石じじいの話・引用:花街の親子連れ
子供を連れているのが中年の男性というのに、少し違和感が・・・。
いや、普通でしょうか。とくに、花街でなら。
初出:
海・山にまつわる怖い話・不思議な話 2
154: 名無し百物語 2022/07/24(日) 18:19:19.26ID:UbBKnxH9
石じじいの話です。
この話は、聞き取り末期(じじいの死の間近;私が中学生)のものなので、詳しい内容になっています。
昔の町には、「花街」の区画がありました。
戦後すぐには、大きめの町では市街地の一画に昔の置屋の建物が残っていました。
私も見たことがあります。川の中州に、そのような区画が残る町もあります。
じじいは、山から降りて、汽車に乗ろうとして町の駅に向かいました。
小雨が降っていたそうです。
駅に向かう途中に、そのような花街を通りました。
戦後すぐなので、まだ区画整理がされていなかったのでしょう。
しかし、そのような営業は、当時すでに法律で禁止されていたので、ゴーストタウンのようになっていたそうです。
じじいが通りを駅に急いでいると、前から中年の男性が歩いてきました。
ねんねこ半纏で赤ん坊を背負って、傘もささずに。
ゆっくりと。
長髪には白髪がまじり、無精髭をはやした痩せた中年の男性でした。
じじいは、どういう人だろう?と思いました。
「奥さんが、病気なんやろうか?」
「奥さんが、そんな仕事で稼どるんやろうか?街が街やけん。」
その男性が近づいてくると、じじいはぎょっとしました。
その男性は、絆纏の懐に匕首を差して、その柄を片手で強く握っていたのです。
虚ろな眼をして、まっすぐ前を見て歩いてくる。
ゆっくりと。
「いきなり刺されたらどがいしょう?」とじじいはいつでも立ち向かえるように緊張して近づきました。
もうその距離では、露骨に避けることはためらわれたのです。
その男性は、じじいの脇をゆっくりと行き過ぎました。
無言で。
後ろを振りかえると、彼は歩調も変えず、ゆっくりと歩いて狭い路地に曲がって行きました。
じじいは、軍用の雨合羽の下で大汗をかいていたそうです。
「その人は、護身用に、それもっとんたん?それとも、誰か殺そうおもうとったんやろうか?」
「ぶっそうなこというたらいけんで。思いつめとったような顔しとったけどな。あの歳やったら、あの赤ちゃんの上にも、こどもがおったんやないかなあ。」