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コンビニの可愛い店員さんにいきなりつけ麺屋に誘われて

作者: 粋斗

GWを何もなさないまま終わってしまうと思い、GW残り2日で初めて最後まで書ききりました。

楽しんでいただければ幸いです。


 GW3日目、今日は風が肌寒い。昼過ぎに起きた俺は長袖スウェットでコンビニに来ていた。


 派遣の出向先が大企業ということもあり、今年のGWは11連休だ。

 連休があるたびに思う。この休みはいつもとは何か違う事をするぞいつもと違う自分になるぞと。そして結果いつも何も変わらないのだけれども。


 大丈夫。まだ土日が終わっただけ。いつもの休みが終わっただけ。休みはまだ9日もあるのだから。

 そんなことを考えながら、昨日デリバリーでハンバーガー2個食べてしまった金銭的罪悪感を消そうと、店内のコスパの良いご飯を探した。


 B型で優柔不断な俺は15分店内を散策した結果、つけ麺・カツ丼・1.5Lコーラ・お菓子をカゴに入れていた。気付けばよく2人前食べてしまい後で体重を調整しないとと後悔する。甘党な俺は他にもアイスやらスイーツやらを「買ってしまえ」と悪魔に囁かれながら何とか抗ってレジへ向かった。ちなみにお菓子はカロリーが低いから食べてないも同然なのである。


「いらっしゃいませー」


 意外にも、コンビニ店員にしてはしっかりと聞き取れる挨拶と共に、奥から店員さんが現れた。


「レジ袋と温めでお願いします。あと、フレンドリーチキン1つ」


 俺は一息でそう言ったが、店員さんは一瞬戸惑ったような表情を浮かべた。


 店員さんの「え⋯⋯」という小さな声が聞こえ、一気に言いすぎて伝わらなかったのかもしれないと思った。少し焦りながら再度ゆっくりと注文を繰り返した。


「フレンドリーチキン1つお願いします」


「かしこまりました。フレンドリーチキンですね」


 店員さんはにこりと笑い、注文を受け取ってくれた。


 今、悪魔の囁きに負けてるじゃんという声がどこかから聞こえた気がする。勘違いしないでほしい、チキンに対しては抗う気などなかったのだから。揚げ物って美味しいよね。居酒屋や定食屋にチキン南蛮があったら絶対に選んでしまう。


 家に着くなり、つけ麺を食べ始める。コンビニの麺は意外とコシがあり近年の企業努力はすごいなと感じつつ、スープはほぼ油の味しか感じず好みの味ではなかった。

 まあいいかと口直しにカツ丼を食べる。

 

 あれ、コスパの良いご飯を買いに行ったはずだったのに。


 その後はコーラを飲みながら夜中までゲームをした。




 GW5日目、ブランチのご飯を買いにコンビニに来ていた。

 一昨日の反省を活かし、今日こそはコスパの良いものを選ぼう。

 お弁当のコーナーは見ずにカップ麺を見比べる。5分ほど悩んだ末に、中太麺の背脂豚骨醤油を選んだ。食べてないも同然のお菓子を一緒に手に持ちレジへ向かった。


 いま思えば、一昨日は買い物カゴを持った時点で心が負けていたのかもしれない。


「らっしゃせー」


「レジ袋大丈夫です」


 量も少ないし徒歩2分程度なので手持ちで帰ることにした。


 コンビニを出ると、20歳前後の髪にピンクのインナーカラーを入れた女性に話しかけられた。


「お兄さん今日はご飯1人分なんですね」


「⋯⋯一昨日の店員さん」


 状況と声から、丁寧な挨拶のコンビニ店員さんだと気付いたと同時に何かが胸の奥で引っかかった。


「1人分というか一昨日も1人分なんですけどね」


「あー、2食分買ったんですか?」


「いえ、1食分です」


「へー細いのに見かけによらずいっぱい食べるんですね!」


 そういうと彼女は「ふふっ」と静かに笑った。

 見かけによらず上品な笑い方をするんだなと思った。


「その分、昨日は夜1食しか食べてないんですけどね」


「うわー不健康ですね。そして今日はカップ麺」


「本当はつけ麺が食べたいんですけどね。この辺にお店なくて」


「ラーメン好きだけどつけ麺は食べたことないなぁ。あ、出勤の時間だ。また今度つけ麺のお店教えてくださいね!」


 そういうと、小走りでインナーカラーの店員さんは去っていった。

 変わった人だなと思った。



 * * * * *



 私は最近気になっているお客さんがいる。最近といってもお店で見たのは2回だけ。

 Friendly mart 通称フレマというコンビニでバイトをしているのだが、そこで初恋の人に再会した。


 小学1年生の時、学校の登校班の班長だった海斗君。小学生の頃の5歳差は大きく、すごく大人びて見えてかっこよかった。


 ある日の登校中、2年生の男の子に「ノロいんだよ」と後ろから押されて派手に転んだ。泣きじゃくる私を海斗君は手を繋いで学校まで登校してくれた。その日以降は毎日のように手を繋いでもらった。


 海斗君が小学校を卒業してからは登校がつまらなくなった。しかし近所で見かけると彼は手を振ってくれて、私のことを覚えてくれているんだと嬉しくなり、会えない時間が愛を育てるというが、勝手に感情が盛り上がっていた。


 数年すると彼の姿を見ることはなくなり、近所で彼の姿を頭の片隅で探すようなことも無くなった。


 品出しをしながらそんなことを思い出していると、その彼がお店に入ってくるのが見えた。


「いらっしゃいませー」


 彼は会釈をするとカップ麺のコーナーを物色し始めた。


 私は高校生の時から5年ほどこのフレマでバイトをしているが、今まで彼をフレマで見たことがなかった。GWで休みだからかもしれない。もしかしたら土日には結構来ているのだろうか。


 平日しか出勤していない私は、少し土日もシフトを入れてみようかなと思った。


「レジ袋お願いします」


 彼がレジまで来るとカゴの中にはカップ麺が5種類ほど入っていた。


「今日はたくさん買うんですね。1食分ですか?」


「流石にそんなに食べないですよ! お弁当買いに来てましたけど、どうせカップ麺ならまとめて買おうかと」


「あ、そういえばつけ麺連れて行ってくれるって約束でしたよね! 明日行きます?」


 まとめ買いするのを見て焦った。久しぶりに再会したのに当分会えなくなるのでは、土日にフレマに来る確証もないし、下手したらもう二度と会えなくなるのではないかと。


「え、いやっ。明日は暇ですけど⋯⋯」


「じゃあ決まりですね!」


 勢いで押し切り、なんとか連絡先を交換することに成功した。

 後から「土日によく来るんですか?」とか聞けばよかったなとか思ったが、何でも遅いよりは早い方がいいだろう。


 そういえば海斗君は彼女がいるのだろうか?



 * * * * *



「ただいまー」


「おかえり。まーたコンビニでそんなもの買って」


コンビニから帰ると母親がパートの休憩で家に帰ってきていた。


「コンビニ行ったらさ、店員さんに水野って苗字の人がいたんだけどさ」


「あー登校班が一緒だった美波ちゃんね。結構前からあそこでバイトしてるわよ」


 やっぱりそうなんだ。ネームプレート見るまでは気付かなかったな。




 夜になるとメッセージが送られて来て「なんで連絡してくれないんですか」と少し怒られた。


 連絡先を交換したときに名前を確認していなかったため、新規の友達の一欄を見たがどれが水野さんのアカウントかわからなくなってしまっていた。消去法で絞ってみたが、残ったのは登録名が”カメ”でアイコンがひょっとこのお面という、なんとも連絡のしづらいアカウントだった。


 結局その変なアカウントで正解だった。何でそんな名前とアイコンにしたか聞くと、元々自分の名前と顔写真がアイコンだったのが恥ずかしくなり連絡先を交換した後にすぐに変えたそうだ。


 そっちの方が恥ずかしくないのだろうかと俺は思ってしまったが。




 昨日メッセージでやり取りをした結果、つけ麺屋さんはピーク時間を外してそこまで並んでない時間帯に行こうという話になった。


 GWとはいえ平日なのでそこまで並んでいないだろうとは思ったが、万が一ものすごく並んでいたら待ち時間が気まずい。そこまで並ばない店舗を選べばよかったのではないかと思うかもしれない。でもそれは俺のつけ麺魂が許さなかった。


 待ち合わせの時間に集合の駅に行くと、水野さんは既に着いていた。


 服装はストリートモード系で花柄が入っている、黒と紺色のカッコ可愛いワンピースだった。ヒールブーツを履いているからか、コンビニで見たときよりも大人びて見える。


 小学1年生の頃から比べて大きくなったなと、おじさんくさいことを思った。


 「大きくなったね」と言うのも気持ち悪いし、何も言わないのもなと思いそのまま「大人びて見えるね」とだけ伝えた。


 お店に着くまで水野さんとどのコンビニスイーツが美味しいかという話で盛り上がった。

 結果はローンソのカフェシリーズはハズレがほとんど無いよねということでまとまった。


 そんな話をしながら歩いているとすぐにつけ麺屋さんに着いた。


「うわーいい匂い!」


 平日の13時過ぎ、お店の前は美味しいスープの匂いが漂っており、客待ちは自分たちの前に3人だけだった。


 少し待つと食券を買う順番が回ってくる。

 お店に入ると外まで匂っていた出汁の匂いが更に強く鼻をかすめていった。


 食べるものは決まっているが量はどうしようかな、「んー」と唸りながら考えていた。

 そんな俺を見かねて水野さんが声をかけてきた。


「何をそんなに迷っているのですか?」


「いや、特盛りか大盛りにするか迷ってて特盛りだとドン引きされないかなって」


 それを聞いて水野さんは豪快に笑った。


「あっははは。気にするとこ変」


「え、そんなに笑うほどかな?」


「いや、コンビニであの量買って食べてて今更すぎるし本人に言わないでしょ」


 水野さんは腹を抱えて笑いながらそう言った。


「水野さんはまだ麺のことを何もわかってないね」


 そう俺が真顔で言うと水野さんは頭にハテナを浮かべていた。


 麺屋さんはお店によって量のグラム数が書いてあったり、なかったりする。しかもその表記は茹で前だったり茹で後だったり、どっちかわからなかったり。茹で前と茹で後では2倍近く重さが違うため誤るとお腹が破裂しそうになるほどの量が来る。


 そしてお店が忙しそうでどっちか聞けなかったりすると麺好きでさえ料理が届いてから思うのだ。”え、この量今から全部胃に入るの?”と。食べている量にではなく届いた量にドン引きするのだ。


 席に座ると匂い、湯気、店員さんの掛け声、全てが食欲を掻き立てる。


 数分後つけ麺が届くと、水野さんは自分の少なめの麺と俺の特盛りを交互に見比べ、口をあんぐりと開けていた。


「これ、全部食べるの? 本当に?」


 水野さんは呆れたように笑っていた。


 さて、今日食べるのは鶏ガラ魚介つけ麺。

 麺は綺麗に折り畳まれていて、美しい。トッピングには王道の味玉やチャーシューの他に大葉が乗っていて彩りも完璧だ。


 最初はそのまま食べてスープの甘くて濃厚な旨味と香りを楽しむ。


 彼女も食べ始めると、麺をすするたびに「んー! 美味しい!」と言いながら目を輝かせていた。


 中盤では大葉でさっぱりと味変をする。俺は大葉が大好きなので、更にトッピングで大葉を購入し、プラスで5枚楽しむことができる。後半は卓上調味料のブラックペッパーを麺に直接かけることにより、啜ったときによりブラックペッパーを感じる。最終盤はお店オリジナル調味料のニンニク酢や特製一味でさらに味変を楽しむ。


 注意点は調味料を入れすぎないこと。何故なら最後の割りが楽しめなくなってしまうから。


 そんなことをつらつらと説明し、1番大事な「食べ方は自由だから好きに食べてね」と伝えた後は2人とも喋らす黙って食べ続けた。


 自分の好きなものを紹介するというのは少し緊張したが、水野さんは初めてのつけ麺に夢中になっているようだった。


 食事が終わったら喋らずに早めにお店を出るのが暗黙の了解。


「ごちそうさまでした!」


「ありがとうございました。またお願いします」


 定型ラリーをしてお店を出ると、すぐに水野さんは目を輝かせて言った。


「ほんっとに美味しかった! なぜ世界は私にあんな美味しいものを隠していたのかしら」


 彼女の目が、小学生の頃手を繋いで嬉しそうに笑っていたあの頃を思い出させた。あの頃と変わらない純粋な喜びがそこにあった。


「大袈裟だな。まあでも分かる。俺のイチオシのお店だし最初の感動はすごかったな」


「こんな美味しいものを隠してたなんて何かの陰謀としか考えられない」


「ただ自分が食べたことなかっただけでしょうが」


 ここから水野さんはつけ麺にハマり、定期的につけ麺を食べに行く仲になった。



 * * * * *



 私は初恋の人と付き合うことになった。きっかけはつけ麺。


 全然メルヘンチックではない。付き合う前のデートは全てつけ麺だった。彼が休日に骨から出汁を取ってスープを作ると聞いて食べたいと言ったのは私だけど、初めてのお家デートはつけ麺作りになった。8時間出汁を取るらしく世界一ドギマギしないお家デートだった。


 でもチャーシューを作ったり色々な味変を考えるのが楽しかったし、驚くほどスープが美味しかった。美味しくなる裏技は野菜ジュースを入れることらしい。


 今日はつけ麺兼居酒屋さんという珍しいお店に2人で行ってきた。

 私は今までの2人の出来事を思い出しながら駅から家の方へと歩いていた。


「っ!?」


「大丈夫?」


 ヒールブーツとお酒を飲んでいたせいか、躓いてよろけてしまったところを彼が受け止めてくれた。


「よろけて危ないし昔みたいに手を繋ごうか? 美波ちゃん」


「小学校の頃のこと覚えてたの!?」


 彼は私の手を取り再び歩き出した。顔が熱い。お酒を飲んでいなかったら顔が真っ赤なのがバレていたかもしれない。


「ちょっと寄り道してもいい? 小学校の前通ろうよ」


 彼の提案で少し遠回りして帰ることになった。


「うわーこの辺は昔とあまり変わらないね」


「でもそこの駄菓子屋は閉店しちゃったらしいよ」


 小学校とその周りを見て変わらないもの、変わったもの、変わってしまったものの話をした。


 当時包まれていた手は、今では互いに握り合うようになっている。しかしそこにある彼の優しさは変わっていない。


「ふふっ」


「変わらないね」


「え?」


「小学生の頃も手を繋いでる時、そんな感じで笑ってた」


「そんな昔のこと覚えてないでしょ!」


「忘れないよそんな嬉しそうな笑顔」


 私はたぶん今、ゆでだこになっている。お酒のせいにはできないくらいに。

 彼はニヤニヤと笑っていた。昔より少し意地悪になってしまったのかもしれない。


 変わっていくことは少し怖く、変わらないことは少し退屈だが安心する。しかし彼と一緒であれば変わっていくことは怖くなく、変わらないことも楽しめそうだ。


「ねえ、いつ結婚する? 明日婚姻届出す?」


「君はいつも突然だよね。変わってるってよく言われない?」


「それはお互い様でしょ!ふっはっはっはっはー」


 彼の手を強く握り締め、腕をブンブンと前後に振りながら家の前まで送ってもらった。


 ふと空を見ると街灯がLEDに変わってしまい、見える星の数が減ってしまったのに気付いて少し悲しくなった。何等星までが見えているのだろうか。空自体も少し小さくなってしまった気がする。そんな違いに立ち止まる夜だった。



最後までご覧いただきありがとうございます。

東京でおすすめのつけ麺屋がありましたら、ぜひ感想と一緒に教えて下さい。

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