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第2話 ときめきに死す(4)

「ゴチソウサマでしタ! ウマカッタ」

「えっ! もう食ったのか?」

 俺はまだ半分程度しかカレーを食ってないというのに。右隣のカウンター席に座るパウラの皿は、大盛だったはずのカレーがきれいに消えていた。早ぇ。

「カレーハ飲み物」

「どこで覚えてくるんだ、そういうの」

 パウラの謎のボキャブラリーに疑問を抱きつつ、俺は急いでカレーをかっ込んだ。

 日曜日、俺とパウラは電車で一時間半かけて秋葉原にやって来ている。時間もお金もあまり無いので、昼飯は秋葉原駅前のカレー屋に入った。

 決して遊びに来たわけではない。土曜日にはヴィオレッタも交えて、刺客から俺たちの身を守るために何をすべきか話し合った。そのうえで、必要なものを買いに来たのである。決して遊びに来たわけではない。

 俺はカレーを食べ終え、口元を拭いて水を一口飲むと、真剣な目でメニューを眺めているパウラを見た。追加注文する気なのだろうか。時間も限られてるから勘弁してほしいが。この後で体を動かす予定もあるので、パウラはいつも通りのショートパンツスタイルだ。

「そろそろ出ようか」

「ハイ」

 返事をしてこちらを見たパウラの口元に、少しカレーがついていた。

「パウラ、ここ、ここ。カレーついてる」

 俺が言葉とジェスチャーで知らせるとパウラは、「オー」と言ってカウンターに置いてある紙ナプキンに手を伸ばし、途中で動きを止めた。手を引っ込めて、

「トーマ」

 と俺の名を呼び、こちらを見つめてきた。

「なんだよ」

 俺が言っても、口元にカレーをつけたままニコニコしているだけだ。

 ……。

 俺は紙ナプキンを取り、パウラの口を拭ってあげた。「アハー」と照れもせずにパウラが笑う。こっちが照れるんですけどね……。

 決して遊びに来たわけでも、デートでもないのである。


 店を出ると、パウラが路上のメイドさんに挨拶したり、座り込んでガチャガチャを興味深そうに観察したりするので足止めを食らいつつ、俺たちは目的地へと向かう。

 俺だって漫画やアニメは好きだし、こんな状況じゃなかったらいろいろ見て回りたい。しかし、優先すべきことがあるのだ。なんせ俺たち自身の命がかかっている。

「着いた、ここだ」

 初めて来た秋葉原に戸惑いつつ、スマホの地図アプリの助けもあって、なんとか俺たちは目的地に辿り着いた。横道に入ったところに立つ雑居ビルの一階に、その店はあった。

『女の子と一緒に入る店じゃないね』

 ヴィオレッタの声が聞こえた。

「わかってるよ、そんなことは。必要なものを買うためだ」

 そう答えつつ、俺とパウラは店に入る。薄暗い店内には、防犯ブザーからスタンガン、エアガンまで、様々な商品が所狭しと並べられていた。

 ここは防犯グッズや護身グッズ、サバゲー関連の商品などを扱っている店だ。ネットで調べて当たりをつけた。俺たちの住む麒麟谷市には、目的のものを売っている店なんかは無いし、ネットで買おうにも未成年への販売が禁止されていた。なので、秋葉原へ直接向かうことにしたのだ。

 物珍しそうに催涙スプレーを手に取っているパウラを置いて、俺はスリングショット……いわゆるパチンコが置いてないか探す。

 ゴムの反動を利用して弾を飛ばすスリングショットは相当の威力がある。ネット上の動画も見たが、アルミ缶に穴を開けていた。ものにもよるが、狩猟にも使われるほど殺傷能力が高い。

 当然、本来は人に向けて使ってはいけない。俺だって、そんな気は無い。自分たちの命が危険に晒されない限りは、だが。

 ……あった。店内の一角に、複数のスリングショットが置いてある。そちらも興味はあるが、俺はその下にあるものを手に取った。欲しいのは、スリングショットそのものではない。スリングショット用のスチール弾なのだ。


 八ミリのスチール弾を予算の許す限り買い込んでカバンに入れ、俺とパウラは店を出た。

『買い物完了ね。威力を試せる場所へ移動しましょう』

「ああ。もう秋葉原に用は無い。行こう、パウラ」

「エー」

 俺とヴィオレッタに対し、パウラは不満そうな声を漏らした。まだ秋葉原を回りたいのだろう。

「また今度来よう、な。安全になったら」

「……ハイ。ヤクソク」

「ああ、約束な」

 楽しいことだけ考えて、パウラといろんなところを回りたい。いつか、必ず。


 俺たちは秋葉原から電車に乗ったが、麒麟谷市へまっすぐ戻りはしなかった。途中にある駅で降り、そこからバスに乗った後、徒歩で目的地へ向かう。昨日のうちにネットで調べ、当たりをつけていた。

 一〇分ほど歩くと、広い河川敷公園が見えてきた。人の姿もちらほら見える。

「ココ?」

「ここだ」

 パウラに答えつつ、俺は河川敷を眺めた。サイキックを使うところを多少は見られるだろうけど、しょうがない。

 いつ襲ってくるかわからない刺客から身を守るためには、キスで強化されるサイキックを、俺たち自身が使いこなす必要がある、とヴィオレッタに助言された。それは俺もパウラも納得するところだ。

 だが、あの野良犬との戦いのときのような強力なサイコキネシスやテレポートを、街中で試すわけにもいかない。それに、麒麟谷市でサイキックを使っていると、俺たちの顔見知りに目撃される可能性が出てくる。騒ぎになると厄介だ。

 さらに、俺のサイコキネシスの問題もある。野良犬との戦いでは滑り台を動かしたが、そんなでかいものが、襲われたときに都合よくあるとも限らない。どんなときでもサイコキネシスで護身できるようにしておきたかった。

 そこで参考になったのが、俺の好きな特殊能力バトル漫画だった。あの漫画では、ライフルの弾丸を超能力で打ち出し、武器として利用していた。ライフルの弾丸はさすがに入手できないが、スリングショットの弾ならなんとかなる。サイコキネシスで飛ばす弾丸として利用できるか、試すことにしたのだ。

 同じように、パウラのテレポートも試しておく必要があった。強化されることにより、どこまで遠くへ、連続してテレポートできるのか、パウラ自身がよくわかっていない。

 敵の能力がわからない以上、せめて自分の能力はしっかり把握しておくべき、というわけだな。

 俺とパウラは、あらかじめ持ってきた空き缶をカバンから取り出し、地面に置いた。そこから一〇メートル程度離れる。的として利用するのである。

『さて、じゃあ始めましようか』

「ああ」

『ささ、早くキスしちゃって。ぶちゅーっと』

「変な言い方するなよ!」

「アハー」

 俺とヴィオレッタとのやり取りに笑ったパウラと、目が合った。パウラは真顔になった後、

「トーマ、来テ」

 と言って、目を閉じた。


 うう……。


 最初にキスしたときとは、状況が違う。あのときは命の危険が迫っていたこともあり、無我夢中だった。落ち着いた今、パウラとキスするのは相当照れる。だからって、やらないわけにもいかない! 

 俺は唾を飲み込むと、覚悟を決めてパウラの肩に手を置いた。ゆっくり顔を近付ける。

 改めてよく見ると、パウラは相当かわいい。必要だからじゃなくて、もっと自然にキスができたら……。

 そんなことを考えながら、俺はパウラにキスをした。唇の柔らかさと、ほんの少しカレーの香りを感じた瞬間、すぐに体の中から力がみなぎってくる。初めてのキスのときと同じだ。今ならなんでもできる、という感覚!

 俺はパウラから唇を離し、

「やるぞ。試すんだ、いろいろ」

「ハイ」

 パウラが微笑んだ。この笑顔を失うわけにはいかない。


 強化された状態での俺とパウラの能力を試してみると、格段にレベルアップされることを改めて感じた。

 パウラのテレポートについていえば、彼女の視界の及ぶ範囲であれば、どこまでも連続してテレポート可能ということがわかった。五回も連続してテレポートすれば、あっという間に数キロメートルは移動できることになる。おまけに通常時のようにパウラが疲れることもない。

 野良犬との戦いのときにわかってはいたが、パウラに触れていれば同時にテレポートできることも再確認した。手を繋いだまま河川敷からテレポートを繰り返して街中まで出たときは、パウラと一緒に意味もなく笑い合った。命が狙われている状況だというのに、単純に楽しくなったのだ、パウラの能力が凄すぎて。

 一方で、一気にどこまでも行けるというわけではない。テレポートにも制限はある。

 まず、パウラがイメージできる場所でないと移動できない。スマホでパウラに近所のお店の位置情報や外観の写真を見せても、それだけでは不十分だった。パウラ自身がその場所を具体的に想像できないとテレポートできないらしい。

 ではパウラがイメージできる場所ならどこへでも行けるかといえば、そうでもない。

 例えば俺の家や学校、あるいはパウラがついこの間まで住んでいたブラジルへ一気にテレポートできるわけではなかった。やはりパウラの視界の及ぶ範囲、という距離制限があるようだ。まあ、どこまでも行けるとなれば完全にどこでもドア級だもんな……。

「トーマとブラジル行きたかっタ」

 ポツリとパウラが言ったので、「またいつか、な」とだけ答えた。そう簡単に行けるものではないだろうが……。

『パウラの能力は、B級レベルと言ったところね。A級テレポーターは、一度行ったところであれば距離を問わずテレポートできる』

 頭の中でヴィオレッタの声がする。

『もっとも、A級テレポーターなんて、世界でも数えるほどしかいないけれど。B級でも大したものだよ』

「そうカナ」

「そうだよ」

 ヴィオレッタの言葉を聞いてパウラがこちらを見てきたので、俺はうなずいた。

 実際、戦闘なんかの特殊な状況でなければ、モノを動かすだけの俺よりも、パウラの能力のほうが余程役に立つのではないかと思う。


 そして、俺の能力のほうだ。検証によって、細かいところがわかってきた。

 まず、サイコキネシスの有効範囲は俺からだいたい半径一〇メートル以内。それ以上離れると、多少は動くものの、自由に操作するとまではいかない。

 次に、動かせる対象は基本的に無生物に限られる。石や空き缶は動かせたが、パウラや上空を飛ぶ鳥で試したが、動かすことはできなかった。

『相手の意志に逆らってまで動かすことはできないってことだよ』

 自らもサイコキネシスを使えるというヴィオレッタが言った。

『ここで考えてほしいのは、相手じゃなければ動かせるんじゃないか?ってところね』

「どういうことだ?」

 俺の疑問に、ヴィオレッタが答える。

『君自身の体ならサイコキネシスで動かすことも可能ってことさ』

 俺自身の体をサイコキネシスで操作する……? 

 当たり前だが、俺の体はもともと俺の思い通りに動く。つまり、普通はできないような動きが可能になる?

「……空を飛んだりできるってことか?」

『そういうこと。物は試しだから、やってみたら? あまり目立つわけにはいかないけどさ』

 ヴィオレッタに言われ、俺は物を動かすときと同じようにイメージし、自分自身にサイコキネシスを使ってみた。

「お、おおっ?」

 体が、浮いた! 俺の体がゆっくりと地面から離れ、三〇センチほどのところでふわふわと浮いている。

「スゴーイ!」

 パウラが手を叩いて喜ぶ。

『慣れれば、もっと自由に飛ぶこともできるよ。人に見られたら困るから、今はやめておいたほうがいいと思うけどね』

「ああ……。しかしこれ、完全に舞空術じゃん……」

 奇妙な浮遊感を味わいながら、俺は言った。つくづく漫画の世界だよ、こりゃあ。


 それから、秋葉原で買ったスチール弾の威力を試した。

 まず、俺から一〇メートルほどの位置に空き缶を置く。そしてスチール弾をポケットから取り出し、サイコキネシスを利用して空き缶を狙って思い切り飛ばす! スリングショットを使った場合とおそらくそう変わらないスピードで、弾が撃ち出された。

 五つほどまとめて飛ばしたスチール弾のうち、一つが空き缶に命中した。ガコン、という音とともに空き缶が地面に倒れる。見に行くと、スチール弾は空き缶を貫通していた。

「オー、強イ」

「けっこうな威力だな」

 正確性には欠けるけど、こうやってショットガン的な使い方をすれば、かなり強力な武器になる気がする。

 空き缶をさらに離れた位置に置いて試してみると、一応二〇メートルほどの距離までスチール弾は届いた。が、距離が離れるほど威力は落ちる。空き缶に当たっても倒すのがやっとで、貫通まではしていなかった。

 やはりサイコキネシスの有効範囲は一〇メートル前後で、それを超えると効果が無くなると考えていいようだ。

『うん、冬馬の能力もB級レベルみたいだね。A級であれば、有効範囲も威力ももっと高い』

「さいですか」

 ヴィオレッタの言葉に、俺は微妙な気持ちになる。人をAとかBとかEとかランク付けされてもなー。将棋のプロ棋士みたいだ。

 とはいえ、スチール弾が強力な武器になることがわかったのは大きい。身を守るためにも、常に持ち歩くことに決めた。持ち運びやすいのが便利だ。


 こうした俺とパウラのサイキック検証は、約二時間に及んだ。一方で、キスによるサイキック強化の効力が続くのは五分間程度である。

 つまり、五分経過してキスの効果が切れるたびに、再びキスする必要があった。休憩を挟んで合計十九回、俺とパウラはチュッチュチュッチュすることになったのである。

 最初こそ俺もパウラもいちいちドキドキしていたが、さすがに慣れてくる。一〇回を越えてくると、効果が切れて「パウラ」と俺が呼ぶと「ハイ!」とパウラが近付いてきて、彼女の方から気軽にキスしてくれるようになった。やがて唇が離れて、

「ありがとう!」

 とお礼を言って俺がスチール弾を撃ち出す練習を再開する、といった具合だ。なんかもう、挨拶するのと同じような気安さでキスしているぜ、はっはっは。

 ……本音では、唇を触れるだけじゃなくて、もっとこう、激しいのをしてみたい気持ちがある。だが、俺はどうにか理性でそんな欲望を抑えていた。

 周囲にちらほら人影があるし、そもそもパウラとキスすることは手段であって目的じゃない。サイキックが強くなるから、俺たち自身の身を守るためにキスをするわけで。いくらパウラがかわいくて俺のことを嫌ってないからって、好きにしちゃよくない。

 舌を入れるなんてもってのほかだ、いかんいかん! いかん、絶対! 俺がパウラを守るのだ。襲ってどうする!

 スチール弾をサイコキネシスで飛ばしながら、頭の片隅ではそんなことを常に考えていた。いまいち命中率が悪いのでは? とヴィオレッタにダメ出しされたのは、その影響もあるのかもしれない。

「よし、それじゃあ、そろそろ帰ろうかパウラ。今から帰れば、ちょうど夕飯だ」

 午後五時を過ぎたところでキスの効果が切れたので、俺はパウラに言った。

「アー……」

 パウラは一瞬さびしそうな表情をしたように見えたが、

「ハイ、わかっタヨ」

 すぐにいつもの笑顔になった。


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