なんだったんだ……。

 「大丈夫ですか主様!?」

 「あ、ああ。精々打撲だ。内臓も多分大丈夫……」

 とりあえず仕返しに、うつ伏せの頭部を思い切り踏みつける。ついでに踏みにじる。そして一発蹴って壁に激突させた。

 よし。弁解は後で聞くとして、魂が再生して起きても動き回れないように吊るしておこう。

 「ナギ、長い紐とか縄あるか?」

 「この髪でいいですか?」

 「ダメ」

 そんな長くてフワフワの綺麗な飴色の髪を切る事は私が許しません。

 とりあえずこの前に大量に余ってしまったビニール袋を結んでつなげて、トーヤをぐるぐる巻きに。最後はきちんと本結びしてっと。

 玄関から外へと引きずりだし、そこから寮の下へと放った。排管にビニールはつなぎ止めたので、一応は平気だ。強度はどれ位かは知らんがな。

 「よ、容赦ないのぅ」

 「当たり前です」

 素で命の危険を感じた。鬼面樹なんか目ではない。

 「ナギ、何か怪しげなやつが憑いてたりしなかったか?」

 「えっとですね……さ、さぁ……」

 さぁ? 見張ってたんじゃないのか?

 「祀のすぐ横で寝ておったぞ。スヤスヤと寝息まで立てての」

 通りで掛布団が少しだけ引かれていたはずだ。

 「め、面目ないです……。ですがですが! 誓って純粋な敵ならば反応は出来ていましたですよ……?」

 って事は何も憑いてないって事じゃないか……。上目でこちらを見ながら謝罪をするナギに怒る気など起こるはずもなく、よしよしと頭を撫でる。

 「え、えぇ!? 僕なんでこんな!? 何!? ビニール袋!?」

 「おー目が覚めたか?」

 「出たなこのロリコン!」

 とりあえず、命綱に神無セット。この高さならまぁ死にはしないだろうが骨折か激痛は避けられないだろう。そして誰が幼女趣味だって、あぁ?

 「あ、待って。待って下さいマツリ様」

 「それはトーヤの返答次第だ」

 下らん理由なら迷わず切る。

 「ロリコンってなんですか?」

 そう首を傾げるナギを好きだと抜かす野郎はすべからくそれだろうが。もちろん私が許さない。そしてナギはそんな言葉を知らなくてもいいんだよ?

 「で、なんでいきなり襲ってきたのかな? 正直に言わないと本気で落とす」

 「だってマツリ君が……ナギちゃんと……」

 「私がナギとなんだって?」

 「マツリ君がナギちゃんと一緒に寝てたからです! 他意はありません!」

 ……さてはナギに惚れたのか? そう言えばこの間の肝試し(?)じゃあ、一緒に行動してた……よな? ナギはさっぱり覚えていないが。

 なら話は早い。上下をはっきりさせてしまえばいいのだ。

 「ナギ、あの男の事どう思う?」

 「はい? あの方ですか? 主様のご友人の方……ですよね? 今は敵ですけれど」

 「そうだ」

 「どうと言われましても……7対0で困ってしまうのですよ?」

 「じゃあ私の事はどう思う?」

 「大好きです!」

 即答だ。まったく可愛い奴である。頭に手を置くと、目を細めて喜び自分で頬を頭をすり寄せる。

 あまりに対照的する答えに、気分でも重くなったか。重石も載せていないのに、ビニール袋にかかる負荷が増加した。ギリギリと音を立てている。

 「どうしたトーヤ?」

 「いっそ落として下さい」

 本人が要望するのでお望み通りビニールにトドメを刺した。重力に任せて、数メートル下の地面へと吸い寄せられていくトーヤとビニール袋。植木鉢もかくやという音を立てて、むき出しの地面に激突し、動かなくなる。眼鏡は幸い無事なので、体の方も無事だろう。

 さてこんなもんで許すか。もちろん誰かを呼んでやる程私は親切じゃないが。誰かが通りかかるのを待つか、自力で這い上がるまでが仕返しである。

 私は踵を返して部屋に戻った。



 すっかり目が冴えてしまった私は、久々に書物でも目を通していた。最近の小説はまったくつまらないので、読むのは主に古典の原本だ。

 「む?」

 お嬢は、未だにこの部屋に居つく豚ネコと遊んでいると、天井からひらひらと舞い降りてきた紙片を受け取る。……なんですかそれは。いきなり上から突き抜けて来るなんて。

 「そう言えばもうじき神様業界で祭りが開かれる時期じゃのう」

 ちぎれた紙の様なそれを、気怠そうに猫をじゃらしながら見るお嬢。

 ああ、そういえばそんな時期だったか。人間の夏祭りよりは少し早めだったんだよな。

 「招待状ですか?」

 「うむ、明日から7日間じゃな」

 また急な……。気まぐれで物事を決定するの止めろとたまに思う。神様達には予定らしい予定なんてそりゃないのだから、言ったとしても無駄だが。まぁ私にもそこまでないのだが。

 「ナギはどうする?」

 「もちろん行くのですよ」

 「いや、人間で行くか神様で行くかって」

 どっちでもいいが、人間だと食料などの問題がある。いくらその身体、仮初とは言っても、飲まず食わずじゃダメだろう。神様で行くとしても、残していく身体はシノブのやつに相談すべきか。

 「人間で行くのですよ! みんな驚かせるのです!」

 なら別に断りを入れなくても……いや、一応しばらく居ないとだけ言っておくか。ミオやシノブなんか神様業界の話を出してしまえばついて来そうなので、具体的な事は隠しておくが。

 「マツリン」

 この場に居てはならない人間の影が目の前にあった。

 どれ、まだ具合が悪いらしい。まさか幻覚を見るなんて……。お嬢、この手の病に効く薬草なんかご存知ですか?

 「ちょっとないかの」

 「そうですか……ちなみに、馬鹿を治す薬は……」

 「もっとないのー」

 そうか……。ナギ、さっきのが特殊な事例だから、一々身構えなくて大丈夫だよ。

 「ちょっとちょっとマツリン、この俺がせっかく見舞いに来たと言うのに、なんて言い草だい?」

 幻ではないらしい。その様子だともう大丈夫そうだと呟きながら、お嬢に向けて優雅に一礼。目で威嚇するナギにも、挨拶をする。

 「しかし、式神というのは忠実な物だな。そこまで使役する神に好かれるものなのか?」

 「このナギがいつ主だから無条件で忠誠を誓うと言いましたですか? 例えばもしも、貴様が主になっても、このナギを御するのは不可能と知れ、です」

 本気の怒りの炎を立ち昇らせるナギに、シノブは自分の失言を気圧されながらわびる。忠誠だなんだの話題は危険だ。幼い外見で、幼い言葉づかいで、それでも真面目なナギは、それを馬鹿にされるとかなり怖い。

 「実際、わらわの時は苦労したぞ。最強の剣がまったく言う事を聞いてくれないのでな」

 お嬢の愚痴につーんと口で言いながらそっぽを向くナギ。やはりとても八岐大蛇に見えない。

 「まぁ、好かれるのと使うのはこの通り別物なんだよな」

 上体を起こして頭を掻く。やはりなんでナギがここまで好いてくれるのか。

 「うーむ、強いて言うなら体温ですかねー。主様が、素戔嗚様や武様と似た温かさをしていたのです」

 伝説の素戔嗚尊と大和武尊と私に、一体何の接点があるって言うんだ変温動物め。もしかしてやたらに肌を擦り合わせて来るのはその為なのか? 自分で体温が保てないなんて事はないだろう。

 「じゃあ今日からここに住むか?」

 「はいです!」

 「いやいや、それはさすがに問題だろう? 倫理的に」

 まさかシノブの口から倫理なんて言葉を聞く日が来るとは。

 「ナギをそういう対象として見て、欲情する連中の気持ちが分からないが……」

 この子は神だ。蛇だ。そして元を正せば剣だ。物に動物に、そして死人に欲情してるって事だ。

 「欲情とか言ってやらないでくれたまえ。せめて恋愛感情とかな……」

 「生きてる連中の血縁じゃない異性への恋だの愛だのは、基本的に性欲だ。身体がそういう構造なんだから」

 いや確かにそうだが……とシノブは言葉に詰まる。残念な話だが、私達のアガペーと、連中のエロスでは大きな隔たりがあるのだ。それもこれも全て、肉体が遺伝子を後に残す事に特化している為である。

 「あいや、俺はマツリンとこんな話をしに来たのではない」

 どうやらただの見舞いではないらしい。逸れた話を戻すために、シノブはこんな前置きをした。

 「ナギ君と同タイプの、霊の器をもう2つ造ったのだ」

 ほぉ……。

 「それが私と何の関わりがあるんだ?」

 肉体を欲しがる神様は、主に事件被害者なんかに多いから探すといい。

 「ふむ、先日……一週間ぐらい前、雨の日だったか。ほら、あの親睦会の日だ。うちの研究員がそれ用の力の強い幽霊を、例によってこの近辺の森で捕獲したのだ。見た目はそう、『三つの足を持った、銀色の巨大な烏』だ」

 ……………。

 どこかで視た事のある出で立ちだ。もしかして変化した人間の姿は、男なのに女装の美学を、意味もなく仰々しく語り始める変態じゃないだろうな。

 「ご名答!」

 「明らかに白銀じゃねぇかよ!」

 なに人間なんかにつかまってるんだよ! それでも第十太陽の化身かあいつは! あの『金羽八咫烏きんうやたがらす』の兄貴分なのかよ!?

 「そしてもう一人」

 まだ捕まえているらしい。さすがにこれは、荒羅祇でもミリスでもないだろう。

 「こちらは同日に森の中で泣いているのを保護した、見目麗しい可憐かつ魅力に溢れた少女だ……ってなんだこの報告書は。とりあえず化け物の姿ではないらしい。ゆったりとしたローブをまとい、巨大なリボンが特徴的な帽子の出で立ちだ」

 ちなみに補足させて貰うとだ。

 「本当の姿は強いて言えば蛇。だけど蛇が嫌い。話し方は高圧的」

 「うむ、その通りだ」

 ………………ミリスよ。森の中で泣いていたって、お前に何があったんだ……。故郷でも恋しくなったのか? 私は束縛しないぞ? ヨーロッパにしばらく行くぐらい、いつでも許可するぞ? さすがにお前が生まれた頃と違って、頭のかったい神様が支配もしてないだろうし。

 ミリスが元々日本に来たのは、あちらで教会に命(?)を狙われていたからだ。その頃あちらでは、彼女の姉妹兄弟は、100人単位で殺されていたらしい。それもこれも、母が夫(ミリスの父親ではない)を裏切った為なのだと言う。

 それから研究員が男であるならば、ミリスの姿を過剰に表現してしまうのはしょうがない事だ。あれはあらゆる意味を捕らえ、気を形にすると言う魔術の他に、元々の資質として望まずとも異性を誘惑してしまう性質がある。もちろん私や神様には無効の能力だ。断っておくが、不感症だから無効なのでなく、影がない事に起因する。

 「……それで、もう手遅れなんだな?」

 「俺が気づいた時には遅かった……と言うか、体を得た彼らの口から初めて聞いたのだが……」

 式神としての契約とか存在には、なんら支障はないみたいだし……。望むならすぐにでも体を出る事は出来るみたいだし……。まぁ、いいだろう。とうとう、私が自由に呼び出せるのは荒羅祇一人だけなのか。

 「ところでその式神の皆さん、今、このスタジオに来て居ます!」

 なんだそのスポットライトとマイク。スタジオってここは寮の私の部屋だ。おいおいドラムロールはどこから流れてるんだ? さすがお前の怪しげな組織とやらが運営する学校の寮。妙な設備が満載だ。

 「主と式神、感動の対面!」

 ジャーンと言う効果音と共に、鍵の崩壊したドアが開け放たれる。シノブの手を向けた方から現れたのは、ずいぶんと反応が正反対な2人だった。

 「お館様! この白銀は進化して推参致しましたぞ!」

 と、シノブを照らしていたスポットライトを一身に浴びて、堂々たる行進を行う白銀。

 しかし私は別の対応に忙しく聞いていなかった。

 シノブの横をすり抜け、顔をくしゃくしゃにして飛びついて来たのは、ミリスだった。この服をよく再現したなぁ。

 「怖かった……怖かったよぉ……」

 よしよし、と震える背中を優しく叩く。ミリスは普段強い分、挫かれた時弱いらしい。あの時私に下僕になれと言った高飛車なお姫様の姿は今はなく、不安に怯える少女がいた。

 ナギが少々怒った様な顔をしているが、さすがに今喧嘩を売る気はないらしい。お嬢は相変わらずの呆れ顔で、泣きじゃくるミリスを見ていた。そして1人取り残された……いや、2人か。ポーズを付ける白銀と、ただ投槍に拍手をするシノブ。

 「まったくミリスめ、わらわの時は弱みなど見せた例がないくせに」

 「お嬢様お嬢様、これはこれは異な事を。お嬢様はきっと頼っても軽くあしら……殴る事ないじゃないですか!」

 「うるさい黙れお前も同様じゃ。なんじゃなんじゃ、皆祀にばかりデレデレしおってからに」

 珍しい。お嬢が拗ねている。いやでも、たったの4人だ。8百万の式神を率いたお嬢には、私は到底及びませんよ。

 「ナギ、前から思っていたのだが、それは僕の真似か?」

 「はいです。白銀は変な恰好をしたり面白いのですよ」

 「変な……面白い……」

 面白い……か。それはずいぶん優しい言い回しだ。

 最初に会った時のビラビラはさすがに引いた。女装とかそんな領域じゃなくて引いた。コスプレの域を超えた派手さだったので引いた。紅白で言うなら、いつも締めの年々衣装が派手になると言うあの人だ。

 「お館様! それはないでしょう!」

 「これでも若干マシになったのじゃぞ?」

 「お嬢様! それでは僕は昔、もっと酷かった様に聞こえます! 筋肉フェチの荒羅祇よりマシでしょう!?」

 いやぁ……?

 「どっちもどっちじゃない」

 私の腕の中で、少しは調子を取り戻したのかミリスは呟く。

 「黙れこの雌豚! 僕はお前の様な、いかにも女らしい体つきをした女が最も嫌いなのだ! 男に媚びるだけの無能め! お館様を誘惑するな!」

 「どっちが無能よ。鬼面樹一匹もまともに殺れない鳥の分際で。ねぇ、祀」

 手痛い所を突かれた白銀は悲鳴を上げて仰け反る。ミリスは対抗する様に、私の頬を撫でながら同意を求めてくる。いやいや、白銀はあれで結構強いんだよ。自信が裏目に出る事が多いけど。

 鬼面樹は動けないから、育ってもそこまで強くはないのだがあれは少し大きすぎたが。

 そして、言っても無駄だと思うけど……お前ら喧嘩するなよ。

 「ミリス、落ち着いたんなら離れろ」

 一向に首の後ろに回した腕をほどく気配がない彼女は、言うと私の目を見て。

 「もう少しこのままじゃダメ?」

 別に構わないが、それがまた争いの火種になるんだろうがお前達は。っていうか本当どういう風の吹き回しだ。この1週間で、シノブの研究施設で、一体何があった。ナギが同じ事をするのを冷えた目で見てたのはお前だろう。

 「そういうのは計算で言っているの? ……あり得ないわね」

 …………。いや、心の機微は私の専門外だ。ああ、私ってもしかしてナギの事を言えないかもしれない。理論をこねくり回すのと、単純な切った張った以外は門外漢だ。

 「安心して。どこかの蛇女みたいに、いつまでもべったりはしないから」

 「ちょっっっっと待って下さいです。それはナギの事ですか?」

 「そう聞こえた?」

 また言い合いを始める蛇2人。そこに本来蛇の天敵であるはずの鳥が混じり、本格的によく分からない事になって来た。

 「えーっと、マツリン?」

 「なんだ居たのかシノブ」

 なんか悪いな。うちの式神はキャラクターが濃すぎて。お前なんかちょっと霞んでしまう位に。

 「フッ……生まれてこの方、天才とバカは紙一重だとか、生きる騒音だとか、変が形を成した男だとかは言われてきたが、初めてだよ個性の薄さを憐れまれたのは。マツリンはいよいよを持って規格外の人間だな」

 「分かってた事だろう」

 この学校がそういう連中を観察する場所だったなら。そう言えば、初めてミオと会った時にも私とツバキとトーヤを観察対象みたいな事を言っていたし。

 「ああそう言えば、明日から一週間ちょっと学校休む」

 「それはまた唐突だな」

 文句はなんでもかんでも気まぐれに決める神様達に言ってくれ。定時なのは10月に出雲で行われる、神様総会ぐらいだ。各地にある神様業界の長老が集まり、日本神様協定の改編を唯一出来る宴会会場である。他各種イベントは(ほぼ全て宴会)、大まかな月は決まってるが、日程などはかなり曖昧である。私のよく知る神様業界は、長老が「そろそろやっかー」と言ったら準備が始まる。

 「もしやお館様、神様業界から夏祭りの知らせですか?」

 「ああ」

 「ふむ、金羽のやつに少々帰らない事を伝えておくか」

 金羽とは彼の弟、八咫烏の事だ。いつも白銀に女装させられそうになる、至って普通の男神だ。ホッとしている姿が目に浮かぶ。

 「白銀お前、人間社会に居つく気か?」

 「これはこれは異な事を。居つくも何も、今の僕は人間そのもの。せっかく体を得たのですから、楽しまなければ損と言う物です」

 学校に来るのだけは止めてくれ……。私はナギでもう疲れた……。それにお前、女子の制服着て来そうじゃないか。変な話制服をビラビラに改造しそうじゃないか。考えるだけで億劫になるから、勘弁――――。

 「ミリス君と白銀君は、今日既に学校に出たぞ? ……待ちたまえ、暴力はよくない」

 あっけらかんと言うシノブに、無言で拳を振り上げる。どうして人間にするだけで留めなかったんだ?

 「いや、一応俺の組織の管轄になる。そこで俺たちが囲うよりも、マツリンの目の届く場所に居た方が安心安全と判断したからだ。彼らは強すぎる。本気を出されては、うちの研究員風情では御する事など不可能だろう」

 言いたい事はよく分かる。だけど日中神様を学校にってのは……。人間と神様は時間のスケールや使い方がまるで違うというのに。

 そこで白銀は、普通の人間に見える様に最善を尽くしたので安心してくだされと言う。お前のその奇行を見ていて何を安心しろって言うんだ。

 「とにかく、私達は来週学校にも寮にもいないって事は知らせといてくれ……」

 「いや。その身体は機械みたいな物で簡単なメンテナンスが日に1度必要なんだが……」

 そうだったのか?

 「えー、出ないといけないですかー?」

 「残念ね」

 「君たち……。ここに残るという選択肢はない訳だね……」

 ナギとミリスの言葉に肩を落とすシノブ。彼にしてみれば貴重な研究対象なんだろう。

 「これは異な事をシノブ殿。前にも言ったではないか。僕たちは結局、お館様の臣下なのだと」

 「明日私は出発する。一緒に来たいならそれまでに私の部屋に来い。そうでなければ、神様になって先に行ってろ」

 「はいです」「ええ、いいわ」「承知しました」

 「……まぁ、革命派を抑えるにはちょうどいいか……」

 3人の返事の中で、シノブは何やらブツブツと言っている。今後の予定だろうか。

 「俺とて大変なのだ。蛇の連中も最近動いてる兆候が……」

 「蛇?」

 さてナギとミリスの本性は蛇だが、それとは関係のない言い方だ。

 「あいや、口が滑った。忘れてくれ」

 まぁ私はそっちの組織の事は知らんよ。



 そして次の日。風邪はすっかり治り、簡単な荷物をまとめる。一応だが、風邪に効く薬草も持った。

 結局皆は先に行く事を選んだらしい。昼近くまで待っても来ない。太陽が頂点付近に近づき、気温も1日の頂点に近づく頃。

 「それじゃ、行きましょうお嬢」

 「うむ」

 私とお嬢は寮を出た。

 自然の多い土地柄、一歩外に出ればすぐに蝉時雨の洗礼を受ける。なんだかこうしてお嬢と2人で外に出るのも、久しぶりな気がする。そんな時期は経っていないのに。

 「ここもと、誰かしら式神も人間も居ったからの。それと、それだけ密度のある時間だったと言う事であろう」

 物事が考える暇もなく、あいつらが厄介ごとを持って来るからな……。

 「だけど、ナギ達が先に行ってしまったのは意外でしたね。てっきりついて来ると思ったのですが」

 それに関してはお嬢も首を傾げた。

 しかしまぁ気にするまでもない。あちらに行けばどうせ会えるのだから。

 蟻が一列に這う畔道を、それを踏みつけない様に歩く。背の高い緑の植物が道を覆う様に並んでいた。



 ◇



 とまぁここまでが概要である。冒頭に戻る。

 それからさらに時は経ち、満月が夜空に昇る頃。私は懐かしい地を歩いていた。病み上がりの身体には少しきつい旅路ではあったが、なんとか今日中にたどり着けた様だ。鬱蒼と生い茂る木々の合間からの月明かりを頼りに、人気のない森の中を歩く。

 さてこの辺りまで来たら。

 「お嬢、あの紙は?」

 「これか……? しかしのう祀、それは地図にはならんぞ?」

 あの辺、この辺、その辺と、山と思しき放物線、そして開催場所の鳥居しか書かれていない、奇怪な神様製地図に目を落とす。相変わらず雑な仕事してるなぁ。先生にやって貰えばいいのに。

 「先生と言うのは、もしや山陀羅やまだらの事か? わらわはあやつを好かん」

 「またなぜ?」

 「理屈っぽいのじゃ」

 それは確かに。おまけに当時小学生の私に、神様業界のシステムやなんやらを言って聞かせてくれた人だ。理屈っぽいだけじゃなくて、どこか教育者臭い。だから私も先生と呼んでいるのだが。

 「それはまた、つれないですねナナシ様」

 暗い影の間から聞き覚えのある穏やかな声。誰かなんて、考えるまでもなかった。

 現れたのは、一匹の大きな老狼。それは私の目の前に現れると、長髪を束ね、顔に傷を負った優しげな風貌の男性へと姿を変える。

 「先生、お久しぶりです」

 「祀君も元気そうで何より。ナナシ様も」

 「相変わらずじゃな」

 先生はお嬢の事を、ナナシ……名無し様と呼ぶ。式神ではないので直接の主従はないが、積み重ねた年代の重さに敬意を払っているらしい。

 「あはは、それはどうも。さて、こちらですよ、あの地図では分かり辛いでしょう」

 先生は笑うと、こちらへ、と言いながら手招きをする。木々と草木をぬう様にして、実存を持つ私には不便な道を、お嬢と先生の後姿を見失わない様に歩く。

 「先生、今年はどれだけの人間が来ましたか?」

 「さて、今の所は祀君を除いて2名ですね」

 神様業界には人数は少ないものの人間が訪れる。って言っても、やはりそれは普通の人ではなく、霊能関係だったりする人々だ。と言っても職業的な人は少ない。ああいう業界の連中は得てして金の亡者で嘘つきだ。本物も……まぁ中には居るのかもしれないけど。

 逆に神様は数えるだけバカバカしい数が来る。減ったとは言っても、総計すれば結構いるものだ。それに人間とは違って娯楽はこれぐらいしかないので、病気も怪我もない彼らに欠席する者は居ない。

 「さて着きましたよ」

 あるのは寂れた、打ち捨てられて久しい鳥居が1つ。奥にはこれまた壊れた社。雑草が生い茂り、そこかしこで虫やらカエルやらの鳴き声が響く。

 ここが入り口である。神様業界は……どこにあるのか説明がつかない。空、あるいは地下、もしかすれば別次元なのかも知れない。ある特定の場所から、特定の時期のみ、生命にも神様にも共通に扉が開かれる。

 「………」

 「どうしたんですか? 先生」

 私ではなく、その後ろにある闇に、鋭い目つきを送る先生。しかし私が聞くと、すぐにいつもの穏やかな笑顔を見せる。

 「先へ行ってください。私は少々仕事があるので」

 「はい? ですが……」

 「祀よ、先に行くぞ」

 「は……い?」

 お嬢に連れられ、先生をその場に残して私は鳥居をくぐる。するとすぐに、形容のしようがない浮遊感が身体を襲う。



 「さてそこの者、姿を見せなさい。いかに気配を隠そうとも、私の鼻は誤魔化せません」

 「これはこれは、よく鼻の利く犬が居るんだねぇ。そこが、神様業界とやらへの入り口ですかぁ?」

 「さてね。……しかしまさか未だに在るとは……。あの時『天禍祓たかまがはら』に斬られたと言うのに……」

 「あの傷から復帰するのはいささか大変だったぜぇ? んで答えろよ山犬ぅ。そこが境界の入り口なんだろぉ?」

 「まったく相変わらずだ。境界だの造物主だの予定世界だのと……。意味の分からない宗教染みた事を言って、我々に危害を加えないで欲しい物です」

 「それを知る事が出来ないのが、この世界に存するてめぇらの限界だぁ。僕はねぇ、やなんだよ! 姿も形も影も見えない連中に踊らされるのは! だから僕が! 1匹の蛇となって生き物まとめてここから解放してやろうって言ってんだよ!」

 「余計なお世話です。そして八百万の悪意に身を委ね、『アヤカシ』となりし幻影風情が。貴様如きが蛇を名乗るな。私の知る蛇は邪でなく、気高くそして純粋です」

 山陀羅は、自らの四肢を本当の姿に戻す。そして大地に、この地の神々に呼びかける。協力せよと。相手は八百万の邪をその身に宿す、人でも獣でも神でもない悪意の化身である。1人では勝ち目がない事を、山陀羅はよくよく知り得ていた。

 「チィッ、山神が集まってきやがったか。また来るぜ、山犬。僕は別の相手もしなきゃいけないんで、結構忙しいんだ。こんなとこで無駄な時間も力も浪費できねぇんだよ」

 「…………。やれやれ、去りましたか。何事も無ければ、それに越した事はないのですが……」

 狂った様な月を見上げる。別の相手とやらが、彼を滅してくれる事を願って……。



 ◇



 1日目



 「祀、起きよ」

 お嬢に揺さぶられ、目が覚める。どこかで太鼓の音が鳴っていた。ぼんやりとした提灯の灯が、数多に集う事で、1つの大きな眩い太陽になり、真夜中のこの地を照らす。

 この世界の端とも呼ばれる、まるで森の中に開かれた広場の様な神様業界は、今日は夏の祭りの真っただ中の賑わいだ。そこかしこには、狼や犬、鳥にと動物や、巨大な異形の姿もある。これが神々の祭りだ。

 「おいみんな! 祀が来たぞ!」

 「おお、あの泣き虫の祀か!」

 過去(その頃幼稚園児)、皆の姿を視て泣いた私は、すっかりこの場所では泣き虫扱いだ。しかしそれ以来、今でもわざわざ私が来ると人の姿になってくれる。ここは人の世界とは違い、打算も偏見も憎しみもない気の良い奴らばかりである。

 なんて思ってたら、どんどんみんな人間の姿になった神様が集まってくる。百単位で。

 「しっし、群がるなおぬしら」

 「なんだナナシの嬢ちゃんも一緒かよ!」

 一匹の鬼にも似た、角の生えた巨人が私を持ち上げる。ここでは人間も神様も、存在に差違が無いのが特徴だ。考えてもみれば不思議な話なのだが。

 「なんじゃわらわはついでか! まったく、祀は人間じゃぞ。本来迎えるべきはわらわであろう」

 お嬢のボヤキに、集まった人の姿をした神様たちはどっと笑いだす。

 「しかし祀よぉ、お前大きくなったなぁ。なんだ、まだ俺たちが怖いか?」

 河童の玄さんが私の肩を掴んでしみじみと言う。そんな事はないけど。

 「人間ってのはどんどん成長しちまうもんじゃ、玄よ」

 「おお、そういうお前は善じゃねぇか。ひっさしぶりだが、変わんねぇなぁ」

 「がはは! 名前や本質は無理じゃが、姿形なら簡単に変えられるぜよ!」

 って言うかこの人たち、未だにちょん髷なんて、神様業界でも浮いている事に気づいているのか?

 善さんと玄さんは、お互いに笑いながら、達磨になったり招き猫になったりタヌキの置物になったりと、どちらが様々な形を知っているか競い合っている。……神様は形は自由と言ったが、もちろんそれを知らなければなる事は出来ない。

 周りの神様は口々に囃し立て、2人が変化する物を当てていく。周囲が外してしまった方が負けなんだろう。

 「主様ー!」

 「ナギか」

 っと、声をした方向を探す。

 ……とりあえずだ。私は宙から落ちてくるナギのタックルを、全速力で走って避けた。すさまじい轟音を上げて、8つ首と8の尾を持った、出雲の地で恐れられたと言う大蛇は地面にめり込んでいく。

 「主様、酷いです……」

 見る見るうちに縮んでいき、やがて倒れた人の姿のみがそこに残った。

 「私を殺す気か! こっちじゃ人間も神様も関係ないんだからな!」

 「おぉ! そでした! すいませんですです!」

 本当に分かってるのかお前。

 「お前、天叢雲あまのむらくもか!?」

 「ハッ! そういう貴方は黄昏丸たそがれまるさんですね!」

 おいおいちょっと待て。暗黙の了解みたいに、いきなりお互いに刀を抜いて構えるなよ。相手の散切り頭の侍さん、結構やり手っぽいのだが。最近の刀ではなさそうだ。

 「黄昏丸じゃ。あれでも昔はわらわの式の1人じゃ」

 お嬢の解説を聞いていると、また1人、間合いをじりじりと詰め合う2人の間に割って入った。

 「我が名は奪鬼丸だっきまる! 天叢雲! 黄昏! いざ尋常に勝負!」

 「「望むところ!」」

 ちなみにあれもそうだ。式神だ。かくして三つ巴の戦いを始める刀の神様3人。一騎打ちの文化はどこに行った……。

 「やぁやぁ、楽しんでいますか?」

 虚空の中から、先生が現れる。仕事とやらは終わったのだろうか。

 「……って、何こんな隅っこでやりあってるんですか。どうせならもっと中心で騒ぎましょうよ」

 場末だと言うのに盛り上がる一同は、先生の一言にシンと静まりそして。

 「その通りだぁあああああああああああ!」

 一斉にまた騒ぎ出した……。まったく酔っ払いどもめ。ってそう言えば、うちの白銀と荒羅祇とミリスはどうしたのだろう。まさか、またどこぞの研究員に拘束されているとかないよな。



 果たしてその馬鹿どもは、すぐに見つかった。なぜか? そりゃあ、この数千数万の神々が集まったこの場所でも、悪目立ちしているからだ。

 「おっと荒羅祇選手! これで82皿目だ! 白銀選手も1皿差で追いかける! もはやこの両選手の一騎打ちだぁあああ!」

 大食いって何を食ってるのかと思えば、出店の食べ物(の魂)。あ、神様の業界ではお供えや様々な物の魂を取り扱ってます。ほら、枯れた稲とか、処分される食べ物とか。神様はそりゃ腹は膨れないけど、味は楽しめる。ちなみに私はここでそれらを食べれば、ちゃんと栄養補給になる。つくづくなんて便利空間。

 ただし、年に1度、しかも1週間しか開かれない場所だが。一部の連中は『境界』とか呼んだりする。

 「おっとあそこにおわすのは……なんと2人の主、日向祀殿だぁああああああ!」

 司会者に気づかれた……。あいつは、あのにやけ顔は……そうか、巨大ガエルの尾浜おばまか。

 「お館様!?」「旦那!?」

 私はとりあえず手を振った。すると大声を上げてこちらを見た2人は、次にお互いを見合う。

 「この戦い、負けられなくなっちまったなぁ!」

 「お館様の御前、貴様如きに遅れを取る訳にはいかんな!」

 「ファイト! アララギ殿ぉ!」

 「金羽貴様! この兄を差し置いてなぜこんな男を!」

 白銀は相手の応援をする弟に文句を言いながらも、出て来た肉まんを食った。

 「あ奴ら……もっと別な所でアピール出来ぬのか……。それと、だから、なぜ皆、祀相手だとこうも張り切るのじゃ……」

 お嬢のやつれた様な呆れ口調が耳に残る。私はお嬢の事、大好きですよ。

 「お嬢さん、祀の親分、お久しぶりっす」

 「金羽、久しぶりだな。……なんで女装?」

 「兄貴にさせられたんすよー」

 お嬢の物よりも若干現代風な女性物の着物を身に纏い、金羽は面倒くさそうに言う。金羽は男性的な容姿だが、よく白銀の被害に……と言うか、メインの被害者だ。私はなんだかんだで着せられた事はない。

 「なんか、長老の計らいで今年は結構大会的なのいっぱいやるそうですよ」

 ああ、それで大食い大会が……。まだ1日目だってのに飛ばしてるなぁ。

 「兄貴のやつ、この後の女装コンテストに俺を出す気なんす。勘弁して欲しいっすよ」

 そんな物までやるのか。……いやいや、基準はどうなるんだ? ここには人から草木まで、様々な神様が来てるんだぞ? 姿形でいろいろ変わらないか? それに神様は姿形を変えられるんじゃ……。

 「変えられるって言っても、2つ以上の容姿持ってる奴はいませんし、それに人間固定だそうです。長老が人間好きなんで」

 「ふぅん」

 「親分もどっすか?」

 「え、それは誰が得するんだ?」

 百歩譲って白銀と金羽が世の女性や男性に受けたとしても、私が女装をして誰が喜ぶと言うのか。

 「あらあら? そこの貴方、ずいぶん強そうね」

 突然、後ろから私達に声を掛ける女性が居た。

 「俺っすか? その辺のやつにゃあ負けませんよ」

 振り向いて女性を見れば、ずいぶんと……大人っぽい女性だ。それも多分、人間。派手な恰好をして、歓楽街で占いでもしている様だ。……何か、人や神様を見る目が品定めしてるみたいで気に入らない。

 「そっちの貴方と貴女はそんな強そうじゃないわね」

 言いながら、不躾にも私とお嬢を指差した。

 「冗談きついっすよ! 親分とお嬢さんに俺が勝てるわけないじゃないっすか!」

 金羽の言葉に驚く女性は、まじまじと改めて私達を見た。

 「……式神使いですか?」

 「ええ、そうよ。私の式神になる?」

 式神を積極的に得ようとする者は、自然に神様の強さを見る。

 「遠慮しときます。まだ死ぬ気ないんで」

 「だとしても、こんな小物の使いなどこっちからお断りじゃ」

 「こ、小物!? 小娘がなんですって!?」

 叫びを上げる女性に、なおも挑発的なセリフを続けるお嬢。

 「小物を小物と言って何が悪い。神と人の見分けも付かぬのであろう」

 「来なさい荒神あらがみ!」

 女性が叫ぶと、荒神と言う名だろう、巨大な……こう言っては何だが、正直図体だけのネコが現れる。おいおい、この前私の部屋にいたデブネコの方が強いぞこれなら。

 しかし待って下さいよお嬢。この事態を処理するの、私でしょう? 口笛吹いてないで。

 「お! 喧嘩か!?」

 大会に野次を飛ばしていた連中が、長引く戦いにマンネリにでもなったのか、こちらの騒動に首を突っ込む。

 「どう? ビビッて声もないかしら?」

 「俺が行きましょうか?」

 金羽はそう言ってくれる。うちの連中ときたら、大食い大会やってるは、私闘やっているわ、姿を現さないわで呼ぶ気力も起きない。

 「頼めるか?」

 「承知!」

 金羽はにわかに金色の炎に包まれると、白銀より一回り小さい、全身から金の色の光を放つ烏へと変化する。

 「あんだ、相手は祀の旦那と金羽かよ……。相手が誰だか知らねーが、これじゃ賭けにもなんねーじゃん」

 ギャラリーは止めだ止めとはけていく。確かに分かっている勝負ほど面白くはないだろうが……。

 金羽は荒神に向けて、翼を一薙ぎし、竜巻を起こす。ただの風ではない。セルシウス温度、1億にも届こうと言う熱風だ。それをうまく操作し、周囲に熱が散乱しない様に制御している。あんなのが制御不能になったら、ここ一体荒野になる……。

 「おい、そこの荒神とやら。本当にやるのか。俺は手加減って言葉は知らないぜ?」

 「ぬぅ……」

 そりゃ、その竜巻見れば分かるって。あっちだってこれを起こせば、周囲の気温が10度は上昇してしまうだろう。……この辺は協定に抵触するので、金羽は抑えてるみたいだが。

 「金羽、相手さんももう分かったって。収めてくれ」

 「親分がそう言うなら、いいですが……」

 瞬く間に紅のハリケーンは収まっていく。そして金羽は人の姿に戻った。

 「ここに居る間は、あまり神様に喧嘩売らない方がいいですよ、あんた」

 「虎の威を借る狐が!」

 忠告に暴言で返してくれるのか。本当、世知辛い世の中になった物である。神様達を、前時代の人々を見てみろ、よっぽど豊かな生活をしているではないか。

 「おい祀、あんな事言うておるぞ」

 「でも神使いって基本そうじゃないですか?」

 否定が出来ない部分はある。だけど、その神様を使役しているのだから、やはり何かしらが優れていないといけないのではないだろうか。その要素は私は知らない。少なくとも、陣が描けたり、神様と戦う力があったり、霊能力とかいう物があったりとか、そういうのじゃないとは思うが。

 舞台の方をふと見てみれば、どうやら白銀と荒羅祇の同着1位で決着した様だ。目を回して倒れているのが、ここからでも見える。拍手喝さいのなか、お互いに強がっているだろう事は、見なくても予想できる。

 「それじゃ」

 と、短く挨拶だけ残してその場を去った。

 「で、ミリス、そこで何してるんだ?」

 「え? 祀に刃向おうなんて馬鹿な人間は、このわたくしがぶっ飛ばそうと思って……」

 物騒な武器はしまえな……。



 ◇



 2日目



 気が付くと、朝だった。人間が少数でも来るので、そのために建てられた簡易の寝所で目覚める。神様は疲労、病気、怪我、空腹、眠気とあらゆる束縛から卒業してしまっているので、ずっと遊んでいられる。飽きはするが。

 ……いや、なんだろうか。妙な……こう、ざらついた感覚が―――。

 「あっるじ様ー!」

 まったく、こっちでもこっちでも……。人の寝る場所に、叫んで押しかけるのが流行っているのだろうか。

 すぐに入って来るナギを見て、今の感覚は忘れてしまった。

 「刀は消しておけよ……」

 7本も、物騒な……。

 「これはこれは異な事を! 剣は武人の魂、一時とて手放す事は、7対0であり得ませんです!」

 叢雲むらくも1本で大丈夫じゃないだろうか。草薙くさなぎ簸川ひのかわ黎明れいめい富士ふじ櫛名田くしなだ白兎はくとは別にいいだろう。普段使ってる訳じゃあるまいし。

 「ナギの姉妹は邪魔と仰るのですか!?」

 「姉妹……だったのか。いや別にそういう訳じゃないんだが」

 他の7つの首だってのは知ってたが。

 「もちろんナギは末っ子?」

 「なんで分かりますですか?」

 なんとなく、そうなんとなくだ。ナギが長女とか言われたらビックリどころじゃなく、八岐大蛇その頭の出来まで疑う所なので、若干安心した。

 「なんだったら、全員に人間にでもなって、自由に行動すればいいだろう」

 ナギは叢雲なので、ちょうどその剣だけが残る。

 ……そういえば、今までさして疑問にも思わなかったが、なんでナギは叢雲だと言うのに、7本なのだろう。ナギの分がなく、その他の全員が剣になっているのなら、7本で納得する。しかしそれでは8本ないとおかしいのでは?

 「えとと……。姉の天正てんしょうが止めろと一喝して収まりましたです」

 結論だけ言われても……。

 「天正姉様は一番上の姉様でしてですね、天禍祓たかまがはらという剣なのですよ」

 高天ヶ原……ね。いろいろツッコミがいはありそうだが、まぁ、いい。それでその姉様がなんだって?

 「主様の提案に、他の姉様は賛成と言ったのですが、天正姉様が珍しく怒りましたです。主様も、不用意にそう言う事を仰らないで頂きたいと言ってますです」

 「はぁ……そうですか……」

 正直人の姿も、剣としての姿も見えない大婆様の忠言になど、耳を貸す気にもなれないのだが。

 「ナギはどうしたい? 姉と祭りを周りたいとか思わないのか?」

 唯物主義とは言わないが。

 頭の中でどうこう言う連中がなんだと言うのか。私の傍らには、目の前に居てくれるのは、言葉を交わすのはナギである。

 「えーっと、ですから、6対1ですね」

 「脳内民主主義じゃなくて、ナギ自身の意見だ」

 「ナ、ナギのですか!? ですけど主様、ナギは姉様達と違って頭悪いのですよ。答えを間違ってしまうのです……」

 どういう教育の賜物だろうか。多数決は確かに奇数が原則だ。だからと言って、現実を肌で感じている彼女自身の意見を蔑ろにするのはおかしくはないか? それに、現実を在るのに頭が悪いとか良いとか関係ないだろう。

 「……じゃあもう、禁止だ」

 「は……?」

 「私はナギの意見以外、聞く気はない。頭の中の姉達の意見聞くの禁止」

 「はいです!?」

 「その上で、お前自身は姉を出す事をどう思う」

 目に視えて戸惑うナギ。これまではこうした質問は全て姉任せに、自分は剣を振るう事と、私と姉との接点であった。しかしそれは変ではないだろうか。確かに姉の意見は、賢い姉の意見だろう。だが、実際の行動をするのは、ナギ自身である。

 「ムリですよー……」

 すぐに頭を抱えて音を上げるナギ。剣を振るえば一級の使い手だと言うのに、しょうのない奴である。

 「ナギ、お前は私を主と認めたのはどうしてだ? 姉はみんな反対したんだろう?」

 「それは……なんとなく……です」

 「それでいいんだ。ナギの思った通りの事を言ってみろ」

 「じゃ、じゃぁ…………ナギは………」

 やはり姉に服従はしても、それでも思う所はあるのか、ナギは本当に正しいのだろうかと困りながら、蚊の鳴くような声で言う。もうその様子が可愛くてたまらない。ナギは本当、式神と言うよりは妹だよ。

 「1対0で……やーです」

 「どうしてだ?」

 「ナ、ナギは、なんとなく……主様と2人で回りたかったのですよ」

 それは難しいかもしれない。お嬢もいるし、白銀や荒羅祇や……ミリスはどうだろう。とにかくついて来そうな連中はその他にも大勢いる。まぁしかし、それがナギの望みならば、多少目障りではあるが刀は無視しよう。

 「じゃあそうしよう」

 笑いながら、ナギの頭を撫でる。ナギは安堵したのか、はいですと勢いよく返事をした。最初の内は慣れないかもしれないが、しばらくこうしていれば、自然とナギの依存度も下がるのでないだろうか。

 ……驚いた事に、私は、ナギに自由に……『生きて』欲しかった。彼女は刀……しかも神様だと言うのに。



 やれやれと私は肩を竦めていた。

 「主様、あちらに行ってみましょうです!」

 ナギに手を引かれるまま、私達は屋台群の中を、宙を地面を覆い尽くす神様の集団の中を歩く。ナギはいつもの戦装束でなく、お嬢の着ている様な着物……でもなく、浴衣だ。……もちろん、背には1本、左右の腰には計6本の刀が差されているが。

 「……どうした?」

 気付けば1つの屋台に張り付いているナギ。これは……甘味の屋台か。一体何を売っているのかは知らないが。

 「この店は業界では密かに有名なのですよ。主様知らないのですか?」

 「そ、そうなのか?」

 いや、普段から神様業界の面々と会っている訳じゃないし、神様の店がどこで開かれてるのかも知らないんだが……。やっぱり生きた人間はその辺が不便なのである。

 「なのです。よもや、神様の世界で『あいすくりぃむ』なる食べ物を普及させ、数多の神様の退屈を凌がせていると評判なのですよ」

 評判のなり方が凄い。楽しいとか美味しいとか、そんなじゃなく、ただ暇つぶしになるかならないか。どんだけ神様達は退屈を持て余しているのかがうかがえる。

 「食べたいなら貰えばいいだろう」

 神様達にお金の概念は存在しない。基本的に物々交換か、もしくは本当に無料かのどちらかだ。材料の調達だって、生きてる人の造ったやつの魂を、こそっと貰いに行くだけだろうし。

 「で、ですが太ると……7対0で……」

 太る? 神様が?

 「主様知らないですか!? 神様も、娯楽にと食べすぎると、魂太りをするのですよ!」

 ああ、なるほど。総量的に増えるからな。消費の方法がない連中はブクブク膨れるのか。しかしまぁ、ナギは消費出来るじゃないか。それにだ。

 「太った女性の方が美人じゃなかったか?」

 昔の人はふくよかな女性を好んだと聞いた事があるが。

 「主様! その考え方は古いのです! 何年前ですか!」

 それだけはナギに言われたくなかった。考え方が飛びぬけて古い、お前だけにはな。私だってデブが綺麗だとは思ってない。私なんか細さと速さで神様と戦ってるんだから、むしろ贅肉は正直……な。見てるだけで辛い。

 「でもナギは食べたいんだろ?」

 「……うー……」

 唸りながら頷く。でも頭の中は猛抗議? なのだろうか。今更変な場所だけ女性的になるなよ。らしくもない。

 「ナギが食べたいなら食べればいい。太ったらその時はその時だ。私が手合わせでもなんでも付き合うよ」



 ――――で結局。

 上機嫌で……なんだろうなあれは。あいすくりぃむと言う、人間界には見られない斬新な食べ物を、上機嫌で口にするナギ。それ、本当に美味しいのか?

 しかしまぁ、目を細めて舐めるナギの姿を見る限りでは、美味しいんだろうな。

 ……ふと、気になった事がある。こんな事を聞くのはあれなのかもしれないが。

 「……ナギ。もしもだ。もしも仮に、私とお前の姉達が争う事になったら、どっちの味方をする?」

 我ながら卑怯な質問だ。こういうのはお嬢が私のいない所で聞いていたりするものだろうに。

 「はいです? あり得ないとは思いますが、ナギは主様と一緒に在りますです! ただ……姉様達は絶対に分かってくれると思いますので、説得させて欲しいのです」

 ――そうだ。そんな事は、”起こり得ない”。どうしてそんな事を考えてしまったのか。

 「おお、天草よ。わらわの言った通りの格好じゃのう」

 かく言う自分は相変わらずの着物姿の神様は、ナギと私の姿を認めるなりやって来る。入れ知恵はお嬢でしたか。

 「……ずいぶん仲の良い事じゃのう」

 その視線は私達のつないだ手へ。だけどしかしそれはいつもの事でしょう。本当、いつもの事です。ナギが私に一方的にスキンシップを求めて来るのは。なんで今日に限ってそんな怪しむ様に見て来るのか。

 「お館様! 探しましたぞ!」 

 「待てこら次の勝負だ白銀ぇ!」

 「望むところ荒羅祇! お館様の前で叩き潰してやろう!」

 「あんた達、もう少し静かに出来ないのかしら」

 続々とうちの式神勢がやって来る。2人で回れた時間は短かったな。

 「提案です! 主様は、日替わりでみんなの物って事でどうですか!」

 周りにまた集まってくる神々に、ナギが大声で言った。おいなんだその紳士協定。

 「って事で! 今日はナギが主様を頂いて行きますです! 文句があるやつは!」

 小気味良い音を立てて、ナギは天叢雲を引き抜く。斬るってのか?

 しかしこれがまた逆効果だった。天叢雲剣が剣を抜いたとなれば、その手合わせを望む刀剣などの武器の神々は後を絶たない。他の腕自慢の神様もだ。

 結局、昨日と同様にあちこちから様々な神様達が集まってくる。その一体一体に、一々礼をして一騎打ちを引き受けるナギ。

 「天草め、当初の目的を忘れておるぞ」

 お嬢はその乱闘騒ぎを(人間界なら間違いなく連行レベル)傍観していた。

 「結局こうなったか……」

 「慕われたものじゃのう、おぬしも」

 「嫉妬ですか、お嬢」

 ナギに彼女は慕われなかった……主とすら認められなかったそうじゃないか。

 「調子に乗るでない。誰が嫉妬などするか。おぬしとナギの関係など、兄妹以上には見えん」

 ……何か話が噛み合っていない気がするのだが。

 やれやれ。ってこの言葉、これで何回目だろうな。



 ◇



 3日目



 「おいロリコン」

 人を蹴り起こす存在があった。私は寝ぼけた眼を擦りながら、そいつを観察する。

 「なんだチビガキ」

 朝っぱらからなんだって言うんだ。今日も今日とて、このプレハブの外では神様達がどんちゃん騒ぎをしてるが……。ってかお前人間か。

 立ち上がり、身の丈140センチ程の子供がきを見下す……間違えた見下ろす私。

 「お前が一昨日脅した女、どっか行っちまったぞ」

 「ああ、神様物色しに来た霊能力者の愚図なんか知るか」

 「同感だ」

 同感ならなんなんだ。あれが師匠って訳でもないだろう。

 「でも僕はロリコンもどうかと思うぞ」

 とりあえず、前提的な間違いを指摘しようか。

 「誰がロリコンだジャリガキ!」

 「おまっ、昨日あんな小さな女の子愛でてる時点でロリコンだろ!」

 ナギの事か。あいつの容姿は今更どうにならんがな。

 「自分の可愛い妹分を愛でて何が悪い! って言うかお前が小さいとか言うな! っつか顔ぐらい見せて話せ! なんだその服!」

 顔まで覆っているので、まるで秘密結社か何かの装束だ。

 「……ヤダ」

 「お前な。礼儀ぐらいわきまえろ?」

 人間界だけの物じゃない。神様だって姿を見せないのは無礼だ。

 「これ脱いだらシスコンのお前が襲ってくる」

 「シスコンじゃないロリコンだ! ってそっちも違う!」

 「認めたな? 認知したな!?」

 「認めてねぇ! ってか襲われるってお前女なのか!? 信じられねぇ!」

 「あんだとぉ! 僕はどっからどう見ても360℃女だろ!」

 「℃じゃねぇ度だ! それかCは付けるな!」

 小さい上に性格が壊滅してる上に馬鹿だ。救いようがないな。それから誰がお前みたいなガキを襲うか! 言い方があれか。ガキでなくても襲わんがな!

 それで、お前はいったい何者なんだ。

 「フッ、聞いて驚け見て笑え! なんと幽霊が視える上に過去視が出来るんだぞ!」

 「へぇ」

 「感動が足りねぇ!」

 未来視が知り合いにいるんだよなぁ。過去視って未来視よりは珍しくもないしー。すでにあった事と、これからある事、どっちの方が難しいかって言われれば、ねぇ?

 ――――で、とりあえずはお互いに、たった2人の人間として自己紹介。

 「私は日向祀。高校2年生。一応式神を使う陰陽師だ」

 「僕は夕霧ゆうぎり 成実なるみ。中学3年生だ。さっきも言った通り過去視が出来るぞ、ロリコン」

 話を堂々巡りにさせたいのか? またロリコンだそうじゃないだのなんだのと言い合いになるぞ。そして、いい加減その妙な装束脱げよ。

 「そうやって僕が可愛いかどうか物色するんだな! 見た目年下なら見境無しかロリコン!」

 ……そろそろ、堪忍袋の緒も限界なんだが。それとも、私に影無しの呪いがかけられてるように、お前には語尾に常にロリコンと付けなければ喋れない呪いでもかけられてるのか?

 「あ? なんだその呪い。んなふざけた呪いある訳ねーじゃん」

 「……斬る」

 ここには警察はいない。ばらして地面に埋めれば問題ないだろう。

 「待て待て待てよ! ちょっとそれ短絡だろ! あれだぞ! お前のこっぱずかしい過去見るぞ!?」

 「ならなおさら口封じだな」

 意識して視えるもんとも思えないが。

 「わぁったよ! 顔出せばいいんだろ顔出せば!」

 言って、装束の深い深いフードを取る。

 威嚇しながら、不機嫌な顔を出した彼女は……。

 「……黙ってればいいのに、ってよく言われないか?」

 「なんでお前がみんなに言われてる事知ってんだ?」

 やっぱりな。顔の造りは整ってるし、見ようによっては……まぁ可愛らしい顔をしていない事もない。だが折角のその生まれて持った長所がだ。まぁ何とは言わないが、短所1つで台無しだ。

 「ストーカー!? お前好きな子追跡するアブナイ奴だったのか!?」

 なんで私が見ず知らずのお前を尾行するんだ……。いやいや、知り合いでもしないが。なんかこいつと話してると、いつか自分を犯罪者と認めてしまいそうで怖い。

 「おや? 起きていましたか」

 「先生」

 相変わらず爽やかな笑顔を浮かべていますね、先生は。昨日ナギに喧嘩売ってた中に居た人狼、先生ですよね。

 「オシショさん!?」

 なん……だと? オシショさんって、もしかしてお師匠さんって事かガキ。

 ちょっと待って下さい先生、それどういう事ですか。このガキどうせ、あっちじゃいつも先生の事が視えてるって訳でもないでしょう。

 「その通り。彼女はまぁ……君と比べれば不肖の弟子という奴だよ」

 「不要です」

 「あんだとやんのかてめぇ!」

 「いやね、いるとかいらないとかの話ではなくてだね。君があの山を去った後に、捨てられていた子でね。僕がちょっとだけ規約を違反して、麓の孤児院に引き取ってもらった子なんです」

 ああ、そういう悲惨な過去で性格ひん曲がったんですか? 言っておきますが私は憐れんだりしませんよ? しかしその辺りはわざわざ断りを入れなくても、先生は承知らしい。

 しかし先生、貴方人間嫌いじゃありませんでした? 私とお嬢とだって、散々の戦いの末の和解だっていうのに。

 「いえ何、君たちを見ていたら、人間と言うのも全てが悪と言う訳じゃなさそうだと、考えを改めまして」

 「私を人間の代表として考えるのは、何か間違ってる気がします。あいつらはほとんど下衆で屑な連中ですよ」

 中にはまぁ……シノブとかトーヤとかツバキとかミオみたいに、良いやつもいる事は認める。

 そう言うと、先生は生暖かい目をこちらに向けていた。

 「なんですか」

 「いえいえ。それでなんですが、君が人間としての友達になって―――」

 「嫌です」「誰がこんなロリコンと!」

 目を瞑って、疲れた様に目頭を押さえる先生。こいつのお守りに頭痛ですか?

 先生は、いがみ合い火花を散らし合う私達の姿を見て、とうとう頭を抱える。

 そして―――――。


 頭蓋を殴打する鈍い音が、2つ程神様業界に響き渡った。


 ―――――2人仲良く大きなコブを作って並び、オシショさん、もとい先生のありがたい忠言を聞く。久しぶりにクドクドと理屈っぽい話を延々と聞かされる。

 「――――という訳で、君達は仲良くすべきなのです」

 「ふぅん」「へぇ」

 同時に気のない返事を上げた。すると先生は努めてにこやかに、だが肉食獣が獲物を前に静かに闘志をみなぎらせ言う。

 「おや? もう一発殴られたい弟子が2人ほどいるようですが……」

 青筋作って震えながら、拳に息をかける先生の姿に、私達は恐れおののく。先生の力は強い。掛け値なしに強い。結構と言うよりはかなり痛いのだ。

 慌てて真面目くさって仲良くする事を誓い、この神様業界に居る間……少なくとも先生の前では停戦協定を暗黙の了解に定める。

 「よろしく、お兄ちゃん……」

 「ああ、よろしく……」

 お互いに引きつった笑顔の握手。なんでこんな奴と仲良くせにゃならんと言う考えが、我ながらありありと出ていた。

 先生もそれは分かっていただろうが、形だけの友達宣言にとりあえず良しとしたのか、私達をその場から解放する。

 「おいてめぇついてくんな!」

 生物学上は女子が、なんて口の利き方だ。それに祭りの会場とあのプレハブは一本道だろう。ここ以外森だろう。どうしろって言うんだ。

 「ジェンダーか? 性差別か? ふっるい考え方してんなお前」

 「ナルミ、その疑問点を言い換えて2回言うのは癖なのか?」

 「何言ってんだてめぇ。んなどーでもいい事言ってねーで言い返して来いよ」

 「ヤダよ。話が堂々巡りになるだろ」

 「ハッ、敗北宣言か! カゲナシの最強陰陽師の名が聞いてあきれんな!」

 そんな名前誰が付けたのかは知らないがどうでもいい。泣こうが喚こうが他の誰かの下に行こうが、所詮は名前だろう。っていうかだ。

 「お前、何がそんな気に入らないんだ?」

 ロリコンだのなんだの、考えてみればほぼ一方的に暴言を振るう理由を教えてくれ。確認、まず私達は初対面だ。

 「てめぇみたいなロリコンと、前に会った事ある訳ねーだろ」

 我慢、我慢だ。えっと? じゃあ怨恨がどうのって話はまったくない訳だよな。そんで、私は先生との激戦の末和解して、その後にお前が先生に拾われて孤児院にと。お互い先生には感謝してて、恨みも何もない。だよな?

 「ったりめーだろ」

 「じゃ、私の何がそんな気に入らない」

 「えーっと、存在そのもの」

 私はとりあえずその頭を殴った。

 「いってぇなぁ!」

 「多分お前とは神様業界でだけの付き合いだろうが、これだけは言っとく。お前の周りの連中はどうだか知らんが、私はお前をあくまでもお前を弟弟子として見るからな。だから、この兄弟子に暴言吐けば遠慮なく殴る」

 ちなみに参考までに。同じ事をトーヤやシノブがやったら、寮の屋上から突き落とす。一応弟弟子なので、優しくはなっている事は確認。ミオとツバキ? そもそもしそうにない。

 「あんだそれ! ざけんなてめぇ!」

 「誰がてめぇだ」

 「いってぇ! オシショさんに言いつけてやる!」

 どうぞご勝手に。

 「だけどお前、所詮はその程度って事になるのか。癇癪で悪口を言って、最後は先生ほごしゃにおんぶにだっこか。いや悪い、買い被りだったみたいだ。先生が珍しく弟子なんか取ったからどんな奴かと思ったが、やっぱ見た目通りのガキか」

 しかしまぁ、自分にも覚えがない訳ではない。

 「うぅー……! チクショウ! てめぇなんかすぐに追い越してやんからな!」

 「ガンバレ」

 「あんだその気のない返事! もっと焦れよ! この僕がお前を追い越そうとしてんだぞ!」

 「お前みたいなジャリガキに、一朝一夕に追い越される訳がないだろ」

 つい鼻で笑ってしまう。っていうかその前に、一体なにで追い越すつもりなのだろうか。

 「ヤナ奴! ヤナ奴! ヤナ奴!」

 「嫌な奴で結構。お前に好かれようなんて思ってないし、正直どーでもいいよ」

 そういやこの馬鹿に、急に起こされたから眠い眠い。

 「ぶわぁか! ぶわぁっか! ぶわぁぁあああああっかぁあああ! べーっだ!」

 泣きながら舌を出すなんて、お前は小学生か。いや、今時の小学生ですら絶対にしない。嫌な意味で大人びてるからな……。

 ところでそこまでいくと怒る気力も失せて来るんだが。

 「あのナギとか言う子には優しいくせにぃぃいぃいい! ロリコンロリコンッ!」

 こいつは優しくされたいのか? そりゃ生意気なクソガキと、家族同然のナギで態度が違うのは当たり前だろう。私は人類神様皆平等とか言い始める、どこぞの博愛主義の偽善者じゃない。

 第一、お前仲良くしてくれる友達とかいるのか?

 「いっぱいいるわ! ぼけぇえええ!」

 「あれ、意外」

 「どういう意味だっそれっ」

 過去視とか神様視える上にそんなすぐに噛み付く性格だから、てっきりみんな寄って行かないと思った。いやすまない。容姿が幸いしたな。顔”だけ”は良いみたいだし。体型的にそっちの嗜好の人にも好かれるだろう。

 「だからそれどういう意味だっ!」

 「それじゃあなぁー」

 「ちょっと待てやこらぁ!」

 「一緒にいる理由もないだろう」

 私には私の連れがいる。お前にはお前の連れがいるだろう。まさか1人で来た訳じゃあるまい。



 「おぉ祀! 今が宴酣えんたけなわじゃ。まだまだ3日目、これからじゃぞー!」

 珍しく上機嫌なお嬢は、みんなと共にビニールシートの上で日本酒を呑んでいる。

 「ありゅじしゃまー……けしきがぐりゃぐりゃしましゅでしゅー……」

 呂律が回らない程呑んだのか。魂太り気にしてたんじゃないのか、ナギ。ムリに立ち上がるなよ。そのまま寝てろ。

 「おう旦那! 白銀と飲み比べしてんだが、入る気ねーかい?」

 「ふっ、お館様と言えど手加減はしませんぞ」

 ザルとタガが。私は未成年だし、酒はそれほど強くない。こんな場所で倒れたら始末に負えないだろう。

 「祀ぃ、ちょっと聞いてよぉ」

 ミリス、私は酔っ払いの言う事を聞くつもりはないぞ。

 しかしお前ら、連日を日がな一日中騒いでよく飽きないな。

 「ま、の。たまの祭りじゃしの。ところでじゃ――――」

 お嬢の視線が、私から、やや下。それも後ろへ。

 「そこの小娘はなんじゃ」

 なーるーみー……なんでついて来てるんだ、お前は。

 「はっ、ババァどもが」

 「「「あぁ?」」」

 「ヒッ!」

 ナルミ、私の影に隠れるな。お嬢とナギとミリスに、なに喧嘩売ってんだお前。イチャモンつける前にもうちょっと相手を見ろ。

 ナギはとりあえず刀を納めような。ミリスはその兵器をしまえ、そして二度と出すな。お嬢、小娘の言う事ぐらい聞き流して上げて下さい。で、とりあえず私を睨むのは止めろ3人とも。そして野郎どもは呑んでないで止めてくれ……。

 諌めると、やれやれとそれぞれの元の席に戻っていく。

 「礼は言わないからな」

 「礼はいいからとっとと失せろ。ってかお前さては、先生以外に神様の知り合い、いないんだろ?」

 「そ、そそそそそそっ、そんな訳ないだろが!」

 ほぉ? へぇ? お前嘘が下手だなー。

 通りで先生があんな妙な事を言って来る訳だ。なるほどこちらじゃ一人ぼっちな訳か。

 「こっち来いこっち」

 「離せてめぇ! どこ連れてく気だ!」

 嫌がるナルミの手を無理やり引いて、宴会の席の中央へ。

 「はいはーい、ちゅうもーく!」

 「お、ありゃ祀か? 何する気だてめぇ! 生意気だぞ!」

 あー、黙っとけそこの酔っ払い河童! 皿割るぞ!

 「この娘、神様業界に知り合いがいないらしい。みんな仲良くしてやってくれ」

 「おいおいその娘、祀とどういう関係だー?」

 「山陀羅先生の同門だ。親に捨てられたところを拾われたんだと」

 「なんだ孤児かよ! こりゃ傑作だ! 親に捨てられたのかお前!」

 どっと宴会の席に集った酔っ払いの神様は笑いだす。まぁ、そもそも親がアレな連中もいっぱいいるからな。孤児が可哀そうなんて発想はあまりないのだ。

 「ヒデェ!?」

 「まぁまぁこっちこい、えー……」

 ナルミに手招きするカバの形をした2足歩行の神様。胡坐をかいてトックリ片手だ。ナルミだ、ナルミ。

 「そうかナルミか。まぁ飲め飲め。んでだなぁ、お前さん、山陀羅と祀がどんだけすげぇやつか知ってっか?」

 知るかボケ! と叫び終わる前に、ナルミは次の神様に話しかけられる。

 「お前運がいいな。あの『人間嫌い』で有名な山陀羅に拾われるなんてなぁ。あいつ祀と知り合って丸くなったんじゃねーか?」

 「そうか? 結構先生は未だに人間に厳しいぞ?」

 「はっはっは! 前に比べりゃマシよ! なんてったって、この辺の神隠しの原因はほとんど山陀羅だったんだからよ!」

 あっちからこっちから次々に寄ってくる動物や植物の神々に、怯える様に私の背後に隠れながら、たまに質問に答えるナルミ。

 「な、なんなんだこいつらぁ……。人間となんか反応違う……」

 あのなぁ……。じゃあものは例に質問してみればいいんだよ。

 「はーい、皆さんにナルミから質問です。この中に、親の名前も知らない奴、手を上げてー」

 「はいはーい、それって親が居ないの含みますかぁ?」

 「含みマース」

 次々に挙手されていく。その数、およそ数百。全体の総量から考えて、どう考えても多い。

 「俺なんかよ、バカだから小さい頃に親の言う事も聞かないで巣を飛び出しちまったんだよ!」

 「ばぁか、俺なんかお前みたいな弱い子、要らないって言って置き去りにされたぜ? まぁその後5年は生きてやったけどよ」

 「はっはっは! 僕なんか母さんに屋根の巣から突き落とされたよ! そのまま帰らぬ鳥さ!」

 「あんた、災難だねそれ。俺は子供に食われたさ。まぁクモの掟だね」

 「あたしは間引きされたなぁ。男の子以外要らないとか言って」

 ドウデスカ、神様業界の面々は。死因や生前の不幸な境遇すらも笑い飛ばしますよ、こいつらは。だってもう死んでるし。生きた人間ぐらいだって、そんな細かいどーでもいい事気にするの。

 「それに、そんな事言い出したら私だって、親は名前すら憶えてないんじゃないか?」

 「……どういう意味だ、それ」

 「私は生まれつき影がない。あ、もちろんこの影じゃなくてだな。存在感って言えばいいか?」

 だから、神様を視えない普通の人間は、私の事を1日経ったら忘れてしまう。名前も声も顔も。その存在が在った事を、記憶の中に留めておけないのだ。

 「いやまぁ何が言いたいかって言うとだ。親が居ないとかどーだとか、ここに居る間は気にするな。それで悲壮にも暮れるな。言い方は悪くなるけど、もっと酷い連中はいっぱいいる」

 柄じゃないんだがな、こういうの。他人は他人、自分は自分だ。干渉はしないが干渉されたくないのだ。

 「紹介はしてやったんだ。あとは自分の好きにやれ」

 「あ、おいっ!」

 慣れない事すると疲れるね。ナルミを退屈を敵としている神様の集団に引き渡す。

 「ファイトー」

 「投げ槍か!? 待てよこら!」

 ワイワイ騒ぐ神様達の声に、ナルミの声はほとんどかき消されて聞こえない。まぁしかし凄い人望だな、山陀羅先生。

 「お優しい兄殿じゃの」

 「ほとんど先生の弟子ってお陰ですよ」

 「妙な事を。旦那の妹分ってのもデカいっすよ」

 「そうかぁ?」

 「相変わらず、自分の持ってる物には鈍感ね、祀は」

 いつもの輪の中に入ると、冷やかしてくる面々。自分でも普段と違う事をしたと思っているが、あの攻撃的でプライドの高い性格じゃ、ああでもしないと孤立するだろう。

 しかしまぁ、最初の一歩さえ踏み出せば強引な連中である。一回放り込んでしまえば、テコでも離してはくれない折り紙付きのしつこさだ。

 風に揺れた木から、緑の葉が落ちてくる。

 まぁ、たまには酒もいいだろうと、大きな椀を受け取る。荒羅祇に注いでもらい、これからの盛夏を頭に思い浮かべながら、騒がしい中での一時を過ごした。



 ◇



 4日目



 さぁって祭りも後半戦かぁ。軽い体操をして体をほぐしながら、朝日を浴びる。

 「うぅ~……。牛の行進がぁ……。やだぁ……」

 ナルミが何にうなされているのか、痛いほどよく分かる。私も昔はその洗礼を受けた物だ。まぁ今日一日は再起不能だろうな。

 ……ふと、こんな光景が前にもあった様な気がする。デジャヴュ? という奴だろうか……。既視感がこう……。いやまぁ、気にしてもしょうがない事なんだが。


 そして、それは突然に起こった。



 祭りと言う名の宴会会場に足を運ぶと、相変わらずの酒盛りが繰り広げられていた。いたのだが……。

 一部が、何か騒がしい。いや、宴会の騒がしさではなくこう、なんて言えばいいのか。不安を助長させるような騒がしさがそこにある。

 「おい荒羅祇、何があった?」

 険しい顔の一団に居た荒羅祇の肩を叩く。すると荒羅祇は驚いた様に大きく震えた。

 「だ、旦那? い、いえ、何もありませんぜ?」

 挙動が不審過ぎる。しかも普段はしまっている偃月刀を持っている時点でただ事ではない。

 「お前も大概嘘が下手だな」

 「祀よ、悪い事は言わぬ。此度は首をつっこむでない」

 突然、背後からお嬢の声。こちらの声音もかなり険しい物だ。

 「『蛇』が出たのじゃ」

 「蛇?」

 そう言えば、ここに来る前にシノブのやつも蛇がどうのとか言ってたな。もしかして同一の物か?

 「蛇は恐ろしき存在じゃ。知らぬ者は手を出さぬ方が良い」

 「ナナシ様の言う通りですよ、祀君。私も師として貴方には関わらせません」

 「先生? ……その蛇って、いったい何者ですか?」

 お嬢はその問いに答える事を一度躊躇するが、やがて口を開く。その内容はひどく曖昧な物で、しかも信じられない物だった。

 「わらわ達とて分からぬ。ただ、ナギでも斬れず、戦車でも砕けぬ不死身の『悪』、とだけじゃ」

 ちょっと待って下さい。ナギで斬れないって事は、実存の物体って事ですよね? でもそれなら戦車で砕けない?

 「私達の理解の超えた存在と言う事です。あの時は、天禍祓の力を借りて事なきを得ましたが……」

 天禍祓? それって天正……ナギの姉さんの事じゃないか。

 それは、私の生まれる500年程も前の話だそうだ。人知れず、神々の大戦が起こったのだそうだ。相手は、『蛇』と名乗る存在。

 『蛇』は、神でも人間でも、自らの『黒い蛇』を憑かせる事で存在を自在に操るのだと言う。そして人間にも神にも打倒せない存在なのだそうだ。唯一、ナギの持つ天禍祓を除いては。

 しかし嘘か本当か、その頃の外国でのテロ組織の幾つかは、『蛇』の息にかかった者たちだったと言う。

 先生とお嬢達、その戦いを体験した者達は口々に蛇の恐ろしさについて私に語っていく。

 「……そんな超常的な存在を私に信じて、見逃せと?」

 「信じずとも関わらねばそれで良い」

 「嫌だと言ったらどうします?」

 みんなを苦しめる存在ならば、私も共に戦うのが道理だ。

 「力ずくですな、お館様」

 その時、気配を消して空中から現れた白銀の当身が私を襲う。反応に遅れた私は、振り向いて彼の姿を認識するので精いっぱいだった。

 にわかな腹部への激痛と共に、落ちていく意識。

 「お館様は強く、そして優し過ぎる」

 暗くなる視界の隅で、そんな言葉を聞いた……。



 ――――――――。

 まったく、どうしてこんな事になったのだろうか。

 どういう一撃だったのだろう。夜半に意識を取り戻し目覚めた私は、しかし身体はほとんど動かせない。まるで神経系をやられてしまったみたいだ。昨日まで、神様業界はワイワイと騒いでいたんじゃないのか? なんだって、蛇なんてよく分からない存在に、こうもあっさりと楽しい時を壊されねばならないのか。そんなのは、いつもの様にサクッと倒して、宴会をやり直そう。

 ――――普段ならみんなはそう言うはずだった。私に関わるな? 神様じゃ倒せない上に、実存でも倒せない?

 「やるぞ、神無」

 私の言葉に神無に宿る魂が、呼応するように鼓動を打つ。なんだお前、神様になろうとしてるのか?

 「……体が軽くなった……」

 気付けば、腕に力が入る。あの当身の効果が切れたのだろうか。私は神無を手に取り、鞘より抜き放つ。

 すぐ横では、ナルミが健やかな息を立てている。一回起きたのだろうか。どっちにせよ、私と同様にここに幽閉されているんだろうな。

 外ではまだ、静かだが神様達の殺気が充満している。宴会どころの騒ぎでない事を遅れて気付いた連中も、恐らくは捜索に加わっているのだろう。もう祭りの火がここからは見えない。

 プレハブから取り出し、近くの茂みへ。闇夜に溶け込むのは得意だ。どれだけ先生、貴方に教わったと思ってるんですか。足手まといにはなりませんよ。

 他の神様が捜索する部分を気配で読み取り、その部分を避け、見つからない様に闇の中をぬう。いざ出会っても式神は呼べないが、恐らくは口ぶりから皆を呼んでも無意味なのだろう。

 『なんだ……貴様は……』

 背筋に悪寒が走る。どうにもこうにも、いきなり襲いかかってくる寒気に、全身が震え、冷や汗が流れた。

 「お前が……『蛇』……」

 巨大で、黒く靄の様なウネル細長い身体はなるほど。大蛇にも似ている。端に付いた両目と口と思しき部分は、不吉な深紅に染まり、暗闇でもそれと分かるぐらいに輝いていた。

 その異質な悪意を体現したかの様な存在が、闇の中からマジマジと私を視ていた。

 確実に実存ではないが、確かにこいつは、神様じゃない……!

 『……こた……えよ………なんだ……貴様は』

 「………?」

 神無を構え、警戒態勢を取る。仲間を呼ぶ声を上げる事も忘れ、目の前の存在をただ警戒し、その動きをつぶさに観察する。しかし蛇は私に襲いかかって来る気配はなく、その代わりに問いばかりを投げつけて来る。

 『信じ……られぬ……。この『世界』に……存在……しながら…………しない存在……だと?』

 「『影』の事を言ってるのか?」

 私が問いかけると同時に、牙を向いて、驚くほどに俊敏に体をくねらせて私のいる場所を、上から被りつく様にやって来る。私は一足で横に跳び、難を逃れた。

 話はどうやら、通じる相手ではない。そもそも会話が成り立たなそうだ。一方的に自分の思考は語れるみたいだが。

 蛇が警戒をする様に、体を立てて臨戦態勢へと移る蛇。どうやら、久しぶりに私自身が本気を出さねばならないらしい。私は肉食獣が獲物を追う寸前の様に、姿勢を低くして相手の襲撃に備える。

 脚力は衰えていない。腕力も……多分大丈夫。勘は万全だ。

 そんな確認を終え、意識の全てを前の敵に注ぐと、示し合わせた様に蛇は身体を仰け反らせる。

 ――――どんな生き物だって、神様だって、攻撃をする初動には筋肉を、体を動かさねばならない。

 気を見計らい、私は心境を沈め、無へ。一切の思考を排除し、生物の持つ闘争本能のままに、目の前の殺気を放つ存在の排除に臨む。。

 蛇が勢いをつけてすさまじい速度で喰らい付いた大地には、すでに私の身はない。既に私は奴の背後の木の幹を蹴っている。敵全身の視認。そして急所の選定。長い生き物は首を落とすに限る。

 しかしそのらんらんと輝く双眸を視た瞬間、再び恐怖が一瞬だけ身体を襲う。

 気を乱すな。気を整え、自然と、闇に同調させろ。

 『そこかぁ?』

 気付かれた。いやだがしかし、その時にはもう敵の懐に入っていた。相手の巨体が振り返る前に、その頭と胴をつなぐ身を、突撃の勢いに任せて神無を一突きし、そして――――。

 『ぐがぁぁぁぁああああああああぁぁああぁっ……!』

 頭に向けて引き裂く。

 『こ……の身がぁ! 何故……!? 何故タカマガハラ……でないの……に……。そ……か…………。実存……しない存在…………この…………外部への……干渉が……可能……か……!』

 ごちゃごちゃ意味の分からないセリフが多すぎる。私は黙らせるため刃を振り下ろす。すると喉を裂かれた蛇は、神様の消滅にもよく似て、姿と気配が夜に溶け込み、そして消えていく。

 「なんだ!? こっちで悲鳴がっ……旦那!? ……っ!?」

 「荒羅祇か。大丈夫だ、件の蛇は消滅した」

 『無蝶』の構えを解き、そしてまだ熱を帯びる神無の刃を納める。

 「ほ、本当……ですかい? ……いや、本当っすかっ!? どうやって!?」

 どうやってって……。いつもの様に神無で斬っただけだが。

 荒羅祇はそれだけでは納得してくれないらしく、話はあちらでと、宴会場であった広場へと私を促す。いや、久しぶりにあの構えをやったから疲れてるんだけど……。



 なのに、容赦なく私はみんなの前に。

 「……お館様、なぜ動けまする?」

 「知らん」

 まずは白銀がその疑問。言うには、当身は明日まで体の自由を奪う類の物らしい。そんな事を言ったって、動けるんだから動ける。失敗したんだろう、お前。

 「関わるなと言う親心が分からんお主でもあるまいに……」

 「そういうお嬢は、少しでもお嬢の役に立ちたいって子心が分かってませんね。今更仲間はずれなんて納得出来ませんよ」

 お嬢の口調は攻撃的と言う程でもない。ただ若干、少しだけ咎める様な口調ではあった。しかしなぜか、今の私は無性にそれが、苛立った。

 「ど、どうしたのじゃ祀? なにか……鬼の様で怖いぞ、お前」

 「す、すみません……」

 『無蝶』を使っての戦いの後だから神経が昂ぶっているのだろうか。冷静になれ、確かに今の私は何かがおかしい……。

 「まったく祀君は……。貴方は生きているのですから、死んだらどうしたのです?」

 「何を今更……。先生、私はいつだって死んでもいいんです。死ねば神様になれる。神様になれば――――!」

 「祀君! 死んでもいいなどと口にするな!」

 先生の怒声。周囲はそすさまじい剣幕に恐れおののく。

 「―――――なんだよ……みんなして……。そうか、なるほど……。結局そうですか? 自分たちの都合のいい時は仲良くして、結局自分の御せない存在だって分かると突き放すのか?」

 「ま、祀君……?」

 「そうですか、分かりました。結局人間も神様も変わりませんね。……やっぱり私は存在が『ない』んですね……! 存在が在る全てが……私の敵だ!」

 心の奥底から奔流の様に流れる憎しみが止まらない。

 人が憎い。

 神が憎い。

 影がない自分が憎い。

 そうした世界が憎い。

 ……全てが……憎い。

 いっそ、壊してしまいたいぐらいに――――。

 「あ、主様?」

 「寄るな……」

 「―――――っ!?」

 泣きそうな顔で近づくナギを、一言で牽制する。それだけで怯える様な彼女ではないだろうに、なぜか大きな瞳の奥には怖れの色が視える。

 「―――神無じゃっ! 誰でも良い! すぐに祀の神無を取り上げよ!」

 お嬢のその言葉を聞きつけた数人の神が、私の周囲を取り囲む。たかだかその程度の神々が、その程度の数で、束になった所で、敵うと本気で思っているのだろうか。そちらがその気ならば、私とて手加減する気はない。このまま去ろうとも思ったが、気が変わった。

 「失せろ―――――!」

 「ちょっとナナシ様なんですかこの殺気は!? いくらなんでも人間が放てる物じゃありませんよ!?」

 「わらわとて知るか! ただ何かしらに操られとるのは確かじゃ! ともすれば、普段祀の近くにあるのは神無のみじゃ!」

 「あの短刀がですか!? 神様宿してる感じじゃありませんよ!?」

 「だとしてもじゃ! 祀がわらわに牙を向くなどあり得んのじゃ!」

 「うわぁ、凄い自信!」

 そんな会話が傍から聞こえている間に、私を囲っていた神々は完膚なきまでに叩きのめした。誰一人なんとか消滅はしていない様だが、それも虫の息。これからゆっくりとトドメを刺していけばいい。

 「やれやれ、これも臣下の務め。お館様、覚悟を」

 「旦那、わりぃがこの刃、向けさせて貰いますぜ」

 「世話の焼ける主ね。だから尊敬されないのよ」

 「あ、主様は操られてるんですよね!? ですよね!?」

 ……そうか、お前達もか。

 無条件で味方……か。まったく何を夢見ていたんだろうな、私は。ずっと一人だったじゃないか。すぐに忘れられてしまったじゃないか。こいつらだって一緒だ。式神と主と言う契約上の関係に過ぎない。消えないために次の主が居れば、それでいいんだろう?

 ――――夢は醒める。

 「うぅ……ナギは主様に剣向けるなんてやーですよー!」

 「しからば、この僕が!」

 「邪魔だ鳥目」

 私を目で追えなかったのか、間の抜けた面を惜しげもなく披露する宙を浮く烏を、ムーンサルトで叩き落とす。

 「ちょっ! お館様! イダイ! イダイデス! 死んじゃう! 死んじゃいますって!」

 「神がどうやって死ぬんだ……?」

 踏みつけながら、白銀のセリフのおかしな点を指摘する。お前相変わらず馬鹿だな。

 「そうだっだぁ!」

 「やっぱ白銀のバカには任せとけねぇ! ここはこの俺が相手だ旦那!」

 「良い筋肉してるな」

 「だっろう!? やっぱ旦那は分かってるぅうう!」

 上半身を露出させて、ポージングを取り始める荒羅祇はこの上なく気色悪いので、早々に退場を願う。

 「男どもはバカでしょうがないわね。その短刀、わたくしの稲妻スペシャル魔導砲で跡形もなく……」

 よいしょよいしょと今準備するミリス。それ、確か二度と出すなって言ったよな? お前も荒羅祇、白銀といい勝負のアホさ加減だよ。稲妻何とかとやらを、一刀、二刀。はいバラバラな。

 「こ、こうなったら! 不服ですけど! とても不服ですけど! 主様勝負です!」

 「……ナギ?」

 天叢雲剣を構えて、ナギは半泣きで私に挑んでくる。

 「……いや、なんで?」

 ところでどうして私は神無を持って……。いやいや、その前にだ。

 「ここに台風でも通過したのか?」

 なんかみんなボロボロだ。白銀に荒羅祇まで。ミリスは……本体は平気そうだが、なんだそのガラクタ。

 「取った! 取りましたよナナシ様!」

 「でかしたぞ山陀羅!」

 万歳をする先生と、全力で何か喜んでいるお嬢

 「せ、先生。いきなり背後から来て、人の短刀を取ってなんですか! っていうかお嬢の差し金ですか!?」

 「ええと……ってあっつ!」

 先生は神無を取り落す。私はそれを拾う。……別に問題はないが?

 「様子が……変じゃの?」

 「て、てぃ!」

 「……………とりあえず、休眠要求」



 5日目



 「私が? 冗談でしょう? なんで私がみんなを傷つけなきゃいけないんですか?」

 「覚えて……おらんのか……」

 警察署風にアレンジをした広場で、私はなぜかお嬢先生その他数多の神様に、尋問を受けていた。ちなみに天井は青天井だ。まだ星空がある。

 「『蛇』とか言う奴を斬ったのは覚えてますけど。それで荒羅祇に連れられてここまで来て……」

 「それで、祀君はナナシ様や僕に刃向った挙句、皆にこの凶刃を振るったのです」

 「だから何の冗談ですか。笑えませんよ。あと返して下さい私の神無」

 腕を伸ばすと、先生は返すつもりがないらしい。神無を括り付けた板を遠ざける。どうやら私以外が触れると高熱を帯びるらしい。数名の神様が試し、先ほどの先生と同じ結果となった。

 しかしまったく本当にいきなりなんだって言うのか。溜息をついて、この冗談を終えるのを待つ事にする。

 「『関わるなと言うのに、親心の分からんお前でもあるまいに』」

 「そ、それは……。ですが、私だってお嬢達の敵なら共に戦いたいです。仲間外れは酷いですよ」

 「祀じゃあ!」

 「主様です!」

 お嬢とナギが感涙ににむせびながら抱きついて来る。白銀や荒羅祇やミリスや先生はうんうんと頷いている。周囲の連中もホッとしたような表情で、温かな目をこちらに向けてくる。本当に、どうしたんだろう……。

 「蛇はもう居なくなったのであろう? ならば万事問題はない」

 「い、いえナナシ様……? ですがなんで蛇を祀君が倒せたのかが……」

 「祀が返ってくればどうでもよい。些末な事じゃそんな事」

 「神無の問題も……。なんで祀君以外持つことが出来ないのか……」

 「祀、これからは神無を絶対に抜くな。断じて抜くな。わらわや皆を頼れ」

 「は? はぁ……」

 どーんと任せとけ、とでも表現したいのか。ある者は胸板を叩いたり、ある者は腕を組んでみたり、素振りをしてみたり。いや不安にしかならねぇよ。力が強いのは知ってるけど、みんなアホなんだもの。

 「わたくしを一緒にしないで」

 「いやどう考えても一緒だろ」

 いろんな発明品(?)のネーミングとか、わざわざ気の変換に名前を付けてしまう所とか。

 「納得いかないわ」

 口を尖らせてもな。そればかりは事実だし。

 まぁなんだかよく分かりませんが……神無を使わなければいいんですね?

 「そうじゃ」

 「それでいいならいいですけど」

 それでこれからはもっとみんなを頼れと。いやまぁ、ここはともかく、あっちでそこまでの危険は……なんか幾つかはあったけど、あまりないが。ただ雑魚が寄って集って来た時もみんなを呼ぶんですか?

 「例外なしじゃ」

 「そ、そうですか」

 お嬢の剣幕に押し切られ、結局神無は私の手に戻ったが、絶対に鞘から抜かない事を誓わされる。さてこの短刀が一体みんなに何をしたのだろうか。



 でだ。これはどういう事だろうか。

 「この俺が、まさか人間の旦那に手も足も出なかったなんて……」

 だから何の話だ。私がまともに戦って荒羅祇に勝てる訳がないだろう。常識で考えろ常識で……って、神様と手合わせが常識かどうかはさておき。

 なんでか私は短刀(神無でない)を握らされ、偃月刀を携えた荒羅祇と対峙していた。いやまぁ、お前の攻略法なんか知ってるぞ?

 「ファイトー、祀ー」

 気のなさそうなお嬢は古書を片手にこちらも見ずに言う。

 「7対0で主様がんばれー!」

 「お館様ー、コテンパンにお願いしまーす」

 「……下らないわね。祀の勝ちに決まっているわ」

 「俺の応援が1人もいねぇ!?」

 哀れな……。しかし見物してる連中が恐ろしく片寄ってるしなぁ。

 蛇とやらは私が狩ってしまったし、宴会の再会だーと、まぁ予想通りのみんなの反応。一部先生以下の数名は、まだいないかどうかを捜索している様だ。……でもみんな勘が鈍ってないか? 私は探し始めて数十分で見つけたのに……。

 「おーい、そこの筋肉ー! 兄貴なんかやっちまえー!」

 「ナルミか」

 お前そんなに私が嫌いか。

 「おうよそこの坊主! ありがとよ!」

 筋肉ってとこには突っ込みなしか。あとだ。

 「荒羅祇、お前は何かを間違えた」

 「あい?」

 するとナルミは急に手の平を返す。正確に言うと、荒羅祇に対して暴言の雨霰を浴びせた後に、私に足腰立たないまでそこの筋肉をのせと言う命令。

 「おい祀てめぇ! そこの失礼な筋肉達磨をとっとと黙らせろ!」

 いやぁ、凄い凄い。あれと私昨日言い合ってたんだなぁ。

 「お、俺何言いました?」

 「外野も騒がしくなってきたし、始めるか」

 「え? あ、はい」

 荒羅祇が構えたのを確認すると、私は間合いを詰める。白日に光る白刃を振り下ろす荒羅祇に向け、体を捻りすり抜け様に刃を振るった。



 ◇



 6日目



 疲労の色が濃くなってきた最終日前日。水を差された宴は、改めて最高潮を迎える。しかし7日7晩って長い。人間スケールだと長すぎる。

 なんて事を考えながら……プレハブ小屋を出て、嫌な物を見た。

 「はっ!」

 「ほぉっ!」

 あのうちのバカ二匹は、フンドシ一丁で何をしているのだろうか。もはや問い質す気も起きない。わざわざ名前を断る必要があるだろうか。一応言っておくと。

 「白銀! 荒羅祇! 公然猥褻はここの外でやれ!」

 「お館様!?」「旦那!?」

 「旦那ぁ、決して俺達は、この自慢の筋肉さんを自慢したいが為にフンドシなんて格好してるんじゃありませんぜ?」

 自慢って2回言ったくせにか? そんなに筋肉さんとやらを自慢したいのか?

 「そうですぞお館様。このマッスルエクササイザ―荒羅祇と一緒にしないで下され。この僕の洗練された美し過ぎる美貌が、このような下品な着物で引き立つ訳がないでしょう」

 ま、まっす……? いや、それが何かは知らんが2人とも同じ格好している時点で同類視させて貰おう。あと男のくせに何が美貌だ。

 「てめぇ白銀ぇ……フンドシが下品だと?」

 お前突っ込むのはそこなのか? 他にもっとないのか?

 「フッ……貴様の普段から着こなしているこの下着など、下品と言わずとして何と言う?」

 衝撃的事実かつものすごく要らない情報をゲット。荒羅祇は普段からフンドシなのだそうだ。

 「バカてめぇ! 俺はいつも赤フンドシだ! 間違えるんじゃねぇ! それとフンドシは略称だ! フミオトシって言え!」

 赤だろうが唐草だろうがどっちでもいい。そして正しくは『フミ”トオ”シ』だ。

 「ああお館様、ご安心くだされ。この僕は、こんなフミオトシではなく、ちゃんと女性物の下着を身に着けておりますよ?」

 えぇぇ……………ものすごく知りたくなかった情報だ。そうか……お前の場合は人間バージョンも含むから……。そして正しくは『フミ”トオ”シ』だ。

 闘志の炎を燃やして言い合うこいつらを見ていて。

 ――――確信。このままここに居るとロクな事にならんな。早々に退散しよう。気づかれない様に、気付かれない様に……。

 「こうなれば、お館様にどちらが良いか決めて頂こう!」

 「いや、旦那がどっちを履いてるかで決めようぜ?」



 遠くで聞こえる会話は、どう考えても私に不利益にしか働かない内容。戦略的撤退は有効だったようだ。胸をなで下ろす私。ちなみにどっちも履いてねぇよ。

 「祀?」

 「なんだミリスか」

 「なんだは酷いんじゃないかしら。最近そりゃ影が薄かったかもしれないけど……」

 そう言えばこの業界に来てからミリスの姿をあまり見ない。いや、見てはいるんだが彼女が話に入ってこないのだ。ところで影が薄くなっているミリスさんや。

 「うちの男どもがフンドシ一丁で何かしてるんだが……」

 「百鬼夜行じゃなぁい?」

 百鬼夜行? ……そういえば毎年はこれぐらいになると疲弊しきってプレハブから出て行かないな私は。最後の2日でそんな事してたのか。どうして呼んでくれなかったんだ……。

 「だって祀疲れてたみたいだから。わたくし達の勢いに、生きている身でついて行けたら化け物でしょうけど」

 今順調に私は化け物への道を辿ってるって感じで良いんだよな、それは。年々参加日数が増えてる気がするんだが。

 「うふふ、さぁね。まぁでも、みんなからすれば祀に見せられる場が出来たって張り切るんじゃないかしら」

 ……なんか、ミリスお前さ。

 「態度が変わったか? 前はもっとこう棘があった様な……」

 それも痺れ毒を含んだ感じの。

 「ナギとか、お嬢さんを見てて分かったの」

 何が。

 「祀って寄ってくる人は拒まない人よね? それで、去る人は追わない。だから距離を取れば疎遠になるのよ」

 それでだから要するに?

 「駆け引きとかそんなじゃなくて、純粋に強引に寄って来る人がいいのよね? だから、待つ女は止めてみようと思って。祀は全然気づいてくれないじゃない」

 「ふ、ふぅん……」

 何か勘違いされている気が。いやまぁ否定はできない事はできないが。ところで気付かないって何に気付いていないのか。私は獣の気配や神様の気配まで察知出来るスキルの持ち主だが。

 「だから鈍感だって言われるのよ」

 「言われた事がない……」

 言った通り、張っていれば気配には鋭敏な方だ。

 「当然過ぎてみんな遠慮してるのね」

 あまりな言われようだ。よし、今度SR部のみんなに聞いてみよう。

 「それいいわね。わたくしや白銀も一緒だから、みんなの答えを楽しみにするわ」

 ……ここに来る前にそう言えばだ。予想してなかった訳じゃないが、ナギを含めたお前達もちゃんと入部させたんだな。ぬかりない事だ。もういいよ。ナギの面倒もお前に任せるよ。

 「まぁミリスは賢いから大丈夫だろ?」

 「またそうやって、わたくしを『どうでも良い子』扱いするのかしら?」

 どうでも良くはないが……。でもミリスは順応性が高いと言うか、西洋から来たのに全然違和感ないって言うか。世間知らずのナギとか、完全に変態の白銀や荒羅祇とかみたいにあまり心配しなくても…………いや待て。

 「私がやっぱり保護者になってないか?」

 パート2。SR部でまったくおんなじ感想を抱いた気がする。

 「じゃあわたくしも問題児になろうかしら? そうすれば、ナギみたいに構ってくれる?」

 これ以上お前はどこを問題児になるつもりだ。”比較的”安心なだけであって、不安要素がないなんて一言も言ってない。そしてお前は、私に構われたいのか? またなんで? たまに頼み事をする以外は自由にしていいって、言ってるのに……。

 「ところでだ。結局百鬼夜行って何するんだ?」

 「人間界で言うところの『ぱれーど』っていう奴よ。わたくしは関係ないけれど。うちの男連中は参加するみたい」

 お嬢とナギは?

 「すると思う?」

 首を横に振る。ナギに至ってはパレード運営側から拒否したい。どれだけの催しをするかは知らないが、戦い以外の計画性のある行動は全然と言うか、まったく出来ないのが彼女の特徴だ。欠点とも言う。

 お嬢? お嬢は「それはどう暇つぶしになるのじゃ?」辺りだろう。見ている方が確かに暇つぶしにはなりそうだ。1000年もこの世に留まると、行動の最優先基準は暇つぶしになるらしい。

 「まぁ夜まではみんな忙しいみたいだし、小屋で休んで出直したら?」



 「なぁお前さぁ」

 「なんだよナルミー」

 「どしてそんな式神に好かれんだー?」

 「さぁなぁナルミー」

 「僕は疲れたよ……」

 「○ト○ッシュー」

 ……………………………………。

 「てめぇ僕を馬鹿にしてんのか?」

 大正解。



 そして外が騒がしくなってきた夕方ごろ。誰に呼ばれるとはなしにプレハブから出ていく。しかし全然休憩にならなかったな。

 「だーれのせいだ!」

 耳元で叫ぶなよ。聞こえてるよ。キンキンと高い声でまぁ、吠えるなぁ子犬ちゃん。

 「子犬!? 子犬だと!? オシショさんが狼でお前がドーベルで僕が犬って、上手い事言ったってか!?」

 先生が狼はともかく、私がドーベルマンってどうなんだ。どこら辺が軍用犬なんだか(※身のこなしとか闘法がです。by先生)。

 「まぁ具体的な犬の品種ならチワワ? いやむしろジャンガリアン……」

 「それ既にハムスターだろ!? 馬鹿にしてんのかてめぇ!」

 「可愛いなぁナルミ君は」

 「やっぱ、お前ロリコンだろ」

 そうやって噛み付いて来るところがハムスターっぽいんだよ、お前。手足も短くてちょこまかとしてるし。ちなみにロリコンは13歳未満の異性に対してそういう感情を抱いてしまうビョーキの事だ。そしてナルミは14歳または15歳だ。それ以前の問題があるが。どうして私がお前を性的な対象として見なければならん。

 ところでヒマワリの種を頬に貯めたりしてないだろうな。ナルミの頬を突いてみる。

 「入ってるかぁ! 頬袋なんてあるかぁ!」

 慌てて私の手を振り払うナルミ。はいはい、そういう事にしときましょう。ちょうどいい位置にある小さな頭を2回叩いて、灯の賑やかな方へ。

 「うぅー! 待てよこら!」



 百鬼夜行は、広場を観客が造った円周を1周するらしい。

 会場にはすでに多くの神様で……すでにはおかしいな。ずっとここで宴会してたのだから。

 その中からお嬢達を見つける。するとあちらから手を振って寄って来る。寄って来たのはいいのだ。

 「最近思ったのじゃが」

 なんですかお嬢。正直今は何も話す気になれませんよ。

 「なに、保護者の気質か女たらしの資質か、どちらかがあると思っただけじゃ」

 両腕にしがみ付くミリスとナギの事ですね。はいそうですね。多分前者ですよ。もういいよ、保護者で。

 どちらもお嬢監修だろう和服を身に着けている。

 「おまけに白銀と荒羅祇のやつはあちらじゃしのー」

 「てめぇがハーレム造ってる様にしかみえねーって」

 そんな趣味はないのだが。

 「役得とでもおもっときゃいいだろ」

 「私は一途なタイプなんだ」

 「へー、てっきり僕は男……」

 「ナルミお前、フライパンで殴るぞ」

 その趣味もない。頭をそそくさと隠すナルミは、私と距離を取る。だんだん私を危険人物扱いしてないかお前。

 「どうしてお前僕にだけ厳しいんだよ!」

 「弟弟子だから」

 「なんだその差別!」

 「あのな、私から言わせればナルミの方が先生に優しくされ過ぎだ」

 「オシショさんは厳しいぞ! それにお前が加わって僕はてんてこ舞いだ!」

 ほぉ、あの程度で? 私は先生の闘法を人間流にアレンジするまで、どれだけ酷い目に会ったと? 殺されると思った回数は、たった半年でも100回を余裕で超える。

 そんな甘ったれた根性だから、お前じゃ絶対に私は越えられないって言うんだよ。

 「ほれほれ、喧嘩は終わりにせい」

 お嬢の仲裁に。渋々ながらもナルミは食い下がる。

 それと同時に、ナギは私の腕を引きながら遠方の灯りを指差した。

 「主様、見えてきましたですよ!」

 ふむ、確かに遠目に……。いやあれは……。

 松明片手に、ドジョウすくいなんだか盆踊りなんだか、早い話がなんだか良く分からない踊りを、フンドシ一丁で踊る、バカ二人。……これが百鬼夜行の演出……なのか?

 神様ってのは良く分からない物が好きだな。でもそう言えば、相撲や歌舞伎だってもともとは神様や先祖に奉げる物だった訳で……。あれ?

 恐らくは運営をしている神様達が、彼らに近づいて何かをもめている。

 「祀、混乱をするな。毎年の事じゃ」

 「毎年ああやってみんなに迷惑かけてるのよね、あいつら。一部は面白がって野放しにしてるけど、基本的に見て楽しい物じゃないのよねー」

 うちの連中は、どうしてこう力が強いのにアホばかりなんだ……。しかも毎年? 私は主なのに、この惨状を知らなくて良かったのか? 知っていればあの時止めたのに……。

 「ハリセン」

 「ほれ」

 お嬢が全長3mの特大ハリセン(極太針状金具付き)という凶器を手渡してくれる。

 「いや自分で注文してなんですけど、よくありましたね」

 「先ほどまで漫談をやっとるコンビが居ったからの。記念にと、くれたんで戯れに貰ったのじゃ」

 これ漫才に使うには刺激が強すぎやしないか? まぁ死なないからいいのかな? しかしこんなの持ち帰ってどうする気だ。

 「あー、終わるころはボケは血達磨じゃったな」

 …………。

 まぁその辺はいいや。

 「ちょっと行ってきます……」

 涙を手で覆い隠して、ナギとミリスを引き剥がし、ハリセン引きずって言い争いが行われている現場へ。


 ――――なんでやねん!

 スパーンと言う、ハリセン特有の衝撃波の音ではなく、すでにズドンズガンと、鈍器を打ち落とす音が、ざわめきの中を響き渡った……。


 意気消沈した荒羅祇と白銀が、私のすぐ後ろに控えていた。正しくは伸びていた。

 「いーい突っ込みだったぁ……」

 黙れ。

 「兄貴、今までスマン」

 「何がだ」

 突然ナルミが謝罪をしてくる。気持ち悪い事この上ない。しかもてめぇじゃなくて兄貴になってる。

 「いや、兄貴の僕に対する制裁なんて、全然優しい方だった。スマン、許してくれ」

 変な恐怖心を与えたらしい。まったくこんな血みどろのハリセン用意するから……。

 「普通は用意しても使わん物だと思うがの」

 「じゃあなんで渡したんですか!?」

 「ちょうどあったしの、面白いかと思って――――」

 お嬢、今私、少し怖くなりましたよ? ナルミとナギとミリスも怯えているじゃないか。面白さ追求の為に周囲を巻き込むのは止めてくださいよ。

 「何を言うか。実行犯は祀であろう」

 「え、でも……祀は気まぐれには何もしないし……」

 お嬢が気まぐれで虐げるみたいな言い方だな、ミリスよ。

 「主様はアホな事しない限りは優しいですし」

 ナギ、お前はアホを自覚してたのか?

 「筋肉だし……」

 「女装にも理解がありますな」

 もう1遍眠っとくかお前ら。私は筋肉じゃないし、女装は気にしないだけであって理解はしていない。こらナルミ、このフンドシ共の言う事を真に受けるなバカ。

 「ふっふっふ……。お館様、実はですね……」

 白銀が突然不敵な笑みを見せる。

 「な、なんだよ」

 「この日に備えて、6日前から密かに用意があるのですよ!」

 準備開始がちょうど神様業界の開催と同時だな。

 「皆の衆括目せよ! この白陽八咫銀烏の晴れ舞台!」

 もう何も感想はなかった。って言うか、もう無視したかった。保護者でいいやって言ったけど、撤回してもいい?

 変化したかと思ったら、巨大な銀色のビラビラ……、ビラビラとしか形容しようがない、ド派手な衣装を身に着けていた。もう……疲れたよ。

 「もういいよお前。普段の恰好に戻れよ」

 「これは異な事をお館様! フンドシかこれかしか残っておりませぬぞ!」

 「両極端だな!」

 「旦那旦那ぁ」

 もうどちらに絞ろうかと考えている中、今度は荒羅祇が肩を叩いてくる。

 「この俺もちっと一昨日から準備してた物がありやして」

 あの蛇騒ぎの中何やってるんだお前。先陣切って戦えよ。

 って……はぁ……。

 「人間界のデコトラってやつをイメージしてみました!」

 ふぅん。

 変化した。しかしこちらは本当の姿である牛車になる。ただこの牛車、人の乗る部分が豪奢を競った昔の人もビックリな、どこの暴走族だよという装飾が施されている。

 「これはまた……すさまじい装飾じゃのー……」

 金銀のコーティングにラメやらスプレーやら……。もう華麗を通り越して目にするだけで毒だ……。ハリセン使おうかな、なんてちらりと考えもした。だが、なんかもーどーでもいーや。

 「ミリス」

 素早い。関わりたくないとばかりに距離を取っている。

 「さぁ旦那! 俺に乗り込んでくだせぇ!」

 「フッ……貴様の上にこの僕が乗れば……」

 「応! 完璧だ!」

 お嬢とナギは面白がって近寄ってしまう。なし崩し的に巻き込まれていく私。

 でもなんでだろう。この光景、どこかで見た様な気が……。



 結果論になるが――――。

 『本物の百鬼夜行より目立ってた』

 以降、神様業界では私達の真・百鬼夜行伝説が生まれるとか生まれないとか。もはや夏の風物詩となるんじゃないかと言うデマまで飛び交った。神様業界の祭りの実行委員会は、説明やその他対応に奔走したと言う……。

 残念な事で、以降百鬼夜行は廃止される事になった。



 ◇



 7日目



 今日で今年の夏の神様業界も終わりだ!

 「昨日はすさまじかったな、兄貴!」

 「思い出させるなよ……」

 百鬼夜行を押し退けて目立ってたあの阿呆共は、未だに宴会に明け暮れている。ああ、そういえば今年は競う物系が多いんだっけ? 1個も参加しなかったな。

 「ところでナルミ、なんかこうさ」

 最近しょっちゅう既視感に襲われないか?

 「そうか? そうでもないぞ」

 そうか……。

 「祀、大変じゃ」

 今日はどうするかと、伸びをしながら考えていると、お嬢が慌てた様に飛んで来る。改めて、今日はどうしたのか。

 「ここから出られんらしい」

 「神様業界ここから?」

 「うむ」

 「またなんだって……」

 ずっと何百年もここは、同じ日数だけ開いていた場所だ。今更扉の開閉時期がずれたとは考えにくい。さすがに能天気な神様達も、あちらに戻れないとなれば焦るだろう。

 「それを知ってるのは?」

 「長老とその側近、それにわらわ達……ぬしの式神と山陀羅だけじゃな」

 余り広めない方が得策でしょう。わいわいがやがやされたら、解決できる物も解決できません。

 しかし気づくのが遅すぎだ。今日一日でその問題を解決しなければ、来年までここの全員が閉じ込められる。いや、来年になったからと言って、開くとも分からない。とりあえずは原因の究明だ。


 問題解決のための役割分担。

 「先生、それで何か分かるんですか?」

 「うーん、そうですねぇ……」

 神様業界の出入り口付近を嗅ぎまわる先生。嗅ぎまわるって、本当に嗅ぎまわっている。狼だから。

 どうやらまだ、宴会を続ける皆には気づかれていないようだ。まぁそちらはナギと荒羅祇……は戦力にならないとして、白銀とミリスが頑張ってくれているだろう。

 「山陀羅よ、自然の現象ならば匂いなどなくて当然じゃぞ」

 「たくさんの神の匂いならしますが」

 そりゃそうだ。みんなここを通って来ているのだから。

 「しかしこれで明らかになった事があります」

 ふぅん。

 「この事態は、誰か特定の神や人物が原因ではありません!」

 ……………………………。

 嫌な沈黙が重くのしかかって来た。

 「あのー、オシショさん? これってー、誰かが何かして出来る事なんですかね」

 不意のナルミの痛烈な一言に、先生はうずくまる。分かってたんですよね、先生? 可能性をつぶす意味でやったんですよね?

 ……先生は、俯いたまま何も答えてくれない。

 「周期が変わったのか?」

 「それはないじゃろ。わらわが死ぬ以前よりも同じ時期に開いていた物じゃ」

 ですが地球の地盤って千年とか1万年周期で変わったりしますし、まったくあり得ない話でもないでしょう。

 「しかしそれならば、対処法がない上に帰れる保証もなくなるぞ?」

 「お前ら、何気に酷いな……。オシショさん無視かよ……」

 へこませたのはお前だ、ナルミ。責任持って再浮上させろ。

 「えぇー……」

 「さてお嬢、どうしたもんですかねー」

 「どうしたもんかのー」

 「なぁオシショさん、元気出せよぉ。悪かったよぉ」

 「シクシクシク……弟子が……私に優しくない……」

 絶対に解決できないだろう4人組が、神気(人気)のない出入り口付近をたむろしていたと言う。



 数刻後、神様業界が行われている広場の方で、またまた騒ぎが起こる。今度は一体何なんだ? 今起こっている出入り口抜けられない事件とは別物だろうか。

 ナルミとお嬢と共にその場に、先生を引きずりながら走って急行。すると、神様達はある場所を円に描く様に囲み、どよめいていた。

 「なんだ今度は。蛇か? それともうちの連中がまた何かやらかしたか?」

 割って入っていくと、中央では1人の男が片膝立ちで居た。……どこの神様……いや、人間? 見た事のない顔だ。

 冷静そうな端正な顔立ちの男は、立ち上がり周囲を見渡した後に、口を開いた。

 「あんた……誰だ?」

 問うと、男は淀みなく、この状況にも冷静に応対してくる。

 「俺は『ソラ』。この『世界樹機構せかいじゅきこう』の縮尺を定める六分儀を司る」

 ……こいつが言った意味、全部理解できた奴挙手。私はこいつがソラって名前ってのは分かった。しかし、また妙なのが出て来たよ……。って、なんか前にも誰かと知り合った時に言った様な気がするが。こいつは極め付けだな。

 「当該空間が、元の空間との時間的、空間的に断絶している事が発覚し、その誤差を修正するために来た」

 何が言いたい。

 「結果、当該空間は光速と等しい、あるいはより速い運動を繰り返し、時間的に、空間的に発展のない空間になっている」

 ……で? もっと分かり易くお願い。

 「数日を繰り返している。周期はそちらの感覚で約6日間」

 「何? この神様業界が、同じ6日間を繰り返してるとでも言いたいのか?」

 「そうだ。いや、正確には同じと言うのは違う。確率事象や変数因子を考慮すれば、パターンは約10474638……」

 「はいはい、とにかくこの7日間を繰り返してるのは理解した」

 簡単に納得しているようだが、まぁ既視感がなんかよくあったし。……冷静に考えればいろいろ納得しかねるが、そういう事なら何となく納得。かなり矛盾を孕んでいるがなんでもいい。

 「それが、今ここから外に出られない原因か?」

 「まぁ、そうだ」

 なら原因は判明した。……ちっともだが。まぁ少なくともこの目の前の男は分かってる。騒ぐ神様? 問題ないね。

 「原因としてはシステム内部にたまった『ラグ』……『終末因子』が、この『次元境界』付近に出没―――――」

 こいつは本当に何を言っているんだろう……。ラグ? 演算処理のミスか? それはシステムとやらのか? 私は自慢じゃないがパソコンに疎いぞ。んで終末因子? はぁ? そして次元境界ってなんだよ。ここの事か? この、あちらでもこちらでもない、神様業界の事か?

 「まぁ、私達が気にするとこじゃないだろ、原因云々は」

 「確かに、その通りだ」

 なんだかこいつ機械みたいな受け答えだな。淡々とし過ぎて、自分が言うのもなんだが気味が悪いんだが。

 「お前が造物主に相当する存在だかなんだかは知らん。だがその現状を打破して、元の場所に戻る術を知ってたら教えてくれ」

 「簡単だ。次元干―――――」

 「は・や・い話が?」

 また話が難解かつ長引きそうなので、強制的に断ち切る。こいつかなり……先生よりも理屈っぽいやつと見た。

 「お、俺が干渉をすれば、1万分の1秒で修正は完了する。時間軸も円環を繰り返した初日に繋げれば問題はない。ただ……」

 ただ……なんなのか。言いづらいんだかなんだか知らんが、一度言葉を切ったと思ったら、いきなりハキと、空とか言う奴は言いやがった。

 「……接続先の世界のラグ濃度が高ければ、失敗の可能性が最大0.2623443221%程に上がる」

 …………。まぁ、400回に1回位しか失敗しないんだろうが、仮に失敗したらどうなるんだよ。

 「この次元はシステム内部を漂流し、まったく別空間に接続される。あるいは二度と出られない牢獄となる」

 延々とこの1週間を繰り返すのか? 死ぬ事はないんだろうが、それは……。

 「地獄じゃな、ある意味」

 「安心しろ。最終的にこの次元にもラグは蓄積し、やがて終末を迎え『いつき』が破壊する」

 お嬢の一言に、空は真面目くさって言う。なんだ結局死ぬのかい。

 「心の準備はいいだろうか?」

 「別にいいよ。お前が失敗すりゃその時だ」

 「いや、お前は肝が据わっている上に理解が早くて助かるが、他の者は……」

 「問題ないよなぁ、みんな?」

 みんなを見渡しながら問う。ここにいるのは第一人間ではない。長きを存在した神々。すでに肉体などない連中である。臆病もなければ据える肝もない。

 「まぁ、祀がそう言うならな」

 「なんかしら問題があんのを、そこの兄ちゃんが片づけてくれんだろ?」

 「俺は旦那の決定に従うさ」

 「フッ、荒羅祇、珍しく意見が合うな。僕も同意見だ」

 「ナギは元より8対0で主様一筋なのですよ!」

 「祀の好きにすればいいわ」

 「祀のやる事に善悪は問わんし干渉はせん。昔から言うておろう。わらわはおぬしのする事を見ておる。どこへ行ってもじゃ」

 「私は自分の弟子を信じます」

 「あ、オシショさん復活した……」

 わいわいがやがやと、一通りの意見が出尽くして、その男に一言。

 「だ、そうだ」

 聞える限りは反論無しでまとまった。ナルミの意見は聞かんでいいだろ。多数決の暴力で放置。

 「そ、そうか。では……」

 何か儀式的な、魔術の実験の様な事でもするのかと思いきや、男は手を虚空にかざすのみだった。にわかに地鳴りが聞こえ、大地が震撼。わずか1秒の間の出来事だ。もしかすればそれ以下なのかもしれない。

 「成功だ。修正は完了した」

 「も、もう……帰れるのか?」

 「ああ。問題ない」

 そこで長老が、起きていた事態について説明する。そして事実の確認の為に、長老に神様達をそこに集め、残しておいてもらい、私とお嬢が出入り口まで走る。

 ある地点にたどり着くと、来た時同様に空間が歪み、宙に放り出される様な感覚。

 その数秒後、私が立っていたのは、あの煤けた鳥居のある森の中だった。

 「元通り……みたいじゃの」

 「え、ええ……」

 「時間的には君たちの時間に直せば、7月15日19時43分23秒、24秒、25秒に相当する」

 いつの間にか後ろにいたソラは、現在の日時を恐らく正確に言ってくれる。

 ……だけどそれって。

 「神様業界2日目じゃな」

 「戻ってる……?」

 「ここが空間遮断がされ、繰り返し始めた日だ。君たちがあちらで過ごした期間は合計すると741396日。123466回の繰り返しに相当……」

 ま、まぁ何日でもいいんだけどさ。こっちとか私達に何の影響もないのか?

 「影響とは?」

 「だ、だから、年齢とかいろいろと……」

 「ない。完全にこちらのこの日時と同様だ。ただし、空間遮断の行われた10万分の1秒後に接続したために、君たちはこの空間の生命体よりも、10万分の1秒相対的に若い」

 そんな吹けば飛ぶような時間はどうでもいいんだけどさ。問題ないならいいんだ。浦島太郎は勘弁だからな。

 「浦島太郎? ……童謡か。安心しろ。時間の流れの傾きがあるなどの問題はない」

 「……あんた、人間みたいな顔できたんだな」

 フッと笑った彼の顔に、そんな感想をしみじみ抱く。これまでは機械みたいな無機質な表情と声だったのだ。するとソラは拗ねたのか、呆れる様な顔で私を見た。

 「俺の身体は人間とそれほど遜色ない。一部特殊な機能と制限がある事は認めるが」

 「変な奴だな」

 「そういう君も相当だ、祀君。在り方が通常とは異なっているのは君の方だ」

 「影の事か? でもそれはお前らのせいだろ?」

 「影? ……さぁな。俺たちは『造物主』にして『観測者』。大きくは君達に干渉出来ない」

 「ソラ達造物主が決めた事じゃないのか?」

 「違うな。俺達にも様々な決め事や事情があるのだ」

 へぇ……。一般人から見る神様にもいろいろあるのが分からない様に、私達から見ても造物主の事はいろいろ分からない事だらけの様だ。なんでも決めている訳ではないらしい。

 「……祀よ」

 「ええ、お嬢」

 「なんだ、お前達も感じられるのか」

 そういうソラは、こちらでもお嬢が視えるのか。

 「これだけの殺気を放ってれば当然だな」

 「殺気……なるほど。君は武士なのだな」

 ソラと、私とお嬢は同時に、その場から別々の方向に飛び退く。その場にかじりつく様に落ちて来たのは、一昨年私の対峙した蛇と同じ形をした存在。

 「ダメじゃ、神無は抜くな!」

 「しかし!」

 蛇はそのままうねる体を動かすと、丸腰のソラに向けて牙を向ける。しかしソラは、焦るどころか軽い笑みすら浮かべている。

 「祀君とお嬢さんは見ていてくれればいい。これは、俺の戦いだ……!」

 ……何が起こったのか、まったく目で判別がつかなかった。これでも、過去に剣聖と言われた剣豪や、狼や鳥などの神様の攻撃も目で追う事が出来る。身体はついて行けなくとも、見る事は出来たのだ。

 だと言うのに、ソラは蛇をどうやってすり抜け、こちらに来たのか。

 そして、振るった幾何学的な模様かつアシンメトリーの形をした大剣は、どこからいつ出したのか。

 奥の方では、ソラに飛びかかった姿のまま、消滅をしていく蛇。

 「崩壊因子の意思を得た形か……厄介な……」

 呟きながら、消えていく黒の化け物の姿を見ながら剣を払う。そうした次の瞬間だった。

 「……剣、どこにやった?」

 「……? あ、ああ。そうだな……どう説明すればいいんだろうな……」

 困った様にソラはどもる。さっきまで景気よくペラペラと説明してたのはどうしたよ。しばし考え込んだソラは、やがて。

 「企業秘密☆」

 首を傾けてそんな事を言った。

 「そういうキャラかよ、お前」

 「そういうキャラだったんだ、俺」

 ギャップ激し過ぎるぞ。星ってなんだ星って。

 「造物主と言うのも暇でな」

 「神様かっ」

 「500年位で飽きた」

 「いや、飽きるなよ」

 全生命の命運かかってるんだぞ。

 「1000年も経てば退屈過ぎて性格もたまに壊れる」

 どんな理屈だ。

 「気持ちはよく分かるぞ」

 「お嬢さんももしや?」

 「死してかれこれ1000年はもう過ぎた」

 変なとこで意気投合しないで下さいお嬢。

 そんなこんなで、変な自称造物主、ソラと共に神様業界に帰る。もう大丈夫だと説明を終えると、役目は終わったとばかりに天へと(?)帰ってしまうソラ。

 でだが、今日はまだ7月15日。神様業界2日目だ。

 ―――――って事で、暇を持て余した神様達の発想は単純だった。

 「もう1回騒ぐぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 自重しろっ。



 ◇



 また、神様業界終日までを騒ぎ立てた神様に巻き込まれた私は、疲労困憊ながらに、終わった日の次の日の夜には寮にたどり着く。幸い、今日は金曜日だ。明日明後日は休みである。

 私は久方ぶり……体感では14日ぶりの自室に帰ると、普段は使わないベッドに倒れ込み、泥沼の様な眠りの中に落ちていく……。

 「祀? 祀ぃー」

 お嬢の声が遠のいて行く……。

 …………。



 結局、今回の神様業界では謎ばかりが残った。

 蛇とは一体どんな存在なのか。

 それは、お嬢や先生達とどんな因縁があったのか。

 そして私と神無の関係。

 加えれば、なぜ私と神無は蛇を倒せたのか。

 またソラと言う、ただならぬ造物主の存在。

 神様業界という空間の異質性。

 ……行き際のシノブの言った蛇と、あの蛇は共通の物なのか―――――。

 


 まぁ、いい。

 今はただ、休もう。

 そして月曜日には、SR部の部室に顔を出そうじゃないか―――――――。



 ◇



 月曜日、本当、半月ぶり……世間では1週間ぶりだったな。学校の登校だ。授業なんかは相変わらずつらつら聞いて、誰も1週間物無断欠席の理由も聞かないで、本当にいつも通りの退屈な日だ。

 そして放課後、私はSR部の部室に足を運ぶ。

 ウォード錠の似合う、古びた西洋風の扉を、叩く事もなく……。

 「お嬢、行きましょう」

 開けた。



 「お帰りっ!」

 「日向くんちょっと聞いてよぉ!」

 「はっはっは! ようやく真打のお出ましか!」

 「やっと来てくれたのね……」

 「主様! 遅いのですよ!?」

 「祀は相変わらずトロイ。わたくしをどれだけ待たせるのかしら?」

 「お館様、本日もご機嫌麗しゅう」

 「おう旦那ぁ、先に邪魔してるぜー」



 口々に私の再来を歓迎する声が投げかけられる。

 ……うん?

 チョット……マテ?

 「荒羅祇……?」

 「おう、旦那?」

 なんでお前も自然に体を持ってまぁ、ここにいるんだい?

 「おいこらシノブてめぇ」

 「はっはっは! ここまで来たら彼にも与えないと不公平だろう?」

 いやまぁ確かにそうだが。かと言って人の許可もなしに!

 「ちーっす、あららぎ 綜馬そうまって言いまーす」

 「お前もこなれ過ぎ」

 「びぃいぃいいなぁぁああああたぁあああくぅうううううん……! 僕の話も聞いてぇえええええええ!」

 「黙れじゃかぁしいトーヤ! 先週1週間いなかっただけだろが!」

 「ホント、大変だったのよ? 貴方が居ないと。坊やもシノブ教授もツバキも」

 「ちょっとなんで私も含むのよ!?」

 「主様ー!」

 「ちょっとナギ! 抜け駆けは許さないわよ!」

 「何やら急に騒がしくなって来ましたな、シノブ殿」

 「うむ、そうだな白銀よ」

 お前ら……。

 すでに誰が何を言っているのか分からない程の混雑。そして騒ぎ。

 はぁああ(溜息)……。帰って……来たんだなぁ……。なんとなく実感が湧いてくる。

 「なんじゃ、面倒とか思っておるのか?」

 「……まさか。いいんじゃないですか? 待ってくれる人が居るって言うのも」

 「言う様になったではないか」

 私は1つ息を吐く。まったくなんだってお前らはなぁ。学校も早々にこのSR部なんて怪しげで問題児の巣窟叩き潰すべきだと思うぞ。

 「今度は一体、何の面倒事だ?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ