第3話 燃えよサイキック(3)
家に帰ると、母さんがあわてていた。
「冬馬、大変なのよ。新潟のおばあちゃんが入院したって」
「えっ! なんで? 何かあったのか?」
「病気じゃなくて、交通事故でね。自転車で車とぶつかって転倒して、骨折したんだって。命に別状はないから、とりあえずよかったんだけど」
「そっか」
ホッとした。新潟のばあちゃんは母方の祖母になる。
「でもお母さん、心配だし顔は見ておきたいから、あさっての土曜日に新潟に行こうと思うのよ。で、その日は実家に泊まって、日曜に帰ってこようと思ってる。あんたはどうする?」
「ああ、ええと……ばあちゃんには悪いけど、やめとくよ」
申し訳なく思うが、今回は状況が状況なので、しょうがないだろう。命に関わる怪我だったら、また話は違ってきたが。
「そう、わかった」
「ばあちゃんによろしく言っといてもらえたら」
「オーケーオーケー。あと、お父さんは土曜日まるまる仕事だから、その日はあんた一人でお昼ご飯と晩ご飯はなんとかしてね。お金はあげるから」
「了解。ありがとう」
このときの俺は、なるべく一緒に行動すべきだし、パウラとどこかへ食事に出かけようかな……と漠然と考えていただけだった。
翌日の昼休み、中庭で一緒にパンを食べながら、そのことをパウラに話した。そして土曜の昼にどこか行かないかと誘うと、
「エーッ!」
と彼女は大きな声をあげた。こっちがびっくりしてしまう。
「ど、どうしたんだよ。そんな驚くことか」
秋葉原にも一緒に行ったことあるんだし、休日に誘っただけでそんな反応されることは想定していなかった。
「アー、ンート……」
パウラはもじもじしながら、事情を語り始める。
「明日の土曜日ネ、家族がデスティニーランド行ク」
パウラが千葉にある夢の国の名前を出した。
「え、そうなんだ。パウラも行くのか?」
俺がたずねると、パウラは首を横に振る。
「行かなイ。断ったヨ。トーマと一緒にいなイと、危なイ。行かなイ言っタら、反抗期? ってパパに言われタ」
「ははは……」
「デモ、クララ……妹は絶対行きたイ言うカラ、みんな、デスティニーランド行くヨ。その日、ホテル泊まっテ、次の日は東京で遊ブ、言ってル」
「そう。……え? ということは、パウラ一人?」
パウラが俺をじっと見てから、こくりとうなずいた。
「日曜の昼まで、ずっと一人、だヨ」
………………どうしよう。
父さんが帰ってくるのは日曜の朝だ。土曜の昼から日曜の朝まで、俺の家には俺一人。パウラの家もパウラ一人。二人きりだ。二人きり。夜も、ずっと……。
「このチャンスを生かさなくてどうするんだ! 大人の階段一気に登ろうぜ!」
脳内で悪魔の俺が欲望のままに叫んでいる。
「いや、それどころじゃ……」
天使の俺が欲望を抑えようとするが、
「いいか、刺客から身を守るにしても、パウラと一緒にいたほうが絶対にいいわけだ。だったら、一緒にいようじゃないか。あとは流れで、な!」
「まあ、それはそうだが」
「だろ? パウラだってきっと、そのつもりだ。見たろ、あの表情を」
「……じゃあ、いっか!」
「わかってくれたか、俺!」
「ああ、ともに大人になろうぜ、俺!」
天使と悪魔が固い握手を交わした。なんだこれ……。
俺は覚悟を決めて、パウラをまっすぐ見た。生唾を飲み込んでから、ゆっくり言う。
「じゃ、じゃあ明日の昼から一緒に過ごして、夜はうちで、と、泊まる?」
我ながらたどたどしい! でも言うべきことは言ったぞ!
パウラは大きく目を見開くと、顔を真っ赤にして、
「ハイ。と、泊まル……泊まりマス」
そう言った後、下を向いてしまう。その手はスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
「そうか、わかった。よ、よろしくな!」
「ヨ、ヨロシクお願いしまス」
何がよろしくなのかよくわからんが、俺たちはそう言って笑顔を交わした。




