3大うまいもの話
プロローグ
舌は肥えているという自負がある。プライドが邪魔してか
「これは美味い!」
と感動したことは、あまりなかった。
ところが、Uターンしてから、思わずうなってしまう機会が、何回かあった。予期せぬ余禄である。
第1話 ダイコン
筆者の治療院に、一人暮らしの婦人が通院していた。
ある日、ダイコンをいただいた。洗ってスティックにし、酒のつまみでバリバリ食べていた。
妻が勤めから帰り、仰天した。
(なんと安易な・・・)
とでも思ったのだろう。
「美味いよ」
と言うと、手に取って口に入れた。
「ほんとだ!」
ダイコンとは思えないほど、甘かった。まるで梨を食べているみたいだった。もちろん、みずみずしい。
患者さん宅へ買いに行くことにした。関東に住む息子や娘、親友に贈ることも考えた。
山の中腹の一軒家だった。イノシシやサル、シカと生活ゾーンがダブっているため、犬を飼っている。
家の前の急斜面を拓いて、野菜を栽培していた。
傾斜地農法である。勾配が急なので、土が雨などで下に流される。そこで、土を掻きあげるための鍬を開発したり、茅などを畝に敷いたりと、さまざまな工夫がされてきた。徳島県西部に伝わる農法で、二〇一八年に国連の「世界農業遺産」に認定されている。
農作業の大変さは筆舌に尽くし難い。しかし、そこで生み出される農産物は他の追随を許さない。
「買いたい」
と申し出たところ、倍以上のおまけをつけてくださった。
事あるたびに、この話をした。土地の人は
「あそこのおばちゃんやろ」
と冷静な受け止め方。野菜作りの名人として名高い方だったのである。
第2話 アメゴ
その民宿は山の頂上近くにあった。自ら「天空のー」と謳っていた。
その名に恥じず、眼下に吉野川、眼前に四国山地の山々が連なっていた。
筆者も妻も山の育ちである。都会に住み、失われた何十年を取り戻そうとするかのように、田舎の魅力の再発見に努めた。民宿めぐりも、その一方策だった。
民宿の料理は言うまでもなく、地元産の野菜が中心だった。おいしくいただいていると
「これはお隣さんの差し入れで、近くの渓で釣ったアメゴです」
塩焼きが運ばれてきた。大小不揃いなところに、なんとも言えない田舎のおもてなしを感じる。
小さなアメゴに頭からかぶり付いた。
口中に渓流の香りが広がる。アメゴの塩焼きが、こんなにうまい!と思ったことはなかった。
アメゴに味を占め、記憶に残る川魚の賞味を考えた。
生まれ育った村には渓流が流れていた。そこでジンゾク(カワヨシノボリ)やドブロク(ヌマチチブ)、川エビなどを獲って遊んだ。今から思えば、もったいないことに、それらは鶏のエサにしていた。
つくづく残念なのは、渓や川から、それらの生き物たちがほとんど姿を消したことだ。
農薬による河川の汚染、無計画な伐採・植林による森林の保水力の低下で渓や川の水が涸れたことが大きい。
してみると、あのアメゴは希少生物だったのだ。絶滅しないうちに、もう一度顔を拝みたいものだ。
第3話 はちみつ
「私ねえ、はちみつ作っておりまして。よろしかったら、どうぞ」
ある患者さんが帰り際に差し出した。
筆者は辛党である。妻と娘が喜ぶので、拝領した。
夕飯の支度をする妻と娘に、はちみつのことを話した。
「まあ、透き通ってきれい」
二人が驚いている。味見したとたん
「なに、これ! お父さんも嘗めてみて」
有無を言わせず、スプーンを口に持ってきた。
濃厚な味だった。ミツバチたちの営みが凝縮されていた。
三四半世紀に及ぶ人生の中で、初めて知ったはちみつの味だった。
環境汚染の影響で、世界的にミツバチが少なくなっていると聞いていた。その話を患者さんに振ってみた。
「みんなそう言いますが、私んとこは、あまり変化がないです」
とのことだった。巣作りに打ってつけの場所なのだろう。ミツバチたちが来年も忘れずに飛来してくれることを、願ってやまない。
エピローグ
例によって、ハチミツの話をある女性患者さんにした。
「ニホンミツバチのはちみつは本当においしいですよ。ウチでは昔、一升瓶で買ってました」
とのことだった。セイヨウミツバチのそれとは比べ物にならないようだ。
気になる話を聞いた。
「今年は鳥の数が少ないのですよ。ナンテンの実がいつまでもあります」
ほかの患者さんも同じことを言っていた。
明らかに自然に変化が起きている。私たちはいつまで、大自然の恩恵たる美味を味わえるのだろうか。傾斜畑や棚田は曲りなりに昔の面影をとどめてはいる。それとて、就農人口は少なくなり、早晩、歴史遺産の仲間入りする運命だ。




