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第三章

 忍達の気配が遠のくのを感じ取り、勇一は安心したように歩みの速度を落として、ほっとしたようにその場に立ち止まった。

「勇一!」

 その後を追いかけていた那美が、荒い息を何度かつきつつ勇一に近づくと、軽く勇一を睨み付ける。

 その視線に、勇一は疑問の色を顔面に乗せた。

「いくら須田君から離れたかったからって、歩くの早すぎ!」

「わ、わりぃ」

 そんなに速く歩いていたとは思っていなかったが、忍から離れたい一心だった事に気付かされ、勇一はばつの悪そうな顔でそう謝った。

 いつの間にやら阿修羅を追い抜き、先頭を切って歩いていたらしい。もっとも、阿修羅ののんびりとした歩きでは、いつの間にかその姿を抜いていただろうが。

 はぁ、と、大きく深呼吸をする那美を見ながら、勇一はふと先程の少年達の姿を思い起こす。

「あいつら……」

「あいつらって、さっきの連中の事?」

「あぁ。

 なんつうか、その、な」

「操られた節がある、と言いたいのだろう」

 勇一の言葉を説明するかのように、ゆったりとした足取りで近づきながら、那美の側で立ち止まったまま阿修羅はそう言を放つ。

 ことりと不思議そうに首を傾けた那美が、先程の少年達の動きを頭の中で反復しつつ、難しそうな顔で阿修羅に尋ねた。

「そうかな?あたしはそう思わなかったんだけど」

「俺だって、やっているうちに気がついたんだけどな……軽く暗示をかけられてるような眼をしてた。

 たぶん、目が覚めりゃ、自分達が何をしていたのか忘れているはずだ」

「え?それじゃ、成瀬さんは、関係なく巻き込まれたって事?」

「だろうな」

 どこか納得できないながらも、勇一は那美の言葉に相づちを打つ。

 気難しげな勇一の雰囲気に、那美は何かを言いかけて口を噤む。

 そんな勇一の姿に、阿修羅は当然のような言葉を放った。

「思い出してきているのだな」

「……断片的に、な」

 ここで嘘を並べたところで、何の意味も無い。

 勇一は嫌々ながらも、阿修羅の言葉に同意する吐き捨てるようにそう言い捨てた。

 心配そうに那美は勇一を見つめ、恐る恐る疑問を投げかける。

「思い出したって、どんなことを?」

「……戦場で、俺は何時も誰かと戦っている」

 血しぶきを上げて大地に伏す敵兵の返り血を浴び、周囲の敵を屠るために剣を振るう自分の姿しか、今は思い出す事が出来ない。

 どこか遠くを見つめながらそう告げた勇一が、阿修羅に視線を向けると真剣な瞳で問いかけた。

「俺は、前線で戦っていたのか?」

「私が説明するよりも、自分で思い出した方がよかろう。

 言ったところで、疑いを覚える可能性があるのだからな」

「確かに、な……けど、あんな血生臭い、思い出したくもない記憶は、正直、気が滅入る」

「だろう、な……」

「勇一……」

 阿修羅の瞳に浮かんだ深い悲しみと、心配そうな那美の表情を見、勇一は一瞬苦い表情をその顔に浮かべる。

 話すべきではなかったかもしれないと考えながらも、それでも口にせざる得ない自分の中の記憶は、余りにも鮮明で、自分の過去に何があったのかを知りたいと思ってしまう。

 だからこそ、勇一はまっすぐに阿修羅に視線を固定させ、はっきりとした口調で阿修羅に問いかけた。

「お前なら、知ってるんだろ。あの惨状を。

 頼む、少しだけでもいいから、話してくれないか?」

「本当に良いのか?おまえ自身が思い出さなければ、それはあくまでも伝え聞いた事にしかならないのだぞ」

「かまわねぇ」

「そう、か……」

 勇一のはっきりとした意思に、阿修羅は一つ溜息をつくと、過去を思い起こすために僅かに眼を細める。

 そこには、様々な感情が彩り、自分達が転生するまでの長い時を一人で過ごしてきた阿修羅の深すぎる悲しみがうかがえた。

「……あの戦で、我らは大敗した。

 天界の奴らは、戦えぬ修羅人(もの)達、それこそ女、子供、老人達すらも殺しつくし、全ての命を刈り取って、修羅界を荒涼とした大地に変えた」

「なっ……それって……地獄じゃない」

 那美が、眉を顰めてそう言い放つ。

 それにゆっくりとした肯定を示すように頷き、阿修羅は言を綴った。

「そうだ、な……地獄と言っても過言ではない状況だった」

「何が原因だったんだ?」

「以前にも言っただろう。

 人間界、いや、人間は滅亡するべきだと主張する神々と、それを阻み、人間を生かそうする神々の戦いのことを」

「俺達は、生かそうとする側だった、って話しか?」

「まぁそう急くな。順を追って話す」

 小さな苦笑を言葉に乗せ、阿修羅はゆっくりと噛んで含めるように二人に話し出した。

「何時の頃だったか、全ての世界を含む三千大世界に、小さな、だが、全ての世界を破滅に導くには十分な『歪み」が生まれた。

 その原因は、人間界にあると六道界の中心であった天界はみなし、人間達の殲滅を、という声が上がった。だが、それを鵜呑みに出来ず、異を唱える神々が存在した。

「それが俺達だった、って言ってたな」

「そうだ」

 小さく吐息をつき、阿修羅は少しばかりの自嘲を浮かべて勇一を見やる。

 どこか安堵の色をたたえた勇一の瞳とかち合った阿修羅だが、疑問を提示した那美の言葉に意識をそちらに向けた。

「でも、人間を滅ぼしたとしても、その『歪み』が消える保証ってあったの?」

「ないな」

「それって、理不尽じゃない」

「そうだ。

 だからこそ、戦いが起きた、といってもよい」

 教師が話すかのように、阿修羅は二人に向けて噛み続けるようにして話しを続けた。

「人間達の中には二つの心がある。すなわち『邪心』と『善心』だ。常ならば、それらは一定の釣合を保ちながら世界を保持し続けている。だが、それらが少しずつだが傾きを見せ、いつの間にか『歪み』が生じた。

 そう我らに説いたのは、天界の神、すなわち『覚者』と呼ばれる(もの)達だ。

 だが、その心根は我らにも当てはまる。我ら神族達も、昔から幾度となく戦を、己の中の『邪心』をむき出しにして闘ってきたのだからな。

 そうして、天界に反旗を翻したのは、人間達から『鬼神』や『邪神』と呼ばれ、恐れられている神々が多かった。

 やがて、その考えに賛同した神々は、八代龍王の長にして、修羅界の王である難陀(なんだ)龍王の元へと集まった。少数ではあったが、かなりの精鋭部隊や我ら八部衆が全力を持って修羅界を守るために闘った」

「そこまでする必要があったのかよ」

「あった、と言うべきだろうな。

 奴らは数にものを言わせ、我らを倒し、はじめから全てを根絶やしにするつもりだったのだから」

「でも、どうして人間界は戦に巻き込まれなかったの?」

 素朴な疑問を口にし、那美はじっと阿修羅の瞳を見据えてその答えを待っていた。

 強い視線は、勇一に通じるものがある。それは、どこかで見た事があるのだが、記憶の底を調べるには今はまだいいだろうと結論をだし、阿修羅は幾分か眼を細めて晴れ渡った青空を見上げる。

「隣接する世界ではないということもあったが、何より『歪み』の最たる原因ということもあったからな」

「それじゃぁ、人間界、ううん、人間は……」

「彼らは放っておいても自らの力によって滅亡する種だ。何も奴らが手を下す必要などは無い、と判断された。

 しかし、様々意味で、人間界は見放されている。物質面でも、精神面でも」

「どういうことだ?」

「物質面という点ならば、その昔に施した悪しきものの封印が解けつつあるということだな」

 その言葉を渋い顔で聞いていた勇一だが、ふと何かに気付いたように鋭い視線とともに振り返る。

 勇一の行動に、きょとんと眼を瞬かせた那美だが、林の中の一点を見つめるその表情を見て取り、すっと勇一から数歩後ろに下がった。

「視えるのか?」

「おかげさんでな。

 ……げっ、五匹もいやがる」

 心底嫌そうに勇一は息を吐き出し、僅かに眼を細めてくっと拳を握りしめた。

 それを合図にしたかのように、低い呻り声が空気を振るわせる。

 姿の見えないそれに、那美は表情を凍らせながらも、勇一達の邪魔にならぬ位置を探すように視線を周囲に走らせた。

「来る」

 その呟きが聞こえたのか。ぶわりと空気が膨れあがり、空間を切り裂くようにして巨大な獣が現れた。

(ぬえ)、か?」

「そうだ」

 満足そうな成分を含ませ、阿修羅は勇一の答えを肯定する。

 鵺と呼ばれたそれは、潰れた顔と薄汚れた茶色の体毛を全身に纏い、獣というには余りにも大きな体躯を持ち合わせ、蛇の尾をバタリバタリと地面に叩きつけている。不快感を見る者に与えるそれに、那美は軽く息を飲み込んだ。

「これが、封じられたもの?」

「そうだ」

 消そうにも消せない嫌悪感を押さえ、那美は阿修羅に尋ねる。

 それに答えた阿修羅といえば、見慣れた獣だという雰囲気でそれを見やり、苦々しげに溜息をついた。

「この程度のものならば、おまえ一人でも何とかなるだろう」

「はぁっ!」

「まぁ、お手並み拝見といこうか」

「てめっ」

 その会話を聞き終えたというわけではなかろう。鵺の一匹が鋭い爪を表しながら、勇一へと襲いかかった。

 不意の攻撃ではあったが、軽々と勇一はその爪をよけると、逆にその鼻面に拳をたたき込む。

 耳障りな悲鳴を上げ、鵺は怒りに燃えた瞳を勇一に向ける。

 それを眺めながら、阿修羅は那美を庇うように佇むと、その右手に一振りの太刀を出現させた。

 それを視た勇一は、真剣な口調で阿修羅に問いかける。

「どうやったんだ。今のそれは」

「自分で思い出せ。出なければ、殺られるぞ」

 小さく舌を打ち付けると、勇一はぼんやりと頭の中に浮かび上がる形を必死にかき集める。

 阿修羅に出来たことだ。自分も出来るはずだと信じると、勇一は鵺達の行動に注意を払いつつも、朧気なそれをなんとか明確なものにすべく記憶の底をひっくり返す。

 右手が、酷く熱い。

 ぽう、とともった淡い光が、勇一の掌に集まる。それを何とか形にすべく、勇一は神経をとがらせて自分の太刀の姿を思い起こし、カチリとその記憶と太刀の形が合致した途端に鳴り響いた音と同時に、その光をおもいきり握りつぶした。

 聞きにくい声とともに飛びかかってきた鵺を、勇一ははっきりとした形をとった太刀を迷うことなく振り下ろす。

 ばっと、気味の悪い色の体液が空中に踊り落ちる。切り裂かれた鵺は断末魔の声すら上げることも出来ず、ドサリと重い音を立てて地面に転がった。

 仲間の死に様を見てだろう。鵺達は警戒しつつ間合いをとり、何時でも勇一に襲いかかるためにがりがりと大地をかきむしる。

 ―あれが、沙羯羅龍王だと。

 物陰から気配を消し、その様子を眺めていた存在は、小馬鹿にしたような声を心中で上げた。

 その面には妖艶な笑みを浮かべているが、それは侮蔑の色が濃く出ている微笑だ。

 もしもそれを見る者がいたならば、それでも見ほれずにいられら無いほどの色気は放たれている。それ故に、その笑みは異質という言葉がピタリと当てはまった。

「恐れずに足りぬ、といったところか。それにしても……」

 くっと喉の奥をならし、それは自信に満ちた声を漏らした。

「あれならば、簡単に殺せるな」

 その確認だけのために、あれほど低級な獣を操ったのだ。少しばかり物足りなくはあるが、大切な駒をここで減らすこともあるまい。

 戻れ。そう簡潔に命を下せば、鵺達は不満げな空気を纏う。だが、それを押さえつけるように再度命令を鵺達の頭に送りつけた。

 渋々、というよりは、本能的に自分達を簡単に消せる存在のことを思い起こしたのか。じりじりと勇一達から離れ、鵺達は姿を消した。

「修羅界最強の闘神と名高い神達だ。どのような死に様をさらすのかな?

 まぁ、こちらを楽しませてくれれば、重畳と言うところだが」

 クツクツと喉を小刻みに動かし、それは優雅な動きでその場を離れるために足を踏み出した。

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