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第3話 燃えよサイキック(7)

 お姫様抱っこ。正式名称は横抱きというらしい。俺が右手でパウラの胴を、左腕でパウラの膝を下から支え、抱かれているパウラは俺の肩に腕を回してつかまる。密着しているほど安定性が増すのである。


 そんな恥ずかしい体勢で、俺たちは住み慣れた街の空を飛んでいた。


 正確に表現すると……パウラの能力でカラスの近くまで俺ごとテレポートする。

 しかしオウロが憑依したカラスは猛烈なスピードで飛び続けているせいか、テレポートした直後に捕まえようとしても、するりと逃げてしまう。また、再びテレポートするにも一秒足らずの間は必要となる。

 その間、何もしないでいると地面に落下してしまうので、俺のサイコキネシスでパウラを支えながら飛ぶ、というか浮かぶ。そしてまたカラスのところまでテレポートする。能力強化の効果が切れてくるのを感じると、キスをして再度能力を高める。

 ……という具合だ。

 そんなこんなで、一〇分近くは必死にカラスを追跡している気がする。炎に警戒してテレポートで近付く際も一定の距離を保つため、奴を捕まえられそうで捕まえられない。

 一応はパウラのおかげですぐに追いつけるのだが、一瞬たりとも気を緩められない。パウラが奴を見失って視界から外れると、テレポートができなくなるからだ。

 切り札のスチール弾は持っているが、ジルバラに大部分を捨てられたこともあり、残り一〇発程度。一発一発使うよりは、一気にまとめて射出したほうが、カラスに当たる可能性は高い気がする。俺はスチール弾を使うタイミングをはかりつつ、パウラを支え続けていた。

『奴はどう考えても、カラスの肉体の限界を超えたスピードで飛び続けている。このまま引き離されずに追いかけ続けていれば、なんとかなるかもしれないよ』

 ヴィオレッタの声が聞こえる。

「なんとかなるったって!」

 俺はそれだけ口にするのがやっとだった。

 正直、パウラを支えながら奴を追うのでいっぱいいっぱいで、ヴィオレッタと話すヒマなんてない!

『……会話する余裕が無さそうだね。でも、私が一方的に語りかけるよりは、意思疎通したほうがいい。奥の手を使おうか』

「奥の手っ?」

『冬馬、パウラ。君たち二人と私の精神をダイレクトに繋げる。そうすることで、わざわざ口に出さずともテレパシーで会話できる。言語の違いにも影響されない。精神混濁の可能性があるから控えてたんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう』

 俺とパウラは一瞬視線を交わした。

「ワタシ、オーケー!」

「やってくれ!」

 カラスを追ってテレポートを繰り返しながら、俺たちはほぼ同時に声を出した。

 これから一分一秒の判断を誤れば、敵を取り逃がす。ヴィオレッタの言う通り、テレパシーで意思疎通できれば、それに越したことはない。

『じゃあ、繋げるね……はい、できた』

 もうできたのかよ!

『早すぎでしょ!』

 パウラの声が、片言の日本語ではない話し方で頭の中に響き、俺は彼女と思わず目を合わせた。

パウラは少し驚いたような顔をしていた。きっと、俺も似たような表情をしているのだろう。

 テレパシーで会話できて言語の壁がなくなるって、こういう感覚なのか。パウラが流暢な日本語を話してるみたいで、違和感がある。

『私も、冬馬の考えがダイレクトに伝わってきて新鮮だよ!』

 パウラの心の声が、明るい調子で伝わってくる。俺も、なんだか嬉しい。

『いつもこうだったらいいのに』

『それは差し障りがあるでしょ、パウラ。冬馬が一日中パウラで欲情しているのが、そのまま伝わるんだよ』

 一日中はしとらんわ!

『はいはい。だから、精神を繋げるのは今だけね。あいつを倒すまで』

『そうだね。冬馬、絶対あいつをやっつけて、この間の続き、しようね!』

 パウラのストレートな物言いにドキッとしてしまう。だけど、俺だって思いは同じだ。なんとしても今日でカタを付ける!

 空中の追跡はなおも続いた。カラスは一直線に逃げるわけでなく、しょっちゅう方向を変えている。そのため結局は俺たちの暮らす街から出てはいない。

 もう夕方六時は過ぎただろうか。ずいぶん暗くなってきた。

 まだどうにかカラスを目で追うことができるが、もう少しすると奴の色が闇に溶けて見えなくなるんじゃないか?

『……もしかすると、あいつはそれを狙っていたのかもね』

『まずいじゃん! 冬馬、スチール弾をそろそろ使わなくていいのっ?』

 ヴィオレッタの冷静な思考に対し、パウラが慌てている。

 確かに、切り札を使うべきタイミングが来ているかもしれない。

 スチール弾はポケットの中に入っている。俺の両手はパウラを支えるために塞がっているが、いざとなったらサイコキネシスでポケットから直接飛ばすから問題ない。……服が破れるが、しょうがない。

『ごめんね、私のせいで! 後で埋め合わせするから許して!』

 いいよ、そんなの。

 と、テレパシーでそんな会話をしているときに、カラスの動きに変化があった。徐々に高度が下がっているのだ。スピードもわずかに落ちた気がする。

ヴィオレッタが言っていたように、カラスの肉体に限界が来たのかっ?

『今だよ!』

『今だね!』

 行くぞっ!

 ヴィオレッタとパウラの声に押され、俺は一気にサイコキネシスを解放した。

 ポケットの中のスチール弾を一〇発すべて、服を突き破ってカラスめがけて飛ばす。的は小さいが、一〇発一気に飛ばせば、どれかは当たる、当たってくれっ!

 スチール弾はカラスよりも速く、その体へ一直線に飛んでいく。当たる、はずだった。

 だが、スチール弾は奴の体に届かなかった。カラスの周囲に突如として出現した炎の壁に阻まれたからだ。

『残念だったなァーッ!』

 俺たちをあざ笑うオウロの心の声が頭に流れ込んでくると同時に、スチール弾が炎に溶けるのが見えた。

 なっ……!

『この程度のおもちゃを溶かすのなんざ、ちょろいもんなんだよォーッ!』

 そう言いながら、カラスは地面へと急降下していく。落下していくわけではない。自らの意思で降下していくようだが……。

『とりあえず、追いましょう! でもパウラ、罠かもしれないから、あいつと一定の距離は保った位置へテレポートして!』

『わかった!』

 ヴィオレッタの指示に従い、パウラが地上から数センチの位置にテレポート、彼女を支える俺は難なくコンクリートの上に着地することができた。手を繋いだまま、パウラを地面に下ろす。

「アリガト、トーマ」

 テレパシーでなく、実際に声を出してパウラが礼を言ってくれた。

「いや……」

 そう言いながら、俺はカラスを探す。

 奴は、建物の屋根の上にいた。俺たちは、直線距離で一〇メートルほど離れている。奴は俺たちを見下ろし、不敵に笑っているように見えた。


 俺は血の気が引くのを感じた。カラス自体が恐ろしいわけじゃない。俺たちが着地した、この場所がどこなのか今さら理解したからだ。ヤバい。ここは、ここだけはヤバい。


『気が付いたようだなガキども。俺が何の考えも無しに逃げてると思ってたのか? 逆だよ、アホが。お前らを始末するのにうってつけの場所へ、誘い込んでたんだよォ!』

 ……ガソリンスタンド。炎との相性が最悪の場所へ、俺たちは誘導されていた。

『この一週間、遊んでたわけじゃないんだぜ俺はよぉ。この街の地理を頭に叩き込んでたんだ。お前らに正体が気付かれたらどうやってガソリンスタンドへ誘導するか、そればかり考えてたよ、へっへっへ』

 このクソ鳥!

 カラス……オウロに煽られてはらわたが煮えくり返るのをなんとか抑えながら、俺は周囲を観察する。

 屋外にいくつかある給油設備、給油中の自動車は四台ほど。建物の中にも、ガソリンはあるかもしれない。オウロに火球をぶつけられたら、引火して爆発しそうなものがいくらでもある。

『俺が全力の炎をガソリンにぶつけたら、どれだけの爆発が起きるだろうなァ~。俺自身にも想像できんなァ~。これだけガソリンがあるところなんだ、連鎖的にどんどん爆発が起きるだろうなァ~』

 オウロが嫌らしい笑い方をする。

 なんつー憎たらしい奴だ。しかし、と俺は思う。

 ここで奴を倒すのをあきらめれば、爆発に巻き込まれないよう逃げることはいくらでもできる、パウラのテレポートがあれば。ここで奴を倒すことができないのは残念だが、恐れることはないのでは……。

『だめだよ、冬馬! それはだめ!』

 パウラの心の声がテレパシーで伝わってくる。

『人が、人がいる! 私たちが逃げても、みんな爆発に巻き込まれちゃう!』

 その言葉に、俺ははっとなった。

 周囲を見回すと、スタンドの店員や給油中の客が、突然現れた俺たちを怪訝な目で見ている。一番近い自動車の後部座席には、小学生くらいの兄弟が二人座っているのが見える。

 俺たちを除いて一〇人ほどの人が今、この場にいる!

『俺はさぁ、別にいいんだよ。多少は歴史が変わるかもしれんが、見知らぬ国の、見知らぬ時代の、見知らぬ人間がどれだけ死のうが、知ったことじゃねぇ。どうでもいいんだ。しかしお前らはどうかなぁ~?』

 そういうカラスの眼前に、ゆっくりと火球が生まれていく。半径三メートルはあろうかという、これまでで最も大きいものが。

『爆発で何人死ぬかなぁ~? まさか見殺しにして逃げ出したりはしないよな~、玄葉冬馬くんよ』

 オウロが露骨に挑発してくる。外道めっ!


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