エピローグ すみれの花が咲く頃に
待合室でおとなしく座り、受付で退院手続きをしてくれる母さんを待っていると、玄関の自動ドアからパウラとヴィオレッタが入ってくるのが見えた。手を振ると、二人はすぐ俺に気が付く。
「トーマー!」
パウラが駆け寄ってきて、俺の隣に腰を下ろした。
「アハー」
いつものように笑いかけてくれる。……すっげえ抱きしめたい。人の目があるから無理ですが!
「あら、パウラちゃんも、ヴィオレッタさんも、わざわざありがとう」
手続きを終えた母さんがこちらにやってきた。
「コンニチハ!」
「こんにちは」
パウラは元気よく、ヴィオレッタは落ち着いた調子で母さんに挨拶する。ヴィオレッタは見た目はパウラに似ているが、性格は俺に近いのかもしれないな、と思った。
ガソリンスタンドでの戦いの後、限界までサイキックを使った俺は意識を失い、救急車で病院に運ばれたそうだ。目覚めたときは、半日以上経過していたらしい。ただでさえ火傷を負っていたことに加えて衰弱が激しく、そのまま入院することになった。
一週間に及んだ入院生活中には、家族や龍田、白瀬先輩がお見舞いに来てくれた。さらには、警察官までが俺に話を聞きたいとやってきた。
意識を取り戻して落ち着いた後に俺が心配していたのは、今回の事件がどのように処理されるのか、ということだった。
俺の家に放火したのは、龍田の肉体を乗っ取ったオウロだ。しかし、警察がそんなことを理解してくれるとは思えない。
もし龍田が火をつける様子が目撃されていたら、龍田が逮捕されることになる。そもそも、龍田自身にオウロに操られていた際の記憶が残っていたら、自責の念で苦しむことになるんじゃないか。最悪、俺が自首して罪を被ってもいいと思っていた。
そして、ガソリンスタンドでの騒ぎだ。あのときはとにかく、爆発を防ぐことと人を避難させることで精一杯だったが、どう考えても大勢の人に俺とパウラ、ヴィオレッタのサイキックを目撃されている。
良いことをしたのは間違いないのだが、超能力者だと知られたら政府に監視されたりするのでは……。オカルト研究会的には、そんな不安を抱いてしまった。
しかし、ヴィオレッタの圧倒的なサイキックの力が俺の不安を吹き飛ばしてくれたのだった。
「A級サイキッカーの私に任せてよ。実体化した今、サイコキネシスとテレポートだけじゃなく、テレパス能力も自在なんだから。記憶操作も認識阻害も思いのままよ」
ヴィオレッタは、心配する俺に対してさらっとものすごいことを言った。恐ろしい子!
彼女の対処は完璧だった。俺が意識を失っている間に、龍田やガソリンスタンド周辺にいた人物の精神にサイキックで干渉し、認識を阻害。さらにはガソリンスタンド近辺の防犯カメラも破壊して回ったという。
俺とパウラは『ガソリンスタンドに放火しようとしていた怪しい男を取り押さえようとした。その結果として火傷を負い、男には逃げられてしまった。サングラスやマスクのせいで男の特徴はわからない』ということで口裏を合わせた。
さらにヴィオレッタはガソリンスタンドにいた人たちにも同様の暗示をかけたのだという。
俺に話を聞きに来た刑事からは、数日前には俺の家が放火されていることもあり、そんなに偶然が続くものか? と怪しむ視線を少し感じた。
とはいえ、証拠は無い(実際、俺が放火したわけじゃないから当然だ)。逮捕されるなんてことは無さそうだ。申し訳ないが、存在しない放火犯を追いかけてもらうしかない。
記憶操作のおかげで何も知らない龍田と白瀬先輩は、心から俺に同情しているようだった。文化祭の準備を手伝えないことを謝ると白瀬先輩は、
「いいのいいの、気にしないで。パウラちゃんは玄葉くんのお世話なんかもあるだろうし、龍田くんと二人で頑張るから」
と言ってくれた。龍田はうんうんとうなずいていた。どこか嬉しそうでもあった。この際に二人の仲が接近していい感じになってくれれば、危険に巻き込んでしまったせめてものお詫びになる……のだろうか。
そして俺やパウラの家族に対しても、ヴィオレッタのテレパス能力による干渉は行われた。ヴィオレッタは『日本に旅行にやってきたパウラの親戚の大学生』という設定で皆に暗示をかけ、パウラの家に滞在している。
端から見ると、仲の良い姉妹のように思われるだろう。実際は親子なのだが……しかもパウラの方が母親なのだが……。
そう、親子なのだ。ヴィオレッタは、未来で俺とパウラの間に生まれる子どもなのだ。
入院中、病室で三人だけになったタイミングを見計らい、ヴィオレッタが説明してくれた。
「もうわかってるでしょうけど……以前話した、第二世代サイキッカーの先駆けと呼ばれる君たち二人の子ども、それが私なの」
「だったら、素直に言ってくれればいいのに」
俺が不満を口にする。
ヴィオレッタが未来から来たということを話してくれたとき、彼女は自身が俺とパウラの子どもだとは言わなかった。『彼』などと、あたかも別人かのような口ぶりだったのだ。
「ごめんね。やっぱり、必要以上に未来の情報を与えると、未来が改変される恐れがあるからね」
ヴィオレッタが気まずそうに謝る。その表情は、やはりパウラと似ている。パウラも数年後には、こんな雰囲気になるのだろうか。
「いろいろ聞きたイナー」
「だからダメなんだってば!」
パウラに袖をつままれ、ヴィオレッタは困っていた。
ヴィオレッタ曰く、俺とパウラにキスをさせたのは、ヴィオレッタが誕生する因果性を一時的に上昇させるためだったという。
それにより、ヴィオレッタの強大なサイキックを俺とパウラに付与し、一定時間だけサイキックを強化することができた。愛の力なんてふざけて言っているのだと思っていたが、言い得て妙だったのだ。
「でも、何度キスを繰り返したからって、私が生まれることが確定するわけじゃない。もっと、その、エッチなことをしたとしても、それは同じ。より因果性が高まれば、私自身がこの時代に顕現できるとわかっていたけど、その手段はわからなかった。自分たちと、罪の無い人たちが命の危険に晒されることで、初めて君たちの心が深く結び付き、最後の一押しになったわけだよ。あのときも言ったけどね」
少し顔を赤くしながら、ヴィオレッタが言う。
「因果性が高いレベルで安定した今となっては、数日経過してもこの通り、私は実体として存在し続けている。これはすごいことだよ。もっとも、もし君たちが喧嘩して別れるなんてことになれば因果性が下がって、この時代にいられなくなるかもしれないけどね」
「そんなこと絶対無いヨ~」
間髪を入れず、パウラがヴィオレッタの言葉を一蹴した。
「ネェ、トーマ」
「お、おう……」
キラキラした目で俺を見てくる。ちょっと、胸が熱くなってしまった。この娘の気持ちに応えたいという思いが、さらに強くなる。
「はぁ。ごちそう様です」
そう言って、ヴィオレッタが苦笑いを浮かべていた。
そして今、
「トーマ、アーンだヨ、アーン」
「あーん」
「……本当に、ごちそう様です」
パウラがプリンをスプーンで俺に食べさせてくれている様子を見て、またヴィオレッタがつぶやいている。呆れているようにも聞こえる。
「しょうがないだろう! 右手の火傷がまだ治ってないんだからよ!」
プリンを嚥下した後で俺は弁解する。火傷が最も激しかった俺の右手には、まだ包帯が巻かれている。一人で食事を取るのは、なかなか難しいのだ。
今、俺たちは家族で一時的に生活しているマンスリーマンションにいる。
俺が今日退院となったため母さんが車で迎えに来てくれたのだが、諸々の手続きや買い物ですぐに出かける必要がある。だから、母さんが帰ってくるまで今日はパウラとヴィオレッタが俺の面倒を見てくれることになったのだった。
「別に火傷が治ってモ、いつでも食べさせたげルヨ」
パウラがにっこり笑って言う。
「っ!」
息が止まりそうになった。天使かな?
「ハイ、アーン」
「あ、あーん……むぐむぐ」
再び差し出されたスプーンを口に加え、俺はゆっくりプリンを味わった。
病院だと看護師さんの目もあるからそうイチャイチャするわけにもいかなかったが、天国かな、これ。幸せすぎる……。
「もう、見てらんないわ……。この歳になって、若い両親のこんな様子を目にするのはきつい。きつい……」
ヴィオレッタが目を閉じ、悟りを開いたような表情をしている。
「未来のワタシたちも、こんな感ジ?」
「……ノーコメントとさせて。何度も言ってるけど、必要以上に未来の情報を与えるわけにはいかないの」
パウラの質問に、ヴィオレッタがつれなく返した。パウラは不満げに、
「ツマンナーイ」
「はいはい、ごめんね。……未来、ね。君たちには未来でも、私にとっては戻るべき現在なんだよ。いつまでも、この時代に留まるわけにはいかない。冬馬も退院したことだし、もうそろそろ、いるべき時代に帰らなきゃ。……明日、帰ろうと思ってる」
ヴィオレッタの言葉に、俺とパウラは息を呑んだ。
何を話せばいいのかわからないまま、歩く。歩く。ただただ歩く。
翌日の日曜日、俺とパウラ、ヴィオレッタは別れの場所を探して住宅街を歩き続けていた。二人分のアポイタカラを破壊さえすれば、ヴィオレッタは未来へ戻る。
なので、どこで別れても問題は無いのだが、なんとなくパウラの家で二人と合流した後は外に出ていた。最低限の会話以外はほぼ無いまま、当てもなく歩いている。
「……この辺りの様子は、ヴィオレッタのいる未来では変わらないのか?」
沈黙に耐えられず、俺はそうヴィオレッタに問いかけた。
「だから、未来に関する情報は」
「いいじゃないか、それくらい」
「……そうだね。そんなに変わってないかな。と言っても、私も詳しくは無いのだけど。子どものころに、祖父母に会いに来たときに何度か来ただけだから」
「そうか……」
祖父母というのが俺の両親を指しているのか、パウラの両親を指しているのかわからなかったが、そこまで突っ込んで聞く必要もないかと思った。
他にも、気になることは山ほどある。
俺とパウラは、これからどんな人生を歩むのか。
俺とパウラのサイキックはE級レベルのままなのか。
サイキッカーが増え続けて、どんな世の中になっていくのか。
そして、君の本当の名前は何というのか。
だが、例えしつこくたずねても、きっとヴィオレッタは教えてくれないのだろう。だから、あえて聞こうとは思わない。それに、もし知ってしまったらこの先がつまらなくなりそうだ。
過去から学びつつ、現在を手探りでヒイヒイ言いながら生きて、未来を作っていくのが人間のあるべき姿なんじゃないか。
未来を知った状態で生きるのは、なんかこう……卑怯なんじゃないか。
入院しているときから、ぼんやりとそんなことを考えるようになった。
「ア、ここはドウ?」
パウラの声で、俺は我に返った。
目の前にあるのは、公園だった。野良犬に憑依したオウロに襲われ、初めてヴィオレッタに出会った場所だ。
「いいかもな」
「じゃあ、ここにしますか」
俺たちはゆっくりと公園に入る。
以前は立入禁止になっていたが、すでに解除され、俺がひっくり返した滑り台も元通りにされている。日曜日の昼間だからか、けっこうな数の親子連れが遊んでいた。
「私が消えるところを見られるかもしれないけど、まあ問題ないでしょう。見間違いだと思ってくれるだろうし」
公園を走り回る子どもたちを優しく見つめながら、ヴィオレッタが言った。
そして、俺とパウラでヴィオレッタを挟む形でベンチに腰を下ろす。
「ふう」
ヴィオレッタが一息つく。
「本当にもう帰るのか? やっと落ち着いたんだし、もっとこの時代でゆっくりしていっても……」
俺がそう言うと、
「いいよ。冬馬が入院している間に、パウラといろんなところを見て回ったし」
「そうなの?」
「ウン、おいしイものいっぱい食べタ」
「聞いてねえぞ……」
「いいでしょ、別に。これからパウラと二人でどこへでも行きなさいよ」
「ああ……」
「それで私が生まれたら、いろんなところへ連れて行ってあげて」
ヴィオレッタは立ち上がって、くるっと振り返り、俺たちを見てきた。
年上だけど、俺とパウラの娘。頭では理解できるのに、実感は全然無い。たぶん、それはパウラも同じだと思う。
病院で俺が意識を取り戻したときを除けば、俺たちのことを『お父さん』『お母さん』などと呼ばない。『冬馬』『パウラ』『君たち』『あなたたち』だ。呼ばれても、こっちもしっくりこないだろうしな。
「今思うと、あなたたちはこの時代で私と出会っていたんだよね。けれど、そのことをずっと黙っていた。そのうえで、私が強力なサイキックとなんとか折り合いをつけて生きられるよう、よく考えて育ててくれた。あのオウロやジルバラみたいに、能力に溺れないように。大したものだと思うよ。……今のあなたたちに言ってもピンとこないだろうけど」
「ああ、全然ピンと来ない」
「アハー」
ヴィオレッタが柔らかい笑顔を見せてくれた。パウラそっくりだった。
「……そうかもね。まあ、私は元の時代に戻ったら、お父さんとお母さんにお礼を言っておくよ。こっちの時代に来るときはバタバタしてて、言いそびれたから」
「そうか、ヴィオレッタは帰ったらすぐに俺たちに会えるんだな。でも、俺たちはそうもいかないか」
「ええ、数年先の話ね」
「遠いなぁ……」
そのときは、生まれたばかりの赤ちゃんに『よお、久しぶり!』とでも言えばいいのか?
「まあ、その日を楽しみにしててよ」
「ウン!」
「ああ。楽しみにしておく」
ヴィオレッタは俺たちがうなずいたのを確認すると満足したようで、
「さて! それじゃあ、帰ります。精神体に戻ってアポイタカラに入るから、それを壊してね。そこまでしてくれないと、帰れないから」
「……わかった」
「じゃあ、これで……」
「待っテ待っテ!」
パウラがそう言って立ち上がると、
「最後だから、ギューしよウ、ギュー」
ヴィオレッタの元へ駆け寄り、そのまま彼女をハグした。
「わっ! ちょ、もう……」
ヴィオレッタは驚いたようだが、すぐにパウラの背中に手を回して、ぽんぽんと優しく叩く。見ていて、暖かい気持ちになる。
やがてパウラは抱き合ったままで首をこちらに向け、「トーマも!」と俺を呼んだ。
「俺っ? 俺はいいよ、恥ずかしい……」
「ダメ! トーマも来ル!」
パウラはヴィオレッタから離れると、俺の左手を引っ張り、無理やり立ち上がらせる。
「ハイ! ヴィオレッタとギューすル!」
「えええ……」
ヴィオレッタも困っているようだが、
「あきらめなさいよ。こうなったらパウラはてこでも動かないから。私のいる時代でもね」
「そうなの? ……そっちは嫌じゃないのか」
「別にいいよ。今の君はまあ、見ようによってはかわいいし」
「見ようによっては」
「元の時代のお父さんだったら、ハグなんて絶対に嫌だけど」
「嫌われてるな未来の俺!」
「ハイ、ギュー!」
パウラによって半ば無理やり、俺とヴィオレッタは抱き合うことになった。照れくさいが、不思議とドキドキはしなかった。肉親だからなのか。
「ウム!」というパウラの声が聞こえ、しばらく抱き合っていた俺とヴィオレッタの体は離れた。ヴィオレッタは苦笑しながら、
「やれやれ……。じゃあ、今度こそ帰るからね」
「ああ」
「元気でネ」
「ええ。二人とも、ずっと仲良くね」
それだけ言うと、ヴィオレッタの姿が一瞬で消えた。何の痕跡も残さず、本当に一瞬で。
「……あっさりだな」
「ウン」
「で、このアポイタカラを壊さなきゃならんわけだ」
俺は左手首に巻いたアポイタカラを見た。以前は右手首に付けていたが、火傷のせいで包帯を巻く必要があったため、左手首に巻き直したのだ。
パウラも自分の二の腕からアポイタカラを取り外している。
「足で踏ん付けて壊してもいいけど……なんか嫌じゃないか?」
「ウン。手で壊スほうがイイ」
結局、アポイタカラをコンクリートブロックにぶつけて壊すことにする。大して力を入れずとも、アポイタカラは割れ砕けだ。
「破片をどうするかだよな~。とりあえずちゃんと拾って、持って帰るしかないか」
「ウン。……大事にしたイ」
パウラは愛おしそうにアポイタカラの破片を拾い集めていく。その目に涙がたまっているのが見えた。
かなわんなぁ。かなわん!
「お揃いのアクセサリーにでも加工する?」
俺がそう言うと、
「オソ、ロ……?」
パウラは『お揃い』が理解できなかったようで、ぽかんとした顔で俺を見てきた。
「あ~、えーと、ペア! ペアリングとか、ネックレスとか! 同じものを付けるってことで!」
俺があたふたしながらカタカナ英語にジェスチャーを交えると、なんとか伝わったようで、「アハー! イイネ!」と笑ってくれた。やっぱり、パウラは笑顔が一番だと思った。
公園を出て、パウラと二人で歩く。とりあえずパウラを家へ送って行き、ついでに俺の家の様子を久しぶりに見てみたい。
歩いている間、パウラは包帯を巻いた俺の右手を、やさしく握ってくれていた。
道中でパウラと話していて実感したのは、言語の壁はやっぱり大きい、ということだった。
ヴィオレッタがいる頃は、細かい部分はテレパシーで通訳してくれていた。それが無くなった以上、口で話すしかない。基本的に日本語で会話するわけだが、どうしたって細かい部分はパウラに伝わりにくい。けど、当然パウラが悪いわけじゃない。
よく考えれば、パウラはめちゃくちゃ頭がいいと思う。父親のおかげでもあるだろうが、来日して一か月足らずなのに日本語で簡単な日常会話が話せるって、相当すごい。
パウラは言わないけれど、きっと努力しているはずだ。ここが日本とはいえ、パウラに甘えてばかりじゃいけないよな。
そう思って、入院後に意識を取り戻したときから、母さんに頼んでポルトガル語会話の本を買ってきてもらい、パウラたちに隠れて読んでいた。
俺の方も、ちょっとはポルトガル語を覚えないとな……。
そんなことを考えているうちに、俺の家の前に到着した。窓にはベニヤ板が貼られており、外壁にはまだ煤がこびりついている。内部はやっと清掃が終わったところらしい。本格的な復旧はまだまだこれからだろう。
「トーマ、明日から学校行ク?」
パウラが俺を見てたずねてきたので「ああ、行くよ」と返事すると、
「ワタシ、朝、迎えに行こうカ?」
と言ってきた。
「いやいや、それは悪いよ! パウラがすごく遠回りになる!」
今、俺が両親と生活しているマンションは、まったくの逆方向にあった。わざわざ毎朝パウラに来てもらうのはあまりに申し訳ない。
「ソウ……」
パウラがしゅんとしてしまった。
「家が元通りになったら、戻ってくるから。そしたらまた、一緒に学校行こうよ」
「ウン。でも、まだまだ先だネ」
「ま、まあね」
いかん。これではいかん。パウラがさびしがっている。
思えば、あまりにいろんなことがありすぎて、俺はまだ自分の気持ちをはっきり言葉でパウラに伝えられずにいる。
今日このまま別れていいわけがない。もうテレパシーじゃ繋がってないんだから。
ずっと仲良く、するために!
「……パウラ、ちょっと聞いてほしいんだけど」
「エ?」
「エストウ・アパイショナード・ポル・ヴォセ」
がんばって丸暗記した言葉を、きょとんとしたパウラへ向けて口にした。
俺が言い慣れない言葉を発音している間、曇っていたパウラの顔が徐々にほころんでいくのがわかった。
「エウ・プレスィーゾ・ジ・ヴォセ・ド・メウ・ラード!」
俺が『ラード』を言い終わるか言い終わらないかのときには、
「トーマッ!」
と叫んで、どーん! と俺の胸に飛び込んできた。
「げほっ!」
ものすごい勢いだったので、咳き込んでしまう。
「ゴメン! トーマ、ダイジョブ?」
「だ、大丈夫だよ」
よろめきはしたがなんとかパウラを抱き留め、地面に倒れ込まずに済んだ。
ていうか体中の火傷はまだ完治していないわけで、こんなタックルをかまされると正直、痛い。すっげえ痛い。
でも、大丈夫だ。
「よかっタ! ポルトガル語で好きって言ってくれテ、スゴイ嬉しかっタカラ。ゴメンネ! アハー」
俺の胸の中で、パウラが笑う。
彼女と一緒なら、未来にどんなことがあっても、きっと大丈夫なのだ。
これで完結です!
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