第一話:最弱職〈配当錬金〉
冒険者ギルドの掲示板には、今日も数字が並んでいた。
木の板に打ち付けられた紙は、端が丸まり、
何度も貼り替えられた跡が残っている。
それでも、そこに書かれている数字だけは、妙に新しい。
討伐数。
成功率。
貢献度。
剣士、魔導士、治癒師。
どれも見慣れた職業ばかりで、
見慣れた名前が、見慣れた位置に並んでいる。
人は、数字を探しに来る。
そして自分より下を見て、安心する。
その一番下。
誰も立ち止まらない場所に、俺の名前があった。
職業:配当錬金
評価:E
紙の端が、少しだけめくれている。
貼り替えられたのは、そう遠くないらしい。
「……また最下位か」
声に出す必要はなかったが、
出さない理由もなかった。
受付のカウンターでは、
若い剣士が報告書を叩きつけるように置いている。
「三体討伐、依頼達成です!」
受付嬢は慣れた手つきで羊皮紙を受け取り、
淡々と確認し、淡々と頷いた。
「確認しました。報酬はこちらです」
金貨が袋に落ちる音がした。
重く、はっきりとした音だ。
周囲で、誰かが笑う。
誰かが肩を叩く。
誰かが「今日は奢りだな」と言う。
一日で結果が出る。
分かりやすくて、派手で、称賛される。
冒険者ギルドという場所は、
そういう成功を正確に拾い上げる。
それ以外は、拾わない。
「次の方」
呼ばれて、俺は一歩前に出た。
受付嬢は一瞬だけこちらを見て、
すぐに視線を羊皮紙へ落とす。
「今月の活動報告です」
事務的な声だった。
そこに感情は含まれていない。
「討伐参加、ゼロ。
緊急依頼、ゼロ。
――特記事項、なし」
彼女は言い終えてから、
ほんの一拍だけ間を置いた。
その間に、俺が何か言うかもしれないと考えたのだろう。
だが、言うことは特にない。
「今月も、これだけです」
差し出されたのは、小さな水晶板だった。
光は弱く、
周囲の喧騒にかき消されそうなほど控えめだ。
浮かび上がる数字は、銀貨十二枚分。
「……少ないですね」
同情でも、軽蔑でもない。
ただの事実として、そう言われた。
「そうだな」
俺は頷き、水晶板を受け取る。
銀貨十二枚。
剣士の一回の討伐報酬にも満たない。
酒場で少し良い酒を飲めば、消える額だ。
誰も拍手しない。
誰も羨ましがらない。
それでいい。
この銀貨は、
俺が剣を振って得たものじゃない。
昨日、宿で眠っている間に。
朝、飯を食っている間に。
何もしない時間に、生まれた金だ。
それが、俺の錬金。
配当錬金。
素材を一度変換して終わり、ではない。
成功か失敗か、その場で決まるものでもない。
鉱山。
街道。
倉庫。
商会。
金が流れる場所に“仕組み”を組み込み、
時間そのものに働かせる。
一度、炉を作れば、
俺がいなくても、炉は回り続ける。
「戦わないんですか?」
受付嬢が、少しだけ首を傾げた。
「あなた、冒険者ですよね」
「そうだな」
俺は否定しない。
「でも、戦うのは得意じゃない」
剣を持てば、たぶん平均以下。
魔法も使えない。
討伐に出れば、足を引っ張る側だ。
それを無理にやる理由は、どこにもない。
だから――
戦わない方法を選んだ。
「変わってますね」
受付嬢はそう言って、
すぐに次の書類へ視線を移した。
この話は、ここまでだ。
ギルドを出ると、昼の街は騒がしかった。
剣士たちが酒場に向かい、
商人が値段を叫び、
金が音を立てて動いている。
その流れの中で、
俺の炉も回っている。
誰にも見えない場所で。
音もなく、煙も上げずに。
「……さて」
月末まで、まだ少しある。
次はどこに炉を置くか。
銀貨十二枚は、
そのための燃料だ。
派手さはない。
即効性もない。
だが――
この炉は止まらない。




