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第1話 何かが殺しにやってくる(1)


「ふんぬぉぉぉぉぉっ!」


 部室として利用している空き教室に、俺の叫び声が響いた。夏休みなので、他の生徒を大して気にする必要はない。


「ふぉぉぉぉぉっ! ぬんっ! せいっ! ぎいぃぃぃいいぃっ!」


 中腰になって机の上に置かれた一〇円玉を睨みつけながら、気合を入れる。左手で右手首をつかみ、右手の平を開いて念を一〇円玉に向けた。経験上、この姿勢が最も効果的なのだ。

「がんばって、玄葉(げんば)くん!」

 白瀬(しらせ)先輩の声援が背後から聞こえてくる。

「せいっ! せいっ! んぎぎぎぎぎっ!」

 俺が必死に集中して念を送り続けると、机の上の一〇円玉がわずかに振動した。

「お、来たよ来たよ」

 龍田(たつた)が気の抜けたような声で言う。もう見慣れているからか、気楽なもんだ。ちくしょう、見世物じゃねえんだぞ! こっちがどれだけしんどいか知らねーくせに! 

 ……というイラつきもろとも、俺は念を一〇円玉に送り続けた。

「おりゃぁぁあああっ!」

 俺が叫ぶと、一〇円玉が机からふわりと浮かんだ。

「龍田くん!」

「はい」

 白瀬先輩に呼ばれた龍田が、メジャーを片手に机に近付く。しゃがみこみ、机から一〇円玉が浮いた距離を計測した。

「ふぉおおおおぉぉぉ……!」

 俺はといえば、その間も一〇円玉の浮遊をキープするために集中しながら奇声を発している。

「……五.四センチ」

 龍田の声が聞こえた瞬間、俺の体から一気に力が抜けた。一〇円玉が机の上に落下するのと同時に、俺も椅子の上にへたりこむ。

「はぁ、はぁ……!」

 俺はとてつもない疲労感に襲われ、肩で息をしながら「やった! この夏の最高記録更新だよ、玄葉くん!」と無邪気に喜ぶ白瀬先輩の声を聞いていた。記録更新っつっても、二ミリだけなんですけどね……。

 俺のこの能力(ちから)、いったい何のためにあるんだろうか。

 幾度となく行ってきた自問を、今日もまた繰り返す。これまで同様に、答えが出ることはなかった。


「そりゃお前、もって生まれたもの自体に意味なんてねーよ。大事なのはそれをどう使うかだ。中学の頃にも言った気がするけど」

 龍田が言う。ぐうの音も出ない正論だ。俺は白瀬先輩がおごってくれたペットボトル入りのスポーツドリンクを一口飲むと、

「まあ、その通りなんだけどさ。この俺の微妙すぎる念動能力サイコキネシスをどう使って生きればいいのか、わからないんだよ、いまだに。わからないままで死んでいくのは嫌だなって思うわけよ」

「アンパンマンの歌みたいなことを……」

 俺の悩みに、龍田が苦笑した。

 龍田(しゅん)は俺の小学一年生の頃からの幼なじみだ。近所に住み、学力も同じ程度だからか、今年から通い始めた高校も同じ私立麒麟谷(きりんだに)高校。おまけに、二人してオカルト研究会に所属することになった。腐れ縁と言っていいだろう。

「やっぱり今からでも、玄葉くんの超能力を世間に発表するわけにはいかないの?」

 そう言うのは白瀬秋穂(あきほ)先輩だ。二年生で、オカルト研究会の部長である。

「その力、きっと話題になるって! 有効に使うんだったら、それしかないでしょう!」

 長い黒髪に黒縁メガネをかけた先輩は、俺の肩に両手をかけて揺らしてきた。顔が近い。

白瀬先輩は地味だが、顔立ちが整った美人だ。こう接近すると、照れてしまう……。

「一〇円玉が五センチ浮かぶくらいじゃ、話題になりませんって。トリック扱いされるのがオチですよ……」

 俺が目を逸らしてぼそぼそ言っても、

「でもでも、この夏休みに何度も実験を繰り返して、平均したら一センチは高く浮かぶようになったじゃない。まだまだ伸びしろあるよ!」

 白瀬先輩は目をキラキラさせて、引き下がろうとしない。ポジティブゥ~!

 彼女はオカルト研究会の部長を務めるだけあり、オカルトマニアである。妖怪も魔術もUFOもUMAもイケるクチらしいが、一番興味があるのは超能力とのこと。そんなところに、呆れるほど低レベルとはいえ本物の超能力者が現れたのだから、俺に入れ込む気持ちはわからんでもない。

 しかし、そんな彼女の期待に応えられる気はしない。現実問題として、一〇円玉を多少浮かせることができるからどうだというのか。普通に手でつまんだほうが早いし。

 もっと重いものを動かそうという試みは何度も行ったが、消しゴムすらろくに動かすことができなかった。サイコキネシスなどと言えば聞こえはいいが、マジで低能力。超能力と言うより、超低能力だ。多少一〇円玉の浮かぶ高さが伸びても、どうにもならない。

 俺がどうやって白瀬先輩の熱い視線をかわそうかと考えていると、

「先輩、落ち着いて。もうその辺にしておきましょうよ。玄葉は今のところ、超能力について俺たち以外の人間に話す気はないんですから」

 龍田が助け舟を出してくれた。

「そう? もったいないと思うんだけどなあ」

 白瀬先輩もその言葉で冷静になったのか、残念そうな顔で俺から離れた。やれやれ、助かった……。

 龍田の言う通り、俺の超能力については両親も知らない。知っているのは、龍田と白瀬先輩だけだ。龍田は小学生の頃に俺の超能力を偶然知ったが、高校に入学するまで誰にも秘密にしてくれた。その点、感謝してもしきれない。余計な厄介ごとに巻き込まれずに済んだのは、龍田のおかげと言ってもいいだろう。

 その龍田から『白瀬先輩に超能力のことを明かしたうえで、一緒にオカルト研究会に入ってほしい』と頭を下げられたら、断ることはできなかった。そして一学期から夏休みにかけて、オカルト研究会は俺のサイコキネシスの検証を中心とした活動を行っている。

 俺としても幼なじみの恋路は応援したい。まあ、夏休みも終わろうとしているにも関わらず、俺をダシにして先輩と親密になろうという龍田の思惑はうまくいっていないが……。

と、俺がそんなことを考えていると、龍田が言った。

「物は考えようですよ、先輩。こうして目の前に、ショボいとはいえ超能力者がいるんです。世界は広いんだから、他にもっとすごい超能力者がいますって」

 うっ。

「そうか、そうだよね。こんな地味じゃない、もっと派手な超能力に、きっと出会えるよね!」

 ううっ。

「ショボい、地味……」

 自分でもわかってはいるが、やっぱり言葉にされるとへこむ。

「ああ、ごめんね玄葉くん!」

「いえ、本当のことですから……」

 白瀬先輩に謝られながら、ふと思った。

 世界のどこかに、俺のような超能力者が他にもいるのだろうか、本当に。いるのなら、会ってみたいもんだ。


 その日、オカ研(オカルト研究会の略だ)での活動を終えて夕方に帰宅すると、俺の家がブラジルになっていた。

 何を言っているかわからねーと思うが、そうとしか表現しようがないのだ。だって家に見知らぬブラジル人家族がいて、食卓にはブラジル料理が並んでるんだもん!

 リビングでは酔っぱらった父さんと見知らぬ男性がビールを酌み交わし、母さんは、俺とそう変わらない年頃の少女と一緒に妙なステップを踏んで楽しそうにしている。踊っているのかあれは。で、テーブルの上に並んだ見たことがない料理(ブラジル料理と知ったのは後のことだ)を、女性とその娘らしき一〇歳くらいの女の子が美味しそうに食べていた。

「……なにこれ」

 男性・女性・踊っている少女・食べている少女の四人は、みんな褐色の肌をしている。顔付きもラテン系というか、濃い顔立ちをしていて、外国人であることが一目でわかる。

「おー冬馬(とうま)、お帰り!」

 顔を赤くしてソファに座っている父さんが、俺に気付いて手招きする。俺が戸惑いながらそちらへ向かうと、

「ヴェルメリオさん、これ、私の息子ね。冬馬っていいます」

 父さんは一緒にビールを飲んでいる男性へ、雑に俺を紹介した。

「おお、息子さん! 初めまして、私アントニオ・ヴェルメリオいいます。ブラジルから来ました」

「げ、玄葉冬馬です」

 男性が思いのほか流暢な日本語で話してきたので少しびっくりしながら、俺は自己紹介した。

「ヴェルメリオさんは家族でお隣の家にやってきたんだよ。で、今日挨拶に来てくれて、こうなった」

「こうなりましたか……」

 売りに出されてた隣の家に、人が引っ越してくるらしいとは聞いていたけどさ。

「父さんは今日一日休みだったんだけどな。ゴロゴロしていたところに思わぬお客さんが来て、嬉しくなっちゃって」

「玄葉さん良い人ね。すぐ意気投合したよ」

 ヴェルメリオさんがにこやかに言う。

「本当に日本語お上手ですね……」

 四字熟語まで使いこなすので俺が驚くと、

「私、日本企業のブラジル支社で働いてましたね。日本語は同僚に教えてもらったよ。今回、本社に異動になって日本に来たですよ」

「なるほど」

 ヴェルメリオさんは納得の回答をくれた。

「冬馬、テーブルの上のブラジル料理、食っちゃえよ。うまいぞ。ちょっと早いけど、今日の夕飯、これだから」

「あ、ああ」

 父さんに言われてテーブルの上に並んだ料理を見る。野菜を煮込んだものや、変わった形のコロッケみたいなやつ、小さめのステーキやフライドポテトもある。見慣れないものも多いが、確かにどれもうまそうだ。

 俺は自分の箸を取ってきて、改めて料理を見た。目に入ったのは、餃子や春巻に近いなにかだ。生地に肉なんかの具を入れて揚げているように見える。これから食おうか、箸でつまんだとき、

「パステウ」

 と、女の子の声が左側から聞こえた。

 そちらを見ると、さっきまで母さんと踊っていた少女が立っていた。

「パ、パステウ?」

 俺が聞き返すと、少女はにっこり笑ってうなずいた。この餃子みたいな料理がパステウというのだろう。

 俺と同じ年頃と思われるブラジル人の少女は、黄色いTシャツにショートパンツという格好だ。肩に届くくらいの黒髪に、褐色の肌、大きな瞳。身長は一七〇センチの俺よりやや低いくらいか。一目見て、活発そうな子だな、という印象を受けた。苦手なタイプかもしれない。

 女の子はニコニコしたまま、パステウを箸でつまんだ俺を黙って見ていた。何か、期待に満ちた目をしている。食べてみろ、ということだろうか。

 俺は妙に緊張しながら、パステウを口に放り込んだ。揚げ餃子のような味を想像していたし、実際ひき肉も入っていたのだが、口に広がったのは別の味だった。こりゃチーズだ。スパイシーなひき肉とチーズが混ざり合って……。

「うまい」

 思わず声が出ていた。女の子は俺を見てきょとんとし、首をかしげている。

「ウマ、イ?」

 意味がわからないようだった。ええと、どう言えばいいんだ。ブラジル語? 違う、確かブラジルはポルトガル語か。俺がパステウを咀嚼しながらまごまごしていると、ヴェルメリオさんがこちらに近付いてきた。

 それに気付いた女の子が、ヴェルメリオさんと何やらポルトガル語で話している。やがて女の子は得心したようで、俺に向き直り、

「ウマイ! アリガトウ! ウマイ!」

 と、満面の笑みで右手を上げ、俺にハイタッチを求めてきた。ええー……。パステウを作ったのが彼女で、うまいと言ってくれて嬉しいのか?

 俺も仕方なく右手を上げて手の平を開く。彼女の手がぺちん、と当たった。

「ウマイ! イェーイ!」

「い、いぇーい」

 底抜けに明るい彼女の勢いに引っ張られて、半ば無理やり笑わされてしまう。けれど、決して不快ではなかった。

「あら、仲良くやってんじゃないの」

 そう言って母さんがやってきた。ブラジル人女性と、一〇歳くらいの女の子もいっしょだ。

「冬馬、こちらがヴェルメリオさんの奥さんと、二人の娘さんね。お姉さんがパウラちゃんで、妹がクララちゃん」

「ヨロシクおねがいシマス」

「ヨロシク」

「ヨロシクしますー」

「よろしくお願いします」

 三人の明るさに圧倒されながら、俺は挨拶を返した。

「パウラちゃんはあんたと同い年なのよ」

「へえ」

「それに、なんと! あんたと同じ、麒麟谷高校に編入して、二学期から通うことになったんですって」

「ええっ!」

 俺は思わず、同い年の少女……パウラを見た。

「お父さんが日本語話せるとはいっても、パウラちゃんはまだよくわかっていないし、日本にも不慣れだから。あんた、いろいろ助けてあげなさいよ」

「あ、ああ……」

 何とも言えない気持ちになった。かわいい子と仲良くなれて嬉しい、というのが半分。正直めんどくさい、というのが半分。

 彼女は俺の気持ちを知ってか知らずか、相変わらずニコニコしていた。


「トーマ、オハヨー!」

「ああ、おはよう」

 玄関のドアを開けると、うちの高校の制服を着たパウラが俺を待ってくれていた。白い半袖ブラウスと褐色の肌のコントラストが目を引いた。この間と違ってスカートだし、なんだかドキッとしてしまう。

 二学期が始まる日の朝、母さんに言われて、俺はパウラと一緒に登校することになった。初日なのでパウラも心細いだろうし、今日は一緒に登校することに異存は無い。けど。

「まさか、これから毎日一緒に行けとは言わないよな?」

「それはあんたとパウラちゃんの今後の関係次第じゃない? わたしは仲良くしてあげてほしいと思ってるけど、気が合わなければしょうがないし。強制はしない。でもパウラちゃんのほうから『冬馬と並んで歩くのはイヤ!』と言われたらキツいよねえ。せいぜい気を遣ってあげなさい」

 母さんはいまだに女子と付き合った経験が無い俺にハードルの高いことを言ってきたのだった。しかも相手はろくに言葉が通じない外国人だ。

 駅まで歩いて一五分、電車に乗って一五分、そこから学校まで歩いて一〇分の道程を、気まずい空気を流さずに過ごすことがきるのか? コミュ力が決して高いと言えない俺に? 

 ……無理ちゃう?

 と、思っていたのだが、現実は違った。気まずいとか気まずくないどころではなかったのである。

 日本にやってきてまだ一週間のパウラにとっては、視界に入るもの全てが珍しい。いろんな建物や、看板や標識に書いてある日本語を興味深そうに眺めては立ち止まり、

「これ、ナニ?」

 と俺にたずねてくるのだから困ってしまった。教えてあげたいけれどポルトガル語が全然わからないので、日本語交じりの英語(なお成績は学年平均以下)とジェスチャーでどうにかこうにか伝えることになる。

 例えば消防団の屯所を指して「コレ、ナニ?」と言われたときは、

「ファイヤー! ファイヤー! それをこう、消す! ウォーターで」

 と言いながら、火が燃えるところやホースを持って消火する動作をジェスチャーで示すわけだ。

「アハハハハハ、OK! わかっタ。アリガト!」

 俺の必死なアクションはなんとかパウラに通じたようだった。めっちゃウケてるし……。

 そんなパウラの「これ、ナニ?」に対し俺が必死に伝える、ということが何度も続いた。やがて改修工事中の駅が見えてくる頃、俺はくたくたになっていた。

「……わざとやってない?」

 俺がそう言って責めるようにパウラの顔を見ると、言葉が通じなくともなんとなく意図は伝わったのか、彼女はいたずらっぽく「アハー」とだけ笑った。

 くそっ、かわいい。かわいいは強いな、ちくしょう……。

「じゃあ、電車に乗ろうか。これ、持ってる?」

 照れながら俺がSuicaを見せるとパウラは「あるヨ。昨日、買ッタ」と、胸ポケットからパスケースを取り出して誇らしげに見せてくれる。

「ほー」

 いかん、パスケースを見ようとしても、つい視線が胸の方に向いてしまう。けっこう大きいので、どうしても……ってダメだ! ダメダメ、人として!

 俺が視線を上に向けて、

「じゃあ行こう。いつもよりちょっと遅れてるし」

 と言って、駅に入ろうとしたときだった。本来あるはずのないものが視界の隅に入ったのは。


 一〇メートル近い長さの鉄骨が、上空から俺たちめがけて落下している。


 鉄骨って何キロあるんだ? 五〇〇キロくらい? わからんが、死ぬ。何もしなければ、一秒もしないうちに俺もパウラも、確実に死ぬ。

 逃げるべきだったのかもしれないが、俺の足はとっさに動かなかった。代わりに動いたのは、手だった。

 自分でも気が付かないうちに俺は顔を上に向け、右手の平を鉄骨に向けていた。一〇円玉を動かすのがやっとのサイコキネシスで鉄骨を止められるか、わからないのに。

「…………ッ!」

 だが、鉄骨は止まっていた。俺とパウラとの距離、ほんの一〇数センチという空中で、ギリギリ静止していた。

 一〇円玉のときと違い、叫ぶ余裕すらない。胸が痛い。血液が逆流しているような感覚に襲われる。これまで感じたことがない苦痛だ。しかし、おかげで鉄骨の動きを止められたようだ。

 命の危険が迫ったからか、サイコキネシスがいつも以上に発揮されている? 火事場の馬鹿力という奴だろうか。

「……ッッ!」

 パウラ逃げろ、と叫びたかった。が、鉄骨を静止させるのに歯を食いしばり全神経を集中しているので、不可能だった。パウラの様子を見る余裕も無い。

 しかもこれは、あと三秒ももたない。限界をすぐに迎えるのが感覚でわかる。

 どうする? サイコキネシスを解除すると同時にパウラに体当たりして、なんとか二人まとめて鉄骨をかわすしかないか。直撃は避けられても、無傷は難しいかもしれない。骨折くらいは覚悟すべきか!?

 ああ、やべぇ、気が遠くなってきた。限界、限界だ! もうっ!

「トーマッ!」

 パウラの声が聞こえるのと、体に柔らかい感触を感じるのと、俺の集中が切れるのと、妙な感覚に襲われるのが全てほぼ同時だった。

 鉄骨が轟音とともに地面のコンクリートに落下。一瞬の沈黙の後、周囲から次々と悲鳴が聞こえてくる。

 それを聞いている俺とパウラはと言えば、無事だった。鉄骨の落下地点から二メートルほど離れた位置で、俺は仰向けになって地面に倒れ込んでいる。パウラは俺に覆いかぶさり、涙ぐんでいた。

「トーマ、トーマ……!」

「ああ、大丈夫、大丈夫だから」

「トーマ……」

 俺の名前を読んだ後、パウラはポルトガル語で何か言ったが、当然意味はわからなかった。良かったとか安心したとか、そんな意味だと思うけど。

「とにかく、助かった。ありがとう。俺も君も無事で、良かった……」

「ハイ」

 そう言ってパウラはほっとした顔をすると体を離して立ち上がり、俺の右手をつかんだ。彼女の温かい手を借りて、俺もなんとか起き上がる。

 少し落ち着くと、すぐにいろんなことが頭に浮かんだ。

 確実に、俺のサイコキネシスをパウラに見られた。鉄骨を止めたのは時間にして五秒にも満たないから、周囲の目撃者は見間違いと思うかもしれない。けど、すぐ横にいたパウラはそういうわけにいかないだろう。

 どうする? 隠すっつっても、無理じゃないか? 

 それに、もう一つ気になるのはパウラ自身のことだった。どうやって鉄骨から離れたんだ、俺たちは?

 パウラが体当たりしてくれたのだと一瞬思った。だが、あの瞬間をよく思い出すと、違うのだ。パウラの体がぶつかってきた、という衝撃は無く、抱きしめられたという柔らかい感触だった。そもそも位置関係からして違う。パウラが体当たりしてくれたのなら、今俺たちが立っているのとは逆方向に吹っ飛ぶはずだ。

 通勤や通学のために駅にいる人々が混乱する中、俺はパウラをまっすぐ見た。

「パウラ……」

 何を話していいのかわからない。どんな顔をしているのだろう、俺は。

 が、パウラの思いは違うようだった。

「アハー」

 口をぱかっと開いて、

「トーマ、ナカマ! ワタシと、トーマ、ナカマ!」

 嬉しそうにそう言った。

「へっ?」

「見て、トーマ」

 パウラはそう言うと、わずかに後ずさりして俺から距離を取った。なんだなんだ、いったい。

「行くヨ」

 次の瞬間、パウラの姿が消えた、かと思うと、その顔が俺の目の前わずか数センチの距離にあった。

 ……えっ? ええっ? いつの間に? ていうか近すぎる!

 とまどう俺をよそに、彼女は耳元に口を近付け、そっとささやいた。


「これ、ワタシの超能力(ちから)。テレポーテーション」


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