ウインドバイサイコー第一話
初めまして、文色ひふかです。怪しき人です。初めての投稿なので色々探り探りでやってます。なので何か悪い点があったら、優しい口調で教えてほしいです!お願いします。この作品は不定期で投稿していきます。やる気によって投稿頻度は変わります。
そして、多分キーワードにも書かれていますが、
・残酷な描写(暴力や流血、自殺など)
・ボーイズラブ
この話にはまだ無いですが、これらの要素が含まれます。どちらも軽度に済ますつもりなのですが……。ご了承ください。
あと、エピローグをこの話の後に投稿します。本来一話の前にあるものなんですが、まだそれが書けていないのでこれを先に投稿します。読む順序として正しいのは、エピローグ→一話です。なので、面倒くさいことになってしまっているのですが……優しく許容してくれたら嬉しいです。
登場人物多!ってなると思うのですが、それはただ単に私が失敗しただけです。見づらくなっていたらすみません。設定も後で投稿します。
前置きが長くなってしまいましたが、これで前書きはおしまいです。ではこの長い話をゆっくり見ていってほしいです!
どうかこの話が愛されますように……
「ウインドバイサイコー」三週間前
アラームが鳴る。六時五十分。
……今日も気怠げな朝が来た……
「ふぁ〜〜ぁ〜〜あ……」
…眠い…寝たい………けどここで欲望に身を任せてはいけない……二度と起きられなくなってしまう……
俺は気合いで瞼をこじ開け、力一杯踏ん張り布団から出て窓側に移動する。
カーテンを開け、朝日を拝む。
その奥には、いつも変わらない……まだ未熟な太陽。みずみずしい空があった。
ぼーっと空を見るうちに、気がついたら五分も経っていた。意味もなくスマホを見てリビングへ降りる準備を整える。
これは、俺のルーティーンみたいなもんだ。理由もないけれど、朝日を浴びた方が目覚めがいいとどこかの番組で聞いてから毎日こうしている。
…つまり何となくだ。
「海斗ー!早く起きなさーい!」
「もう起きてるよ母さん……今降りるー!」
パジャマから部屋着に着替え、リビングまでの階段を降りる。その頃にはもうとっくに眠気は吹き飛んでいた。
不思議なことに、俺にとっては朝日よりもスマホのブルーライトの方が目覚ましにいいらしい。
「海斗ー!早く起きなさ…」
「いま降りてるとこだって!」
こっちの様子も見ずに声を掛けて来ないで欲しい。
リビングのドアを開けると、スーツ姿の母さんが居た。今日はお母さん仕事の日だっけ…
お父さんは既に仕事へ行っている。…俺一人になるなぁ。
「じゃ、行ってくるから。後は頼んだわよ。海斗」
海斗「わぁ〜ったよ。母さん」
早歩きで母さんは家を出た。
ふと机に目をやると、卵焼き、ご飯、味噌汁、ベーコンが置いてあった。
何にも言わずに、朝ごはんを食べる。スマホをチラチラと見ながら、特に何か違う事もなくいつも通りの時間にそれを食べ終わる。
今は七時三十分。充分学校まで余裕を持てる時間だ。ダラダラと学校に行くまでの準備を整える。
歯磨きをし、顔を洗い、トイレに行き、教科書をリュックに詰める。ずっと右手にはスマホを握りしめていた。
朝からテキパキと行動をするほどの活力は、俺にはない。
七時五十分。学校まではたったの十五分で着くから、今から家を出る必要もない。…けど、いい加減スマホを見るのも飽きて来たから、早めに出る。
俺が出て行ったら、この家にはもう誰もいない。
だから、用心深く俺は鍵を掛ける。鍵を掛けた後俺はあえて扉を開けようとする…開かない。鍵は掛かっていると分かったけど、何か不安になって最後にまた目視で鍵を確認してしまった。
後で鍵を掛けたか忘れてまた戻るよりは、これが良い。
朝早いからか、まだほんの少し涼しかった。まだ蝉の鳴く季節ではないらしい。
…あれ、今日は何月何日だっけ……火曜日ってことは覚えているのに。
つまらないことを考えている内に、もう海沿いまで来てしまった。カーブしている海沿いは見晴らしが良く、遠くに学校が見える。この海は綺麗……は綺麗なのだが、もう見過ぎてどうとも思わなくなってきてしまった。
海斗「(あっ誰か学校に入ってく……)」
俺も結構早い時間に学校に着くのだが、それよりも10分程早く教室に入る人が居るらしい。
あんまり良くない俺の目では、それが誰かは分からなかった。
橋の下の川。歩道に散らばっているガラス片。ふと石垣に手を触れる(ただ苔が手に付いただけだった)。左にはひたすらの山、右には海と、地平線に乗っかる空。良く言えば自然豊かでのどかな風景だ。悪く言えば変わり映えのしない退屈な通学路。ハトの死骸はまだ放置されていたな。
ほとんど無感情で校門をくぐる。まだ挨拶運動も始まっていない時間だった。教室にも、一人しか居なかった。
勇輝「海斗。おはよう」
海斗「おっ、おう。おはよう」
学級委員長の勇輝だ。さっきの人影はこいつだったか。彼は挨拶をサッと済ませた後、勉強道具を取り出し自習を始めた。学級委員長と言えど、少し真面目過ぎやしないか。
俺はそれとは対照的に、スマホを取り出しゲームを始めた。八時十分。あと十五分もの暇には、何をしよう。スクロールしながら考えている内に五分経ってしまっていた。ぼーっと暇を潰していると…
湧大「よォ!海斗!おはよう」
月麦「おっはよーー!!!」
海斗「…!おはよう。二人とも一緒に来たのか?」
月麦「違うよぉ!挨拶運動の帰りに湧大に会ったの!」
月麦は満面の笑みを浮かべそう言った。
湧大「…あっ海斗、そういえば今日のクラブのことなんだが……」
海斗「?、なんだ」
湧大「グラウンドから体育館に変更だ。先生の出張が延期になったかららしい」
海斗「っ…!そうかっ!そりゃ良かった。ありがと」
湧大も月麦も、俺の大切な親友だ。
そして、俺と湧大は同じバドミントン部に入っている。湧大はバドミントン部の絶対的エースであり部長。友達ではあるが、それでも正直少し尊敬している。
二人は一時間目の準備をするためそれぞれの机に向かう。
俺もようやくスマホから目を離す。
女子A「ねぇ、椎名。日和を見なかった?」
女子B「見てないよ?今日も遅刻してんじゃない?」
女子A「はぁ〜あいっついつもだな…この前の待ち合わせも十分遅れてきたし…そろそろガツンと言ってやらないと……」
女子F「この前は大変だったよねぇ」
女子A「そうよ電話も繋がらなかったし…って!一果だってこの前五分遅れてきてたでしょ!」
女子B「まぁまぁ…少し落ち着こ?ゆぅな……」
女子D「……あら、西川さん。お早う御座います。随分と疲れたご様子で」
女子G「…はぁっ…はぁっ……そのか、今は…ゲホッ……何分…」
女子D「二十八分…ですね」
女子G「…やばいあと二分で始まるじゃん!…ってあーーーーっっ!!教科書忘れた!」
女子G「隣のクラスに借りてくる!間に合わなかったら庇ってぇ!!」
女子D「いってらっしゃい」
女子H「ねぇ園香。この写真見てよ!」
女子D「これは…パステルカラーのソフトクリームと綿菓子……綺麗ねぇ」
女子H「でしょー!!…きぃらちゃんにも見せたかったんだけどなぁ……」
どうやら俺がスマホに夢中になっている間に随分とクラスも騒がしくなっていたらしい。
授業まであと一分。一時間目の授業は……よっしゃ理科だ。別に俺は理科が好きなわけではないのだが……
松井「っしゅーー、じゃあ授業始めんぞー岸井」
勇輝「はい。…起立!」
勇輝は周りを見回しちゃんと全員が立ったか確認する仕草をした。
勇輝「…れ……
女子G「すいません!!遅れましたぁ!!」
松井「まだチャイムは鳴ってないからセーフだ。机に戻りなさい」
女子G「…はいっ!」
勇輝はその女子が礼の準備を整えるところまで待った。
勇輝「……礼!」
きっちり全員が頭を下げる。…そして、
キーンコーンカーンコーン………
やっぱりだ。松井先生はいつも、礼のタイミングとチャイムを合わせてくる。どんなハプニングがあってもだ。意図してか偶然かは分からないが、少し面白い。
松井「今日やる範囲は……運動方程式か。これ一番重要だからなぁーしっかり聞けよぉ」
プリントを配りながら先生は言う。
松井「…?佐々木が居ないな…誰か連絡持ってる人いるかぁ?」
女子A「どうせいつもの遅刻だよ」
松井「…うーむ……田中。佐々木は挨拶運動にはいたか?」
月麦「居ませんでした」
松井「じゃあ遅刻だなぁ…そろそろ四枚目の反省分を書かせないとなぁ」
松井「…よしっスライド準備完了。ほんとのほんとにこれは重要なところだからなぁー絶対に寝るなよー。もし寝たら…」
寛太「寝たら?」
松井「ころしにいくからなぁー。」
武「それじゃ授業しても意味ねぇーじゃん!」
松井「ハッハッハ。まぁ誰か寝たらそれは俺の力不足ってことだ。誰も寝させないからなぁ」
そうして授業が始まった。松井先生の巧みな話術とスライド使いで、画面が切り替わるたんびに笑いが生まれる。面白いのに、確かに分かりやすい。
松井先生はこのクラスの生徒全員に尊敬されている先生なのだ。
松井「…っと、この問題誰かわかる人居るかぁ?」
嗚呼、難しい問題。俺はもうちんぷんかんぷんだ。クラス全員が頭抱えている。そんな中、たった一人手を挙げる者がいた。
松井「おっ…升田、分かるか?」
直「はい。答えは3m/s^2です」
松井「…ほう、自信はあるか?」
直「97%です。」
松井「それは素晴らしい。そして、この解答は間違ってはいない…だが、重力加速度は測定値だ…そして、」
直「……ハッ!…有効数字は…2桁………?」
直の顔が蒼白に染まっていく。
もちろん、俺にはもう何が何だかだった。放課後に月麦に教えてもらおうかな。
松井「答えは3ではなく3.0だなぁ。どの値までが信用できる数かを見極める必要がある」
直はその場に垂直に崩れ落ちた。
寛太「テストでもバツになるでごさるか??」
松井「テストでは三角だが…升田だったらバツだ。…というか大木お前また語尾を変えたんだな。前の授業の時はありんす口調だったじゃないか」
湧大「こいつ一週間おきに語尾を変えてんだよ(ニヤニヤ)」
松井「なーにやってんねんお前ぇ。あーでも別のクラスのなぁ…イニシャルB、Zの奴が、この前語尾の合わせ技してたぞ。この前『だぜる』とか言ってたな」
武「それイニシャルで隠す意味ないじゃん!誰だかすぐに分かるや」
寛太「くっそー負けたー!!」
松井「精進しないと、な」
海斗「何の勝負だよw」
直「というか、なんで俺だけはバツになるんですか!」
武「…そういえばそうだ。差別かーー!」
松井「差別じゃない。キャベツだ。」
先生が珍しく滑った。
松井「(咳払い)…お前にはこれくらい厳しくしないと、90点以下を取ってくれないだろ。お前が高得点取り過ぎてな、先生も困ってるんだ」
松井「というかこれくらい厳しくしてもお前は高得点しか取ってこないだろ。信用もして厳しくしてるんだよ」
武「……直だけ特別扱いかよー!!」
松井「全員が升田くらい理科を出来るようになればそれでいいんだけどなぁ(ニヤニヤ)」
武「…それは出来る気しねぇや(ボソッ)」
松井先生は理科の担当教員でもあるが、この2年2組の担任の先生でもある。松井先生はこのクラスの皆んなを見ていて、全員に友達のように喋りかけてくる。だから、このクラスでは他のクラスではあり得ないほど先生と生徒の距離が近い。
俺も、湧大、月麦と一緒にいた時に話しかけられたことがある。その時にちょびっと話しただけなのに、その後先生が俺らのやっているTPSゲームである「Reflecshot」をやり始めたと聞いた時はさすがに驚いた(先生は今シルバーランクで苦戦しているらしい)。
松井「…授業はここまでだ。あと5分くらいあるから、それまでは自由時間でいいぞぉ」
武「誰も寝なくて良かったですね」
松井「ああ、先生が殺人犯にならずに済んで良かったな」
寛太「ほんとに寝てたら殺されてたんでa……ござるかぁ?」
松井「まぁもちろん殺すなんてしないけどな。ただの脅しだよ。俺にとってはなお前らが元気に生きてるってことが一番重要なんだ。生きてまた、お前らに会える。喋れる。それが一番嬉しいんだ。…だから、次に会うまでは絶対に全員生きているんだぞ」
松井「まっ、言われずとも全員生きてるだろうけどな。授業終わるぞー」
いつもと違う、変な授業の終わり方だった。
勇輝「起立!」
勇輝はさすが、剣道部部長とあってその気声はしっかりとしている。
勇輝「礼!」
やっぱりここでチャイムが鳴った。
松井先生は毎回毎回、どんな計算をしているのだろう?
一時間目が過ぎてからは、まぁ早かった。俺がほぼ無心で授業を聞いていたってこともあるかもしれないが…。あっという間に昼休みに突入した。
ちなみに来ていなかった女子は二時間目の途中で登校してきて、無事に四枚目の反省文を書く羽目になったらしい。
昼休み……といっても、湧大と月麦が今教室に居ないから、特に楽しいこともない。俺はこれから五、六時間目を受けてクラブに行って家では少しだろうと勉強しないといけない。これからこなさないといけないことの多さに軽く絶望し目眩がしそうだった。退屈になると何故か無性にマイナスの方に考えを巡らせてしまうな、悪い癖だ。退屈を紛らわすため、辺りを見回す。すると、教室の隅に明らかに周りを寄せ付けないオーラを放つ男がいた。
海斗「(…うわっ透志だ。明らかに拒絶する雰囲気出してる〜。クラス始まってからずっとこんな感じで退屈じゃねぇのかな?)」
透志はいつも教室の隅にいる。スマホを見るでも本を読むでもなく、ずっとどこかを見ている。本当に、「謎」という感じの人だ。松井先生もまだ喋ったことがないと言っていた。そんな透志にたった一人話しかける人がいた。
勇輝「透志!喋ろぉぜ!」
透志「……そ」
勇輝「ゲームの話しようぜ。『futurhythm』確かやってたよな⁉︎」
透志「…うん」
勇輝「今どんな感じなんだ?見せてくれないか?」
透志「…ほい」
勇輝「…えぇー!すげえなぁこれ難しいのに!やっぱめちゃくちゃ上手いなお前」
透志「……まぁ」
すっっごくぎこちない会話が進んでいく。こうなることは想像に難くないだろうにそれでも話しかけにいく勇輝の度胸に敬礼した。だが、勇輝は突如違う方向を向く。
勇輝「…!…ちょっと待っててくれ透志。…武は毎日いつもいつも……」
武「おい鉄平てめぇコルァ…お前はいつまでも雑魚だな!おい来い!鍛え直してやる」
鉄平「うぅ…髪を引っ張らないでよ」
武「うるせぇ!さっさと来るんだ!」
わぁー典型的なイジメだ。これでも武は鉄平のことは親友であると言っている。ほんとにこれが友達関係なのか?みんなだって見て見ぬふりをして、薄情だなと俺は思った。まあ、そう言うなら俺も薄情なヤツってことになるのだろうが。
勇輝「おいっ武、何をしてんだ。鉄平は嫌がっているだろ!」
武「チッ。テメェには関係ないだろ」
勇輝「関係ないことないぞ。今すぐやめるんだ」
やばい修羅場だ。気まず過ぎる。俺が救いを求め周りを見ようとした時…
月麦「おーい、海斗!ごめんね、生活委員が長引いちゃって…」
海斗「全然大丈夫だよ」
助かった…。
月麦「あっそうだぁ!昨日送った小説の続き、読んでくれたぁ?」
海斗「ああ、読んだよ。確か…15話目だったっけ」
月麦は文芸部に所属していて、小説を書いている。月麦は小説の趣味に派生して美術館に行ったり絶景を見に行ったりしている。経験で表現を磨いているそうで、実際月麦の小説には一度読めば惹き込まれるような魅力がある。俺も湧大も大絶賛ファンである。
湧大「俺ももう目を通したぞー!」
海斗「おぉ湧大。戻ってきてたのか。何してたんだ?」
湧大「顧問の先生に予定の確認と、練習メニューの確認」
海斗「頑張ってんなぁ」
湧大「15話目だよな、月麦。今回凄かったな、急展開だった。特にここのさぁ、『祝福を以て芽吹いた光は、凍りついてしまった。』想像してみたら、なんか主人公の心情が目に見えるみたいで最高だった」
海斗「突然の絶望ってのがひしひしと伝わって来たよ。どういうこと考えてたらこんなん書けるんだよw」
月麦「これはこの前たまたま見たクロード・モネの名画からインスピレーションを受けたんだ。植物が凍りつきもう生きていない。これまで僕が考えたこともないような構図が生まれたんだよ」
月麦は無邪気に頰を紅潮させる。月麦が微妙に跳ねるたびに、つむじの辺りから突き出た髪の毛がぴょこぴょこと揺れる。見ていて何と微笑ましいことなのだろう。俺は月麦の頭をわしゃわしゃと撫でる。すると月麦の口角はさっきよりも上がった。すると……
海斗「……あれ」
月麦はいつもパーカーを着ているから分かりにくかった。
海斗「髪切ったんだな月麦。前髪も短くなってんじゃん。似合ってんよ、可愛い」
月麦「えへへ。ありがとう、…でも髪切ったのは日曜だよ」
月麦は髪の長い頃の癖が抜けていないのか、前髪を払うような仕草をして照れ笑いを浮かべる。月麦の手は眉辺りを掠るが髪は引っかからない。
全く何とピュアで可愛い奴なのだろうか。
海斗「…とそろそろ俺は行かないとだな…」
月麦「海斗ぉ?……なぁぜなぁぜ?」
ここで、(他でもない)場が完全に凍りつく。
月麦は、何と、あろうことか、笑顔でこれを言い放った………言い放ってしまった。
そして俺には、良心の呵責というどこまでも鋭い針が突き刺さる。
これは昨日のLINEでの話。俺はいつものように月麦に数学を教えてもらっていた。
月麦< …だから、この問題は式じゃなくて座標
で解くんだよ。
なぁぜなぁぜwww >海斗
月麦< 何でって…問三の解説を見たら分かる
よ。
月麦< というか、そのなぁぜなぁぜって何?
ああ、これは今流行ってる言葉だよ >海斗
月麦< …?そうなんだぁ?
そう、月麦に「なぁぜなぁぜ」を教えたのは俺だ。良心の呵責に胸が軋む音を聞く……。
確かにそれは今流行ってる…流行ってるけどさぁ……違う!流行りとは少し違うんだよ……!
純粋な月麦を騙してしまったようで俺は泣きそうになった。
純粋って、凶器になるんだなぁ。癒えないタイプの傷を与えられるタイプの凶器である。
幸いにも湧大はこれを知らなかったらしい。不幸中の超幸いだ。月麦には後でこれについて教えておかないと…。
ちなみに、俺が行かないといけないっていっていたのは保険委員の集まりがあったからだ。でも俺が保険委員の集まりのある会議室に着いたときに、会合は本当は明後日にあったと気づいたときにはさすがに無常感を感じた。
それからはまあ早かった。あっという間にクラブの時間となった。
海斗「……よしっ!やーっと授業終わった!」
湧大「着替え行くぞぉ、海斗」
海斗「おう」
月麦「バイバーイ!湧大!海斗!」
湧大「おう!お前も文芸部頑張れ!!」
月麦「……!!ありがと!…佐々木さん、一緒に行こ」
女子C「オッケー!」
俺は湧大とともに更衣室に行く。その途中で意外な人物と会った。
直「あれ、湧大と海斗じゃん」
女子E「あぁ!バド部の」
海斗「おぅ!直!……と」
……あれ、隣の…女子は…誰だっけ…誰だっけ誰だっけ誰だっけ…?
湧大「…野々崎さん。コン部か?」
直「ああ。鉄平を見なかったか?」
女子E「彼、一瞬で消えちゃって…」
湧大「すまんが…」
湧大は俺に目をやるが、俺は首を振り返す。
湧大「ごめんな。俺は見てねぇわ」
直「そっか…ありがとう。バド部頑張れよ!」
湧大「おう!」
女子E「エース頑張れ!」
海斗「…俺は?」
女子E「海斗も頑張れ!」
湧大「直に鉄平、そんで野々崎さんか。思えばコン部には天才ばっかだなぁ」
まあ確かに、直は理数の大天才であり、鉄平とあの女子もクラス1、2の天才だ。俺は湧大の言葉に肯定だけ返した。
そしてようやくクラブが始まった。
湧大「…16時15分。…よしっみんな準備できてんな。集合ー!」
湧大の号令とともに、十数人の部員が真円を形作る。3年の先輩はつい先日引退したばかりだ。ほんの少し小さくなった円に彼は続けて言う。
湧大「あと二週間で大会がある。だから実戦に近い練習を兼ねて、今日は最後にトーナメントをする。それでいいか?」
NOを出す部員は誰もいない。湧大はそれを確認し、スムーズにアップに取り掛かった。彼は部長になってまだ間もないのに、既に部員の心を掌握している。
アップと基礎の練習はあっというまだった。十分の休憩時間になった。湧大と副部長の二人は集まってトーナメントについて会議を行っている。
そしてまもなく号令がかかる。副部長の二人が呆れ顔なのが少し気になったが…
湧大「トーナメント発表するぞー。トーナメント表は俺が用意してたから、後はあみだくじで対戦相手を決めたぞー」
湧大はトーナメント表を輪の中心に置く。そして副部長が呆然としていた理由が分かった。
…どうしてシードが5人横並びで居るんだ…?そして何故準々決勝まで一直線になっている……?途中で線が交差してるのはどうしてだ…?
……?…?、?…………?……?
トーナメント表を見るんだという先入観があったのがダメだったのかもしれない。眼前にあったものは、まさに芸術作品だった。ある意味での絶望が俺を満たす。
海斗「なんか歪んでるけど…いいのか……これ…」
部員A「部長が大丈夫だと思ってるなら大丈夫だ」
部員B「新田先輩が言うなら間違いない!」
海斗「ほんとにこれでいいのか…(絶望)」
これもう人心の掌握とか超えて宗教だろ……。
こうして、歪みのあるトーナメント表をもとに練習試合を行った。
俺は高校でバドミントン部に所属してからバドミントンをやり始めた。まあいわば「ビギナー」である。だが…それが弱くてもいい理由にはならない。俺はこの部で誰よりも一生懸命に練習をしている自信がある。だから俺は、だれにも易々と負けるような真似はしない!
俺は順調に勝ち上がっていく。途中で負けてしまった人は、決勝戦まで地獄のランニングをやるようだ。これはより一層、負ける訳にはいかないな。
そして第三試合。相手は、レギュラー常連の猛者である。四対四。練習試合だということで五点先取となっている。互いにもう二試合をこなしてきている。お互い頰は赤く染まり、息は速くなっていた。相手がサーブを打つ構えをする。さすがレギュラー常連だ。その構えには少しの無駄もない。
コートに快音が響き渡る。打ち合いが始まった。
……なんと変幻自在な打ちだ!ドロップ、ドライブ、ハイクリア。フェイントも入れ込み、打ち合いは徐々に激化していく。シャトルの行方は激しく争われ、打ちはだんだん強く、低く、限界を狙うようになっていった。
ふと、相手がスマッシュを打つ構えをした。相手の動きをよく見れば、弾道はある程度予測できる。これではまだ点数を取られる訳にいかない。余裕を持って、後方で防ぐ。
次に飛んできたのはドロップショットだ。手前に飛んでくる。
…かなりきつい打ちだが、まだ対応できる。
しかし残念なことに、ここがターニングポイントのようだった。
ペースが完全に相手のものになった。スマッシュ、ドロップ。カットも混ぜられ、前後差により俺の体力はじりじり削られていく。もともと疲労困憊な体に、これはきつい。息は絶え絶えに、脇腹はキリキリと痛み、足の感覚は麻痺してきた。
だが俺は諦めねぇ。
動けている限り、勝機はあると知っているからだ。
5回ほどラリーをした後だろうか、相手はほんの少し甘えたショットを打ってきた。実際はそこまでのミスショットではない。本来はこんなもの無視して打ち返すものだろう。だが…チャンスに飢えた俺の目はその隙を見逃さなかった。
ここしかない‼︎
俺は全身全霊の力を込め飛翔する。ジャンピングスマッシュの構えだ。
俺のこの打ちは……絶対に返せない‼︎
破裂したような音と共に、審判の笛が鳴り響く。
俺の…勝ちだ。
礼を終え俺はそこらへんの椅子にもたれかかる。そして水筒に入っているお茶を飲んだ。氷入りだ。
あつあつに火照った体を、氷水が通り抜ける。口で、喉で、気管で、胃で、冷たさがのたうち回っている。
最高だっ………生きてるっ…‼︎
俺がお茶をがぶ飲みしている時だった。
湧大「おーい!海斗。お前勝ったか?」
海斗「…おう。バッチリ勝った!」
湧大「さすがだ海斗!次が準決勝で、左のコートでやることになっているが……」
海斗「?」
湧大「お前は今試合終えたばっかだろ。どうする?次の試合は、五分くらい休憩してからでもいいぞ」
後ろめたさの欠片もない。皮肉なんかではなく、本当におれを気遣ってくれているからこその言葉だ。だけど…
海斗「心配してくれてありがとう。でも俺はもう大丈夫だ。水分補給も済んだし、休みまくる訳にはいかねぇ。それに…」
湧大「…!」
海斗「どっちにしろ俺は負けるつもりねぇからな」
そう言い、俺は空気が震えるようなオーラを放つ。
湧大「……お前ならそうくると思ってたよ。…じゃあやるか!」
先程とは別のコートで、湧大と対面する。彼は小学生の頃からバドミントンをやっているらしく、その実力は全国でも戦えるほどのレベルに達している。もちろんこの部の絶対的エースだ。
サーブを打つ前の構えからもう只者ではないオーラを放っているように見えた。
対する俺は…やはり満身創痍だった。
はっきりと言うと……俺はもうさっきの戦いでボロボロだった。あの気迫だってただの虚勢である。俺も本当は休憩をすべきなのは分かっていたし、正直したかった。でも……なんの根拠もないが……何故か休憩した後の俺よりも、……今の満身創痍な俺の方が強い気がするんだ。
だから
俺は今、お前の前に居る。
彼の打った寸分の狂いもないサーブが弧を描く。何度かのラリーの後、打ち合いが幕を開ける…と思った。
だが、彼は俺の想定していた動きとは違う動きをしてきた。
彼はもうスマッシュの構えに移っていたのだ。
一瞬で決める気か……!
そう気付いた直後、俺の体はそれに対応すべく緊張状態になる。彼のシュートフォームには、一厘の無駄もない。彼は、辺りの空気が引き込まれているのではないかという錯覚を覚えるほどのオーラを纏っていた。
そして、彼に引き寄せられた空気が爆裂する。
俺は彼の動きから弾道が見えている……はずだった。
実際はラケットを振る音も、シャトルの発する破裂音も……ほぼ俺には聞こえなかったんだ。
この現状が意味することは……そう。これは彼の巧妙なフェイントだったのだ。スマッシュを打たれるはずだったシャトルは、ドロップショットにより俺から果てしなく遠くに落ちていく。スマッシュへの対応のために強張っていた俺の体はすぐには動かない。点に直結する、凶悪な弾だった。だが…
まだ…ここで終わる訳にはいかないだろう。
俺は俺自身に言い聞かせる。
動けている限り、俺に不可能などない‼︎
そして、俺は無理にでも加速する。執念のラケットが、シャトルに………当たった。勢いを殺せず俺は前のめりになる。
次の弾が来る。俺は顔を上げる。そして絶望した。
彼は次に、ジャンピングスマッシュの構えをしていた。そのオーラはもう先程とは比にならない。これはフェイントではないことは肌で分かった。だが彼の動きは速すぎて…弾道が予測できない。
諦めるな…!俺はラケットを振るうも……
コンクリートを鞭で叩いたような音がコートに鳴り響く。直後、彼の放ったシャトルは俺のラケットをすり抜けコートギリギリに着地した。
ここで一点取られ、そこからはすぐだった。もう体があまり動かなかったのだ。やっぱり休憩しておいた方が良かっただろうか、いやこの状態の自分でしか学べなかったことがあったと俺は結論付けた。
クラブ後
湧大「おっつー海斗!」
海斗「おーつかれさん。トーナメント、優勝おめっとさん」
湧大「おうありがと」
湧大は水筒のお茶を飲むも…勢いよく飲み過ぎてお茶が口から漏れた。彼のユニフォームをすこし濡らす。
湧大「でもお前も今日凄かったじゃねえか。あのドロップ、返されるとは思わなかったぞ」
海斗「そんでもお前には勝てなかったよ。強すぎ!」
湧大「まあ俺はずっと前からやってるからな。当然っちゃ当然だ。お前は高校からでそんなに強いんだから、凄ぇと思うぞ?」
海斗「そうかぁ?」
湧大「そうだよ。大会じゃ毎回優勝候補って言われてんだぞ、お前」
海斗「毎回お前に負けるから優勝出来ねえんだけどな」
俺は地味に彼から目を逸らしながら言う。…そろそろ勝てる感覚を掴めると思うんだがなぁ……。
そんな風に二人で話していると、そこに後輩部員二人が駆けてきた。
部員B「…あっ…あの!新田先輩!スマッシュの打ち方を教えて…欲しいん……ですけど…」
湧大「…!ああいいぜ。向こうのコートでいいか?」
部員B&C「…!…ありがとうございます!」
海斗「(…俺はー?)」
湧大はまだ疲れてるだろうに、後輩を教えにコートに入る。
俺は正直に言うと湧大は凄ぇやつだと思う。この部の中で一番強い…それもあるのだが、彼はそれでいてこの部で一番努力しているんだ。誰よりも練習に集中して、練習する意味を持てるようにしている。そして部長として彼は部員みんなを見ている。誰よりも献身的に部の為に奔走している。部長になってすぐで色々な苦労があるだろうに、弱音も吐かず精一杯やっている姿には俺含め、部員みんなの心が動かされている。部員みんながやる気を持って練習できているのは、部長である彼の背中を追いかけているからというのも一因である。本当に凄え。仲間として、彼は本当に頼れる奴だ。
…まぁ絶対に湧大の前では言わないけどな。俺にとってあいつはただ「いつか絶対超える壁」であるだけだ。
湧大「おーい!海斗。終わったから着替えて帰ろうぜ!」
海斗「おーっ。おっけ。お疲れさん」
あの海辺の道の途中、俺と湧大は別れる。俺は彼の背中を見送る。仲間として頼もしく、親友としては誇らしい背中だ。彼の姿が消えて、俺も帰り道を歩き出す。
海に落ちる夕暮れ。なんだか少し嬉しい気分だった。
何故なのだろうか。
いつも同じ、ただの日常。気怠げな朝が来て…昼にはそれが増幅し、軽く絶望する。でも夕暮れ、全てを終わらせた後、帰路に着くとき……何となく今日で良かったと思えてしまうのは何故なのだろうか。
今日家に帰ったら、俺は何をするのだろうか。きっと、無駄を過ごすだけだろうな。俺は努力家ではないし、崇高な趣味などもない。もう今日は何も出来ないと分かっているのに、今のこの全能感は何なのだろう。
これが「命の強さ」なのだろうか。生きていくための「防衛本能」だろうか。そんな哲学的なこと俺には分からない。だけど、俺には「青春」……いやそれ以前に「人生」を一歩一歩踏み締めて生きている実感があった。それで何となく、俺は人生に笑みを浮かべるような気分だった。
こんな世界が、明日終わってしまうんだ。
ウインドバイサイコー第一話
終わり




