第十四話:前提にした側の責任
朝の倉庫は、
いつもより静かだった。
音が減ったわけじゃない。
人が減ったわけでもない。
ただ、
決める前の沈黙が増えている。
帳簿係が、
紙束を抱えて近づいてきた。
「今日、少し確認が入るそうです」
「誰から?」
「街道管理の方と、商会Aの連名です」
連名、
というのが珍しい。
「内容は?」
「……責任の所在、だと思います」
そう言って、
帳簿係は視線を落とした。
責任。
それは、
評価と同じくらい扱いづらい言葉だ。
昼前、
三人が来た。
街道管理の担当。
商会Aの中間管理職。
そして、
見慣れない男。
服の仕立てが、
少し違う。
「監査です」
男は、
簡潔に言った。
「確認だけ」
確認、
という言葉は軽い。
だが、
中身は重い。
机に帳簿が並ぶ。
俺の帳簿も、その一つだ。
「この区間」
監査の男が、
指で示す。
「止まらない理由を、説明できますか」
説明。
少し前まで、
それは求められなかった。
「できます」
即答する。
「ですが」
言葉を足す。
「数字だけでは、足りません」
監査の男は、
眉を上げた。
「それは困ります」
「知っています」
困るのは、
こちらじゃない。
「止まらない理由は、“強くない”からです」
監査の男が、
書き留める。
「具体的には?」
「火を強めていない」
「回転を詰めていない」
「余白を残している」
「……つまり、効率が悪い?」
「壊れにくい」
言い換える。
中間管理職の男が、
口を挟んだ。
「我々は、この区間を前提に計画を組みました」
「ええ」
「もし、止まった場合」
言葉を区切る。
「影響は大きい」
「止めません」
「保証は?」
監査の男が聞く。
俺は、
少し考える。
「ありません」
即答だった。
空気が、
わずかに張る。
「保証がないものを、前提に?」
「はい」
「無責任では?」
「違います」
首を振る。
「責任の置き所が、違う」
監査の男が、
顔を上げる。
「止めない設計は、こちらの責任です」
「だが」
言葉を続ける。
「前提にして計画を組むかどうかは、あなた方の責任です」
沈黙。
商会Aの男が、
深く息を吐いた。
「……だから、確認に来た」
そう言って、
監査の男を見る。
「前提にした以上、我々がどこまで背負うかを決める必要がある」
監査の男は、
帳簿を閉じた。
「分かりました」
短い答えだ。
「この区間は当面、変更不可とします」
「同時に」
視線が俺に向く。
「設計変更がある場合、事前連絡を」
「了解です」
それで、
話は終わった。
誰も、
評価の話はしない。
誰も、
契約の更新も言わない。
ただ、
前提にした側が、
自分たちの責任範囲を確定させただけだ。
夕方、
倉庫に戻る。
帳簿係が、
小さく笑う。
「大変ですね」
「そうでもない」
正直な感想だ。
「責任が、そちらに移っただけです」
帳簿を開く。
新しい注釈が、
増えている。
――前提採用
――変更時、共同判断
――監査対象
監査対象。
重くなった。
だが、
逃げ道は、
最初からなかった。
俺は、
火を強めない。
責任を持つ側が、
増えただけだ。
夜、
街道を見る。
止まらない。
それが、
誰の責任かは、
もう曖昧じゃない。
世界が勝手に重くなる。




