第三話:炉という考え方
夜になると、街は少し静かになる。
昼間は人と金がぶつかり合っていた通りも、
今は店じまいの音と、
遠くの酒場の笑い声だけが残っていた。
宿の部屋で、俺は小さな炉を見下ろしていた。
火は弱い。
だが、消えそうではない。
「錬金ってさ」
昼間、倉庫で会った帳簿係の男が、
ふと思い出したように言っていた。
「普通は、一回きりだろ?」
素材を入れて、
魔力を流して、
金に変える。
成功か失敗か。
結果はすぐに出る。
分かりやすいし、
見ていて気持ちがいい。
「その方が、安心だよな」
男はそう言っていた。
俺も、そう思う。
人は
すぐに分かる結果を好む。
だからこそ、
配当錬金は嫌われる。
成果が遅い。
音も光もない。
何が起きているのか、分からない。
「炉ってのはさ」
俺は独り言のように呟く。
誰に聞かせるでもない。
「派手に燃えるものじゃない」
一気に燃やす火は、
すぐに灰になる。
だが、
弱くても、長く燃える火は違う。
倉庫。
街道。
簡易宿泊所。
俺が作ってきた炉は、
どれも小さい。
一つだけ見れば、
銀貨十二枚。
笑われる額だ。
だが、
それが十個あればどうなる。
百個あれば。
十年続けば。
答えを急ぐ必要はない。
「……だから、炉なんだ」
鍋じゃない。
爆薬でもない。
燃料を入れ、
火を弱く保ち、
放っておく。
手を出しすぎれば、
火は荒れる。
放っておきすぎれば、
消える。
その間を、
ただ見続ける。
翌朝、
街道沿いで商人たちが集まっていた。
「最近、ここの流れ、安定してるな」
「値段が読めるのは助かる」
「変な上乗せがない」
誰も俺を見ない。
だが、
俺が作った流れの中に立っている。
それでいい。
剣士が強いのは、
魔物が現れた時だ。
魔導士が頼られるのは、
緊急の時だ。
だが、
何も起きていない時間はどうだ。
街が平気で回っている時間。
誰も困っていない時間。
その時に動いているものは、
目に入りにくい。
「だから評価はEなんだろうな」
自分でも、少し笑ってしまう。
派手な数字はない。
一発逆転もない。
あるのは、
壊れにくさだけだ。
昼過ぎ、
ギルドの前を通る。
掲示板は相変わらず賑やかで、
新しい依頼が貼られている。
誰かがそれを剥がし、
誰かが名を連ね、
誰かが歓声を上げる。
俺は横を通り過ぎる。
受付嬢が、ちらりとこちらを見る。
声はかけない。
だが、視線は以前より長い。
それだけで十分だ。
「設計士」
誰かが呼んだわけじゃない。
だが、
そう呼ばれている気がした。
職業名でもない。
称号でもない。
ただ、
そういう役割の人間として。
宿に戻り、
帳簿に一行、書き足す。
――街道炉:安定
――次期候補:北門周辺
銀貨十二枚は、
また炉に戻される。
燃やすためじゃない。
回すためだ。
「急ぐ必要はない」
そう言って、
帳簿を閉じる。
この世界は、
急ぎすぎる。
だから、
急がない炉は、
意外と長生きする。
俺は今日も、
火を見張る。
弱く、静かで、
誰にも祝われない火を。




