第二話:銀貨十二枚の意味
銀貨十二枚は、軽い。
袋に入れても重さを感じないし、
机の上に出しても場所を取らない。
だから多くの人は、
その額を「少ない」と判断する。
俺も、昔はそうだった。
宿に戻ると、帳簿を開く。
紙は少し黄ばんでいて、
端には何度も書き直した跡が残っている。
几帳面な字ではない。
だが、読み返すには十分だ。
最初のページには、こう書いてある。
――初期炉:倉庫一棟
――初期投入:銀貨百二十枚
――回収見込み:不明
当時の俺は、
「不明」と書くことに、少しだけ躊躇した。
だが、嘘は書きたくなかった。
配当錬金は、
結果が出るまで時間がかかる。
時間がかかるということは、
その間、何も起きないということだ。
倉庫は建った。
契約も済んだ。
だが、目に見える変化はなかった。
人の出入りは増えず、
噂にもならず、
誰かが感謝することもない。
それでも、
月末になると、銀貨が入る。
最初は八枚。
次は十枚。
今月は、十二枚。
派手さはない。
だが、減ってはいない。
帳簿を閉じると、
階下から話し声が聞こえてきた。
「最近さ、あそこの倉庫、使われてるよな」
「前は空いてたのに?」
「知らん。でも、朝になると馬車が並んでる」
声の主は、商人らしい。
言葉の端々に、値段と距離感が混じっている。
「誰の倉庫だ?」
「さあな。商会のじゃないらしい」
それだけだ。
名前は出ない。
感謝もない。
だが、
使われている。
それで十分だった。
翌日、街道に出る。
舗装はまだ甘く、
ところどころに石が露出している。
それでも、
以前より人が多い。
馬車が通り、
荷を担いだ行商が歩き、
途中で立ち止まる場所が増えている。
街道沿いの簡易倉庫。
そこが、俺の炉の一部だ。
中に入ると、
帳簿係の男が顔を上げた。
「……あ」
一瞬、言葉に詰まる。
名を呼ぼうとして、やめたような間。
「点検ですか?」
「いや、様子を見に来ただけだ」
男は頷き、
それ以上は何も聞かない。
前なら、
「誰だ?」
「許可は?」
と聞かれていた。
だが今は違う。
彼は俺を、
“説明のいらない側”として扱っている。
それが、少しだけ面白い。
倉庫の奥では、
商人同士が値段の話をしていた。
「ここ、使いやすいな」
「街まで一気に行かなくていいのが助かる」
「手数料も、妙に安定してる」
安定。
その言葉に、
俺は足を止めなかった。
安定は、
目立たない。
だが、
続く。
街に戻ると、
酒場の前で剣士たちが騒いでいた。
「昨日の討伐、割に合わなかったな」
「魔物が少なすぎる」
「次は当たりたいもんだ」
一人が、ふと俺を見る。
視線が合い、
すぐに逸らされる。
無視、というより、
分類が終わっている感じだ。
戦う人間。
戦わない人間。
それだけ。
「なあ」
別の剣士が言った。
「最近、倉庫の回り、変じゃないか?」
「変?」
「人が多い。でも、別に騒いでるわけじゃない」
「……ああ」
最初の剣士が、曖昧に頷く。
「誰か、なんか仕組んでるんだろ」
仕組む。
仕組み。
その言葉は、
俺に向けられたものじゃない。
だが、
俺の耳に残った。
夕方、ギルドに立ち寄る。
掲示板の前に、
人だかりができている。
新しい依頼だ。
護衛。
討伐。
調査。
いつも通り。
受付嬢がこちらを見る。
視線が合い、
一瞬だけ止まる。
何か言いかけて、
やめた。
代わりに、
いつもより丁寧に頭を下げる。
それだけだ。
俺は何も言わず、
掲示板を見て、
何も取らずに立ち去る。
帰り道、
ポケットの中で、銀貨が触れ合った。
十二枚。
少ない。
だが、
この十二枚は、
今月だけの十二枚じゃない。
来月も。
再来月も。
俺が寝ている間に、
誰かが倉庫を使い、
誰かが街道を通り、
誰かが金を払う。
俺は、
その流れを少しだけ整えただけだ。
「……悪くない」
誰に言うでもなく、そう呟く。
評価はEのまま。
名前も呼ばれない。
だが、
流れは、
もう俺を避けて通れない。
それに気づくのは、
もう少し後だ。




