第十三話:最初から、そこにあるもの
会議は、すでに始まっていた。
扉を開けた瞬間、
紙をめくる音と、低い声が同時に耳に入る。
誰かが数字を読み上げ、
別の誰かがそれを訂正している。
俺が入ったことに、
誰も気づかない。
いや、
気づいていないのではなく、
気にする必要がないという空気だった。
机の上には帳簿が並んでいる。
商会のもの。
街道管理のもの。
倉庫ごとの簡易記録。
その中に、
見慣れた紙が混じっていた。
俺の帳簿だ。
表紙もない、
名前も書かれていない。
だが、
数字の書き方だけで分かる。
「ああ、ここだな」
誰かが言う。
「この区間は、今まで通りで問題ない」
今まで通り。
それは、
確認じゃない。
相談でもない。
前提だ。
「では次に」
議題はすぐに移る。
俺は、
空いている席に座る。
誰も、
座る理由を聞かない。
誰も、
紹介をしない。
資料は、すでに配られている。
俺の分も含めて。
「北側の流通は?」
「設計士の炉がある範囲は、変えなくていい」
「了解」
それだけだ。
火を強めろとも、
効率を上げろとも言われない。
代わりに、
触るなという扱いを受けている。
「別の商会の件は?」
誰かが言う。
「少し詰めすぎています」
「止まりましたか」
「いえ、止まりかけています」
一瞬、
会議の空気が沈む。
止まりかける、
というのは厄介だ。
完全に止まれば、
対処ができる。
だが、
止まりかけは、
判断を遅らせる。
「回り道を」
誰かが言う。
「設計士側に、流せますか」
ここで、初めて視線が俺に向いた。
全員じゃない。
半分くらいだ。
「……問題ありません」
短く答える。
理由は言わない。
理由を聞かれていない。
「では、そうしましょう」
決定は早い。
議題は、次に移る。
俺は、
もう会議に参加していない。
条件として組み込まれたからだ。
休憩に入る。
中間管理職の男が、
隣に立つ。
「いつから、こうなったんでしょうね」
独り言のような声だった。
「さあ」
俺は答える。
「気づいたら、前提でした」
男は、
苦笑する。
「評価は、まだEのままですよ」
「知っています」
評価が上がっていないことを、
わざわざ言う必要はない。
「でも」
男は、
声を落とす。
「無いと、困る」
その言葉は、
評価より重かった。
午後、倉庫に戻る。
帳簿係が、
こちらを見る。
「何か、変わりましたか」
「いや」
それも、
正直な答えだ。
帳簿を開く。
数字は、
いつも通り。
増えてもいないし、
減ってもいない。
だが、
欄外に、
新しい書き込みがある。
――計画前提
――変更時、要確認
――代替不可(当面)
代替不可。
評価されないまま、
外せなくなる。
一番、逃げ場のない状態だ。
「……厄介だな」
そう呟く。
帳簿係が、
少しだけ首を傾げる。
「悪いことですか?」
「分からない」
正直な答えだ。
評価されれば、
責任は明確になる。
だが、
前提にされると、
責任は曖昧なまま重くなる。
俺は、
火を強めない。
前提として置かれる炉は、
揺れると困る。
それだけが、
求められている。
夜、街道を見る。
馬車が通り、人が動く。
誰も、
俺を見ない。
だが、
止まったら困る。
それだけで、
十分だった。
評価が上がる前に、
世界が先に重くなる。
そういう段階に、
入っただけだ。
ただ、計画が組まれ、話が進む。
その一番下に、
俺の炉が置かれている。




