第十九話:評価基準の外側
ギルドの会議室は、
普段は討伐計画の確認に使われる。
だが今日は、
机の上に魔物の資料はない。
代わりに、
分厚い帳簿が置かれている。
事故件数。
流通遅延。
商会からの報告。
「ここ三ヶ月、街道北側の滞留が減っている」
担当官が言う。
「偶然では?」
別の職員が返す。
「可能性はある」
「だが、区間は固定されている」
紙をめくる音。
「設計士の担当区域だ」
部屋の空気が、
わずかに変わる。
「討伐数は?」
「ゼロ」
「では評価は?」
「E」
即答だった。
「なら問題ない」
そう言いかけた職員に、
担当官が言葉を重ねる。
「問題は、評価と現実が一致していない点だ」
沈黙。
評価は分かりやすい。
討伐数。
危険度。
報酬。
だが、
事故件数は評価に含まれない。
流通安定も、
数値化されない。
「新しい指標を作る?」
若い職員が言う。
「安定度、とか?」
「証明できるか」
「難しい」
「因果関係は?」
「曖昧」
議論はすぐに行き詰まる。
評価制度は、
簡潔であることに意味がある。
複雑にすれば公平性が揺らぐ。
「だが」
担当官が言う。
「空白は、放置できない」
空白。
それは、
評価表のことでもあり、
制度の穴でもある。
その頃、
倉庫では荷の積み替えが進んでいた。
北側倉庫の管理人が来る。
「最近、ギルドがざわついているらしい」
「何かありましたか」
「お前の評価だ」
特別な感情は、
声にない。
「上がりますか」
「分からん」
管理人は、
肩をすくめる。
「上がったら、どうする」
少し考える。
「急がされます」
「嫌か」
「崩れます」
管理人は、
小さく笑う。
「面倒な立場だな」
「慣れています」
夕方、
ギルドから再び呼び出しが来る。
小部屋ではなく少し広い部屋だ。
担当官が一人、
机の向こうに座っている。
「制度を変えるつもりはない」
開口一番、それだった。
「ですが?」
「あなたの活動を、“例外扱い”にする案が出ている」
例外。
便利で、
危うい言葉だ。
「評価はEのまま」
「ただし、特別区分に記載する」
「内容は?」
「流通安定寄与」
少しだけ、
沈黙が落ちる。
「断れますか」
俺は聞く。
担当官は、
目を細める。
「なぜ断る」
「目立ちます」
「目立つのは悪いか」
「急がされます」
担当官は、
しばらく考える。
「制度は、均一であるべきだ」
「例外は均一を壊す」
「だが、現実は均一ではない」
机の上の評価表に、
指が置かれる。
「あなたは制度の外側にいる」
外側。
それは、
自由でもあり、
危うさでもある。
「選択肢は二つだ」
担当官が言う。
「制度に合わせるか」
「制度を、少しだけ曲げるか」
俺は、
すぐには答えない。
倉庫の火は、
弱い。
強くすれば、
制度に合う。
弱いままなら、
制度は揺れる。
夜、
帳簿を開く。
――評価:E
――制度:検討中
――流通:安定
数字は、
何も変わっていない。
だが、
空気は少し重い。
制度は、
空白を嫌う。
空白は、
簡単には埋まらない。




