第3話 燃えよサイキック(1)
ヴィオレッタや刺客が未来から来たのではないか。最初にそんな考えが頭に浮かんだのは、ジルバラの目的を聞いたときだった。
俺とパウラが恋愛関係になるのを阻止することが目的だとジルバラは言った。そんなことってあるだろうか? と考え、可能性は一つしかないと思いいたった。
本当の目的は、恋愛関係のその先……俺とパウラの間に子どもが生まれるのを阻止することではないか?
その子どもが将来何らかの役割を果たすのでタイムスリップして親を殺し、存在そのものを抹消しようとする、というのはありそうな話だ。確か、そんなSFアクション映画があった。
突拍子もない話だと思う。
が、ヴィオレッタが所属する特務機関も、ジルバラたちの犯罪組織も、全く聞いたことが無いのは、この時代にまだ存在しないから、と考えれば自然だ。
アポイタカラにしても現代の技術ではない、と思えばしっくりくる。
だいたい、俺たちを守るヴィオレッタも、俺たちを狙う刺客も、直接接触してこないのが妙なのだ。わざわざアポイタカラに憑依するという回りくどい形を取っている。
それは、そうせざるを得ないからではないか。つまり、彼ら自身の肉体がこの時代に存在しないのではないか。
そして、ヴィオレッタが俺たちに必要以上に情報を与えない理由だ。俺たちが未来についての情報を得ることで、未来そのものが変わってしまうかもしれない。それをヴィオレッタは恐れているのではないか。
過去に干渉することで、未来が予測不可能に改変されてしまう、いわゆるバタフライ効果ってやつを。
『もう、隠してもしょうがないね。君の考え通りだよ』
ヴィオレッタはため息交じりに俺の言葉を肯定した。本当は認めたくなかったのだろう。俺とこんな話をすること自体、未来が改変される恐れがあるのだから。
『私たちは、西暦二〇四五年から来たの』
ヴィオレッタが話を始める。二〇年以上先の未来かよ……。
『サイキッカーは、二〇〇〇年前後に生まれた世代から、世界的に少しずつ増加しているの。人類が新しい段階へ進化し始めている証拠だと言う人もいる。まだこの時代では把握していないけど、やがて世界はその存在に気が付く。そして、サイキッカーを利用した犯罪組織と、それを取り締まる特務機関が生まれることになる』
やっぱり、犯罪組織も特務機関も今この時代には存在していないのだ。
『犯罪組織にとって、特務機関は邪魔でしかない。中でも、段違いに強力な能力を持つあるサイキッカーには、何度も計画を邪魔され、煮え湯を飲まされることになった』
「そのサイキッカーというのが……」
『ええ、冬馬とパウラの間に生まれた子どもだよ』
ヴィオレッタにそう言われ、俺とパウラは思わず顔を見合わせた。
が、すぐに視線をそらしてしまった。ちょっと恥ずかしすぎるだろ……。
『もともとサイキッカーは突然変異的に生まれるのだけれど、サイキッカー同士の子どもだとサイキックが発現する可能性が高く、能力も強くなるみたいでね。君たちの子どもは第二世代サイキッカーの先駆けと呼ばれているよ。彼は特務機関に所属し、能力を生かして活躍した』
『サイキックのレベルがひとつ違う奴がいるってのは、有名な話でね』
それまで黙っていたジルバラがぽつりと言った。ヴィオレッタはそれには反応せず、話を続ける。
『犯罪組織にとっては、彼の存在は見過ごせなくなっていた。どうにかして始末したい。だけど、サイキックが強力なので暗殺なんかは難しい。そこで、犯罪組織は考えたの。だったら、生まれてこなかったことにすればいい……ってね。悪魔的な発想だね』
ヴィオレッタが吐き捨てるように言った。
「それで、俺とパウラを狙うのかよ……」
『ええ。あなたたちがこの時代に出会い、すぐ隣の家で生活し、同じ学校へ通っていたことが知られたみたいでね。犯罪組織は刺客を送り込み、それを知った私たちも追いかけてきたってわけ』
「それにしたって、回りくどくないか。こんなの使ってさ」
俺は自分の手首に巻き付いたアポイタカラを指しながら、
「タイムマシンとかないのかよ。あと、サイキックで時間を超えるとか」
『時間跳躍のことかな? そういうサイキッカーは、いることはいるよ。けど、少なくとも二〇四五年には、年単位でタイムリープできるほどの能力の持ち主はいない。せいぜい数時間が限度みたい。これから先、もっと強力なタイムリープ能力を持つ者が生まれる可能性はあるけれど。それから、タイムマシンも実用化されてないね。ただ、その代わりに開発されたのがアポイタカラだよ』
ヴィオレッタに言われ、俺は手首のアポイタカラを思わず見た。パウラも袖をまくり、二の腕のアポイタカラを眺めている。
『タイムリープ能力者から集めたデータを元に作られた、時間を超える金属生命体・アポイタカラ。それに精神を移すことで、サイキッカーが過去で活動することが可能になった。まだまだ一般的な技術とは言い難いけどね。この時代まで遡るのがギリギリ限界ってとこ』
厄介な技術を開発してくれたものだ。おかげで俺たちは命を狙われている。
『私たちの時代においても、過去への干渉によってどれだけの影響が出るかは明らかになっていない。だから、あなたたちにも未来から来たことを教えなかったの。それを知ったことで、未来がどう改変されるか予測がつかないからね。バレちゃったから、やむを得ずこうして話しているけれど……本意ではないんだよ』
「へいへい」
風が吹けば桶屋が儲かる的に、些細な出来事からの因果で予想外の結果をもたらすことがあるかもしれないと恐れるのは、まあ理解できる。
もし俺やパウラがヴィオレッタたちのことを公表すれば、多少なりとも未来は変わるだろう。頭がおかしくなったと思われるのが嫌だから、そんなことはしないが。
『なるべく過去に干渉しないというスタンスは、特務機関も、犯罪組織も同じだと思うのだけど、どう?』
ヴィオレッタがジルバラに話を振った。
『基本的にはそうね。私が君たちをなるべく殺したくなかったのも、そういうこと。そもそも戦闘向きでない私を送り込んだこと自体、組織の意向なんでしょうね。消したいのはあなたたちの子どもであって、必要以上に歴史が変わって、組織自体が生まれないなんてことになっちゃ元も子もないわけで』
ジルバラはそう答えた後、
『でも……オウロは私とは違う。君たちも知っていると思うけど、もろに戦闘向きの能力だし、性格も暴力的だよ。思慮深いとはちょっと言えない。人を殺すことをなんとも思ってない奴だからね。過去への干渉が与える影響なんて考えず、なりふり構わず襲ってくるかもしれない』
俺は生唾を飲み込んだ。
あの炎使いが本気で俺たちを殺しに来たら、勝てるのか……?




