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第2話 ときめきに死す(5)

 電車を乗り継いで家に着くころには、周囲は暗くなっていた。

「パウラ、今日はお疲れ様」

「ウン」

「明日からまた学校だけど、気を引き締めていこうな。今日把握したサイキックを上手く使いこなせば、きっと身を守れる。大丈夫だ」

「ウン……」

 別れ際、俺の家の前でパウラに声をかけた。日本語が難しかったからだろうか、パウラはなんだかモジモジしている。まあヴィオレッタがテレパシーで通訳してくれると思うのだけれど。

 どうしたものかと俺がパウラの反応をうかがっていると、

「トーマ」

 彼女はそう言って、一歩俺に近付いてきた。

「なんだよ……って、っっっ!」

 俺が返事を言い終えた直後、パウラは俺の首に手を回し、顔を近付け、唇を重ねてきた。

 なんだろう。今日何度も何度も味わった感触だというのに、不意を突かれたからか何かが違う……って、ええっ! そんな……パウラさんっ!?


 パウラの舌が俺の口の中にぬるり、と侵入してきた。


「んんぅ、んっ」

 戸惑うばかりの俺をよそに、パウラが俺を蹂躙していく。初戦でしゃぶり尽くされた結果、防衛線があっという間に突破され、口内の各拠点は次々と陥落していった。もう、されるがままである。数秒のうちに俺はパウラに快感で完全に支配されていた。

「んん、んんんんっ!」

 白旗を揚げてもなお、パウラは俺をなぶり続ける。ぼぼぼ、暴君! 暴れん坊将軍!

「んんん、ん~~~~っ!」

 ていうかなにこれなにこれなにこれやばいやばいやばいとけるとけるとける。いろんなところをちゅくちゅくれるんれるんされてほわーんってほわーんって。

 頭の中が真っ白になって語彙力が激しく低下してきたところで、ようやく俺はパウラの舌から解放された。

「ハァッ、ゴチソウサマでしタ! ウマカッタ」

 顔を上気させて、唇についた唾液を指でそっと拭いながら、パウラがにっこり笑って言う。

「……」

 俺はといえば、バカみたいに口をだらしなく開けたままパウラを見るのがやっとです。ええ、立っているのがやっとです。

「トーマ、また明日ネ!」

「ああ……」

 それだけ返事をするのが精一杯だ。パウラは俺に手を振ると、飛び跳ねるような動きで自分の家へと入っていく。

 パウラの姿が見えなくなった後も、俺はしばらく呆然と立ち尽くしていた。今日二〇回目のキスは、とんでもなく濃厚なものになった……。


 動揺を親に気取られないように注意しながら夕飯を食べた後、俺は自分の部屋のベッドに寝転がり、悶々としていた。

 俺がパウラにしたかったことを、パウラの方からやられてしまった。あんな激しくされて、もうお嫁に行けない……男だけど……。

 いや、好きでふざけているわけではない。でもふざけていないと、パウラの舌の感触を思い出すだけでちょっともう、収まりがつかないのである。アレがアレなのである。

 というか、あんなことされてもう、我慢できるわけないだろうチクショウ! 健全な男子を手玉に取りやがってチクショウ! 褐色ドスケベボディチクショウ!

 興奮を抑えきれずティッシュに手を伸ばそうとしたとき、

『冬馬』

「うおおおおっ! びっくりした!」

 ヴィオレッタの声が脳内に響いたことで、俺はベッドから飛び起きた。

「なななななな、なにっ? なんだよ?」

『これ以上無いくらい動揺してるね……』

 冷めたトーンでヴィオレッタが言う。

『さっきまではパウラの意識の方にいたので、今度は冬馬の様子を見に来たのだけど……お取込み中だった?』

「いや、別に、そんなことは、ない」

 なんとか心を落ち着かせながら、俺は言った。

 ヴィオレッタは、その気になれば俺やパウラの深層意識まで見通し、乗っ取ることもできるという。だが良心に誓って必要以上にプライバシーへ踏み込みはしない、と言ってくれてはいる。あくまで俺たちの命を守るのが目的なのだと。そこは信用したいところだが……。

『なら、いいのだけれど。今日のサイキックの検証は有意義だったと思う。パウラのテレポートも、冬馬のサイコキネシスも、強化された後の使い方を君たち自身が把握できたのは大きい。冬馬とパウラが一緒に行動さえすれば、そう簡単に刺客に負けはしなくなったと思う』 

「そりゃどうも」

『それから、君たち二人がキスを繰り返して、親密になっている件だけれど。どうもパウラは舌まで入れてきたみたいね』

「ぶっ!」

 直球だったので、俺は吹いた。

「な、なんだよ。問題あるのかよ」

 動揺を抑えつつ、責めるような口調でヴィオレッタに問うと、

『全然無いよ、もう全く問題無い。恋愛関係になってくれても一向にかまわないと私は思う』

「……そうなの?」

 ヴィオレッタの答えに拍子抜けした。

『そうだよ。だって、君たちのサイキックの強化のためには、キスが必須条件なんだから。仲が悪いよりは、仲が良いほうがキスしやすいでしょう』

「そ、それはまあ」

『パウラの気持ちは私も理解している。どう応えるかは、冬馬しだいだよ。二人の関係が親密になる分には、私はどうこう口出ししない』

「……」

 ヴィオレッタと話すうちに、冷静になってきた。俺だって、パウラのことは大事だ。ようやく出会った仲間だし、明るく元気で、かわいいし。けど……。

「パウラの俺への好意は、吊り橋効果みたいなもんじゃないのか? という思いはあるんだ」

『危険に晒されたときのドキドキを恋愛感情と錯覚するっていうあれ?』

「そう。二人とも刺客に命を狙われているから、同じ境遇の俺を好きだと勘違いしてるだけなんじゃないか、とか……」

 我ながら後ろ向きすぎるかもしれない、と思う。しょうがないじゃないか、これまで一度もモテてないんだから!

『はあ。パウラの好意が吊り橋効果だったとして、何か問題ある?』

「えっ」

 ヴィオレッタにあっさりと言われ、俺は固まった。

『最初は勘違いだとしても、それが続けば何も問題ないんじゃないのかなぁ。結果的に相性が合うかもしれないし。冬馬は細かいことを気にしすぎなんじゃない?』

「……何も言えん」

『あまり思い悩まずに、できるときにできることを素直に楽しめばいいんじゃない、と思うんだ。……いつ、日常が壊れるかわからないんだからね』

「! ……そうかもな」

 いつ、どんな形で刺客に襲われるかわからないのだ。命も無事かわからない。だったら、ヴィオレッタの言う通り、ややこしく考えない方がいいのだろうか。

 俺は再びベッドに寝転がり、パウラの笑顔を思い浮かべた。また悶々としてしまいそうだった。


「トーマ、オハヨウ……」

 いつも通りチャイムを鳴らされたから外に出ると、いつになく緊張している様子のパウラが立っていた。顔を赤くして、俺に視線を合わせようともしない。

 事情は昨夜のうちにヴィオレッタから聞いた。パウラは高まった気持ちを抑えきれず、勢いで俺にあんな激しいキスをしたものの、家に帰って落ち着いた途端、激しく後悔したのだという。

『すけべだと思われたらどうしよう、って悩んでたよ。嫌われたくないって』

 ヴィオレッタには昨夜そんなことを言われたが、もう遅い。俺はパウラをすけべだと思ってる……良い意味で(?)。昨晩だけで、どれだけいやらしい妄想をさせられたか。

「おはよう、パウラ」

 なるべく自然な笑顔をこころがけつつ、俺はパウラに挨拶した。

「ウン……」

 小声で返事をして、パウラは恥ずかしそうに下を向いてしまった。なにこの昨日とのギャップ! あんな熱烈に舌を絡めてきておいて、そんな恥ずかしがるっ?

 頭がクラクラするのを感じながら、俺は意を決してパウラの左手を握った。驚いた顔で、パウラが俺を見る。

「行こう、パウラ」

 パウラの温もりを手で感じつつ、俺は彼女をまっすぐ見つめて言った。まだ日本語がじゅうぶんでないパウラにクドクド言うよりも、態度で示した方が俺の気持ちはストレートに伝わるはずだ。

「……ハイ!」

 ようやくちゃんと俺の顔を見てくれたパウラと歩き出す。

 学校まで手を繋いだままだったので、教室に入るとクラスメイトにからかわれたが、どうでもよかった。「手を繋いでましたが何か問題でも?」と言ってやった。


 その日、俺とパウラが中庭のベンチに並んで座り昼食を食べていると、白瀬先輩からスマホへ連絡が入った。一瞬、またお誘いかと予想する。だとしても、今の俺はもう惑わされないぜ。堂々と断ってやるのだ……と思いながら内容をよく読んだら、全然予想と違うものだった。

『用事があるので、悪いけど本日のオカ研の活動はお休み! ってことでよろしく~』とあり、俺だけでなくパウラや龍田にも送信されている。そりゃそうか。自意識過剰だったかもしれない。

「今日、オカケン休み、といウ意味?」

 同じタイミングでメッセージを見ていたパウラが、俺にたずねてくる。

 日本語の会話はかなり上手なパウラだが、読み書きとなるとまだまだわからないことが多い。あまり自身が無いようだった。

「そういうこと」

「ジャア、トーマ。学校終わっタ後、どこか行コ?」

 パウラが嬉しそうに言った。守りたい、この笑顔。

「あ、ああ。家に帰るまで時間もあるしな。買い物でも行こうか」

「ヤッタ~!」

 無邪気に喜んでくれる。ちょっとかわいすぎるんですが……。別に告白とかしたわけじゃないけれど、もう付き合ってると言っていいよね、これ! ねぇ!

 

 教室に戻り、五時限目の選択授業(俺は書道だ)の準備をしようとしていると、龍田が席で公民の教科書を読んでいるのが目に入った。勉強しなくとも成績は良いのに、珍しい。

「龍田、先輩からの連絡見たか?」

 俺が声をかけると、

「ああ。見た見た。今日はオカ研休みなんだろ」

「ああ」

「早く帰れてラッキーだ。何しようかねぇ」

 大して嬉しくなさそうに、龍田が言った。


 五時限目の書道が終わると、特別教室を出て一年生の教室へ戻る必要がある。けっこうな距離を移動するので廊下を早足で歩いていると、

「玄葉くん」

 と、声をかけられたので、俺は足を止めた。声のした右後方を見ると、階段の辺りにいる白瀬先輩が俺を手招きしている。

 なんだ、いったい。

 不思議に思いつつ、先輩の元へ近付いた。

「どうしたんです?」

「もうちょっと、こっちへ。あまり人に聞かれたくないから」

「はあ」

 先輩に促され、物陰に移動する。

「すいません、教室に戻らなきゃなんで、手短にお願いします」

 俺がそう言うと、先輩は申し訳なさそうな顔で、

「そっか、ごめんね。玄葉くん、教室に戻れないと思う」

「へっ?」

 先輩の言葉に耳を疑った瞬間、


「……っ!」


俺は激しい衝撃を感じ、床に倒れ込んだ。何か妙なものを手に持っている先輩が視界に入った。スタンガン……? 

 ニヤリと笑って見下ろしてくる先輩の表情に邪悪なものを感じながら、俺は意識を失った。


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