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映画研究倶楽部はオカルト好き  作者: 祭神輿
二つで一つの存在証明
9/30

二つで一つの存在証明・弐


 隣のクラスである一年B組の剣道部所属、名前を一路いちろ素直すなおという。


 今しがた手に入れた情報である。

 なんか、すごい真っ直ぐって感じの名前だ。そんな彼は、喋る事なくこちらの様子を伺うだけで、本題に入ってくれない。

 このあと私はメル先輩にゴマすらなければならないので、早く本題に入ってほしい。仕方がないのでこちらから話をふる。


「大事な話ってなにかな」

「あ、う、その」

「エまさかほんとに告白?」

「そ、それは絶っ対ちがう!!」


 ア違うのね。

 小さい「つ」を入れた精一杯の否定にホッとする反面、落胆が頭を出す。そんな力入れて言わなくてもいいじゃん。


「それで要件は?」

「――実は、聞いてしまったんだ」


 さっきとは変わり、小さく絞り出された声は少し震えていた。何かに怯えたような、何かを警戒しているような声だ。

 こんな恐ろしげになって、何を聞いたと言うのだろう。なんとなく、嫌な予感がする。

 次の言葉を紡ぐ口が、スローモーションをかけたようにゆっくりに感じた。


「君は、幽霊が視えるんだろ?」

「――は」


 口の中で詰まった声を、空気と一緒に吸い込んだ。

 同年には成瀬にしか、あとはメル先輩にしか打ち明けてない秘密。

 霊感があるという事実。幽霊が視えてしまう現実。


 ──なぜ知っている。


「や、やだなー。私そんな電波じゃないよ? そりゃホラー映画とか好きだけど」

「誤魔化さなくてもいい。言っただろう、聞いてしまったって」


 咄嗟に誤魔化す選択はすげなく流されてしまった。

 『聞いてしまった』とはいったい、何を指す。なんの話だ。

 目ではやく言えと急かすと、申し訳なさそうに語りだした。


「実は、下駄箱で赤いクレヨンの話をしている所に、偶然居合わせたんだ。人の仕業じゃなかったけど、原因は除いたって」


 ああ、成瀬にもう大丈夫だと報告しに行ったときの会話だ。


「自分でどうにかしたからもう大丈夫だと、そこまで聞いた。聞き耳をたててすまなかった!」


 ひどく美しいお辞儀だった。指先までピッと伸びて、下げた頭はヒクリとも動かない。角度から何まで完璧なフォームのお辞儀だ。これが運動部の本気か。


 聞かれてしまったのならマ、仕方ない。


 バレて変な汗をかいたが、気味悪がる様子もなければ、話を広めるような事もしなさそうだ。すごく反省しているようだし、お辞儀に免じて許す。


「というかエッエ、もしかして聞き耳たてたことを謝るためだけにここまで来たの?」

「それもあるが、本題は別にあるんだ」


 本題が別に……?

 告白じゃない、謝罪じゃない。なら本題はどこのどいつだ?


「おれは雀部に、おれを助けて欲しいんだ」

「たすけ……?」


 はん、たすける……助ける、救ける。


「や、無理よ無理無理、ぜったい無理!」

「昨日は運が良かった。雀部がスリッパを忘れていったから接点ができたんだ!」


 おのれスリッパ、やっぱりあいつ嫌いだ。歩いても走っても脱げるし飛ぶし、最低最悪の履き物だ。


「ね、ほんと無理だから。無力だから」

「どうしてそう思うんだ? おれはまだ何から助けてほしいのか言ってないのに」

「いや話の流れ読んだら何から助けて欲しいのかなんてわかるでしょんぎぎぎ」

「そうなのか? すごいな雀部は!」

「すごいのは逃げようとする私を捕まえて微動だにしない君の腕力だよ!」


 どんなに力を入れても先に進むことはできなかった。なんて力だ。運動部はみんなゴリラなのか? みんな人間じゃない。どうにかして逃げられないだろうか。


「なあ頼む。助けてくれ。どうすればいい――おれ、影を取られそうなんだよ」


 ピタっと停止する。


「雀部が幽霊が視える事を知る5日ほど前から、おれは影を狙われているんだ」


 ああ、嫌な予感というものは必ずしも実態を持って降り掛かって来るのだ。少なくとも、私の場合は。


「あいつは今も、おれを――」



 ――パンッ!!!



 目の前で、何かが爆発した。




 部活に行く生徒集団の波を逆走する。


 昨日忘れた上履きは、今日はしっかり己の足を包んでいる。脱げることはない。飛ぶこともない。


 はやく、はやくはやく、はやく!


 目の前の扉を引っつかんで飛び込んだ。先では、こちらに背を向けて仁王立ちしている人物がひとり。


「遅い」


 時計を見たらいつも部室に来る時間の十分後を指していた。まだ怒っているみたいだ。しかし、私は何故か安心してしまって、情けない声で名前を呼んだ。


「うわあああメル先輩いいいい!!」

「ふん、なんです情けない声出して。言っておきますが、ボクは女だからって容赦はしませんよ。時間は有限、遅刻は大罪だ」


 さあ粛清の時間だと振り返ったメル先輩の顔ときたら、目ん玉ひん剥いていた。だかしかし、そんなの関係ない。

 私はべえべえ泣いた。マーモットが叫んでるみたく泣き叫んだ。先輩のシャツに縋り付きながら。


「うおっなんだ!?」

「ア"ーーーーーッ!!」

「ちょっ、ほんとなに……」

「ウ"ゥ"ーーーッ!!」

「人語を話せ!!」



 ―閑話休題―


「人語が喋れますか」

「いえす」


 またみっともない所を見せてしまった。異性に縋りついて泣き顔を晒すなど、時代が時代なら破廉恥の極みな行為だっただろう。


「全く、前回も同じような事がありましたけど、今度はなんです。いじめられでもしましたか。机の中にねずみの死骸でも? それとも鞄に、使用済み生理用品のゴミでも入ってましたか」

「ねえ、なんでそんな邪悪な発想ができるんですか? 入ってないですよそんなやばいもん」


 いじめの内容にねずみの死骸を使うのは物語で見た事があるので、一万歩譲ってわかるとして、生理用品のゴミは無いわ。この人のこういうところちょっと怖い。

 畏怖をスパイス程度に混ぜた視線を送るが、目の前の彼はそんなこちらを気にもせず足元を凝視していた。


「……アナタ、ちょっと足見せなさい」

「あ、ちょっと!」


 先輩はいきなり私の足を掴んで持ち上げ、顔を寄せた。

 何事かと思ったら持ち上げられた足がスパッと切れているではないか。靴下に血がしみてしまっている。怪我していたことに、全く気づかなかった。


「うわぁ、自覚したら痛くなってきた」

「……」

「先輩?」

「……ふむふむふむ。なるほどねぇ」


 そう呟く先輩は愉しげで、目なんかキラキラしていた。その瞳の無垢さと言ったら、何も知らぬ赤子の如く。

 足を掴んでいないほうの手が人差し指を突き出した状態で足に近づくのを、私もまた無垢な瞳で見ていた。


「なに――あっ」


 下から上へ、血の流れた痕を辿るように、しなやかで白くて冷たい指が肌を滑っていく。ゆっくり、ゆっくりと。


「あっあ、ちょ、これ以上はダメです!」


 どんどん上昇していく指を止めようとしたが無駄だった。

 あろう事か、その指は私の傷口を押して、押し上げたのだ。ずぶっと患部に埋まる指。ダメって言ったのに!


「ぬぅわあああぁあぁあ!!」


 痛すぎて私は足を抑えて床を転がった。

 なんだ、なぜこんな拷問を仕掛けてきたんだ。もしかして、先輩はまだ遅刻の事を根に持っているのか? だからこんな悪行を? にしたって人間のする事じゃあねえ。


「ふむふむふむふむ――素晴らしい!!」


 涙目で見上げた先には、指先に付いた血を見て、天使みたいな顔して喜んでる先輩がいた。サイコパスか?


「アナタ、またまた()()()()()来ましたね? 短期間にこんなにも……ほんと面白すぎる!」

「うう、他人の患部を抉っておいて何なのそのテンション……引っ掛けて来たって?」

「アナタの泣いてた理由のことです。ええええ、理解ります。理解ってます」


 怪異案件、ですよねと小声で耳に吹き込んでくる先輩に、改めて恐怖心を抱いた。

 後輩女子の血を見ただけで怪異に関わったことが理解るメル先輩は、とんだ変態だ。


少々修正しました。

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