第2話 ときめきに死す(2)
「そんなわけで、彼女が新入部員です」
「パウラ・ヴェルメリオでス。ヨロシク、お願いマス」
まだ日本語の読み書きが上手くできないパウラががんばって書いた入部届を受け取ると、
「ついに女子の新入部員が……」
と、白瀬先輩は感動しているようだった。
放課後、俺とパウラはオカ研の活動場所である空き教室へ向かい、白瀬先輩と龍田にパウラが入部する意向を伝えた。
「部長の白瀬です。よろしくね、パウラちゃん」
「ハイ!」
「失礼だけど、どちらの国から……?」
「ブラジルでス」
「ブラジル! いいところよね! チュパカブラとかバイーア・ビーストとか!」
先輩が興奮している。サッカーとかリオのカーニバルじゃなくてUMAが出てくるところが先輩らしい。パウラはといえばよくわかってないようで、頭から?マークが浮かんでいるように見える。
「おい、玄葉」
龍田が俺に小声で話しかけてきた。
「パウラちゃんはお前の能力のこと知ってるのか? オカ研で活動する以上、サイコキネシスについて秘密にするのは難しいと思うんだが」
なんだ、そんなことか。
「知ってるよ。じゃなきゃ、オカ研に入れさせないよ」
「それもそうか」
一方で、パウラのテレポート能力については龍田にも先輩にも話す気は無い。パウラにも口止めしている。どこから漏れるかわからないし、それが刺客に狙われることにもつながる可能性だってある。念には念を入れることにしたのだ。
「パウラちゃん、ここにある本はいくら読んでもいいからね。家に持って帰ってもいいし。なんなら日本語の勉強に使ってくれても」
「ハイ、アリガトございマス」
先輩は楽しそうに、オカルト系の本や雑誌が並べられた本棚をパウラに紹介している。いや、オカルト本から日本語を勉強するのもどうなんだ。変な言葉覚えそう……。
「アー、これ、トーマの部屋にもあっタ」
『月刊マー』を手に取り、パウラが何気なく口にした。
「え……?」
先輩が動揺している。眼鏡がずり落ちてるし。
「玄葉くん、もうパウラちゃんを部屋に連れ込んで……?」
眼鏡の位置を直し、先輩が俺に問いかけてくる。
「そうですけど、連れ込むって、言い方! 話したり漫画読んだりしてただけですよ!」
「高校生男女。スタイルが良く積極的な彼女。狭い部屋。何も起きないはずがなく……」
「龍田ァ!」
「珍しいね、玄葉くんが顔真っ赤にするなんて」
「え? ……まあ、はい」
先輩に言われ、俺はやや冷静になった。そんなに赤くなっていたのだろうか。キスしたことが知られたら、余計にいじられるだろうな……。
当のパウラはと言えば、俺たちの会話の意味がよくわからないのか、『月刊マー』をパラパラとめくっている。
「そうそう、パウラちゃんの歓迎会もしなきゃね」
先輩が楽しそうに言う。
「いいですね」
「じゃあさっそく今日! と言いたいんだけど、私は病院に行かなきゃだから、明日でいいかな?」
「いいですけど……」
「病院って、大丈夫ですか? 体調悪いんですか」
龍田が心配そうに言った。
「んー、まあ、ちょっとね。そんな気にするほどじゃないんだけど、念のためって感じ」
そう言う先輩の様子は、具合が悪そうには見えなかった。
「センパイ、いい人だネ」
「ああ。俺の能力を知ってもなんだかんだ黙っててくれるし、いい人だと思うよ、俺も」
オカ研での活動(ほとんど雑談だけで終わった)の後、俺とパウラは一緒に下校していた。昨日のように襲われる可能性だってある。バラバラに行動するわけにはいかないのだ。
昨日サイキック犬に襲われた公園の前を通りがかると、立入禁止のテープが張られていた。俺がサイコキネシスでぶっ倒した滑り台は見えない。もう運ばれたのか。警察の捜査が行われているのだろう。
「俺のやったこと、たぶん器物破損だよなぁ……。警察に捕まったりしないよなあ」
『サイコキネシスで破壊しただけで、触れてないからね。大丈夫なんじゃない?』
ヴィオレッタののほほんとした声が頭の中に聞こえた。
滑り台が破壊された件は、今朝の新聞にも小さく載っていた。両親が話題に出すことはなかったが、俺は不安になった。
今後敵に襲われたとき、サイキックを強化して撃退したとしても、派手にやらかすと騒がれる可能性があるんじゃないか。
……ヤバくない? 対策を考えておく必要があるかもしれない。
「あ! ていうか、防犯カメラ! もし防犯カメラに昨日の俺たちの映像が残ってたら、バレバレなんじゃないか」
事件のニュースでよく防犯カメラの映像が流れるのを思い出し、俺は不安を口にした。だが、
『ああ、そこは大丈夫だよ。ここの公園は小さいからか、防犯カメラが設置されていなかった。その点は確認したよ』
ヴィオレッタの言葉で、俺は落ち着いた。
「そ、そうか。良かった……」
『もしかしたら、敵も防犯カメラが無いことを確認のうえで、ここで襲ってきたのかもね。でも、昨日の件でこの公園にも設置されるんじゃないかなあ』
「ありそうな話だな」
『君たち自身の身を守るのが最優先ではあるけど、騒ぎにならないことを考えるのも大事かもね、確かに。ちょっと考えてみるよ』
「おう。パウラも、その辺は考えておこうな」
そう言ってパウラの方を見ると、彼女は道路の向こうをボーっと見つめていた。
「パウラさーん?」
「アー、ハイ!」
あわててこちらを振り返る。
「何見てたんだ?」
「アレ」
パウラが指さした方向を見ると、ファミレスがあった。
「センパイが明日行きタイお店考えテ、言うから、考えてタ」
「ああ……」
「肉、食べタイ」
パウラが目を輝かせている。
「パウラ、本当に食べること好きなのな」
「ハイ!」
勢いよく返事をするパウラに、
『ふふっ』
ヴィオレッタの笑いが頭の中が響いた。彼女が笑うのを聞くのは初めてかもしれない。
で、翌日のオカ研。ちょっとした事件があった。
「あら、みんな来てたんだ」
俺とパウラ、龍田が先に空き教室にいるところへ、白瀬先輩がやってきた。やってきたのだが……その姿にぎょっとしてしまった。
見たことのない美少女がいたからである。
まず、眼鏡をしていない。さらに、長かった髪は切られて肩辺りまでの長さになっており、少しパーマがかっているように見えた。一気に垢抜けたというかなんというか。
俺は戸惑って口がきけなかったが、最初にリアクションを取ったのは龍田だった。
「ど、どなたですか」
「やだ、龍田くん本気で言ってる? 白瀬だよ」
「……」
龍田があんぐりと口を開けている。
「センパイ、カワイイ!」
「ありがとう、パウラちゃん!」
パウラのこのうえなく素直な感想に、先輩が笑顔で手を振って応えた。俺は先輩にたずねる。
「先輩、どうしたんですか、いったい」
「どうしたって、なにが?」
「とぼけないでくださいって。見た目のことですよ。眼鏡はしてないし、髪型だって……。なんでいきなり、イメチェンしちゃってるんです」
「なんでだと思う?」
先輩が上目遣いで俺を見てきた。どうしたって、昨日までとのギャップにどぎまぎしてしまう。
「質問に質問で返さないでくださいよ……」
まともに視線を合わせることができず、俺は横を見ながら言った。
その後は、予定通りパウラの歓迎会となった。パウラのリクエストにより、学校近くのファミレスが会場だ。まあ歓迎会と言っても、晩飯食ってしゃべるだけである。
「ウマイ! ウマイ!」
とか言いながら、パウラがカットステーキにかぶりついている。本当にうまそうに食うよね……。向かいの席に座るパウラを見ながら、俺はハンバーグを口にした。
「あ、ダメだよ玄葉くん、口にソースついてる」
「えっ」
隣に座る白瀬先輩の声でそちらを向くと、
「じっとしてて」
先輩が紙ナプキンで俺の口周りを拭いてくれた。こ、これは……。
「はい、これで良し」
先輩がにっこり微笑む。
「あ、ありがとうございます……」
さすがに照れる。顔が熱くなっているのを自覚した。
ふと、向かいの席から視線を感じたのでそちらを向く。パウラと龍田が無表情でカットステーキを食べながらこちらを見ていた。
パウラが夜道をずんずんと早足で歩いていく。ついていくためには俺も意識して歩くペースを上げる必要があり、結構大変だ。
ファミレスを出て先輩と龍田と別れたときには、もう夜七時三〇分を過ぎていた。けっこう暗くなっている。
いつ敵に襲われるかわからない以上、俺とパウラは極力離れるわけにいかない……のだが、パウラは俺のことなどお構いなしに家路をハイペースで歩いてゆく。
「おーい、パウラさん」
「ナニ?」
「危ないよ。暗いし、いつ奴らが現れるかわからないんだから、そんなに早く歩かなくても……」
「トーマがワタシ追いかけレバイイ」
「そりゃそうなんですけどもね……」
歩きながら俺が声をかけると、一応返事はしてくれる。しかし足は止めないし、振り返ってもくれない。
「な、なんか怒ってる?」
「怒ってナイ。なんでワタシ怒ル?」
これまでにないほど無感情な口調だった。
ん、ん~???
……そうこうするうちに、無事に家にたどり着いた。雰囲気はよくないが、とりあえずは良しとしておこう。
「それじゃあな、パウラ。また明日」
「ハイ。バイバイ」
パウラは今度はさすがに俺の方を見て、手を振ってくれた。が、家のドアを閉める音が、なんかいつもより荒々しかった気がする。
「……なあ、俺たちの様子を見てるんだろ」
俺は家に入る前に、ヴィオレッタに話しかけた。
『見てるよ』
歓迎会の間はずっと黙っていたヴィオレッタの声が、頭の中に聞こえる。
「パウラの様子がおかしいこともわかってるんだろ?」
『まあね。君を通さず、パウラとだけ女子同士の会話をしてることもあるよ、実は』
そんなこともできるんかい……!
「じゃあ、パウラの機嫌が悪い事情も知ってるのか」
『教えてくれってこと?』
「ああ」
ヴィオレッタはため息をつくと、
『とりあえず、自分で考えてみたら? 君たちの命を守る手助けはするけど、必要以上にプライベートに踏み込むのは控えてるので』
落ち着いた声で言った。
「そ、そうか」
仕方ない。明日からのパウラとの雰囲気が気まずくなったら嫌だけど、どうしようか。
と、そう考えながら玄関のドアノブに手をかけたとき、俺のスマホが鳴った。メッセージアプリに着信が入っている。
白瀬先輩からだった。
『玄葉くん、今日はお疲れ様! もうおうちに帰ったころかな? さっそくなんだけど、あさっての土曜日って空いてる? お買い物に付き合ってくれたら嬉しいんだけど、どうかな?』
……どうしよう。