第二十一話:空白を埋める者
倉庫の前に、見慣れない若者が立っていた。
荷は持っていない。
依頼書もない。
ただ、こちらを見ている。
「設計士、ですか」
「そう呼ばれている」
若者は一歩近づいた。
胸元の評価札を握る指先が、少し白い。
評価D。
討伐数は悪くない。
だが誇れるほどでもない。
「街道を止めない仕事をしている、と」
少しだけ息を吸う。
「北側の街道、三ヶ月止まっていないって聞きました」
「事故も減ったって」
「急ぎを受けないのに、荷が詰まらないって」
「…それ、あなたの区間ですよね」
否定はしない。
「そうだ」
若者の目が、わずかに明るくなる。
「俺も、ああいう仕事がしたい」
倉庫の中を見回す。
火は弱い。
音も小さい。
「討伐は、向いていません」
「勝てます。でも――」
言葉を探す。
「次の日には、何も残らない」
分かりやすい成果は、
分かりやすく消える。
「評価は上がります」
若者は続ける。
「でも、荷はまた詰まる」
「事故も、また起きる」
視線がこちらに戻る。
「名前がほしい」
唐突だが、本音だ。
「街道保安維持案、でしたか」
噂はもう広がっている。
「名前があれば、職になります」
「職になれば、目標になる」
なるほど。
制度が名をつけなくても、
人は肩書きを欲しがる。
「急ぎは断れるか」
俺は聞く。
若者は、黙る。
倉庫の外で馬車の音がする。
「……難しいです」
正直だ。
「評価を上げたいから」
「なら同じにはならない」
言い切る。
若者は、うなずく。
「でも」
顔を上げる。
「空白のままは嫌なんです」
評価表のことだ。
「何をしているのか、自分でも分からなくなる」
それは、少しだけ理解できる。
「設計は教えない」
俺は言う。
若者の肩が落ちる。
「だが」
少し間を置く。
「急ぎを断る練習ならできる」
若者は顔を上げる。
「断る?」
「最初に断れなければ、余白は消える」
「余白が消えれば、止まる」
若者は、火を見る。
弱い。
だが揺れていない。
「評価は下がります」
「下がる」
「嫌われます」
「嫌われる」
沈黙。
若者は、拳を握った。
「やります」
声は小さいが、逃げていない。
帳簿を開く。
――見習い:一名
――課題:急ぎ一件、拒否
――結果:未定
名前はまだない。
だが、選択はある。
夜、街道を見る。
三ヶ月止まっていない道。
事故の減った区間。
それを守る方法は、
名をつけることではない。
断ることだ。
火は弱いまま。
若者の評価札が、
夜風に揺れていた。




