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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

OCD

作者: 杉野御天

多少フェイクはありますが私が実際に体験した話です。昨日たまたまその習い事の教室を通りがかったので思い出して書きました。

 これは私がとある習い事をしていた時の話だ。


 習い事は15時から始まり、17時までの短いものだった。

 順番で戸締り当番があるのだが、その当番は大体二人体制で行われる。


 そんな時、いつものように当番が回ってきた。それ自体はいつもやっている事なので気にならなかった。ただ、その日は道院長に用事があるという事でいつもより早めに終わり、比較的日が高いうちに終わったので「それ」に気付く事ができた。


 一つだけ。綺麗な窓があった。その窓だけは定期的に変えられているのか、他の窓に比べて劣化しておらず新品に近い状態で浮いていた。


「あの窓だけ綺麗ですね」


 同じ片付け当番の人に話しかける。当番の人は私が指をさしている窓に目を向け、少し顔をしかめた。


「ああ、あれか」


 当番の人はぼそっと仕方無さそうに、少し言いにくそうに言葉を吐いた。


「あの窓は、仕方ないんだ」


「仕方ない?」


 当番の人は奥歯にものが挟まったかのような物言いをした。


「いや、俺の口からは言えん。あの人は立派な人だし、強いし恩もあるから」


 あの人‥‥‥? という事は誰かが故意に割ってしまったのか?


「ああ、上の(かた)が何かして割ってしまったんですね」


 この習い事は礼節を重んじる。特に年上の方と、自分の恩師には。だからこの人も恩を感じている方のことを陰で言うことは嫌なのだろう。


「うん、そんな感じだね」


 私はそれ以上の追及はせず、その日を終えた。


 しばらく後、Aさんという割と上層部の方と当番が同じになった。普通なら片付け当番という雑務は下っ端がやることで、上層部の方がやることは珍しい。しかしながらAさんは割と気さくで優しく、さらに強い。憧れているという方も多かった。


 私はそのAさんに気にいられており、Aさんはこちらから話しかけない限り滅多に話すことがないのだが(そこがAさんの魅力だという人もいる)、私に対してだけは積極的に話しかけてくる。割と面白い話が聞けるので、私はこのAさんと一緒に当番になった事が密かに嬉しかった。


 今日も面白い話をしてくれるかと思い作業をしていたが、Aさんがいない。


 作業は私が掃除しているこの大部屋と、例の窓のある部屋と二つだけで終わる。しかしなかなか広いので、私だけの作業では終わりそうになかった。

 そこでAさんを呼びに例の「綺麗な窓」のある部屋へAさんを呼びに行った。


 窓のある部屋を見ると、やはりAさんが居た。


「Aさん、私だけでは終わりそうにないので一緒に大部屋の掃除を‥‥‥」


 そこまで言って私は言葉を詰まらせた。


 いや、Aさんは何をしているんだ?


 バン! バン! バン!


 そこにはひたすら例の窓に体当たりするAさんの姿があった。

 壊れるかと言うほどの力で窓に体当たりをしているのだ。


 バン! バン! バン!


 シンとした部屋に、ひたすらAさんが窓に体当たりをする音だけが響く。


(技の練習でもしてるのか? でも練習ならわざわざ窓相手にしなくても‥‥‥)


 しばらくして、ひとしきり体当たりを食らわせて満足したらしいAさんが窓から離れた。


 が、Aさんは一度離れた窓にまた体当たりをし始めた。どうやらただの体当たりではないらしい。その証拠にAさんの目は血走っており、明らかに普通の状態ではなかった。


「Aさん、何してるんですか?」


 私は思わずそう声をかけた。Aさんの鬼気迫る様子を見て、意識をこちらに向けさせた。


「ああ、お前か。いやこの窓の鍵がな‥‥‥」


 鍵?


「この窓の鍵が閉まるまで、安心できないんだ。変なところを見せてすまんかった」


「鍵って‥‥‥。もう閉まってますよ?」


 Aさんの言う「窓の鍵」は、確かに施錠されていた。確かめる必要もない。誰がどうみても施錠されていたのだ。


「ああ、それでも確認しなければ」


 と言うと同時にAさんはまた窓に体当たりをし始めた。

 それこそ窓が割れるくらい強い力で。


 そのうち窓がミシミシと嫌な音を立て始めた。とうの昔に施錠されたはずの窓が。


(ああ、だからか‥‥‥)


 私は心の中で納得していた。


 この窓がいつも新しいのは、Aさんの行きすぎた確認のせいで割れるからだ。Aさんの力に、この窓が耐えきれないからだ。


『あの窓は、仕方ないんだ』


 いつぞやの同じ当番になった人の言葉と表情を思い出す。苦しそうな、悲しそうな。


 私は今になって何故あの人があんな表情をしたのかがわかった。


(きっと、あの人もこの光景を見たのだろう)


 Aさんは完璧で、この習い事の中でも模範になるいい師匠だった。憧れている人も多かった。


 その彼が、今は窓相手に血眼になって体当たりをしている。完璧で人望もあって憧れられる人。

 その彼が窓如きに必死に体を打ち付ける様子は、それまで築き上げてきた彼のイメージを払拭させるのには充分だった。


 誰もが一度は憧れたその姿は酷く弱く、不気味で、滑稽に見えた。


 Aさんはまたムキになって体を窓に打ち付け始めていた。それはもはや確認作業ではなかった。Aさんはおそらく自分が納得するまで打ち付ける事をやめないだろう。


 私はそっとその部屋から離れた。


 バリンッ!!


 しばらく作業をしていたら、今度こそ窓が割れる音が聞こえた。


「これで安心だ」


 Aさんは歌うように安堵の言葉を口にした。



一応この話は「ヒトコワ」で出そうとしたんですが、書いてみるとあんまり怖くなかった〜!汗

ここまでお読みくださってありがとうございました。


本日もお疲れ様でした!

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― 新着の感想 ―
[一言] 往々にして人はそれぞれ、他人には預かり知れぬ何かを抱えていたりする。この物語はそういう何かの発露を目の当たりにしてしまった体験談。ドキュメンタリーだけにオチはない。何もわからないし解決もして…
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