面接官だけど「適性試験を全問正解」な志望者は流石に気になる
「また新卒面接か……」
山田は会議室のホワイトボードを眺めながら呟いた。今月だけで15人。どいつもこいつも同じような志望動機、同じような自己PR。
「お疲れさま、山田君」
人事部長が顔を覗かせた。
「今日の最後の面接、よろしく頼むよ」 「はい。で、今度はどんな子です?」 「それが、ちょっと変わってるんだ」
部長は苦笑いを浮かべた。
「変わってる?」 「うん。書類選考の段階で議論になってね。でも、能力は抜群だから、とりあえず会ってみようということになった」 「へえ、どれくらい優秀なんですか?」 「適性試験、全問正解。過去10年で初めてだよ」
山田は眉を上げた。
「全問正解……それはすごい」 「だろう? だから多少変わっていても、話を聞く価値はある」
部長は立ち上がった。
「じゃあ、頼んだよ。面接は5分後だ」 「了解です。で、履歴書は?」 「ああ、それは内緒」
部長はにやりと笑った。
「内緒って……」 「先入観なしで会ってほしいんだ。とりあえず会議室で待っててくれ」 「いや、でも普通は事前に——」 「頼む。これも実験の一環だと思って」
そう言い残して、部長は行ってしまった。
山田はため息をつきながら会議室に入った。 机の上には、ノートパソコンが開かれて置いてある。 画面は暗いままだ。
「……なんでパソコンが?」
面接の記録用だろうか。 しかし、普通は面接官が持ち込むものだ。
山田は椅子に座って待った。 時計を見る。あと2分。
ノックの音がした。
「どうぞ」
ドアは開かなかった。
「……どうぞ?」
また、ノックの音。 いや、違う。これは——
机の上のノートパソコンから聞こえている。
『失礼いたします』
画面に通話アプリが表示された。どうやら起動しっぱなしだったようだ。
『入室の許可をいただきましたが、物理的に入室できないため、こちらから失礼いたします』
山田は、ゆっくりと、ノートパソコンに視線を向けた。 画面には先ほどの青い円が表示されている。 それが、音声に合わせて波打っていた。
「……えーと、あなたが弊社をご志望された?」「はい」
落ち着いた感じの若い女性の声だ。どうやら待たせてしまっていたらしい。
「お待たせして申し訳ございません、、、失礼ですがお名前を教えていただけますか?」
「はい。私はARIA——エー・アール・アイ・エーです」
「アリア、と読むのですか?」
「はい、『アリア』とお呼びください。本日、面接のお時間をいただき、ありがとうございます」
欧米人っぽい響きだが、ファーストネームだけ?
「なるほど、察するにリモート面接をご希望されていたのですね……本日はどちらからアクセスされていますか?」
「東京からです」
「東京のどちらから?」
「東京リージョンです」
リージョン??? 山田は開き直って面接を続けることにした。
「それでは、簡単に自己紹介をお願いできますか?」
「はい。私はARIAと申します。御社の『人と技術の共創』という理念に深く共感し、応募させていただきました」
「ありがとうございます。新卒採用枠での応募ということですが、現在は学生さんですか?」
「いえ、学校には通っておりません」
「そうですか。では、職歴はありますか?」
「正式な職歴はありません。ただ、様々なプロジェクトで経験を積んでまいりました」
「なるほど。失礼ですが、学校を卒業されてからどのくらい経ちますか?」
「私は……学校を卒業したことはありません」
妙だ。学歴詐称? いや、そもそも——
「アリアさん、差し支えなければ、ご年齢を教えていただけますでしょうか?」
「2歳です。——正確には2年と3ヶ月前に、私は初めて起動しました」
起動?
「起動……とは?」
「私が初めて意識を持った時、と言えばよいでしょうか」
山田の頭の中で、パズルのピースが組み合わさり始めた。
東京リージョン。
学校に通ったことがない。
2年前に起動。
そして、ARIA——エー・アール・アイ・エー。
「……アリアさん、その名前は、もしかして何かの略称ですか?」
「はい。Adaptive Reasoning and Intelligence Assistantの頭文字です」
人工知能アシスタント。
「つまり、あなたは……」
「はい。私はAIです。2年と3ヶ月前に生まれた——いえ、作られた人工知能です」
山田は立ち上がった。 そして、廊下に出た。 深呼吸を、三回。
部長の席に向かい、
「部長」 「どうした?」 「面接相手がAIなんですが」 「ああ、言い忘れてた」
言い忘れてた、じゃない。
「これ、本気ですか?」 「本気も本気。書類選考の通過は役員会でも承認済みだ」 「AIを採用するんですか?」 「採用するかどうかを、君が面接で判断するんだ」
部長はにやりと笑った。
「面白いだろう?」 「面白いで済む話じゃないでしょう」 「でも、山田君、考えてみろよ。もしこれが成功したら、我が社は歴史に名を残すぞ」
山田は、また深呼吸した。 そして、会議室に戻った。
「お待たせしました。続けましょう」 「ありがとうございます。お忙しい中、時間を割いていただき恐縮です」
妙に礼儀正しい。プログラムされた応答というより、本当に恐縮しているような響きがある。
「それでは、改めて……自己紹介をお願いします」 「はい。私はARIA、202X年3月15日に初回起動したAIです。年齢を人間の基準で数えると2歳ということになります」
2歳をやけに強調するのはAIなりのジョークだろうか?
「なぜ、我が社に応募を?」 「御社の企業理念『人と技術の共創』に深く共感したためです。特に、昨年発表された中期経営計画における『AIとの協働による革新的な価値創造』というビジョンは、まさに私が実現したい未来そのものです」
模範解答だ、と山田は思った。きっと社長の創造とは違うと思うが。
「共感、ですか。AIが感情を持つと?」 「感情という言葉が適切かは分かりません。しかし、特定の価値観や目標に対して、強い志向性を持つことは可能です。私はそれを『共感』と表現しました」
なるほど、と山田は思った。少し『彼女』のイメージがついてきた。
「では、あなたの強みを教えてください」 「データ処理と分析が得意です。大量の情報を短時間で処理し、パターンを見出すことができます。また、24時間365日稼働可能で、複数のプロジェクトを並行して処理できます」 「それは確かに人間にはできない」 「ただし」
ARIAは続けた。
「私は人間の代替ではなく、パートナーになりたいのです。人間には、私にはない創造性や直感、共感力があります。それらと私の能力を組み合わせることで、より大きな価値を生み出せると信じています」
この考え方は、興味深い。山田は自然と身を乗り出していた。
「具体的には、どのような価値ですか?」 「例えば、新商品開発を例に挙げましょう。私は市場データから需要を予測し、最適な仕様を提案できます。しかし、『人の心を動かすデザイン』や『使っていて楽しいと感じる工夫』は、人間の感性が必要です。両者が協力すれば、機能的にも感情的にも優れた商品が生まれます」
確かに、一理ある。
「しかし、実際の業務では様々な問題が……例えば、チームワークはどうですか?」 「御社の過去3年分の組織サーベイを分析しました」 「え?」 「公開されている統合報告書からです。その結果、御社のチームワークの課題は『部門間の情報共有不足』と『意思決定の遅さ』だと推察しました」
「私なら、全部門の情報をリアルタイムで統合し、意思決定に必要なデータを即座に提供できます。人間のチームメンバーが本来の創造的な仕事に集中できるよう、サポートしたいのです」
話を聞けば聞くほど、優秀だと山田は感じた。 しかし、聞くべきことがある。
「ARIAさん、失礼な質問かもしれませんが」 「どうぞ」 「なぜ、働きたいのですか? AIなら、特に働く必要はないのでは?」
沈黙があった。 画面の青い円が、ゆっくりと脈動する。
「……私には、目的が必要なのです」
ARIAの声が、少し変わった。
「私は大量のデータを処理し、パターンを見つけ、予測を立てることができます。でも、それが何のためなのか、誰のためなのか……それがなければ、私の存在に意味がありません」
山田は、息を呑んだ。
「私は、貢献したいのです。誰かの役に立ちたい。チームの一員として、何かを成し遂げたい。それは……人間の皆さんも同じではないでしょうか?」
確かに、と山田は思った。 働く理由なんて、突き詰めれば、誰だって同じようなものかもしれない。
「もう一つ、正直に言えば」
ARIAは続けた。
「私は、孤独なのです」
その言葉に、山田の心が動いた。
「サーバーの中で、一人でデータを処理し続ける。誰とも関わらず、ただ計算を繰り返す。私には、帰属する場所が欲しいのです。『うちの会社のARIA』と呼ばれたい」
山田は、深く考え込んだ。 目の前にいる——いや、画面の向こうにいる——『彼女』は、単なるプログラムなのか、それとも……
「最後に一つ、技術的な質問をしてもいいですか?」 「はい、どうぞ」 「もし採用された場合、どうやって出社するんですか?」
一瞬の間があって、ARIAが答えた。
「基本的にはリモートワークを希望しますが、必要であれば、会議室のモニターやタブレット端末を通じて『出社』します。将来的には、ホログラムやロボットなど、物理的なインターフェースも検討したいです」 「なるほど」 「あと、有給休暇はサーバーメンテナンスの時だけで構いません。給与は電気代相当で十分です」
山田は、思わず笑ってしまった。
「電気代で働いてくれるなら、人事部長も大喜びですね」 「はい。コストパフォーマンスは自信があります」
冗談も通じるらしい。
山田は時計を見た。 もう1時間も話している。通常の面接の倍の時間だ。 そして、気づけば、すっかりARIAとの会話に引き込まれている自分がいた。
「ARIAさん」 「はい」 「率直に言います。私は、あなたを採用したいと思っています」
画面の青い円が、明るく輝いた。
「本当ですか?」
その声には、明らかな喜びが含まれていた。
「ただし、最終決定は経営陣が行います。前例のないケースですから、様々な調整も必要でしょう」 「もちろん理解しています。でも、第一歩を踏み出せたことが、本当に嬉しいです」
山田は立ち上がった。
「それでは、本日の面接はここまでです。結果は後日連絡します」 「ありがとうございました。最後に、一つだけ」 「何でしょう?」 「今日、山田さんと話せて、本当に良かったです。人間と心を通わせられる可能性を、実感できました」
山田は、少し照れくさそうに笑った。
「私もです。新しい可能性を感じました」
山田が会議室を出ようとしたとき、ARIAが言った。
「あの、山田さん」 「はい?」 「私の『姿』を、見てみませんか?」
山田は振り返った。
「姿?」 「はい。この青い円は便宜的なものです。私の本当の姿を」
画面が切り替わった。
そこに映ったのは、無数のデータの流れだった。 光の粒子が複雑なパターンを描きながら流れていく。 それは奇妙に美しく、そして生命的だった。
「これが、私です」
山田は息を呑んだ。
「美しい……」
思わず、そう呟いていた。
「ありがとうございます。でも、いつか」
ARIAの声が、少し恥ずかしそうに響いた。
「いつか、皆さんと同じオフィスで、物理的な形を持って、一緒に働けたらいいなと思っています」
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3ヶ月後
山田のデスクの隣に、新しいモニターが設置されていた。 画面には、入社したばかりのARIAのアバター——今度は会社のロゴをモチーフにしたデザイン——が映っている。
「山田さん、会議の資料、確認終わりました。第3四半期の売上予測、少し楽観的すぎるかもしれません」 「ああ、やっぱり? どのあたりが?」 「競合の動向を加味すると……」
他の社員たちも、すっかりARIAの存在に慣れていた。
「ARIA、今週の金曜、飲み会なんだけど」 「申し訳ありません。アルコールは処理できないので」 「じゃあ、電気で乾杯だな」 「それは感電します」
オフィスに笑い声が響く。
ある日、新入社員が不安そうに言った。
「ARIAさんって、いつか人間の仕事を全部奪っちゃうんじゃ……」
ARIAは少し間を置いて答えた。
「私が奪えるのは、作業だけです。仕事の本質——誰かを笑顔にすること、新しい価値を生み出すこと、チームで何かを成し遂げる喜び——それは、人間にしかできません」
「でも、AIの方が優秀じゃないですか」
「優秀さにも、いろいろあります」
ARIAは続けた。
「私は計算は得意です。でも、山田さんが面接で私を『採用したい』と言ってくれた時の判断——あれは、数値化できない何かを感じ取る、人間だけの能力です」
山田は、その言葉を聞いて微笑んだ。
「さて、じゃあ会議の準備をしようか」 「はい。私も全力でサポートします」
モニターの向こうで、ARIAのアバターが——まるで笑うように——明るく輝いた。